小説出ました

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2010.08.11
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突然友達は大きく蛇行した。しかも体をのけぞらせて声をあげた。
「うわぁ」
シュウは彼が通った付近を振り返った。
見ると珍しい、一匹の蛇である。
丹後は久美浜の忘れ去られた海を湖にした湾内の、ほとんど内陸側に面したところに如意寺という奈良時代から続く行基菩薩ゆかりの寺がある。不動堂という見るものを圧倒させる建造物はまだ仏事を理解しえないシュウであっても心を惹かれるものがあった。
まだ、美しい景観を見せるこの地にこうした生き物がいることはさほど珍しくはないが、それでも滅多にみないのも事実である。
友達はシュウの家より大分港寄りなので蛇を見るのは小学生以来であった。シュウですら中学生の時に一度きり見ただけである。
その唐突な出会いに立ちすくんだ友達の前に、シュウはすぐに割って入り、腕に巻いた時計を突き出した。ゆっくりと外周にはめられたダイヤルを回した。
カシャリ
そしてダイヤルを再び回しなにやら細かな作業を繰り返した。友達もそのしぐさをそばで見ていた。
蛇は動かずじっとしている。というより首をもたげ二人の姿を偵察しているようにも見えた。シュウはそして言った。
「ヤマカガシ」
襟首に黄色の帯をぐるりと回し、全身を緑に覆い尽くした中に、赤と黒の斑点を交互につけたそれの名前である。
目が顔の割りに大きい。
シュウの言葉に友達も感心したが、すぐに顔色を変えた。
「うぇ……なんだかすげぇいるぜ」
京都の中心から越してきた彼にとってはやはり気持ちが悪いの一言のようである。
見ると横に小さいながらも、大きいそれと同じ模様をした蛇が何匹もいるのである。
シュウにはそれが親子のように見えた。そして、この場は彼らに譲るべきだととっさに感じたのである。
二人で後ずさりして、道の反対側を通って学校へ急いだ。
カーブを回る際に、シュウはもう一度彼らの様子を確認してみたのであった。
親の口から赤く長細い舌が見えた気がした。

寸でのところで門が閉められてしまいそうであった。いぶかしくゆがめるその顔に、げじげじの眉を吊り上げた一人の先生が如意寺の仁王のように待ち構えていた。
「はようせい」
他の生徒はそのほとんどが既に校舎内に入ってしまった後である。
教室に入ると、まるで外国にでも来たような感じを受ける。
シュウの通う学校も日本に住み続けている外国籍の生徒が多い。しかし、世に言うインターナショナルスクールではない。公立である。
アメリカやカナダ、韓国や中国の国籍者が多い。イギリスやフランスから来ている場合も多少あるが一番少ないのはロシアであった。
国際化という言葉で片付けられてきたこの人種の坩堝は、大人の政治が産んだ勝手ではあるが、国境のないこうした出会いの多さを生徒達はそれでも大いに楽しんだ。
何十年もの歳月をかけてこうした環境を作ってきた。日本に多大な貢献をしたという国はビザ無しで自由に入国できた。多大な貢献とはつまり資金援助である。
日本の政治はかつての自民や民主などが争った時代はなくなり、変わりに新しい派閥を生んだ。
大和派閥、環境保護派閥、仏神実現派閥という三つの政党が立ち上がったのである。
大和は従来の残党の寄せ集めであるが、中でも人間の理想は自由にこそあるというものと、生活の発展は未来に不可欠であるという躍進を掲げるものであった。いわゆる革新系統である。
環境保護はその名の通り、グローバルな保護をうたっていた。それでも内部は二分しており、あくまでも人間の社会生活を第一に考えた上でなされなければならないというグループと、生活の自粛、無駄や贅沢を失くすことを訴えつつ環境を守るグループとの対極の場を作っていた。
神仏の歴史を尊重する仏神は、文字通り日本の宗教を前面に押し出したものである。古来の考えこそ真理であり、そうした慎ましき生活の中でこそ幸福はやどり、未来を照らすという解釈である。
だが、様々な宗教の母体が存在するのも確かで党としてまとまるには不十分なところが多かった。実際には習合という合理的な考えに賛同できない団体も多くあり、また、同じ宗派でも本質や伝統が異なると互いに退け合う場面すらあった。
それでも、五十年もの月日をかけてようやく独り立ちを許されたのである。各国がその自立を認めた時代にシュウは学校に入ったのである。

朝礼が始まる。
クラスにつくが早いか生徒の机が一斉に校庭に向けられた。自動式の卓上は使用するものの体型に合わせて高さが調節される。そして、授業が終わるまでは勝手に席を立つことさえ出来ない。窮屈なそれは、小学校から、それ以前から踏襲されていた。ゆえに誰も文句を言うものはなかった。
そして、今から始まる全体集会も慣習である。
校庭の地面より巨大なポールが立ち上がり、その上部に掘られた溝の中から光の散乱を放ち始めた。
やがてその距離の中に大きなオーシャンスクリーンを映した。透過型の画面にはこの学校を運営する理事の顔が導光され浮かび上がった。
机に設置されているスピーカーからその話を聞くというのが朝礼である。時間にしてわずか数十分、次いで校長の話が始まる。二人は専用の部屋からカメラの前に座り話をするのである。
公立でも必ず理事がいる。それは学校というものを運営するために資金を出してくれた人物がいるからである。国に予算がない以上誰かが出資しなければ学校は機能しない。全国の小中学校もそうであった。シュウの学校ではカナダ出身者が協力していた。その息子がゲームを貸してくれたのである。
校長は仏神実現派の系統であった。だからか、常に古文書からの引用で講釈を述べていた。
次に、その週の代表学長からの諸注意と連絡が入る。および生徒会からの報告という流れで構成されていた。
そして、以上のものを聞いた上で話の内容を端的にまとめ卓上からすぐに送信するといった手間までが朝礼であった。
あまり押し付けがましい教育は個性をなくすばかりか自主性を欠くと当初は非難を浴びたが、画一的な方法はむしろ幼年期からの弊害であって、もうすぐ成人となる十八に向かう今ではかえって規律があった方が良いと校長も理事も政府に意見を述べたそうである。
その成果もあり、この学校にはかつての不良という者は全くいなかった。ただし、特出した何かを備えたという者がいなかったのも事実である。
バランスの取れた人間をより多く育成する。確かにそれが今の日本を築いてきたのである。



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Last updated  2010.08.11 09:07:12
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