二十二
城の中に大きな足音のような地響きが続く。
「万事うまくいった。ようやく手に入ったぞ」
「来たか、五陰の主」
例のごとく、ずかずかとあらわれ、勝手を知ったように女の傍に座り込んだ。
「コレだコレだ、まぁみてみろ」
家来の一人が両手を主の前へ丁寧に差し出した。
その上に、塊にして椿の実ほどで全く透明な水晶の如く曇りを持たない玉が置かれた。
向きを変えた家来に今度は女が指を近づける。
親指と人差し指ではさみあげ、天上に向けてかざした。
「ほほう。これが何でも適うという、『祈願の露』、『神の雫』か」
瞳が血走った。
口元は震えていた。
女の、女の胸が激しく躍動する。
男も高まる彼女の感情を具に捉えた。
もはやその力を手に入れた如く振舞おうとしているようにさえ見えたのだ。
「よもや止められぬ。我が力によって、世界を再び」
その様子に、主が諫言した。
「待たれ、待たれ。姫には酷だがそのままでは意味がない」
「何を今更、何故妾の邪魔をしようとする」
横槍を入れられることを嫌う女に肝心なこと伝えようと、主は拳を両膝の上に乗せ身を乗り出して伝えた。
「そうではない、早まる出ないというのだ」
女はきつい目をしながらも、男の口元を見た。
隠し事や嘘をつけば、何かいいわけめいた貞操を保とうとする様子が現れるはず。無理に繕えれば、必ずその場所にボロが出る。そう分かっていたのだ。
だが、男は余裕の様子で、表情もおろか態度も何も変わらなかったのである。
「この雫は元来持っていたとされる者の力を借りねば、その効力を得ることは出来ぬ」
女の、玉を見つめるその目がより一層鋭くなった。
「厄介なのがその所有者だ。我ら鬼一族をもってしてもその所在を掴めなかった。残念ながら・・・」
どのような者が持っていたにせよ、現にこうしてここにある以上、自分の意のままにするだけである。そうと言わんばかりの態度を女はみせた。
「世を震え上がらせた酒天童子ともあろう、五陰の主がわからぬと?ふん、その持ち主の正体を恐それたからではあるまいか?借りるなどというシモベめいた言い訳など似合わぬな」
酒天童子は眉間にしわを寄せ女を睨んだ。
「図星か?ふふふん」
女のせせら笑いに憤りを隠せない様子で、それでも少し落ち着きをみせながら伝えた。
「姫、いや、あえて名乗らせてもらうならば、海龍こと、乙姫が、それでも手が出せず、震撼させる程の相手であることは知っておるぞ」
「ほう、面白い。誰だ?釈迦か?ふふふん」
からかいを、この期に及んでまだそうしたことを言わんとしていた。
「大国主神は、天部の生き残り……大黒のものだ」
「何?」
乙姫は遠い過去を探った。記憶の中に仕舞われた、むしろ甦らせたくはない、それほどの苦い仕打ちが彼女の冷静さを打ち消したのである。
「大黒だと」
主は彼女の震え出した肩を見た上で話した。
「世界をも滅ぼしそしてまた世界を造るという大黒、異国ではそのパワーの前に数多の神がひれ伏すという。我ら鬼族は地獄や宴界に住むゆえ聞き伝えにしか解らぬがあの閻魔でさえ屈服するそうではないか」
口許からつばをとばしながら言い放った。
「しかも、乙姫はその未曾有の力の前になすすべもなく財を奪われたと」
「いうな!ええい、いうでない。それ以上、口にすれば例え酒天童子と言えど容赦はせぬ」
乙姫の首元が煌めいた。龍の鱗が浮かび上がったのである。
瞳の中が蛇のような黒目に覆われる。
白い部分が失われた彼女の目におののいた酒天童子は、頭を垂れ陳謝した。
「ここで力を無駄にすることはなかろう。我も刺し違える程愚かでもない。しかも、姫の力を忘れるほどもうろくしてはいない。激鱗を納めてくれたもう」
「ふん、妾が本気にならば刺し違えなどはあり得ん。それは、大黒とて同じことよ」
「まぁよい。お前に頼みがあって呼んだ。この雫はそれが済んだ後ゆっくりと吟味しようではないか」
元の様子にもどる乙姫は、家来にその雫を渡した。
「何かあったか?」
「うるさい狐がおってな。どうも箱を隠したようだ」
「ほう?稲荷か?」
「鋭いな」
「奴のことは、我が同胞から聞いておった。それに、大黒の所在にも一枚噛んでいるようだ」
「ならば話が早い。餌を撒いて欲しい。これは鬼族ではなければなしえぬこと。頼めるか?」
「御意」
城の中が寒々とした霊気が立ち込めた。鬼と龍のひそかな企てがその冷気を立ち上らせたのである。
筆者の身辺の不幸により、執筆活動の休止を余儀なくされました。
この「僕が僕でなくなるとき」は今回を持って一旦このまま保留とさせていただきたいとおもいます。
再開は、余裕が出来ました際に改めてご報告させていただき続けてまいりたいと思います。
それまで、今しばらくお待ちいただけたらと思います。
いつも勝手を言いまして申し訳ございません。