「007 スペクター」21世紀のボンドにスペクター
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2011.03.05
僕が僕でなくなるとき・・・32
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「シュウ君といったわよね?」
彼女は画面から目を放しピーターの顔を見たうえで、すぐにシュウの方に視点を移した。
「あなた、奇妙な音……聞いたこと……あって?」
音という響きに敏感であった彼には、すぐにそれが父やそして母をも取り巻いたものの事だとわかった。
「金属の擦れるような嫌な音から始まるやつ……ですか?」
「そう。風や木々なんかないのに、急に葉がこすれるような感じのざわめきが聞こえて……かと思うと遠くから、口笛が呼んでいるような……明らかに誘い出しているって感じのね」
シュウは生唾を飲み込んだ。
(同じだ……僕と、父さんと……)
ゲートは椅子を後ろに滑らせて机との間に十分な隙間を作って脚を組みなおした。
研究者特有の着衣、ラボ・コートの長い裾から覗かせるその脚は白く細い。
小柄に見える体は背筋が頼もしく伸びている。
それが、照明に照らされた顔とは対象的に何か自信ありげに写りかえって顕貴に見えた。
彼女の顔は少し疲れたような血色で瞳だけが強調されている印象を受けた。
きれいに手入れされて尖った爪はエナメルの質感に似た光沢を出している。
彼女は手の中でデスコンのモニター操作に使うペンの先と尻側を指先でつまみながら回した。
そして、その尻を勢い良く机の上ではじいた。
一つ一つの動きが、シュウにとって新鮮に映った。
学校の女友達や幼馴染の史江などからは見られないものであった。自立した女性をここまで意識したことはなかったのだ。
「お父さまは呼ばれてこの地に来て……」
そういったっきり彼女は黙ってしまった。
たまらずにシュウは彼女につっかかった。
「呼ばれた?誰にです!」
彼は更に目を丸くした。
「ううん、どうなったんです。それから一体どうなったんです!」
「マァマァ、アツクナルナ」
肩を押さえ、なだめるピーターにシュウは必死に訴えた。
「そんな冷静にいられるわけないじゃないか。ピーター、この人は何でも知ってるというんでしょう?だったら、だったら」
「何でも……か……」
ため息混じりにゲートが言葉を漏らす。顔が下を向いていた。
その様子を見ながらシュウは気持ちを落ち着かせようとしたのである。
また、例の匂いが漂った。
「私は全てを知る神ではないわ。それに近づこうとも思わない。でもね、心の奥底に潜む、探求心……知りたいと言う欲求が体をつき動かすの。どうにも止まらない欲求よ」
「開けてはいけないと言われれば、たとえどんな結末になってもそれを開けずにはいられない。だって、それが人間が人間として生きていくための真理ですもの」
「一つの扉を開けるたび、人は大きく成長する。無駄に歳を取るのではなく、確実に生きていると言う筆跡を残すために扉を閉めることなく、次の者が続いていけるように開けておく。先人がそうしたように、私も同じように開け放つだけ」
彼女が話しを続けるたびに魅了し、まるで催眠術にかけられたような朦朧とした感覚を伴わせる匂いが漂った。
「いつしか人は私のことを、そう呼ぶようになったわ。ふふふ……」
扉に立ち、扉を開け、扉をくぐる。パンドラを容赦なく開ける者。
(だからゲートなのか……橙さんや利二さんとはまるで違うんだ……)
「私は、いつしか、どんなに開けようとしても開くことのない扉を探し当てたわ。この近江の海に眠る黄泉のゲート……」
「黄泉のゲート?」
そうシュウが怪訝な瞳でつぶやくとピーターは深くうなづいた。
「アア、ドウヤラレイノリュウガイキキスルノモソノゲートヲクグルソウナンダ」
「もう少しでその糸口がつかめそうなの。手繰り寄せれば必ずほころびが扉を開く鍵になる。そう信じて今まできたのよ」
「アシアトガ、ソノホコロビトイウワケデサ」
シュウはすぐに反論した。
「ちょっと待って下さい。僕の父さんは?僕の父さんを探してくれているのではないんですか!」
「ダカラ、リョウハ」
ピーターの言葉を遮って、ゲートは急に立ち上がり、テントの前へ歩き出した。
「シュウ君、来てくれる?」
ポケットから取り出したライトを、ゲートは地面に向けて照らした。
そこには父が履いていたと思われるフィンの片側が落ちていた。そして人とは思われないほど奇怪な足跡が少し離れた辺りにあるのが分かった。
更にその足跡のすぐ後ろに、明らかに人間の、しかも女性と見て取れるようなかわいらしい足跡がくっきりと重なっていた。
そして、シュウは次の言葉に自分の耳を疑った。
「この人の足跡、徐々に獣のような足になったと私は見ているの。同じものが変化した……間違いないわ」
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Last updated 2011.03.05 22:19:02
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