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○エセ地域猫活動家・加藤一二三氏、敗訴も反省なし東京・三鷹の「猫に餌やり」訴訟:加藤元名人、敗訴でも「餌付け続ける」加藤一二三氏は野良ねこへの餌やりを「クリスチャンとしての信念に基づく」「動物愛護活動」だとコメントしている。それはコンドームをつけずに性交しまくることを「人類愛に基づく」「少子化対策」と言うに等しいことだろう。「責任」が存在しなければ、餌やりも性交も欲望を満たしたいだけの、自分勝手な行為にすぎないからだ。また、加藤一二三氏は裁判で「屋外での餌付けは飼育でなく、 仮にそうだとしても猫は迷惑な動物でない」と主張している。加藤氏のこの認識こそが一般人や本当の動物愛護家と決定的に異なる点だ。この証言ひとつを取っても加藤一二三氏は「エセ愛護家」「自称愛護家」にすぎないと断言していいだろう。屋外で猫を「飼育」している地域猫活動家といわれる人々がいるが、加藤一二三氏は地域猫活動家とはとても呼べない。○野良ねこへの餌やりは違法ではないが・・法律上、野良ねこは「野猫(のねこ、やびょう)」とも言われ、カラスや鳩、ネズミなどと同じように野生動物とみなされる。鳩に餌をあげる人を責めることができないのと同じく、猫に餌をあげることそのこと自体に違法性はない。そのため、野良ねこへの餌やりは(周辺住民に迷惑をかけても)行政や警察が法律で取り締まることができず、最終的には近隣紛争として民事裁判で解決するしかない。結果的に野放図な餌やりが続けば、餌やり人と被害者住民の溝がかなり深まってしまう。私は無責任な餌やり人が糾弾されることは然るべきだと思う。しかし、怒り心頭に達した被害者住民が憎むのはむしろ猫のほうになることが多いことに危惧を抱いている。○あまりに無責任な野良ねこ餌やり人実際にあった話である。加藤一二三名人と同じように、空き地で野良ねこへ餌やりをしている独身の中年女性がいた。餌をもとめて他の野良ねこが集まり、さらに繁殖でその地域一帯の猫が急増した。餌やり女性は周辺住民から糞や臭い、野良ねこによるいたずら(花壇を壊すなど)を注意されると「この猫は私の猫じゃないから責任はない!」「餌をやってはいけないという法律はないでしょ!」と突っぱねていた。住民から相談を受けた市役所や警察などが何度注意しても聞く耳をもたない。ここで大事なのは野良ねこには何の罪もないということだ。しかし、苦しんだのは女性ではなく罪のない猫たちだった。○合法的に駆除された野良ねこある頃から、その地域の野良ねこたちがやせ衰えはじめた。しばらくするとバタバタと死に始めた。原因は不明だったが、野良ねこの死は「事故死」だったことが分かった。経緯はこうだ。餌やり女性の近所に住む男性が自家製の「アリ駆除剤」を使っていた。その自家製アリ駆除剤は、ペットフードに殺虫剤を混ぜ、庭に置いておくというものであった。しかし、他人の敷地に入ることに抵抗がなく、人間から餌をもらうことに慣れすぎていた野良ねこたちは「アリ駆除剤」もかまわず食べた。その結果、(有機リン中毒かなにかだろう)のら猫たちは中毒症状におちいったのだ。市販のナメクジ駆除剤見た目はペットフードと変わらない○野良ねこは計画的に事故死した?実は、異変に気づいたのは餌やり女性ではなかった。(餌やり女性は異変に気付きつつも関心を示さなかったらしい)気付いたのは、近所に住む別の動物愛護家の男性だった。この人は野良ねこを減らそうと、避妊手術を自費でしていた人だった。具合の悪い猫を動物病院に連れて行くと、獣医師に農薬中毒の症状が見られると診断された。愛護家の男性は苦労して、原因となったアリ駆除剤を使っている家を突き止めた。駆除剤を使用しないよう懇願したが、男性は「アリを駆除する薬を野良ねこが勝手に入ってきて食べるのだ」と答えた。愛護家は他の動物愛護家から、インターネットで「野良猫の撃退法」などとして、同様の方法が紹介されていることを知った。そのため、動物虐待の疑いとして警察、市役所にも通報した。しかし、警察や役所の答えは「私有地で、アリの駆除剤を猫が勝手に食べているのをどうにもできない」というものだった。困った愛護家は弁護士にも相談した。しかし、弁護士の答えはもっと絶望的だった。まず、個人の敷地内で合法的な薬物を使っているのだから、止めさせることはできない。たとえ、男性に野良ねこを駆除する意図があったとしても、それを立証することは不可能に近い。男性はトラブルの前歴もない。野良ねこが勝手に男性の敷地内に入って、勝手に殺虫剤を食べた。単に野生動物の事故死でどうしようもない。 猫を男性宅に近づけないようするしかない。動物愛護に理解のある弁護士の答えすらそうだったのだ・・・かくして、その地域の猫たちは徐々に数を減らしていった。愛護家が自宅に保護した数匹を残して。。。○おどろくべき餌やり女性の無責任さ!さて、餌やり女性である。猫が次々と変死している時、愛護家はもちろん餌やりの女性にも注意をした。「あなたの猫が毒入りの餌を食べて中毒になって死んでいる。保護すべきだ」しかし、餌やり女性の答えは驚くべきものだった。「腹が減っているから毒入り餌を食べるのよ。だから餌をあげるのが対策」こんな無責任な回答があるだろうか!?いや、餌やり女性の無責任さはそれだけではない。それより以前、餌やり女性の猫が捕獲され、保健所に連れて行かれたことがあった。保健所では公示期間といって一週間ほど猫の写真をHPに掲載し、引き取り手がなければ殺処分される。その写真を見て餌やり猫だと気付いた別の愛猫家が餌やり女性に「あなたの猫がHPに乗っている。保護しなければ処分される」と伝えたところ餌やり女性はこう答えた。「引取に行ったら責任をとらされるから保護には行きません」「その猫の子どもや友達に餌をあげるのが死んだ猫への供養になるのよ」猫のことを伝えた女性は愕然とした。つまりこうだ。餌やり女性は猫をかわいがる行為が楽しいからそれだけをする。だが、その猫が行う一切の迷惑行為に責任を取らない。それだけではなく、その猫の命を守る気もない。単に自己満足ができればいい。そんな身勝手な論理に人間と野良ねこは振り回されている。○餌やりは野生動物のペット化であり虐待であるそもそも、猫はその狩猟能力の高さから家畜になった。古代エジプトで麦などの穀物をネズミから守るために家畜化されたというのが定説だ。実際、猫を飼ったことのある人は分かるはずだ。本来の猫の殺傷能力、戦闘能力はすごい。これは野生動物全般にもいえることだが、野良ねこから野生の能力を奪い、生存力を低める餌やりは慎むべきだろう。逆に、猫への餌やりは猫にとってリスクだらけだ。パッと思い浮かぶものだけでも・交通事故・・・これが一番危ない・感染症・・・通常、猫は群れないが、餌やり場では猫同士で感染が広がる・カラスなどの天敵・・・餌は猫だけでなくカラスも呼ぶ。仔猫が狙われる・動物虐待・・・猫が憎まれる環境を作り出せば、虐待者も出てくるだろう野良ねこ・・・野生動物は、安全面から言っても、人間のいるところに近づけるべきではないし、人間が徒に干渉すべきではない。彼らをリスクにさらすだけだ。それなのに、餌やりで猫をリスクに晒しておきながら、猫を守る手立てを講じないというのは、断じて許し難い無責任の極み。児童虐待などで多いネグレクト(放置、責任放棄)そのものだ!自分が楽しいことだけやって、相手に責任を果たさない・・・これをあえて強い言葉で言えば女児に性的虐待を加えた上にネグレクトしているようなものだ。私が「餌やりは動物虐待」というのはそういう意味である。○餌やりは「飼育行為」であり、猫を集めるのは「迷惑行為」である環境省や各自治体の動物関連部署のHPを見ると「餌やりは飼育行為」であるとされている。野良ねこ餌をやった時点で、その人は「占有者、所有者」であり、餌やり人は責任をもつべきだという。もっとも、動物愛護法など法律にはそのような明記はないが、私は猫が好きだからこそこの解釈に同意する。餌やりというのは「道楽」にすぎない。本当に猫を愛するということは責任をもって「飼育」するということだ。餌やりをしている人はどうか、責任をもって猫を大事に飼育してほしい。たとえば、猫を「屋外飼育」している地域猫活動家と呼ばれる人たちがいる。地域猫活動家は「私たちは猫を飼育している」と明言している。責任もきちんと果たしている。猫が他人に迷惑をかければ謝罪する。猫が病気になれば動物病院の先生に診せる。だが、本物の動物愛護家は、残念ながらごくごく少数と言わざるを得ない。たいていが自称「地域猫活動家」のエセで、その実態は「道楽餌やり人」にすぎない。さらに、そのような熱意ある活動家でも「野外飼育」を成功させることは至難だ。おそらく猫という動物は本来の性質からして屋外"飼育"がきわめて難しく、周辺住民とのよほどの理解と協力がなくては不可能だからだ。地域猫活動家の人々の熱意や努力だけではどうしようもない。○野生動物を餌付けするのは人間の道楽そもそも、野良ねこは野生動物である。それを餌付けすることは人間の楽しみのためである。猫のためではない。「餌やり」と「動物愛護」の間には天地ほどの開きがある。こう言えば分かるだろうか?「動物愛護」は結婚「餌やり」は援助交際だから、私は餌やりは断じて動物愛護ではないと考える。餌やりは人間の勝手で野生動物を自然から引き離す行為、つまりペット化(餌付け)だ。自分の勝手で自然界から引き離したのだから、餌やり人が猫に責任を持つのは当然だ。責任を持てないのならば猫を飼う(猫に餌をやる)べきではない。この報道を見て、加藤一二三氏を含め、改めて無責任な野良ねこ餌やり人に怒りを覚える。不幸な猫を増やさないことそのために、自然の猫を自然から引き離して、むりやり自分のエゴに羽交い締めにしないことそれが本当の意味で動物を大事にするということだ。どうしても餌やりがしたいのなら、小さな無人島でも買い取って、野良ねこをそこに放し「野良ねこアイランド」を作ってやればよいだろう。
2010/05/13
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ドラム式洗濯機で困るのは、排水管つまりが起きやすいことだ。ドラム式洗濯機は節水をうたっているだけに、使用水量が少なく、排水管を水流で洗い流す力も弱い。従来の縦型洗濯機で排水管詰まりが起こりにくいのは使用水量が多いためだ。つまり、よく節水して、洗浄力も強いという優れたドラム式洗濯機ほど排水管詰まりが置きやすいという宿命がある。日立のビッグドラムはまさにこれで、我が家のビッグドラムも排水詰まりを示す「C-2エラー」が頻発するようになった。しかし、本体重量80キロの巨体は動かせず、排水管を洗浄することができない。排水管のつまりの主な原因は石鹸カスで、べたべたの石鹸カスに糸くずや髪の毛がくっついて絡まることによる。つまり、石鹸カスを溶かせれば、糸くずはほどけて流れるので、多少の排水管つまりはメーカー修理を頼むことなく、自力で何とかできる。使ったもの。サンポール(200円ぐらい)サンポール 500ml:大日本除虫菊液体パイプクリーナー(300円ぐらい)強粘度 パイプクリーナー 800g:旭ケミカル(1)糸くずフィルターをはずす。(2)フィルターがはまっていた穴の奥に液体パイプクリーナーを1本分流し込む ※入りきらないなら入るだけの量で可(3)1~2時間放置(4)同じ穴にホースやコップで水を1~2リットル分流し込む(C-2エラーが出なくなっていたら、洗濯物を入れないカラ洗濯を1回する)(5)同じ穴にサンポール1本分を流し込む ※入りきらないなら入るだけの量で可(6)30分~60分放置(7)水1~2リットル分流し込む。※(4)と同じ容量。(C-2エラーが出なくなっていたら、槽洗濯コースを1回するのがベスト)パイプクリーナーやサンポールの標準放置時間の2倍ほど長く置くのがポイントだが、当然、自己責任で。さて、これでたいていのつまりは解消できる。多少の排水つまりなら液体パイプクリーナー(アルカリ性)だけでも何とかなるが、特に木綿の糸くずが多いとアルカリ液に強いので、酸性のサンポールを使わないとどうしようもない。しつこい汚れなら(1)~(7)を2回繰り返す。1回500円程度のコストでできるので、なにもエラーが出なくても予防的に3ヶ月に1回ぐらいはやるとよい。ただ、2回繰り返してもエラーが出るなら、ナイロンなど酸・アルカリに強い化学繊維のつまりや、別系統のつまりも考えられるので、電気屋さんに来てもらうしかないだろう。そうなると、修理代は5千円~3万円ぐらいらしいので、ドラム式洗濯機には5年以上の長期保障は必須ということだ。そもそも、この状態に陥らないのが一番いい。【ドラム式洗濯機で排水系のつまりを予防する心得】1.スピードコース、すすぎ1回コースは極力使わない。(大事!)・・・すすぎ水が少ないと、石鹸カスがたまりやすくなる。すすぎは2回以上で。2.洗濯物は容量の8割まで。(大事!)・・・排水スピードが極端に遅くなり、石鹸カスがたまりやすくなる。糸くずも一度に大量に出る。たとえば、洗濯容量6キロの洗濯機なら4キロまでというように。洗濯物の重さを見る目安として、最近のドラム式は投入する洗剤の量が示されるが、どの社でも0.8杯を越えないのが8割の目安。3.なるべく毛布は洗わない。・・・上記2と同じ理由。糸くずの量が半端ない。乾燥までするとえらいことに。もし毛布を洗濯・乾燥したら、その後は槽洗浄コースを必ず1回やるぐらいの用心が必要。4.月1回は槽洗浄コース。・・・水量が多く、排水管のつまりを押し流せる。洗濯槽クリーナーは排水系の石鹸カスもある程度分解するので使ったほうがよい。クリーナーは市販のものでもよいが、排水エラーがよく出る洗濯機では、メーカー純正品を。アルカリ成分の濃度が段違いに高く、石鹸カスの分解力が高いため。洗濯槽クリーナー (THKA)日立 洗濯槽クリーナー SK15.3ヶ月に1回はパイプクリーナー。・・・上記4だけでは分解できなかった排水管の石鹸カスにはやはりパイプクリーナー。粉末のものは投入しにくいので液体で。6.糸くずフィルターは毎回掃除する。・・・基本中の基本。フィルターにたまった糸くずは濡れてベタベタしていて「なんだかヘドロみたい」と嫌う向きもあるが、あれは洗濯してすすいだ糸くずなので、生物学的には無菌に近い衛生的な糸くず。予防的にこれだけやっていれば、電気屋さんのお世話になる確率はグッと減るわけだが、せっかく節水で節約した分が、クリーナー代や電気代で消し飛んでしまうのでは??という疑問を、パナソニックの町の電気屋をやっている親戚にメールで投げたところ。「ドラム式のメリットはボタンを押せば乾燥まで終わってることだから(笑)」という1行メールが返ってきた。・・・・なるほど。
2015/02/11
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TV、映画化もされた浅田次郎 不朽の名作「壬生義士伝」貧困のため愛する故郷を去り、新撰組に入隊。土方歳三をはじめ齋藤一や沖田総司ら剣客に一目置かれるほどの達人ながら、出稼ぎ浪人と蔑まれ仕送りを続けた質朴な吉村貫一郎の姿が、サラリーマン世代を中心に共感を集めつづけている。その壬生義士伝上下2巻の最後を締めくくるのは、最大の読ませ所(泣かせどころ)といわれる全漢文で書かれた親友・大野次郎右衛門の手紙だが、いかんせん漢文のため読みにくいとの声もある。そこで、私なりにできるだけ正確を期して現代語訳してみた。断って置くが壬生義士伝を最初から読まずして、この手紙の真意は読みとれないだろうし、感情移入もできないだろう。必ず本を読んでほしい。------------------------------------謹啓 寒中の折 御全家御前ますますごお栄えの事のことと 大いに慶ばしく存じます大坂(蔵屋敷)勤務以来 あまりにもご無沙汰すぎて恐れ入ります突然手紙でかように大事なお願いを申し上げること この上なく失礼と承知しておりますご無礼を重々承知しておきながらではありますが この件につきましては 拙者一生のお願い事とご理解くださり なにとぞお聞き届け願います首を垂れ手を合わせお願い奉りますこの度の奥州騒動(秋田戦争)の件につきましては 風聞をお聞きおよびでしょう さぞかしご心配くださっているかと存じますはなはだ不本意ながら 戦乱の件は(盛岡藩の敗北で)とりあえず落着し ついては拙者は逆賊の首謀者の大罪と裁かれ いま盛岡城下の寺にてご沙汰(斬首処分)を待っている次第でございますこの書状がご尊台(あなた様)のもとに届いた頃には 既にご沙汰が下っているでしょう (ですからこの書状は)拙者の遺書とお心得くださって なになにとぞ ご無理ご無礼を お聞き入れ願いますよう お願い申し上げますさて この手紙を持参した者 名を佐助と申し 拙家(大野家)に永らく忠勤してきた中間(召使い)でございます容貌いかめしい大男でございますが この度の戦では常に拙者の馬口(馬引き)を務めた忠義の者ですので どうぞご安心ください お願いというのは 寒中佐助に同行し盛岡の国を出てきた少年のことでございますこの者は我が藩の縁故のご子息ではありません むろん 拙者の家系の者でもなく ただ 拙者の組付配下(直属の部下)の足軽の息子でございます主家縁故のご子息をさておき ましてや 拙者の家系の者もさておき 足軽の息子一人を ご尊家に委ねようとする理由を 残さずお聞き入れくださいこの者の父 姓名を吉村貫一郎と申す者で 去る鳥羽伏見の戦中 討ち死にいたしました(この者の父が)文久二壬戌の年(1862年) 盛岡の国を脱藩した時 この者の母は決死の夫が盛岡に帰ることはなかろうと 未だ生まれざる子に (父と)同じ貫一郎の名前を与えましたよってこの者 姓名を吉村貫一郎と申しますご尊台様に重ねてお願いします この先この者の姓名を変えることないようご配慮ご養育たまわれば幸いの至りでございますそれならば このような大事なお願い(養育の願い)をした上で さらなるご無理(姓名不変の希望)を申し述べる理由を しっかりご説明申し上げますこの者の父は誠の南部武士にてございます義士でございます身分はわずか二駄二人扶持(俸禄:米14俵に相当)の小身(下級武士)なれど その人格は質朴(偉ぶらない)誠実 高邁(志高い)潔癖にして賤しいところがなく まさに本邦(日本)の武士道の鑑(かがみ)でございます天保五年甲午の年(1834年) 盛岡城下の上田組丁同心屋敷に生まれ それ以来 日々怠ることなく勉学に勤しみ 撃剣に励み ついには 藩校講学の助教(教官)兼剣術教授方の大任を務めるまでになりましたその学識 技量 藩士の中でも抜群でしたので (本来であれば)立身出世につきましては しかるべき処遇にあるべきですが なにぶん足軽という小身の生まれでございますので 昇格は叶わず さらに藩政が窮迫していた時期のため お役目料などの御代物(報酬)を 特別に給することもできず ただ (父祖)代々受け取ってきたわずかな禄(二駄二人扶持)のみで妻子を養っておりましたそれでも 生まれついての質実で身のほどをわきまえ あえて富貴を欲せず 道を良く知り 貧賤をいやがることなく 同輩の窮状を思いやり 拙者をはじめ 上司の情けにも頼らず 赤貧を洗う窮迫切実の日々をすごしておりました重ねて申し上げますこの者の父は誠の南部武士にてございます義士でございます天保の年以来 百姓領民が(不作で)飢え 空腹のあまり眠れぬという惨状を察し この者の父は 己一人の栄達(出世)を潔しとせず 仁慈(思いやり)の衷情(誠意)をもって貧しい身の上に甘んじておりましたよくよく思慮するに 学識や技術の卓越というものは ひとえに各人の努力精進のたまものであるのに その質力(実力)を評価できなかった事は 組頭としての拙者の不徳のいたすところでございます 面目ありません拙者は盛岡藩の勘定方差配(経理責任者)のお役目を与えられ 多年にわたり奮励努力いたしましたが このように 藩の財政を回復できず 百姓領民の苦渋を救済することもできず 藩士の生計(の救済は)言うに及ばず ついに 吉村をはじめ有能の士をして 脱藩の挙におよばせました 多くの罪わざわいはすべて 勘定方たる拙者ただ一人にありますですから拙者は 不倶戴天の賊(決して許されざる罪人)であります(しかし)天朝のご沙汰をお待ち申し上げる身なれど 錦旗に弓を引いたことについては いささかも悔悛(後悔反省)の念などなく ただただ(藩財を立て直す勘定方として)お役目の至らなかったことだけが 万死に値する大罪と存じておりますむろん近々斬首の土壇場に臨んだ際には拙者は非力のため 窮状を救うことができなかった百姓領民足軽同輩諸士に向かい 心よりお詫び申し上げますそもそも 拙家は代々四百石もの大録を賜り 組付の足軽三十人余をあずかる身であったにもかかわらず ひたすら藩政の安泰に粉骨しお殿様とその家名の安寧にのみ奔走してきたことが 大きな間違いでございました畏れ多くもこのたびご公儀(徳川)と幕閣のご失態の原因は 拙者の間違いと同様 百姓領民足軽郎党の苦難をみじんも斟酌することなく 長年幕府の安泰と家名こそが大事と執心してきたことにあると拝察いたしますこのような事が すなわち 忠義であるはずがなく ただ単に各々の保身にすぎません愚なことに拙者も忠義の言葉をかりながら知らぬうちに保身を計ってきたのですですから幕府が転覆したのも 公方(徳川)様ご災難の顛末も ことごとく天誅と存じます 私の四百石の俸禄は民の脂汗 徳川様の八百万石もまた民の汗 民の血にてございます 昔からこれ(民の苦労)により 武士は武士たる長年の優位を保ち続いてきたのであります言うまでもなく士農工商の分別など笑止千万の勝手な理屈でしたので 早速天誅が下り 武士同士が相撃つところとなりましたつまり 黒船来航以来 攘夷論が 世の中をおおった(武士の世が終わった)という経緯は 全部幻影にございます (真実は)徳川幕府成立以来二百六十余年 各家門が世襲の代を重ね 士道がうしなわれ (武士は)保身しか考えない獣の群れとなり果てた(滅びた)のですしかしながら 蛮勇で無能の獣の中ただ一人 赫々たる(立派で本物の)武士の鑑がここに有りました重ねてお願い奉りますこの者いまだ少年ではございますが この者の父は 誠の南部武士にてございます義士でございます拙者がご家老の楢山佐渡様をはじめ御重臣の方々に意見し 天朝に刃向かって戦乱を起こすに及んだ理由は ただこの一つの思いにありますこの者の父吉村は 身命をおしまず妻と子供のために戦いました その行いを軽率な輩の賤しい行いだと言い下す者が 多々いましたが 拙者よくよく思いを巡らしたところ その行いは まさに男子の本懐 士道の精華と思い至った次第ですよって拙者は吉村貫一郎の士魂を 南部一国と 取り替え申しました妄挙(無分別)だ狂気の沙汰だという 非難は十分覚悟の上でございますしかしながら この後予定どおり 御一新がめでたく成功し 統一された皇国が確立されすべての段取りがうまくいったとしても 万一 一兵が妻子をかえりみず滅私奉国すること これをもって義となすような世の中になれば かならずや 国破れ 異国の奴隷となり果てるであろうと拙者は固く信じておりますわが国日本人は 古来より義をもって至上の徳目としてきました しかしながら 先人が意図をもって 義の一字を盗み意味をすり替え 義道とは忠義のことであるであると定めました 愚かなことです かくのごとき詭弁(人心を惑わす弁)こそが天下のあやまりでございます義の本領は正義に他なりません 人の道の正義をこそ(義と)いうのでございます義がひとたび失われれば かならずや 人の心は荒れ果て 文化文明がいかに興隆しようと関係なく 国があやうくなることでしょう 人の道の正義を道をかえりみずして 何の繁栄や幸福がありましょうか日本男児が 身命を惜しまず妻子のために尽くすことは 断じて賤しいことではなく 断じて義の行いであると存じますよって拙者は後世の万民のためと思い定めそしてそう信じて母国南部 父祖の地盛岡 郷土の山河 ことごとくお殿様をはじめご家門の方々 ご朋輩 郷友の皆々様むろん拙者の一族の者の命も ご一新の皇国に捧げましたさいわい城下の焼失はのがれましたが この後お国替え減封の罪状をまぬがれないでしょう また 幸い死を逃れたとしても 皆々様が賊の汚名を着せられ 辛酸を嘗めるであろうことは必定でしょうしかしながら 南部士魂の一滴が 苦難の後に残ったならば その一滴は 北上の大河となり ご一新の皇国を 必ずや正道に導くことでしょう吉村貫一郎が常々申していたことがあります南部の桜は岩を割って咲くと(拙者は)その一言に感銘し 非力ながらこれまで実力以上の精進をなすことができたのです(今までの人生を)省みてこのような結果となったこと 力の及ばざるところではありますが 私個人の努力精進という点においては一片の後悔もありません 岩を割って開花する春は来たらずといえども ここまで死力を尽くした事は 士道の冥利と存じています畏友(尊敬する友)である吉村貫一郎君の最後は 誠に見事でありました死に臨んで五体をことごとく妻子に捧げ尽くしたその亡骸(なきがら)には 血の一滴すら残っておらず わずかに死顔に 涙がひとすじあるのみでした何度言っても言い尽くすことはできませんこの者の父は誠の南部武士にてございます義士でございますどうか心よりお願い致します ご尊台 この少年をお膝元に留めおき給わりご配慮ご養育くださいませ平伏し手を合わせ 心より お願い奉ります義士の血脈が いつの日にか岩を砕き 枝もたわわに開花することを 夢幻の中で慶賀してこれにて筆を置かせていただきます 恐惶謹言(敬い申し上げます)明治二年己巳二月八日 大野次郎右衛門 拝江藤彦左衛門殿 御侍史------------------------------------〔追記〕江戸幕末の一俵は現代の価値で5~7万円。吉村貫一郎の二駄二人扶持(14俵)は、年収100万円未満の給与ということになる。しかも、この頃の盛岡藩はほぼ隔年で無収穫という悲惨な有様であった。
2007/07/21
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●舞台の背景が安いネタバレはしないので、詳細は書けないが脳に感染して人格を凶暴化させる病原体(ウイルス?)が風土病的に存在する雛見沢村で病原体に冒された登場人物たちが猟奇殺人の犯人になったり被害者になったりする。さらに、そこに核兵器に代わる軍事兵器としてその病原体を研究している右翼結社が絡んでさあ大変・・・というのがざっくりとした「ひぐらしのなく頃に」のストーリーだ。この設定こそが「ひぐらし」の中核、核心、心臓なのだが、ここからしてもう安い。まず、どうやら作者はウイルスと寄生虫の区別がついていないらしい。(苦笑)病原体の性質からしてウイルスに近いものだと思うが、作中「寄生虫」とくり返し、たまに細菌としているのには呆けた。●国際条約は無視しても非核三原則には忠実な過激派おおもとの事件の黒幕は過激派右翼結社だが、その理念がまた安い。日本は脱アメリカ依存して軍事国家に戻らなければならない。そのためには、核兵器のような強力な武力が必要だ。だが「日本は非核三原則で核を放棄したから」代わりに生物兵器を研究する。そこで雛見沢の病原菌に目をつけたからだ、という。おいおい、生物兵器の研究をしていたまではよくても、さすがに核の代用にしようとしてたという設定は笑止だ。そもそも、生物兵器は核よりずっと前に国際法で禁止されている。非核三原則は頑なに守るが、生物兵器を禁じた国際法は無視というロジックが陳腐すぎる。だいたい核兵器と生物兵器では格段に威力が違う。核の破壊力は他の兵器とはケタが違う。だから北朝鮮のような貧国が核保有国となり、外交的優位に立とうとすることはできても、生物兵器でそれをすることは決して叶わないのだ。北の将軍様レベルの分別もない右翼結社が「ひぐらし」の黒幕というのは・・・いかにも安い。●トリックが安易ミステリー、ホラー、サスペンス、推理・・・「ひぐらし」がどのジャンルに分類されるにしても、このトリックは酷い。はっきり言って、陳腐レベルを通り越してウケを狙っているのではと思うほどだ。ひぐらしのトリックは後半から明かされてゆく。さんざん読み手を悩ませてきたトリックだが、おおむね4つに帰結する。・偶然、たまたま・勘違い、被害妄想・超常現象・トリックを明かさない・・・酷いが、プレイした人はみんなこれが本当だと知っている。ひぐらし前半の謎に仕掛けられたトリックはこの4つで説明されるのだ。偶然、勘違いという偶発的要素が、計算どおり起きることを「ひぐらしご都合主義」という。ひぐらしの世界では、ご都合主義は意志の力でいくらでも起こせる前提なのだ。これは私の揶揄ではなく、作者自身が認めている前提だ。詳しくは言えないが、ひぐらしご都合主義が起こっていることを発見せよというのが、作者の意図らしい。だが、後述するが、私はこれは詭弁だと思っている。超常現象はトリックとしては禁忌だ。しかも、最初からホラーならともかく、ひぐらしの前半は超常現象色を見せないようにしている。だが、後半からガラリと超常現象一色に染まり始める。最初からトリックを理論的な何かで考えた人は、ここでゲームを投げ出しても仕方がない。なお明かされないトリックについては、ひぐらしwikiなどでプレーヤーが思い思いの答えをつむいでいるがたぶん、作者本人は明確な答えを作っていないものと私は確信している。元の同人ソフト時代、半年に1作というスローペースで発表されていることそして、「ひぐらし」の前半部分と後半部分の作者が変わったか!?という程のカラーの違いそれらを合わせると、前半で謎や伏線を使いすぎたが、後半自分では収集がつかなくなったので、プレーヤー丸投げに切り替えたと見るのが妥当だろう。そして、その手法は熱狂的なファンが集まりやすい同人ソフトにおいては使いやすい。作者自身も考えていなかった「解答」を受け手が勝手に作ってくれるというのは、エヴァンゲリオンの時と同じだ。謎をぼかしていれば、プレーヤーが勝手に推理を働かせてくれる。二次創作、謎解きサイトの盛況振りを見ていると、この目論見にズバリはまったプレーヤーは多いようだ。作者にハメられて、というより自分で好き好んでという人も多い様子だ。いずれにせよ、目論見が見事に機能しているあたりには、確かに作者の卓越したセンスを感じる。●癖馬は名馬になるが、駄馬は駄馬だが、冷静に見た場合、ひぐらしのトリックはやはり安っぽいか無理がある。そもそも、「ご都合主義」そのものがテーマであり主題のゲーム。斬新だ!という意見もあれば。そんなもん読み物として成り立つか!という意見も少なくない。まあ、はっきり言って読み物としては成り立ってないだろう。商品にはなっている様子だが。ただ、これをアニメや漫画や映画にすると、ひぐらし本編以上の惨劇が起こる。元が同人ゲームという、きわめて寛大な世界で通用してきたものを、一般人を対象としたPSやDSで発売することすら問題があった。案の定、同人ソフト時代には巻き起こらなかった「ひぐらしご都合主義」批判が広がってしまった。そして、漫画はともかく実写版映画は一番まずかった。原作がしっかりしていても実写版は往々にしてコケるのだ。原作が安っぽいのに、どうやってヒット映画を作れというのだ?案の定、この手の憎まれ役を引き受ける駄作メーカー・及川中が監督をつとめたが、映画版は「金返せ!」「映画なめんな!」怒号の嵐である。弁護するつもりもないが、及川中監督は実力がないわけではない。彼は原作がダメ、もしくは映画化になじまない作品をよく引き受けるのだ。原作が悪くなければ「冨江(1999)」のように中ヒットは生み出せる。だが、「ひぐらしのなく頃に 映画版」は及川中のこれまでの作品の中でも最悪・最低の評価である。たぶん、原作のクオリティがずば抜けて低い上に、低予算で役者を確保できなかったためだろう。出来のしっかりしていない原作を加工することも、進化させることもままならない。こういうものをメディアミックスしても決して良品は生まれないという典型が、打ち切られた深夜アニメ、非難轟轟の実写版映画という結果に顕れている。
2009/04/26
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「この人、痴漢!」と言われたら 760円 送料無料見知らぬ誰かの一言や警察官の思いこみだけで、自分の人生が奪われるとしたら─。痴漢から殺人まで、実例をもとに、冤罪の生まれるメカニズムと、被害を食い止める術について考える。〔常に携帯しておくもの〕・身分証(免許証・社員証・保険証)・名刺(住所、氏名、連絡先の記入されたもの)・携帯電話またはメモ(当番弁護士の連絡先)※当番弁護士制度とは(日弁連)http://www.nichibenren.or.jp/ja/legal_aid/on-duty_lawyer/ケース)女性の勘違いで「この人痴漢です」と駅員に引き渡されそうになった。駅員「痴漢ですか? ちょっと事務室で事情を聞きましょうか?」 貴方(身分証を提示、名刺を渡す)「私は痴漢ではありません。私を痴漢と決定づける証拠があるのなら別ですが、それもありません。あなた方がやろうとしていることは、法的には私人による現行犯逮捕にあたりますが、住所・氏名が明かで逃走のおそれがない人を現行犯逮捕することはできません。」※刑訴法第217条[軽微事件と現行犯逮捕] 三十万円(略)以下の罰金、拘留又は科料に当たる罪の現行犯については、犯人の住居若しくは氏名が明らかでない場合又は犯人が逃亡するおそれがある場合に限り、第二百十三条から前条までの規定を適用する。 → 被疑者が身分証明書を提示するなどして住所氏名を明らかにした場合は、逃走のおそれがなく現行犯逮捕をする必要が認められない。---------------------{痴漢は50万円以下の罰金だが・・・}痴漢は迷惑防止条例などで通常50万円以下の罰金であり、刑事訴訟法217条の「30万円以下」よりも重い犯罪だから、身元が明かでも現行犯逮捕できるとトンデモ主張する人がまれにいる。しかし、これは法律の文言をそのまま拾っただけの、稚拙な解釈と言わざるをえない。おそらく、そもそもなぜ現行犯逮捕が認められるのかという理論や、判例や通説の勉強をしていないのであろう。結論を先に言えば、軽微犯罪以上の犯罪でも、逃亡のおそれがない者を正当な理由なく逮捕することは不当逮捕にあたるというのが判例であり、通説である。【重要判例】刑事訴訟法217条は、軽微事件の現行犯逮捕については、罪証隠滅の虞れを理由とすることは許されず、逃亡の虞れがある場合にのみ許されることを規定し、現行犯逮捕の場合にも逮捕の必要性を要することを前提とした規定であると解するのが相当である。従って現行犯逮捕においても逮捕の必要性を要するが、現行犯の場合は、犯人の氏名、住所等の身元関係が明らかでないのが一般であるから逮捕の必要性は事実上推定されることになる。(山口地裁判決昭和62年7月21日)つまりこの判例を3つに要約するとこうなる。・軽微犯罪では「証拠隠滅するかもしれない」という理由で現行犯逮捕してはいけない(・重大犯罪では「証拠隠滅するかもしれない」という理由で現行犯逮捕してもいい)・軽微or重大犯罪、どちらにしても「身元の明かな人」な人は逃亡のおそれありとして逮捕の必要性があるとはいえないすなわち、痴漢の現行犯逮捕においても、身元が明かな人間を逮捕することは許されず、正当な理由無くこれをしてしまえば不当逮捕となる。参考> なっとく法律相談 「現行犯逮捕とは」現行犯として逮捕するには、以下の要件を満たさなければなりません。これらの要件を満たさないとき、「不当逮捕」となるのです。現行犯逮捕と逮捕の必要性 by 法律家ゴマさん---------------------ケース)それでも駅員が事務室に連れて行こう(現行犯逮捕)とする駅員「逮捕とか、そんな大げさでなく、話を聞くだけですから来て下さい。」 貴方「お断りします。そちらで警察に連絡するなりして、連絡は先ほどの名刺のところにどうぞ。失礼します。」 駅員「ちょっと待って!(引き止める)」 貴方「どうしても事務室へ連れて行くおっしゃるのですか。逮捕する必要がないのにそういうことをすると、不当逮捕ですよ。(誤認した女性に)貴女はどうしますか?貴女が現行犯逮捕したことになりますが、駅員さんの言うとおりでいいですか?私が訴えたら、駅員さんと貴女は刑法220条の逮捕監禁罪に問われるかもしれませんよ。」※刑法220条[逮捕監禁罪] 不法に人を逮捕又は監禁したる者は3ヶ月以上5年以下の懲役に処す。→ 身元を明らかにしている者の開放を拒んだり、力づくで事務室に連れて行く事はできない。ケース)有無を言わさぬ雰囲気で駅員室に連れて行かれた。 まず、連れて行かれる途中にでも、すぐに当番弁護士に電話し、来てもらうよう依頼しましょう。弁護士が不在でも、留守番電話に折り返しの連絡先を録音しておくなどしましょう。担当弁護士の名前、弁護士事務所の名前を確認しましょう。ケース)警察が来て身柄を拘束されそうになった警官「きみ痴漢やったの?名前は?とりあえず署に来て。」 貴方「まず、先ほど当番弁護士の◯◯弁護士に電話しました。こちらに向かっています。」※弁護士の存在を示すことは警察官が職権乱用行為、ひいては誤認逮捕に及ぶのを抑止する作用が期待できます。警官「弁護士は署に来てもらうから、とにかく同行して。」 貴方「私が痴漢であるという証拠もないし、こうして身元を明らかにしてるから逃亡のおそれもない。聴取をしたければあとで出頭要請していただければいいのだから、いま同行する必要はないはずです。私を今すぐ解放するよう強く要求します。」警官「それはできないんだよ。お話は署で聞くから。」 貴方「いま署に行くということは現行犯逮捕ということになります。証拠も逃亡のおそれもないのに現行犯逮捕していいんですか?後で出頭要請をすればいいでしょう。それでも不当逮捕するというのであれば、弁護士と相談して刑法第194条の職権乱用罪で訴えますよ。」※刑法第194条[特別公務員職権濫用罪] 裁判、検察若しくは警察の職務を行う者又はこれらの職務を補助する者がその職権を濫用して、人を逮捕し、又は監禁したときは、六月以上十年以下の懲役又は禁錮に処せられる→ 現行犯逮捕の要件を満たさない者を、警察が逮捕したり身柄を拘束したりはできない。※警察官が来たら、必ず「繊維鑑定」を求めましょう。「弁護士が来るまで同行には応じられませんが、でも、繊維鑑定のための採取は是非やってください」と言うのです。鑑定キットがないと断られても「そこら辺のテープでもいいから、手に付いている繊維を取って調べなさい!」と強く言いましょう。これは、万一逮捕に至っても、起訴判断や裁判で有利な発言になるでしょう。ケース)運悪く、分からず屋の職権乱用警察官だった。貴方「当番弁護士をよびました。弁護士が来るまでお話も同行もできません。」 ・・・と言って何を言われてもガンとして黙っておく。 やがて弁護士が来たら、ここまでの違法逮捕(未遂)の経緯を説明する。弁護士からそれまでの不当な逮捕手続きについて抗議がなされ、あなたはその場から解放されるであろう。(たぶん弁護士がすると思うが)女性、駅員、警察官の所属と氏名、連絡先を必ず確認しておこう。後は民事・刑事の訴訟を起こすなり、弁護士と相談して決めるとよい。補足)現行犯逮捕は人権侵害と紙一重 ~被害者なのに加害者に…なお、「(準)現行犯逮捕」というのは非常に特殊な条件下でのみ私人(普通の人)に認められる人権制限行為です。痴漢を捕まえるのはもちろん良いことですが、当然ながら間違いは絶対にあってはなりません。無実の人を逮捕することは、人権侵害行為であり、法的にも社会的にも制裁をうけるべき許されない行為です。その点をあいまいなまま「この人がやったのだろう」として、貴方を現行犯逮捕しようとした女性は逮捕監禁罪に問うことができます。ですので、女性も「間違いでした、すみません」では社会的に済まされないことを知っておかなければなりません。誤認逮捕をされた方が、女性を訴えるためには、しておくべきいくつかのことがあります。ですが、今回、その具体的な方法を書くことは控えておきます・・・某タレントのような女性はごく一部で、普通の女性は良心と常識があると信じたいからです。「痴漢は許してはいけない。だが間違いは決して許されない。」女性はこのことを常に心がけ、また女のお子さんをお持ちの親御さんは、そう言う風に常に教えるようにして欲しいと思います。
2007/02/16
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●病原体の設定があまりに陳腐で無知この期待の病原体・・・作中の文言によると「寄生虫」・・・らしい?が感染者の雛見沢症候群は、感染者は発症すると凶暴になるが、すぐに喉をかきむしって死んでしまう。さらに潜伏期間が長く、しかも極度の精神状況にならないと発症しない。おおよそ生物兵器としては、まったく使えない病原体が、なぜ核の代用とまで期待されたのやら・・・ちなみに作中では「国の運命さえ変えかねない」とまで持ち上げられる。この病原体がある意味で「ひぐらし」の主役なのだが、なんとも安い主役だ。安いのは、作中の人々の病原体への期待だけではない。その設定もチープというか、ずさんというか・・・●猛烈な感染力を持つ透明な寄生虫この病原体「基本は空気感染で、経皮的にも感染する(作中)」という設定らしい。現時点、地球上には存在しないほど感染力が強い。正常な皮膚組織をすり抜けて体内に入る?という感染力は猛烈だ。もっとも運動力のあるレプトスピラのような寄生虫なら話は別だ。だが、空気感染するなら、気流に乗れるのだから、サイズは少なくとも細菌以下だ。レプトやトキソプラズマなど脳内感染する寄生虫は空気感染できるほど小さくはない。(ウイルスは基本的に運動性がない。だからインフルエンザウイルスは咳を出させて外に出る)つまり、作者が示しているのはウイルスでも寄生虫でもありえない。それをフィクションだからアリとするか否か・・・?「ひぐらし」は不条理小説ではなく「謎解き」で味わうゲームだ。謎解きをする大前提として、一定の常識を踏まえるという約束・ルールがある以上病原体の設定ミスはナシにしてもらわないといけない。●なぜか発見不能の病原体この病原体、作中ではどうしても発見できなかったという。宿主の死後、数時間で溶解するから見つからないのだという。実際は寄生虫が溶解したとて、解けた虫体タンパクが残るので分かる。「溶解後はごく普通の成分となってしまう(作中)」って何て非科学的なことを!?と思った。血液や髄液に含まれるタンパクは、アルブミンなどごく限定されている。だいたい、異タンパクだから脳炎やリンパ節の変化が起きるのだ。ごく普通の成分って何ですか?しかも、リンパ節の異常で喉をかきむしったというのに、「ひぐらし」中の警察(鑑識)は「死因は不明」という。薬物やウイルスが検出されないというのはまだアリにしても、これはない。創傷部位のリンパ節の異常を検死官が見落とすとは、医師もずいぶん無能な職業と思われたものだ。それぐらい解剖においてリンパ節の検分というのは基本中の基本なのだ。ちなみに、リンパ節は生きてる時にだけ変化するので、死後、正常に戻ったりはしない。腫れたり出血したら、死んでもそのままだ。この一貫性のなさは、フィクション性の産物というより科学的無知とご都合主義の産物といった方がいいだろう。正直、このあたりの設定の無理さに少し腹たしくもある。「それとも宇宙から来た未知の病原体と言いたいのかな?」そう考えて自分で嗤った。さすがにそこまでは考えていないらしいことは、ひぐらし文中の(あくまで新種の)寄生虫というこだわりに見える。ご都合主義を薄々自覚しているのか、作中このあたりの詳細には触れそうで決して触れない。まだ最近のゾンビ映画に多い「人間をゾンビ化させるウイルス」の方が、ウイルスとして一貫している分、理解できるというものだ。そういえば、ひぐらしの病原体は、名作ホラー「28日後・・・」「28週後・・・」のヒト凶暴化ウイルスに設定が少し似ている。まぁ、28日後のウイルスは、ウイルスとして無理がない設定で、ひぐらしと比べるべくもないほどのリアリティの差があるが・・・●女王感染者が巻き起こす矛盾ひぐらしの病原体に設定された女王感染者という設定も、病原体やフェロモンの知識がある人には失笑ものではある。だが、女王感染者の問題は設定が陳腐なことではない。その設定によって、ツッコミどころ満載の矛盾が生まれその矛盾(バグ)が謎解きをできなくするという致命的欠陥が発生することにある。作品の舞台である雛見沢の村人は全員この病原菌に感染しているキャリアーだ。その発症は、近くに女王感染者がいる間だけ・・・つまり雛見沢にいるときだけ抑えられる。だが、いくら村外に出たがらないといっても、外出したり、旅行もしている。逆に人の出入りが少ないとはいえ、外からまったく人が入らないということもない。(たとえば警察とか観光者とか)大戦中には従軍もしたわけで、軍隊という濃密な空間で「空気感染で経皮的にも感染する」強力な感染力を持つ病原菌の流行・・・アウトブレイクが起こらないわけがない。さらに、強烈な感染力を持つ病原菌を持った人間が、またあちこちに移動したら・・・今度は爆発的流行(パンデミック)だ。戦時中に満州で見つかるずっと前に、日本中で感染が起こっているはずだ。だが、、、なぜそういったアウトブレイク、パンデミックが起こらなかったかは全くスルー。(このあたり、まったく説明がないので、作者はどうも考えてなかったらしい)「女王感染者」というSFで、病原体の矛盾をかわそうとした意図はよく分かるが、結果的にもっと大きな矛盾が出てきてしまって、それが感染症や病原微生物になまじ知識がある人を混乱させてしまっている。そもそも、爆発的流行が起こりやすい病原体=良い生物兵器なのに。つくづく片手落ちな、陳腐な病原体だ。作者が異次元の感染力に設定しておきながら、その設定を使いこなせていないのは毎日のように雛見沢を訪れている大石クラウド刑事がなぜか感染せず、田舎で隠居生活を送っている!?(その他にも赤坂刑事とか雛見沢観光に訪れた人々とか・・・)などのように、設定を貫けない、使いこなせていない事実に如実に現れている。こういうのを、物書きの業界では「構成力がない」という。●自殺したがるヘンな病原体さらに、発症者が死ぬほど喉をかきむしるのは喉のリンパ節に異常なかゆみを訴えるからだという。が、リンパ節は体中にあり、頭首だけに限っても特定の喉のリンパ節(咽頭リンパ節かその中の気管リンパ節?)だけがかゆくなるというのはまずない。たとえば、耳下とか顎下のリンパ節とか、接続近接している他のリンパ節もかゆくなるはずだ・・・作中、これをエクソダス(寄生虫が体外に出ること)と説明しているが空気から経皮感染できるほど感染力が強い病原体は、わざわざ宿主に掻き出してもらわない。セキやくしゃみで十分だ。それにこの病原体は、宿主の死後、融解・・・死んでしてしまう。じゃあ、なんで宿主に喉をひっかかせて、わざわざ病原体自ら死んでしまうのか?それはエクソダスじゃなくて自殺だ。ここらへんの根本的矛盾はひぐらし愛好家のために突っ込まない方がいいのだろうか?どうも、作者はトキソプラズマやギニア虫の特徴を持った寄生虫を設定しているみたいだが、サイズや特性の件がなおざりだ。ウイルスと寄生虫は地球と石ころぐらい大きさが違う。●SFですらないモノを前提に話をされても・・・要するに、作中の寄生虫というのは、それそのものが架空のモンスターのようにファンタジックな存在だ。もはやSFの域すら超えている。平べったく言えば、無理がありすぎる。たぶんWikiなどで多少寄生虫の知識をかじったはいいが、基本的な知識を持たないので、こういう設定ミスをしてしまったのだろう。これでリアリティを感じて欲しいと思われても、謎解きをしてくれと言われても無理な病原体ですねぇ・・・としか言いようがない。「正解率1%」を豪語する「ひぐらし」を難解と評する人もいる。だが、謎が難解すぎて解けないのと、無理がありすぎてワケが分からないのは全く違う。
2009/04/26
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差別を無くそうとするとき、採るべき道は「公平」の追及です。が、しかし、異常に「○○積極登用」や「○○アクション」を推奨する人には気をつけてください。それらは、あくまで特殊な事例にのみ一時期に使う不公平的取り扱いです。良い薬ではないです。毒ギリギリの劇薬です。特に「反差別」をうたいながら「公平」を語らない人びとは危険です。彼らが希求しているのは「公平」ではなく「優遇」です。彼らの口から公平やフェアという単語が出てこないのは理由があります。公平は差別の反対ですが、優遇は差別の双子です。つまり、その人たちはネオ差別主義者なのです。一般的な定義では、差別とは、特定のカテゴリに当てはまることを理由に不当に扱われること。たとえば女性だから昇進しないなど。一般的な定義では、優遇とは、特定のカテゴリに当てはまることを理由に有利な扱いを受けること。たとえば女性だから管理職に取り立てられるなど。この通り、差別と優遇は双子です。皆、このトリックに気づかないから、純粋に差別を無くしたいのに、ネオ差別主義者に騙され、形を変えた差別社会を作ることに加担してしまうのです。欧米の差別問題に関するポリコレはまさにこの通りで、かなり手遅れです。もともと、キリスト教やユダヤ教の文化背景に公平概念は難しいところがあるのかもしれません。皆さん、どうぞ「ネオ差別主義者」にはお気をつけてください。彼らは公平を語りません。絶対に。
2021/03/15
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