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カポデテュティカピ。 奥村さん の期待?に反して申し訳ないのですが、そんなに実況で言いづらい名前でもありません。…と、当日実況したラジオNIKKEIの舩山アナウンサーから聞きました。
馬には頑張って欲しいですが、実況アナウンサー撃沈の野望はまた別の機会に(爆)。
香港の競馬場には、このようなポスターが掲げられております。

これは香港ジョッキークラブが、「賭けすぎ」つまりギャンブル依存症防止のために、競馬への参加者に呼びかける内容。
中身をよく見てみましょう。

・予算を設定して、それを守りましょう。
・負けても大丈夫な余裕の範囲でやりましょう。
・借金してまで賭けるのはやめましょう。
・他のレジャーと賭け事のバランスを考えましょう。
・無理に負け分を取り返そうとしないようにしましょう。
…こんなところでしょうか。
賭け事を主催する側からすれば、営業的には不都合なことばかり。それでも敢えて、このように啓蒙活動をしているわけです。

ギャンブル依存症が「病気」であることが、社会で認知されているようで、カウンセリングを受け付ける病院の連絡先まで、ポスターには書いてありました。
一見、こうしたことを伝えるのは損するようにも見えますが、レジャーとして健全に発展していくということが、結局は競馬というものを支えるのだと言うこと。またこうした一見矛盾するような活動でも、競馬ないし賭け事の存在を認めることが前提ならば、ひとつの「社会貢献」とも考えられます。賭け事は競馬だけじゃありませんから。
日本では、例えばお金関係で悪いことをした人の動機として「競馬で遊ぶ金欲しさに…」みたいな報道が無神経になされて、あたら競馬そのもののイメージを崩している例がしばしば見られます。それは本当にやむを得ないことなんでしょうか?
問題なのは、まだギャンブル依存症そのものが、社会に殆ど認知されていないことでしょう。だからこそ、そうでない「単なるギャンブル好き」も何もかも含めて「ギャンブル=悪」と捉えられてしまっている。かく言う私自身も、例えばそうした報道を目にする度に、「なんでも競馬のせいにするな!」なんて怒りながらも、実はまだギャンブル依存症について詳しく承知しているわけではありませんし。
しかし、冷静に「お金を使って楽しむレジャー」と考える(あるいは社会に考えてもらう)ことが出来れば、本質は他の様々な経済活動と何ら変わりがないはず。その意味では、思い切ってこういう啓蒙活動を行い、言うなれば「社会の懐に飛び込む」という努力も、一方では必要なのかも知れません。
同じことは、たばこ産業ではすでに世界的に行われています。私は全く吸いませんけど、たばこの箱には必ずたばこが有害である旨が「明記」されているはずですよね。 たばこの場合は、すでに「それをしないと商売させない」というところまで社会との関係が成熟している。だからこそ、たばこが体に悪いというほぼ決定的な証拠があっても、社会の中では認められ、融和できているのだと思います。
こうして海外の競馬場で行われている事例を見ても、競馬というものが社会とともに存在し続けていくためには、そうしたことをもっと知り、そして知ってもらわなければならないとの思いがつのります。
四六時中でなくてもいいです。特に馬券で負けちゃったときは、こんなこと考えないで下さい。心が沈み込んでしまいますから。
むしろ、馬券で勝てた日に、心の片隅でちょっとだけ、「ギャンブルって何だろう?」「ギャンブルって、何が楽しいんだろう?」「なんでギャンブルなんてしてるんだろう?」「冷静に、ギャンブル楽しめているだろうか?」てなことを考えてみてはいかがでしょうか。そうすれば次の機会にも、冷静な気持ちで馬券を楽しむことが出来ると思います。
またそれが、いい結果に結びつくかも知れませんしね。
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