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2016年08月04日
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カテゴリ: 横川典視
木曜担当のよこてんです。

 メイセイオペラの思い出話の第三弾目をしたいと思います。競走生活後半から引退後にかけてになりますね。
●第一弾 3歳冬の桐花賞を制したところあたり
●第二弾 南部杯制覇、アブクマポーロとの戦い

■地方所属馬初のJRAGI制覇

 1999年1月31日のフェブラリーS。日本の競馬の歴史が変わった日です。

 岩手競馬所属としてフェブラリーSに挑んだメイセイオペラは2着エムアイブランに2馬身差を付けて優勝。地方所属馬として史上初めてJRAのGIレースを制した馬になりました。


★パドックで 間もなく本馬場に向かうメイセイオペラ


★優勝後のインタビュー。ビジョンに映る菅原勲騎手。本人が右手に見えている

 当時の新聞などを引っ張り出してみました。手元にある分をざっと眺めてみた感じ、思った以上に『メイセイオペラ推し』で、大きく取りあげられた記事も多かったんですね。まあ“大きく取りあげた新聞”だけ捨てずにとっておいたのかもしれませんが(^^;)。




★日刊競馬はメイセイオペラが本紙本命でした

 それはさておき、やっぱり“地方の雄、公営の雄のJRAGIチャレンジ”として、ライデンリーダーやロッキータイガーのチャレンジに文脈を重ねる感じの文章も多かったように思います。“中央対地方”の構図で見ればそうなりますよね。

 また、メイセイオペラの評価については、『地方の馬だからJRAのレースでは厳しい派』と『地方の馬だけど実績があるから大丈夫派』に、大きく言うとこの二派に分かれているように感じました。


 中には「地方の馬だから不要」的にバッサリ切り捨てている文章ももちろんあって、当時はそれを見てムカッと来た記憶も残っているんですけど、今改めて目を通してみると全体的には冷静に、あくまでも実績面からメイセイオペラを高く評価している文章の方が多かったようです。
 まあそうでしょうね。そうでなければ単に“地方から来た物珍しい馬”というだけで前日売り単勝1番人気・当日最終同2番人気なんていう高い支持にはなりませんものね。

 当時一ファンとして見ていた自分は、「勝てば地方所属馬初の~」みたいな力の入り方はしていませんでした。だって、オグリキャップ、イナリワン、ハイセイコー・・・といちいち挙げるまでもなく地方競馬でデビューしてその後JRAに移籍してGIを勝った馬は何頭もいるわけですから、なんというかタイミングの問題でしかない。それに当時は地方からJRAに遠征して好結果を残す地方馬もたくさんいましたから、後に続く馬もすぐに出てくると思っていましたし。
 メイセイオペラのフェブラリーS制覇からはや17年半、時が経てば経つほどにその“偉業”ぶりが高まっていくのはファンとして誇らしく感じる反面、早く後に続く馬、第二の“地方所属のJRAGI優勝馬”が出てほしい・・・と願わずにはいられません。


★当日のレープロ。あれ?菅原勲騎手のサインが入ってる・・・?どこで貰ったのか

 フェブラリーS後のメイセイオペラは休養・再調整をはさんで5月の水沢・シアンモア記念で実戦復帰。“GI馬の地元凱旋”に当日の水沢競馬場はもの凄い人出だった事を覚えています。

★1999年5月のシアンモア記念。遠方から訪れたらしいファンの姿が多かった

 そして6月の帝王賞も優勝。アブクマポーロがいないレースではありましたが、大井競馬場4度目の挑戦でついに勝利を手にしたという事に陣営は安堵し喜んだようです。



 メイセイオペラはフェブラリーSと帝王賞の勝利によって1999年のNRA年度代表馬およびダートグレード競走最優秀馬に選出される事になります。



 ですが華々しい凱歌を挙げた帝王賞のあと、彼の競走生活の歯車が微妙に狂い始める事にもなってしまいました。


■苦難の日々、そして引退

 99年の南部杯、連覇が期待されたメイセイオペラでしたが軽い脚部不安のため回避。北上川大賞典ではいつも通りの強さを見せたものの、東京大賞典では1番人気に推されながら11着と大敗してしまいます。
 翌2000年2月、再び挑んだフェブラリーS。ハイペースの競り合いを何とか凌いだメイセイオペラでしたが最後は差し馬勢に屈する形で4着。
 この時のフェブラリーSの内容は決して悪いものではなかったとは思うのですが、勝馬からわずか0.1秒差の敗戦には、運の無さ、流れの無さのようなものを感じざるを得ませんでした。


 以前なら敗れても上位に踏みとどまっていたメイセイオペラなのに、2000年の帝王賞では走る気を無くしたかのような凡走。1999年の東京大賞典もそうでした。二度目です。オペラはいったいどうしたのか?


★2000年帝王賞 パドック

 同年8月。みちのく大賞典に出走して圧勝。あのSG(スイフトセイダイ・グレートホープ)・TM(トウケイニセイ・モリユウプリンス)達ですら成し得なかった“みちのく大賞典三連覇”を達成したメイセイオペラは、ここから再度、いや三度目の復活劇をスタートさせてくれると、ファンは信じたものでした。






★2000年みちのく大賞典

 実はこの時、万一敗れるような事があったら、あるいは勝っても辛勝だったら、このレースで引退させる事にしよう。そんな話になっていたと、後日故佐々木修一調教師からうかがいました。2着バンチャンプを容赦なく突き放した9馬身差にはそんな意味があったのです。 

 ですが、南部杯を前に浅屈腱炎を発症。これをもって競走馬生活にピリオドをうつ事になりました。

 2000年11月19日、盛岡競馬場でメイセイオペラの引退式が行われました。もの凄く寒かったけど、もの凄く熱く盛り上がった引退式でしたね。






★佐々木修一厩舎の洗い場で旅支度を調えるオペラ


★馬運車に乗り込む直前


★馬運車に積み込まれたオペラのお尻

 メイセイオペラはレックススタッドで種牡馬生活に入り、2001年は83頭に種付けしてうち45頭が競走馬になりました。2002年に生まれた「メイセイオペラの初産駒」を探して回った事もありました。




★レックススタッドにて(2002年)



★オペラ産駒を探し歩いた時の一頭、下村繁正氏生産の母リュウコウサクラの牝馬(のちのカネトシスマイル)下村氏は今やソルテで有名

 2004年に初産駒がデビュー。岩手でも「帰ってきたオペラの仔」が話題に。2008年にはジュリアがビューチフルドリーマーカップを、カネショウエリートが桐花賞を優勝。特にカネショウエリートは桐花賞の「父子制覇」達成なのでした。




★2004年に岩手でデビューしたアロマセラピーの能検。岩手最初のオペラ産駒として大きな話題に


★2008年の桐花賞 カネショウエリートが父子制覇達成

 2002年の12月にはメイセイオペラを水沢競馬場に招いての“里帰り”も。彼の競走生活の終盤は盛岡かもしくは遠征レースか・・・で、そもそもの地元である水沢競馬場で走る機会がないままに引退しました。故佐々木修一調教師も「もう一度水沢で走らせたかったなあ」と何度も言われていましたね。岩手のオペラという以上に“水沢のオペラ”だという誇りを持たれていたのでしょう。そんな事もあっての水沢のファンの皆さんへのご挨拶も兼ねての里帰りイベントでした。この時もたくさんのファンがオペラの勇姿を見守りました。

 2004年のNHK『プロジェクトX』でメイセイオペラとその関係者が取りあげられたのも大きな話題になりましたね。この時の収録はもの凄い規模で、佐々木修一調教師も何日もかかりきりになって、その割に「使われたカットが少なかったなあ・・・」とぼやいておられましたねえ。
 余談ですが番組のサブタイトルの『中央突破・疾走せよ不屈の雑草馬』。「俺らは別に“雑草”とか思ってなかったけどな」と、佐々木修一調教師がポロッと言われたのを覚えています。




★ちなみにこの時の馬体重は577kg。お披露目の前に計った数字です

 そしてメイセイオペラは2006年に韓国に輸出され、それから最後の日まで、韓国・済州島で過ごす事になりました。現地での産駒は2011年のKRAカップマイルを内田利雄騎手の手で制したソスルッテムンが有名ですが、それ以外にも多数の産駒が走っており、自分も昨年ソウル競馬場に行った際にオペラ産駒を見る事ができました。


★ソウル競馬場でのオペラ産駒トリプルシャイン。母も日本馬のクルミチャン

 結果的に客死という形にはなってしまいましたが、最後まで現役種牡馬として子孫を送り出し続ける事ができたのはサラブレッドとして幸せだったのだと私は思います。華々しく種牡馬入りしながらも、そう何年も経たないうちに引退してしまう馬は少なくありませんから。
 昨年種付けして今年生まれた産駒は12頭だそうです。今年も何頭かに種付けが終わっていたという事ですし、そんな韓国のオペラの仔たちのこれからの活躍には期待したいですね。

 自分の中の“メイセイオペラという馬”をまとめるとすると、やっぱり思い出が多い馬というべきでしょうかね。2歳時こそ何戦かしか見ていませんが3歳以降はほぼ全てのレースを見ていて、そんな馬がどんどん強くなって終いにはGIを勝つまでになった。そういう馬に出会えるなんてそうそうある事じゃないでしょう。

 競馬史的には“岩手競馬初のグレードレースを勝った馬”“地方所属馬として初のJRAGIを勝った馬”等々「記録に残る馬」でしょうけど、自分としてはやっぱり思い出の馬、記憶に残る馬。彼と同じ時代を過ごした20年余りは、本当に貴重な時間でした。改めてありがとう、メイセイオペラ。


★引退式後、馬主さん達関係者とファン達とで開いたささやかなパーティー。これもまたいい思い出のひとつ





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最終更新日  2016年08月05日 10時41分41秒


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