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2019年01月17日
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カテゴリ: 横川典視
木曜担当のよこてんです。

 前回に引き続き“平成、競馬とネットの時代”のお話を。今回は 『ホクトベガのドバイワールドカップの夜』 です。
平成初期の1990年代は競馬の情報源が少なく、飢えたファンはパソコン通信のニフティサーブを使って情報収集をしていた・・・ という事を前回書きました。そのへんの話をもう少し掘り下げながら本題へ向かいましょうか。

 自分がNIFTYにいた頃、90年代後半ですけども、パソコン通信ユーザーの多くは 「巡回ソフト」 「ターミナルソフト」 の両方を使っていたんじゃないかと思います。
「巡回ソフト」とはニフティサーブの会議室を自動的に巡回しログを集めてくるソフト

 というのも、前回も触れたようにニフティサーブを見て回るには行きたい場所をコマンド手打ちで辿っていく事もできますがそれでは時間がかかり必然的に電話料金や接続料金も多くなってしまう。1995(平成7)年からNTTの「 テレホーダイ 」というサービスが始まっていて電話料金の負担は減りましたけどもそれはあくまでも深夜の23時から使えるもの。それ以外の時間帯に会議室を見たい時、例えば前回書いたようなFHRACEの“地方競馬会議室”に行って各地の結果を見ておきたい時などは、巡回ソフトでささっと回ってなるべく余計な料金を使わないで済ませるのが半ば「常識」なのでした。

 まあ、そうは言っても所詮は 28.8kbpsそこらのダイヤルアップ接続(今のスマホで低速制限にかかった時が128kbpsですから、さらにその1/4くらいの速度) 、たくさんの会議室を回っているとそれなりに時間がかかるので、自分はテレホ外時間帯用の巡回先を絞ったものとテレホタイム用の見たい所を全部巡回する用の、複数の設定を使ってさらにケチっていたりしましたね。
 この稿を書くにあたって当時のログを探していたところ料金の情報も出てきたのですが、一番入り浸っていた頃は NIFTYの接続料だけで月2万円とか払ってて 驚いた。これにプラス電話料金だったりするから、これはもう十分 廃課金 だよなあ・・・。

「ターミナルソフト」 というのは本来はシリアルポートに接続した機器を操作するものですが、パソコン通信でもシリアル接続したモデムを操作する事から、事実上通信ソフトと同義の扱われ方をしていました。パソコン通信に特化したターミナルソフトも多数あり、自分は 「秀term」 を愛用。
 そういうターミナルソフトは手動でニフティに接続して手動で会議室を回るため(ほとんどのソフトは接続シーケンスが自動化されており、トップメニューまではクリックひとつでしたが)と後述するRTに入る時、またPCベンダーが開いている会議室に行ってデバイスのドライバとかソフトの更新ファイルをダウンロードするために使用しておりました。

リアルタイム会議室と呼ばれていたチャット機能を利用するため です。
 テレホーダイタイムに入ってとりあえず電話料金の心配が無くなる23時以降、リアルタイム会議室、一般には 「RT」(あーるてぃー)と呼んでいたチャットに参集して競馬の話をしたり する。これは巡回ソフトではできないから別のソフトが必要なわけです。
 RTにやってくる顔ぶれはだいたい決まってはいるとは言え、リアルで会った事がある人はその中では僅か。リアルでどんな人か知らず分からず、それこそハンドルネームだけしか知らない人もたくさん出入りしていたのですが、競馬という共通の話題があればそんな事はどうでも良くなる。深夜から始まる競馬談義・・・とまでもいかないとりとめの無い雑談の時間はある意味至福の時間でもありました。

 普段は限られたメンバーが居座っているようなRTですが、非常に多くのユーザーが集まってきた事がありました。それは 1997年4月3日の深夜、ドバイワールドカップの時
当初は3月29日に行われる予定 だったこの年のドバイワールドカップなのですが、なんと 豪雨でコースが使用不可能になり開催延期 という事態に。 仕切り直しは4月3日深夜、しかし日本でレースの模様を知る事ができるのはラジオ短波の実況中継のみ 日本から遠征したホクトベガ のレースぶりを知ろうという人たちがRTに集まっていたのです。


★レース開始前。日本のスタジオからの放送の話題をしている(当時のRTログより・以下同じ。なお、ハンドルネームが本名っぽいものは編集しています。挨拶のみの部分も編集したりしています)

 どういう番組構成だったか正確には覚えていませんがどうやら 日本のスタジオをベースにドバイからの実況音声を一方的に挟む形だったようで、スタジオ側には鈴木淑子さんと井崎脩五郎さんがいて話をつなぎつつレース開始を待っていた模様です。 そしてこれも恐らく、 スタートの少し前から現地佐藤泉アナが現地の情報を交えながら実況を開始していた模様。



 当時の実況がYoutubeにあったりしますがスタートからの音声なのでそれ以前が分からないですよね。延期になっても居残った日本のファンとか、そんな話題があったようです。

 サンドピットが枠入りを嫌っていったん空馬でゲートイン。スタートではサイフォンが飛び出してホクトベガは後方から3番手という実況の声。短波ラジオの、一定周期で変動するような安定しない音声を聞き取ってタカタカと打ち込むRTの人々。


★ゲートイン開始の頃

 ホクトベガは後方にいるせいかなかなか名前を呼ばれません。レースは勝負所に入っている。まだホクトベガは動かないのか?と思って耳をそばだたせていた所に 衝撃の言葉 が飛び込んできました。



 レースはシングスピールが勝ちました。しかしホクトベガの状況は現地でもはっきりと掴めない様子で、「救急車両が向かっている」等の間接的なコメントが伝わるのみ。ただ、落馬したホクトベガが立ち上がったとも空馬で走っているとも言われないという事は・・・。



★断片的な情報に戸惑う人々。ちなみに自分(よこてん)が書いている「救急車」は改めて確認すると「救急車両」と言っておりました

 結局、 はっきりとした状況が分からないまま午前1時で番組が終わって しまい、一方で RTには情報を求める人が集まり始めました
 ドバイワールドカップのWEBページでもなかなか結果が出ずにヤキモキしていた所に、 ニュースサイトに悲しい結果が伝わり始めたとの情報
深夜の2時頃 になって日本にも公式な情報が届き始め、そこでホクトベガは競走中骨折、予後不良となった事が明確になりました。


★現地からのリリースが届いた・・・というのがだいたい午前2時頃だったでしょうか。少し前にはJRAに入った情報では・・・という話も出ていました

 なんとなく話を終える気になれなくてチャットを続ける自分たち。雑談に振れつつ、時折やってくる人たちにレースの、というかホクトベガの結末を伝えると、そうするとまたホクトベガの思い出話が始まって・・・みたいな感じで、その夜は結局3時過ぎまでRTに居た記憶があります。


★情報を求めてやってくる人と、結果を伝える最初からいた人たち

 この時のレースの映像は、 日本ではその週末のJRA競馬場やGCの番組で流れたのが最速 だったと思います。ただ、 RTの途中で「CNNで見ました」という方が現れていた のでもしかしたらそちらの方が速かったのかもしれません。

 海外のレースの結果や情報をリアルタイムでは入手しづらかった22年前。パソコン通信はやはり情報入手のための貴重な一手段でしたし、RTというチャットもいろいろな人がやって来て情報を投げ込んでいく、重要なアイテムだったりもしたのです。

 現在になってみると、フェイスブックやTwitterでコメントのやり取りをする事は多いですが、不特定の複数人でチャットするというのはネットの世界ではすっかり廃れましたね。LINEのグループトークとか近いけど見知らぬ人が入ってくる事は無いし。そのタイプのチャットはIRCまでだったな。オンラインゲームのは近いかも。
 チャットとなると最低限同じ時間に揃って集まる必要があるから、今どきのネットコミュニケーションとは相容れないのでしょうな。でも、またRTのように、ネットで競馬談義をチャットするというのをやってみたいですね。





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最終更新日  2019年01月18日 05時13分53秒


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