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2019年04月29日
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カテゴリ: 大川 充夫
ミツオーです。ゴールデンウィーク、10連休のうち4日も休みだということに気づきました。




さて、本日は平成31年4月29日です。




くどいようですが。
しつこいですが。



30年続いてきた平成も、今日をふくめてあと2日間ですよ。



みなさんにとって平成とは、どのような時代でしたか?





やはりここは、 競馬の平成31年間史 を振り返りたいところです。​



振り返りたいところではあるのです。



が、無理です。
もちろんネット検索すれば、平成元年何月何日には何というレースで何という馬がどんな勝ち方をして云々…と、年表を作ることは難しくありません。



けどまあ、それは各自でやっていただくとして。






今日は、わたくし大川ミツオーの平成31年間史をお届けしようと思います(…竹之上さん的に言えば、誰が興味あんねん?)。



家探ししてみたところ、わが家にある最も古い競馬の写真は、コレでした。





平成8年3月24日。牧原由貴子騎手を見に行って、わざわざ写真まで撮ったのですねえ。ミーハーだ。
どんなに探しても、この前後に撮影した競馬関連の写真が出てきませんから、いかに(わたしにとって)特別な写真であるかがわかります。…よく残ってたな。


わたくし自身が競馬を見始めたのは、平成になってから。
わたしよりうんと若い方々でも昭和から競馬見てたもんね、という方があることを思うと、競馬に目覚めたのは遅いほうかもしれません。


平成の初期くらいですと、写真を撮るという行為自体、今と比べればけっこう大層なことでした。
使い捨てカメラ(レンズつきフィルム)というモノはあって、これはなかなか手軽でしたけども、デジカメなんてモノはなく、もちろんカメラつきケータイもない。



写真ってのは、わざわざ撮るモノだったのですね。
なので、残っている写真は、ほとんど全てが何かのイベント時のモノ。



でもって、撮りっぱなしということができなかった。
撮ったら現像して、紙になったモノを整理するかまとめてどこかに貯めこむか、しなくちゃならなかった。





さあ、平成初期の古い写真は残っているでしょうか?



平成元年の写真は…と。


ありました。





大阪通天閣付近で撮影したものだと思われます(赤い←の先がわたくしです)。



わかってます。皆まで言いなさんな、皆まで。
年月ってのはひとを変えるものなのですよ。…主に見た目で。





この平成元年に、わたくし、名古屋から大阪へ転居しています。
ちなみに平成元年になった直後におこなわれた大学入試の一次試験は、まだ共通一次という名前でした。センター試験になるのは、平成2年です。





平成2年1月。
どうやら十日えびすに出かけたときのモノですな。
わかってますって。皆まで言いなさんな。




平成3年3月。
岡山城…というか、後楽園で。
わかってますってば!









平成7年3月。
当時の女性ははこんな服装してたんですねえ(違)。





このころには、わたし自身、かなり競馬好きになってますし、馬券もたくさん買っています。
やがて競馬の実況アナウンサーという職業にあこがれを持つようになり、大阪から東京へ転居しました。
で、冒頭にあげた牧原騎手の写真を撮った、と。




もう一枚あった。





その後、栃木県競馬(宇都宮競馬・足利競馬)で実況アナウンサー(の卵)を探しているという話をいただき、宇都宮市へ転居。
競馬実況アナウンサーとしてデビューさせていただいたのが、平成9年の夏でした。



宇都宮競馬・足利競馬では、藤弘一アナウンサーが、当時の地方競馬には大勢いた「名物アナウンサー」のお一人として活躍されていまして、わたくしはその藤アナウンサーに弟子入りしたわけです(藤アナウンサーは決してわたしのことを「弟子」とはおっしゃいませんでしたが。そういう上下関係を定義することのお嫌いな方なので)。



宇都宮時代の写真というのも残っていないのですが、奇跡的にどなたか撮影してくださったのがこちら。





宇都宮競馬場の実況席にて。藤アナウンサーと。








足利競馬は、平成14年度末(15年3月)をもって廃止(写真提供:原山実子さま)。
栃木県競馬は宇都宮競馬だけ、継続していったのですが…。





平成16年夏。
年度内をもって宇都宮競馬を廃止することが県議会で決まりました。


平成16年大晦日。







無情の大雪。






同じ北関東の高崎競馬は、この日を最後に廃止となったのですが、最終レースまでやり遂げることができませんでした。
そして、この日おこなわれる予定だった、宇都宮競馬のグランプリレース・とちぎ大賞典は、翌年3月14日にあらためておこなわれ、その日が北関東競馬最後の開催日となりました。




在りし日の宇都宮競馬(写真提供:MNさま)。










幸運なことに、わたくし自身は実況アナウンサーとして、現所属である(株)耳目社に移籍することができました。競馬実況を仕事として継続することができました。





移籍にともなって千葉県へ転居し、結婚して県内で引っ越し。
さらに埼玉県へ転居、また県内で引っ越し。




平成の31年間で、わたくし、

名古屋→大阪→大阪→東京→栃木→千葉→千葉→埼玉→埼玉

と転居しました。引っ越し8回。落ち着かないひとだなあ。





最近のわたくし。






山本昌さんと(中日ファンなのでめちゃくちゃうれしい)。











井端弘和さんと(中日ファンなのでめちゃくちゃうれしい)。




古い写真を探していたら、もちろんたくさんあるのですが、自分が写真整理する習慣をもたなかったため、全くめちゃくちゃ。
ところがどういうわけか、平成初期に奇跡的に極めてマメに整理し、一枚一枚にキャプションまでつけてアルバムに入っているものがあり、これは非常に見やすいし見ていても面白い。



競馬関連の写真を乱撮影するようになったこの数年のモノは、まるで整頓されていませんが、やはりせめて名前と日付くらいはきちんとつけておいたほうがいいのだなあと、過去の自分に教わった気分です(…当たり前のことですが)。




古いと言ってもそれほど古くもないのですが、平成に活躍した馬たちの写真の中から、2枚だけ。


平成の怪物・オグリキャップの産駒の中で、最もあとまで現役を続けた アンドレアシェニエ




北関東でもこの馬のレース実況を担当し、金沢へ移籍したあとにも出会うことができました。
長く競走馬として活躍したのち、一時はオグリキャップ縁の笠松競馬場で誘導馬になれないか?という話も持ち上がりましたが、この話はうまくいかず…。
レース中の事故がもとで亡くなりました。


わたしにとっては、何とも思い出深い一頭です。








ナムラダイキチ
写真は引退式でのもの。
数多くの勲章を手にし、種牡馬入りした直後に亡くなりました。この馬も、わたしにとっては忘れられない一頭。



改元という大きな節目がなければ、こうして30年も前の写真をあらためて見たり、面白半分に自らさらしてみたりもしないことでしょう。



過去を振り返り、流れた歳月をわが身に感じることができたのは、うれしいやら愕然とするやら。まあ面白いことではありました。



みなさんにとって、平成とは、どのような時代でしたか?





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最終更新日  2019年04月29日 11時25分12秒
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