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S氏に見送られタクシーに乗った。黄色のきたないキャブで今度は白人の運転手だった。スピードだけは十分出る。日本の高速道路並みの広い道を突っ走る。右手の丘は木がなく裸のままで雑草が少しあり、白い文字が書かれている。階段状に家が並んでいるのも珍しい。ホノルルで入国検査を受けたので、シスコは国内旅行になる。荷物のチェックもなくスムーズにチェックインできた。《次回続く》
2007年08月25日
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シスコ案内の本を買う。価額に15%の課税がかかるので支払がややこしい。帰りがけにレストランのガラスドアにぶつかった。皆エレベータを止めて待っていたのであわててしまった。枕下に25セント硬貨を置いて部屋を出た。部屋代は15ドルプラス税金で15.83ドルだった。米国で初めて泊まったホテルのレシートは日記帳に貼り付けてある。《次回続く》
2007年08月24日
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朝5時ごろ消防車のサイレンで目が覚める。窓からのぞくと左の方に数台の消防車の赤ランプが見えた。ちょっと一人でいると不安だ。日記を少し書いてまたベッドに入る。朝8時半K氏が起こしに来てくれた。下のレストランで朝食を取った。日本と同じご飯,のり、わかめの味噌汁を食べる。《次回続く》
2007年08月23日
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私の指名で大好きな「赤いグラス」を歌う。ウイスキーをオンザロックで3杯飲んで、いい気持ちで歌った。歌い終わると1ドルチップをピアノの上に置いたガラスコップに入れる。T氏はもっぱら日本酒を飲み続けていた。ホテルまで見送ってもらい、ゆっくり休む。明日は10時45分のUAに乗るのでゆっくりできる。今日一日が楽しくすぎたが、時差もあって長い一日だった。《次回続く》
2007年08月22日
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それからアダルトブックストアに立ち寄る。1冊4ドルと5ドルでヘアも全部写っている。もちろん日本では販売されていない。こんな雑誌が簡単に手に入るアメリカ社会が怖いと思った。なじみの店 Geishaに入る。ピアノの演奏で歌を歌う。着物姿の女性が3・4人いた。S氏と酒を飲みながら将来の事業について話し合う。プロジェクトチーム再編成の失敗、ボルネオ・フイリピンの優雅な海外生活など・・・K氏が英語の歌を上手に歌う。日本から来た我々3人を歓迎し、名前を織り込んだ替え歌も披露してくれた。《次回続く》
2007年08月21日
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ブロードウエイに出る。ヌードスタデイオが一斉に並ぶ。Completely,Bottom,Toplessなど色々表示されている。余りしつこく客の呼び込みはしない。Chichiに皆ではいる。入場料は4ドル。中は暗くて、ロウソクシャンデリアが所々に灯りを燈していた。ポリスが2人中央に座っていた。ダンサーが10分くらいかけてオールヌードにストリップしてゆく。大きなバストとヒップ、形の良いのもいれば、だらーとしたのもいる。5人ほど見て外にでる。《次回続く》
2007年08月20日
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チャイナタウンは大きい。中国料理の四海酒家に入る。テーブルを囲んで9人が座る。ゴルフの話をしながら、ビールで乾杯。おいしいお料理を一杯食べて、最後にフオーチュンクッキーがでた。おみくじが中に入っていて、もちろん英語で書かれていた。食事を終えてチャイナタウンを歩く。日本の家族に絵葉書を5枚買う。一枚5セントだ。《次回続く》
2007年08月19日
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それにしても初めて経験する時差ぼけを乗り越えるのはしんどかった。3時ごろホテルに戻り2時間ほど休むことにした。夕方6時に会社に集合し、皆でチャイナタウンに向かって歩きだした。バンカメビルの直ぐ横の坂道は例のケーブルカーが走っている。ケーブルが地下をぐるぐる走っており、ケーブルカーの運転手が2人前後に乗っていて、ケーブルを挟んで動いている。東西と南北に路線があるそうだ。坂道の途中で車が動かなくなり、ケーブルカーが立ち往生していた。《次回続く》
2007年08月18日
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D125が未だ売れないこと、D150が1号機エンジン故障で2号機もキャンセル、W社と手を切って、W社代理店と直接契約したこと、ニクソンのドル金交換中止宣言が三日ほど前にあり、米国株は暴騰、日本株は暴落した。M社株は600円から420円に、K社株は220円が190円に下がった。その影響で日本製品も値上がりC社製品との値差が15%から10%になったので売りにくくなったそうだ。会社には米人女性が3人いた。受付の女性はメガネをかけ、にっこり微笑んでくれた。《次回続く》
2007年08月17日
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昼食後、KA社に行く。米国法人KA社は50階建てのアメリカ銀行(通称バンカメ)ビルの28階にあった。建物の概観は茶色で少し変わっている。シスコで一番高い建物だ。回転ドアの入口を入りエレベータで数秒で28階に着いた。窓から建築中のピラミッド型の建物が見えた。M社長はW社との提携解消のため出張で不在だった。U氏、T氏等とコーヒーを戴きながらアメリカ情勢について話しを聞く。《次回続く》
2007年08月16日
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サンフランシスコで泊まったホテルはビバリー プラザ ホテル。空港からホテルまで約30分。タクシー代は10ドルで2ドルのチップを渡した。ホテルは日本人町のあるグラント アベニュとブッシュ ストリートの交差点の一角にあり、7階建だ。フロントデスクでチェックインし、706号室に荷物を運んだ。部屋からはチャイナタウンが見えた。荷物を置いて1回のレストランで昼食をとることにした。ウエイトレスはメガネをかけていた。海老天の冷やしそばはうまかった。チップも入れて2ドルだった。JALのパイロットら男性5人とスチュワーデス10人も同じホテルだった。《次回続く》
2007年08月15日
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シスコには11時55分(シスコ時間でホノルル時間だと9時55分)到着した。空港でコンベアで運ばれる荷物を見つけてピックアップした。K氏はタクシーの手配から戻って来た。車は黄色の大型車で結構がたが来ていた。シートも破れ、料金メータも壊れかけていた。トランクが大きいのですべての荷物が収納できた。運転手は大柄な黒人だ。アメリカの道路は広い。車は4車線の高速道路を100マイルで突っ走った。1マイル毎に10セントずつメータが上がっていった。《次回続く》
2007年08月14日
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やがて朝食が運ばれたが固いパンとオムレツとケーキなど。外の景色はきれいだ。段々と高度を下げてゆき、時々、雲の中を通過するとガタガタと期待が揺れる。それ以外は二重窓だが騒音がうるさい。始めてみるアメリカ大陸、シスコ空港にゆっくり降りた。着地前に前に座っていたスチュワーデスの写真を撮らしてもらった。和服を着たスチャワーデスも数人いたが、これといった美人は少ない。他のスチュワーデスは紺のスーツに赤い帽子をかぶり、食事の給仕の時はエプロンを着けてきびきびと振舞っていた。《次回続く》
2007年08月13日
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結局、他のお客よりも一番後になって、待っているバスに飛び乗り、空港のロビーに向った。ロビーで一休みするかしない内に、搭乗のアナウンスがあり再び機内に乗り込んだ。スチャワーデスは交代したが、乗客の座席はもちろん同じ。夜も遅く、シスコに着くまでに3時間の時差があるので、早く寝ることにした。枕と毛布が備えられていた。2時間ほど眠っただろうか、余りぐっすり眠れなかった。外は非常に明るかった。トイレは機内が三セクションに区切られているが、その各々に5つあり、“Occupy”とか”Vacant”のサインが表示される。トイレ内には歯ブラシやタオルなど備えられている。《次回続く》
2007年08月12日
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税関は6ケ所程のゲートがあり、3人一緒にパスポートを見せて入った。米国入国許可書をパスポートにホッチキスで留めてくれた。審査官は背の高い赤毛の目の青い、毛深い男性だった。イミグレーションを通過後、荷物の受け取りと取調べがあった。私の審査官はカメラの三脚を調べただけだったが、Kさんはカバンを開けさせられ、16ミリカメラは何に使うのか、アメリカで使うなら税金を払え、とうるさかった。《次回続く》
2007年08月11日
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ホノルル到着は日本時間で17日の夜8時、ホノルル時間で朝の4時だった。空港と期待を結ぶ通路は真っ赤な絨毯が敷いてあって、羽田空港よりきれいだ。やはり少し疲れた感じだ。バスに乗って税関へ行ったが、運転手は女性で4台のバスを連結して動いていたが、乗客が多く2回ほど往復したようだ。《次回続く》
2007年08月10日
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ホノルルに近づくと「No Smoking」と「Fasten Seat Belt」のサインが点く。ホノルルの夜景はきれいだ。ゆっくりと高度を下げる。無事ホノルル空港に着く。日本時間で夜8時。ここで燃料補給し、スチュワーデスも交代するそうだ。日本人のお客が多いが、ファーストクラスは外人が多い。途中、日付変更線を越し、19時間遅れるとのことだが、記念のサインを書く。ホノルルの時間は3時間早くなって、午前4時。日本とは16時間遅れだ。《次回続く》
2007年08月09日
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イアホーンは国際線ではお金を払う必要があり900円也。音楽などが6つのチャンネルで選定でき、1時間のテープ。日本の流行歌と落語などを聞きながら3時間ほど眠った。夜のデナーが運ばれる。ともろこしの天ぷら、肉の炒め、小さなトマトとキャベツのサラダ、アイスケーキ、コーラとコーヒーなど。《次回続く》
2007年08月08日
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3時頃から2時間の映画、「卒業 The Graduate」。一人の真面目な若者が大学を卒業後、大学院に行かずに知人の奥さんと恋仲になった。本当は娘が好きなのに、母親に誘惑される。最後に娘が結婚式をあげている中で娘をさらって行くストリーで単純なもの。でも音楽が大変美しく聞いたことのあるメロデーでうっとりする。機内では4箇所のスクリーンから同時に流れイアホーンで聴く。《次回続く》
2007年08月06日
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空からの景色は右翼の美しさと空の青さと所々に浮かぶ白い雲のコンビネーション、他には何も見えない。時々太陽が照る。美しい光景だ。ジャンボの騒音は高い。外を見てると雲がゆっくり動くだけで、乗っている機体は全く止まっている感じだ。午後2時頃、ランチサービスがあった。固いフランスパンにビフテキなど、腹が減っていてうまかった。《次回続く》
2007年08月06日
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12時20分、やっと動き出す。小さな窓なので向こうからはさっぱり見えないだろうが、こちらからは見送るS君の姿も見えた。滑走路まで移動して、12時40分エンジンがフル回転して速度を増した。タイアが固いせいかゴトゴト路面を走っていった。やがてスーと浮かぶ。初めてのこの気持ち、飛行機は無事飛び立った。外は天気がよく、景色が良く見えた。ゆっくり右へ旋回する。だんだんと高度も増し、家や川が良く見える。航空写真を見るのと同じだ。東京湾もきれいで、やがて太平洋上に出た。約10分後、高度が1万メートル、時速900キロで走行し、禁煙とシートベルトのサインも消えた。《次回続く》
2007年08月05日
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11時半ごろ機内に入った。シート32Jは右翼後方の右窓席だった。左側に調理準備やスチュワーデスの休憩室があり、座席の前方は十分空いているので楽だった。紙製のスリッパー、主要都市の案内パンフ、機内食メニューなどもらう。機内は4~5セクションに区切られ、映画スクリーンも可能だった。手荷物は黒バック、Jalバッグ、免税品袋で一杯だった。《次回続く》
2007年08月04日
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免税店でサントリースクエア(770円)2本、ハイライト(45円)20箱、現代9月号を買った。ガラス窓越しに最後の別れを惜しむ人も多かった。動く歩道に乗って、ゲートに向かう。ゲートを過ぎると屋上に姉達が手を振っているのが見えた。嬉しくなってカメラを取り出す。父が見つからなかったとS君がいう。ちょっと心配だ。これで見送り人との面会も最後だ。父にはもう一度会えなかったのが心残りだ。家族達が遠方から見送りに来てくれたことが、非常に嬉しかった。《次回続く》
2007年08月03日
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姉を探しに行った父はまだ戻っていない。イミグレーションを通る間も早く戻ってこないかと落ち着かなかったがとうとう現れなかった。イミグレーションではパスポートと出国カード、予防接種カードを提示し、出国カードの一枚はパスポートにホッチキスで留めてくれた。外国製品を持っている人は申請が必要だ。ここを通過すればもう日本の法律が適用されないらしい。《次回続く》
2007年08月02日
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東京観光のスタッフが10時ごろに来た。まずカウンターで荷物を計量しコンベアで運ばれた。通常20キロまではOKで、オーバーすると1kg当たり片道ファーストクラス料金の1%の追加料金がとられる。1キロ当たり約1万円だ。30キロ近くあったが幸運なことに超過料金は取られなかった。搭乗ゲートはJ3で、座席はJ32を取ってくれた。2階のロビーに上がると、姉と妹が私を探していた。沢山いる中で、無事会えてほっとした。姉のご主人と甥のS君も見送りデッキで待っていた。《次回続く》
2007年08月01日
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