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昨日は、国立能楽堂に、「狂言ござる乃座 45th」を観に参りました。
この公演は、3月に上演予定であったものが、震災のため、延期となり、今回上演されました。
昨日の演目は、狂言「薩摩守 謡入」、狂言「魚説法」、小舞「通円」、狂言「小傘」。
狂言「薩摩守 謡入」。坂東出身の僧(野村遼太)が住吉神社と天王寺を参詣しようと思い立ち旅に出ます。 まずは、船頭姿の萬斎さんが登場。名乗りを上げて、そのまま、舞台右端にお座りになる。え~って、私のまん前!
昨日は、正面右横の最前列。舞台に座られた萬斎さんと、丁度目が合う高さ。このまま、萬斎さんと見つめ合うのか~なんて。![]()
道中、喉の渇きを覚えた僧 (遼太君の僧も、なかなかいい!)
は茶屋(石田幸雄)で茶を飲みますが、代金を払うことを知らず、しかも一銭の持ち合わせもありませんでした。同情した茶屋は茶代を免除したうえ、この先の神埼から出る渡しに乗った際、船頭(野村萬斎)が秀句好きであることを利用して、船賃を求められたら「平家の公達」と言い、その心を問われたら「薩摩守」といい、さらに心を問われたら「忠度(ただのり)」と答えるよう、舟にただでのる方法を教えます。
やがて僧は大河に出、まんまと舟に乗り込みます。船賃を求められると、船頭の秀句好きは、遠く坂東でも有名であるとお世辞なんかを言ったりして、機嫌よくさせたうえで、早速「平家の公達」と言い、船頭を喜ばせ、次は、「薩摩守」と言い、船頭に期待感を持たせます。
ところが、このお坊さん、最後の心、一番大事な「ただのり」を忘れちゃうんですね。
かわりに説法を頼まれた新発意は始めは躊躇するものの、布施に目がくらんで引き受けてしまいます。
ですが、新発意は、まだまともに経分や陀羅尼を覚えていない。さて、どうするか。浜で育って魚の名に精通している新発意は、魚の名を織り込んで説法らしく聞かせようとします。
3年前に裕基君が7歳で演じた時は、正直終るまで、ドキドキでした。が、あの時も見事に演じきりましたね。10歳の今回は、さすがに落ち着いてきた感じでした。
小舞い「通円」。宇治を訪れた旅の僧が、宇治橋供養に茶を点て過ぎて落命した茶屋坊主の通円の亡霊が現れ、三百人の都道者に茶を点てて平等院で亡くなった最期を語り、後世を頼む。
「通円」の小舞は珍しいような気がします。初めて観ました。茶を点てるところは、コミカルな動きが多いのだけれど、やはり、万作さんの舞いは、おいくつになられても「キレ」があります。
狂言「小傘」。三間四方の草堂を建立した在所の男(深田博冶)が堂守にふさわしい出家うぃ求めて上下の街道に出ます。一方、博打に入れあげ家財をすべて失った博打打(野村萬斎)が現れ、にわか坊主となり田舎の草堂の堂守になろうと企みます。
召使で、一緒に出家し、新発意になった男(高野和憲)は、博打打が経も読めないことを心配します。
すると、博打打は、かつて賭場で傘を持ち踊り謡っていた歌を読経ふう謡えばよいと答えます。
萬斎さんのお経のような謡は好きだなあ、よいお声だし。
やがて博打打を見つけた在所の男が声を掛け堂守を頼むので、博打打は承諾し新発意とともに在所に下ります。
堂供養の法事が執り行われることになり人々が参列すると、博打打は施物を要求し読経のごとく例の謡を謡いだします。すると、いつのまにか、参列者はその謡に合わせて踊りだします。そして、その隙に、博打打と新発意は、施物を持って逃げます。
施物が無くなったと知って追いかける参列者。そんななか、一人残る尼(石田幸雄)。施し物として孫にも渡さなかった小袖を盗られたことに悔しさをつのらせます。腰を?振って?
やっぱり、石田さんの尼は最高!あの体を半分に曲げて演じられるのは大変でしょうけれど、今のところ、尼を演じられるのは石田さんしかいないでしょうねえ。
「よし」と言わない 2024.12.06
意識不明の状態 2024.11.26
追っかけ日記 No.523~狂言ござる乃座… 2024.10.20