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クリスマスといえばローストチキン。最近じゃ普通にトリの丸焼きが売ってたりして簡単に美味しいクリスマスが過ごせるようになりました。 うちにいるニワトリたちのほとんどは一年ほどの個体。羽艶も良く肉付きもいい。毎日勝手気ままに園内を走り回り土を掘り人なつこすぎて子供を泣かせまくるこっこたち。 プリマスロックとロードアイランドレッドといえば他の動物園などでも見かけることの多いニワトリですが、彼らはもともと肉や卵を取るためのニワトリ。かなり美味いらしい・・・。 遠くからたたたと軽快に走り寄る姿。肢を目いっぱい広げおケツ振り振り。本当に可愛い。そして思う。むこうから生きたローストチキンが大挙してやってくる・・・と。あの魅力的な胸、むちむちした腿。う~ん美味そう。 この時期、というかいつもだけど、店先などでトリの丸はだかな姿を見ると彼らのことを思い出し、彼らを見るとあの姿を思い浮かべてしまいます。この手羽に羽根がつきここから足が出てこう首が・・・なんて原形を思い浮かべたりして。ニワトリはやっぱり鳥肌だ。これが照り照りしたなんともいえないあめ色になったりして香ばしい香りを漂わせたりなんかしてたらもう、たまりません。 ここに肢と首が生えたらまさにやつらじゃあないか、と訳のわからない納得をしていつも店先を去るわたし。そして仕事中、走ってくる彼らが肢の生えたローストチキンに見えてしまう、なんともいけない飼育員でした。
2003.12.24
我が園には14歳のおばあちゃんヤギがいる。今いるヤギの中では最高齢。さすがに噛む力が弱くなってきて切り乾草をあたえるようになってはや幾星霜。でもまだまだ元気。 よせばいいのにまだやってくる発情期。もう無理だろう、と思うのだがうべえ~とせつなそうなハスキーボイスで鳴く、しっぽを振る、オスにお尻を向ける!(ただし去勢済み)す、すごすぎる、おばばパワー…。 彼女は現在ひとり部屋。冷暖房完備、寝ワラ付。かなり優雅な暮らしだ。うらやましすぎる。日中は若いやぎたちから離れ、遠くからヤギ社会を見つめる。権力からは程遠く、わしゃもう知らん、とばかり。日なたを転々とし時々接客をする。なかなかいい生活だ。 噛む力が弱くなったとはいえまだ歯は全部あるしきちんと反芻もする。乳腺炎もほとんど治った!すごい!今のところ特に悪いところもなさそうだし、がんばって冬を越して目指せ15歳!彼女には是非、長寿記録をだしていただきたい。 ちなみにわが園でのヤギ最高齢記録は15歳とちょっと。彼女のお母さんだ。お母さんのときは暖房設備が貧相で寒さで逝ってしまったようなものなので、今回はきちんと越冬させて暖かな春を一緒にむかえたい。
2003.12.20
この時期になると体調を崩す動物がちらちらと。畜舎は古くて隙間風が入りまくりの半屋外状態なので本当に気を使います。赤外灯をつけ、できるだけ隙間をふさいで毎年のりきります。幸いなことにそれほど寒さに弱い動物は飼育していないのでそれなりの管理をしていればたいていオッケーです。とはいえそれは若い個体で抵抗力があるから。 うちの園は全ての動物において終生飼育を行っているのでそこにいる動物はまさに老若男女な世界。年寄り個体の管理には神経を使っております。寒いと回復が遅いので少しでもおかしいなとおもったらすぐに隔離保温して様子をみます。初期段階なら何日か保温するだけで体調はよくなりますが、問題はどのタイミングでもとの畜舎に戻すか、ということです。完全室内でぬくぬく過ごしていたわけですから急に外で過ごさせるには厳しいものがあります。せっかく体力が戻ってきたのにまた体調を崩してしまっては意味がありません。夏以上に戻すときには慎重になります。日中は少しづつ外気温にならし外にいる時間をつくり夜だけ隔離保温、しばらくしたら天気予報をチェックして暖かい夜に合流します。それでまた調子が悪そうなら隔離をして、とうまくいくまで繰り返します。うまくいかないときは来春まで待ちます。 手はかかりますが、かけてあげればかけてあげるほど健康で長生きをしてくれます。モルモットなどの小動物は一般の家庭で飼われている個体に比べて動物園動物は短命ですが、それでもわが園では7歳のモルモットががんばって冬を越している最中です。我が園のモルの平均寿命はたいてい6歳です。動物園のモルにしては長生きだと思います。
2003.12.18
今日こんな電話がかかってきて思わず言葉に詰まってしまった。アイガモというとアヒルとカモをかけ合わせたやつのはず…。話を聞くとアイガモを春から雛のころより育てているが羽ばたきをしているので飛んでいってしまうのではないか、と不安になっているという。とりあえず、飛んでいってしまうというようなことはないと思いますが、と答え調べておくので、と明日電話を改めてもらうことになった。さっそく調べなければ…。 アイガモというのは青首アヒルとマガモの雑種のことで基本的に「跳ぶ」ことはあっても「飛ぶ」ことはないらしい。が、純粋なアイガモであればそうだが、ここに何かしら他の種の血が入っていると飛んでいってしまうこともあるらしい。うーん、また一個勉強になった。
2003.12.17
当園にいるオスのヤクシカの話。彼はどうもゴム手フェチらしく、ゴム手袋を見ると目の色が変わる。この時期、人が近づくと威嚇するのにゴム手をもっているともう人間そっちのけ。ゴム手オンリー。LOVEゴム手! あのニオイがたまらないらしく柵に顔がはまるんじゃないかというくらい鼻面を突き出して、かぎまくる。ゴム手を放すと寂しげな顔。まるで引き裂かれるロミオとジュリエットのよう。何故こんなにもゴム手の香りに心奪われるのか?ネコにまたたび、ヤクシカにゴム手? 一度他園のヤクシカをゴム手袋を持って訪問してみたい。彼らもおんなじ反応を示すんだろうか。いやその前にわたしが飼育員におかしな反応を示されるか…。
2003.12.16
どなたかキャットワレを使っている方、いらっしゃいませんか。以前より購入を考えているもあの値段の高さにいつも商品の前で断念しております。いかかですか?その価値はありそうですか?ぜひその真価のほどをどなたかお教えいただきたいものです。 でもとうとう他の安いやつをかってしまいましてまたもやわたしのキャットワレの夢は破れました。今使ってるのはユ二チャームのやつでなんとなくキャットワレに似ている感じ。シートを一週間かえなくてすむのでとても楽ですがやはり消臭ビーズが飛ぶ・・・。砂の飛び散りがいやで今まではぺット-シーツを使っていましたが、そこは猫、やっぱり砂かきがしたいようで、今のやつは彼女にとってとてもよいようです。 あー、砂の散らなくて小さくて安い猫トイレ!どっか開発してくれ!疲れて帰っての飛び散りビーズを拾い集めるのはかなりしんどいぞ。踏むと足の裏にくっつくし。ワンルームの猫飼いさんにはきびしいのもがあります・・・。ううう。 話は変わりますがついさきほどパソコンを高いところから落としまして、今なんとかつながって更新していますが明日になって不具合発生するかも、です…。復帰直後はいくつかのキーが打てなくてめちゃくちゃ焦りました。なので今後かなり長いこと更新が無いときは、あ、壊れたな、と思ってください。そして帰ってくるのをどうか待っててやってください…。お願いします・・。ううう(泣)。
2003.12.09
もう一羽、印象に残っているハトがいます。彼女(か彼か?)は公園で猫に襲われていてあのままにしていたら猫のごはんになっていたでしょう。はじめはほっとくつもりでした。これも自然です。でもふとこのねこたちは彼女を逃がしても困らないということに気が付きました。ここの猫たちにはごはんを運んでくれる人たちがいたのです。 そんなこんなでわたしは彼女を助け、そのまま動物病院に直行しました。猫の牙が体に突き刺さった跡があり出血していてかなり弱っています。ぐったりとしてその体はかなりやせていました。自然では弱いものが犠牲になります。おそらくそのときの彼女もそうだったのでしょう。獣医さんは回復するのは難しい、といいました。 何日かの入院後、彼女はわたしの家に来ました。そのときも獣医さんにはもう自然には戻せない、このまま飼い続けることになりますよ、と言われました。 ひとり暮らしのわたしの家は一部屋に台所といったまさにひとり絵に描いたような暮らし部屋。食べるところにも鳥がいる。前以上に神経質に掃除をしました。えさはこれまたハト用配合飼料。彼女はえさを食べようとせず今回は口を無理やりこじ開け、これまた一粒一粒口に突っ込んで食べさせました。とにかく体力をつけないと戻すことができません。またまた朝と夜、ハトにごはんを食べさせることが日課となりました。 彼女はヒトに対しての警戒心があってなかなかえさをたべるようにはなりませんでした。それでも根気良く一粒ずつ食べさせ、やがて指につまんだ種をじぶんからつまんで食べてくれるようになりました。好き嫌いがはっきりしていて、嫌なものは食べようとしません。とうもろこしは大好きで、こればかり食べていました。でもわがままは許しません。食べないものは口に突っ込んでやりました。 体力がついてきたら今度は飛ぶ練習。かなり飛ぶ力が落ちていて筋肉もやせている様子。長丁場を覚悟しました。庭は無いので部屋の中でやりました。やったあとは大掃除です。鳥用のケージを買うお金が無いので彼女の家はダンボールでした。このころになるとダンボールを開けると自分から飛び出てダンボールのふちに止まりえさを食べさせろ、と待つようになりました。不思議なことに彼女は窓を開けても出て行こうとせず首を伸ばしてじいっと外を伺うだけでした。 彼女は田舎に帰ったときに一緒に連れて行ってそこではなしました。彼女は丸一日向かいの家の屋根にとどまってそれからいなくなりました。それっきり彼女がどうなったのかわかりません。今思うと彼女を拾ったところに放せば良かったと後悔しています。人がたくさん集まる公園で育った彼女にとって田舎はあまりに勝手が違います。いまさらなことですがそれだけが気がかりです。でもきっと元気にやっていることでしょう。もしかしたら慣れ親しんだあの公園に戻ってきているかもしれません。 彼女を放した後お世話になった獣医さんに報告をしました。元気になるとは思わなかった、飛べるようになるとは思わなかったと言われました。あのときわたしがあきらめていたらきっと彼女は死んでいたでしょう。でもわたしはあきらめなかったし、彼女も生きることをあきらめなかった。 もうだめ、といわれて元気になった動物をたくさん知っています。動物はいつも生きることに貪欲です。どんな状況になっても生きるために最大の努力をします。鳥である彼女も、自然の中で生きていくために必要な「飛ぶ」という行為をあきらめませんでした。飛べないということは鳥にとってイコール死ぬことです。あきらめてしまうのは簡単です。でもあきらめていいのは第三者の獣医さんでもわたしでもありません。 今では動物を取り巻く環境はすべて人間の手に左右されてしまっています。ペット然り、動物園動物然り、です。動物と接して感じることはせめて彼らの命だけは彼らの自由にさせてあげたいということ。動物の命に関しては様々な議論があります。安楽死や処分、今回のようなケースもそう。これは意見が分かれるところではあるでしょうが、できる限りわたしは、彼らの最期くらい彼ら自身の手で掴ませてやりたいと思うのです。
2003.12.07
まだ田舎にいたころ道端で一羽のハトを拾いました。片方の肩が落ちて飛べないようです。このままだと猫かカラスに持っていかれてしまうので家につれて帰りました。うぐいす色の羽毛に覆われた美しいハトでした。胸の部分が上から下へ向かうにつれて緑茶色のグラデーションで頭にほんのりと赤い色がありました。図鑑で調べるとどうやらズアカアオバトという種類のようでした。ところどころにまだ産毛が残り若鳥ということがわかります。 落ちた羽根を固定しようと包帯で巻きますがやはりそこは素人、うまくいきません。固定はあきらめました。餌はハトの配合飼料。普通に売られているやつです。実はあまり覚えていないのですがたしかこやつはひよひよと鳴いて羽根を振り食べ物をねだっていたように思います。とにかくひと粒ひと粒種を取り、口に運んでやりました。口をあけた瞬間に種を放り込み食べさせていたと思います。当時わたしは高校生。朝学校に行く前と夜帰って来てすぐにご飯を食べさせることがわたしの日課になりました。 家では猫を4匹飼っていたのでこのハトの居場所はわたしの部屋でした。わたしは鳥の脂粉が嫌いです。皮膚もよわくすぐに痒くなってしまうので掃除はかなりまめでした。天気の良い日は庭でケージ越しの日光浴。鳥にはかかせません。普通のインコ用のケージを二段重ねにした特別仕様。一匹のハトにはまあまあの広さです。 彼が来てどのくらい経ったでしょうか。飛ぶ力をつけようと羽ばたきの練習をはじめました。そのときには羽根も元通りになって、えさも自分で食べられるようになり、体格も幾分良くなっていました。ハトを手に止まらせ上から下にその腕を振り下ろします。そうすると鳥は慌てて羽ばたきをはじめます。それを何日かして、今度は外で飛ばせてみました。少し飛んですぐに落ちてしまいます。そしてまた何日後か、彼は庭の高い椿の木に止まり、わたしはそれを最後に彼を見失ってしまいました。忘れもしない12月29日、わたしの誕生日でした。 こんな真冬に、これまで家の中にいてこの寒さに耐えられるのか、またどこかに落ちて、猫にでも襲われていないか。心配であちこち探しましたが見つけることはできませんでした。その夜は遅くまでカーテンの無い部屋に懐中電灯を持ち込んで外を照らしていました。もしかしたら戻ってきていないか、これを目印に戻ってこないか。後味の悪い結末でした。彼は戻ってこず、やがてわたしは高校を卒業し、実家を離れました。 それからかなりたってもう彼のことを気にかける日もなくなってきたころ、電話で父親がわたしにこういったのです。最近同じハトが庭に来る、と。もしかしたらあのときのハトじゃないか、と。それを聞いて、ああ元気にやっているんだと安心しました。 そして夏だったか5月の連休だったか、実家に帰ったとき、わたしは彼との再会を期待していました。でも毎日来るわけでもないらしく近頃は見ないということなのであきらめていました。あるとても天気の良い日、庭に一匹のハトがやってきました。そのハトは全身緑色で、彼をひなたぼっこさせるために置いていたケージのところ、家の庭に出る窓のすぐ下までやってきました。わたしはうれしくて、たまらず庭に出ました。彼はすこし距離を置いてはなれましたがしばらくは庭にいてそれから飛んでいきました。 以前とはすこし羽毛の色が茶けていて体格もスリムになったよう。もしかしたらそれは彼じゃなかったのかもしれません。でもわたしは今でもあの再会を信じています。 彼を獣医さんにみせた時、このハトはもう飛べるようになるのは難しい、と言われました。でもわたしは信じなかったし、彼はあきらめなかった。そしてまた飛んだんです。
2003.12.06
何故そうなったのかいまいちよくわからないのですが、片足の折れたニワトリが当園にはいました。当時を知る人の話ではきっと客にでも蹴飛ばされたんだろうとの話で、ともかくもその当時のスタッフは誰一人として現場を見ていなかったんだそうです。 彼は白色レグホンでとても立派でした。愛想が良く来園者にもとても人気がありました。ですが彼にとってスタッフはにっくき存在だったらしく園内を歩いているとどこからともなく たっ たっ たっ たっ 、とやってきて一蹴り加えていくんだそうです。 わたしが当園に来たときはすでに彼は片足が不自由でした。彼の居場所は獣医室です。とはいえ悪いのは足だけなので日中は外でひなたぼっこ。人に抱かれることがプライドに触るのか、抱かれるといつも怒っていました。寝たきり(?)なのにとさかは真っ赤で血色が良い。羽根も艶があり真っ白。ハンデを感じさせない、それが彼のすごさでした。 彼は自力では動けませんでしたが、自力で立ち上がることができました。片足でえいやっと立つんです。あれは見事でした。あのバランス感覚、そしてそのまま地面に置かれたえさ入れから鶏配を食べるんです。でもこれがでるのは絶好調のときだけでうまくいかなくてそのまま前につんのめってしまうことのほうが多く、そのたびばたばたと羽ばたいて折れていないほうの足を軸にくるりと回ってしまいます。そのためえさも満足に食べられないこともあってそういうときは何度も何度もえさ入れを彼の前にもっていかなければなりませんでした。 獣医室と外を往復するだけの生活。でも彼は不満を感じているようでもなく、その単調な日々を淡々と送っていました。彼はありのままの自分を受け入れているふうでした。その姿がかっこいい。背中で語る寡黙な男。決してヒトとは相容れない一線を画した彼の態度はある意味人生哲学を見ているようで気持ちの良いものでした。 わたしは彼のかかと落としを喰らったことはありませんが、先輩の話によるとかなり痛いそうです。実際ニワトリに蹴られると痛いもんですが、彼ほど威風堂々な体格でしたらさぞかし見事な一発だったことでしょう。今思うとその一発が受けられなかったことが残念でなりません。 今日ふと彼のことを思い出しました。これまでたくさんの子を見送ってきましたが、彼のことを思うと何だか心がすこしちくりと痛くなります。もっとたくさんのことがしてあげられたんじゃないか、そのときには自分ができる精一杯の事をしてあげたつもりでもいざとなると後悔ばかりです。
2003.12.04
今日はお休みで一日まったりしていました。久々に天気が良くて洗濯物を干して一息・・・。窓から午後の木漏れ日が差し込んで、ああ、のどかだ、と日常の喧騒を忘れるほんのひととき・・・。このひとときがいつまでも続けばいいのに、なんてしみじみしていたら視界を横切る悪魔一匹・・・。差し込む木洩れ日がちらちら動くたび、映っている壁にダイブ&タックル。右へ動けば右へ、左に動けば左へ。その姿はミラーの反射に無条件に反応するペンギンの如し。何が楽しいのかしら、この子は。あんたのその無意味な条件反射に何故にわたしの午後の大切なひとときを乱されなくてはならないのか。それほどに重要な意味があるのか!?いまだかつて明らかにされていない猫にとって必要不可欠な何かの儀式なのか!?12月の午後のしじま、ふとそんなことを思わせるほどに彼女は一心不乱でした。その姿を見ているとなんだかはじめに感じていたあのまったりさがさらにまったりとしてきて、何かあったか~いものを感じるようになったりして、ああ、やっぱりのどかだ…としみじみ思ったのでした。
2003.12.02
うふ。やっとうちの可愛い娘を皆さんに見ていただける。うれしい。昨日はついいらいらして愚痴愚痴と愚痴ってしまい少し反省しています・・・。ああ、最近なんだかちっともいい事が無く、しょげしょげしております。もう今年も一ヶ月切ったというのにこんなでいいのか、わたし!?うちのネコはすてられっこでまだ乳離れもしてませんでした。2週間一緒に動物園につれて通いました。あんなにちっちゃかった子がいまでは立派なレディになりまして・・。うーん、なんだかしみじみ。お母さんが子供を見てふと、「立派になって・・・」と思う気持ちと一緒なのかも。でもその子もいつかわたしよりも先に死んでしまうんだなあ、とこれまたしみじみしちゃったりして。いつかこの子を看取る日がくるなんて想像もつかない。そのときわたしはどんな気持ちで見送るのかな。そんなことを考えるとますます一層いとおしくなっちゃう。いつかくるさよならのときまでずーっと一緒にいようね、しおん。って、寝てるよノンキに!(怒)
2003.12.01
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