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「友がみな 我より偉くみえし時、 花を買いきて妻と親しむ」 by 石川啄木ずいぶん長い事、こころの旅に出てました。精神世界の本、心理学の本など読みあさり、ボーとしているかと思えばひたすら眠り。仕事は一応こなしてはいましたら、きっと心ここにあらずという状態だったと思います。でもまあ、内に向かうということは、自分自身とだけ向き合うということで、ある程度行くと、出口がなくなってくる。そうやって考えているうちに、やっぱり、明るい未来は外に向かっている時にやってくるような気がして来ました。 さあ、またそろそろ思考を外に向けていこうと思います。しばらく内に内に向かっていたので、ちょっと体を動かしてみたくなりました。ヨガもいいかな?でも体、おもいっきりかたいし・・・三歳でバレーを始めたけど、体がかたくてすぐやめた・・という友達がいるけど、それに劣らずめちゃくちゃ体かたい。でも、人の三倍位時間かけたら、ちょっとは動くようになるかな?とりあえず、ウォーキングは再開したので、これからは運動でいきます。きっと「しばらくの間」になるとは思いますが。「はなまりの『ナバホ・サンタフェの旅』日記にもどうぞお越し下さい。写真たくさん載せています!
2005年10月29日
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I Need You To Survive ( by Hezekiah Walker) I need you, you need me. We're all a part of God's body. Stand with me, agree with me. We're all a part of God's body. It is his will, that every need be supplied. You are important to me, I need you to survive. You are important to me, I need you to survive. I'll pray for you, You'll pray for me. I love you, I need you to survive. I will bless you with words from my mouth. I love you, I need you to survive.
2005年10月24日
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「我々は美を求めて 世界中を旅するが、 自分の中に美がなければ 何もみつけることはできません by ラルフ・ウォルドー・エマソン(思想家) 今日の英会話学校の話題は「秋」。秋は景色の美しさ、食欲の秋、物思いの秋。秋は話題がつきない。昔は秋が一番好きな季節だった。ところがこの頃、一番好きな季節は春。どうしてかなと思っていたけれど、今日突然なぜ私は春が好きになったのか判明した。秋の静けさもいいけれど、春のあのわきたつような命のパワーに惹かれていたのだ。これはきっと、自分が少しずつ年を重ねて来たせいにちがいない。自分の中で失っていくものを、外から取り入れたいと思っていたんだ。なんだかそうなると、秋をもっと好きでいようと思うようになった。マロンケーキにアップルパイ、くりきんとんに栗蒸しようかん、くりおこわに焼き芋。渋い緑茶でも入れて、秋の夜長を心ゆくまで楽しもう。よかった、クリックお願いします! ↓ ↓「はなまりの『ナバホ・サンタフェの旅』日記にもどうぞお越し下さい。写真たくさん載せています!
2005年10月19日
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「私は三度失敗したことがある」と自分に言い聞かせるのと、 「私は失敗者だ」といい聞かせるのでは、その結果に違いがでる ということを 知っておくべきである by S・I・ハヤカワ(言語学者) 昔はよく読んだマーフィーの本も、このところもう読むこともなかったけれど、何年ぶりかに “マーフィー「心の力」と「強運」の法則” (植西聡著)というのを読んでみました。願望を叶えるには・・・という話で、「オーストラリアに旅行に行きたい」「資格試験に受かりたい」というような例は、潜在意識にお願いしている間に、お金を貯めてさっさと飛行機のチケット予約したり、試験問題のひとつも解いた方がいいんじゃないのかな~なんて思うこともありましたが、「ゴキブリほいほい」発明秘話といのがあったので、ちょっと紹介しますね。ある時、ほかの商品の開発のために、タイのチェンマイから取り寄せた貴重な砂が入ったビーカーを、研究室の机の上に出しっぱなしにして帰宅したところ、翌日そのビーカーの中にゴキブリが何十匹も入っていたのを発見。大変な失敗をしてしまったと思った社員は、叱られるのを覚悟で社長に報告。怒られると思っていたのに、報告を聞いた社長は「この土の中にゴキブリが好む成分が入っている可能性があり、ゴキブリをおびき出し一網打尽にする商品がつくれるかもしれない」とその社員をほめ、結果として「ゴキブリほいほい」ができたのだそうです。意外なところから商品ってできるのだと感心。正直な社員と社長の気づきにも感心。そしてその”研究室”がゴキブリの宝庫であったことにも、パチパチパチ!よかった、クリックお願いします! ↓ ↓「はなまりの『ナバホ・サンタフェの旅』日記にもどうぞお越し下さい。写真たくさん載せています!
2005年10月18日
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「どの道を行くかは、あなたがどこに行きたいかによります」 by ルイス・キャロル 歩いている道は、ずっと一本とは限らない。まっすぐな道もあれば、曲がりくねってでこぼこの道もある。薄暗い道をあるいていても、角を曲がれば一気に視界が開けることもある。歩いていった先もまた何本もの道に分かれていて、どれを選ぶかでまた、その先の道のりは変わってくる。過去の記憶をたどって理性で選ぶか、直感に頼るか、そこで立ちつくすのか。行きたい場所に行く道もまた、ひとつではない。険しい道をいくのか、楽な道でゆっくり行くのか。どうしてもたどりつきたいのか、遠くから眺めているだけでいいのか。そしてまた、行き先をはっきり決めて行くのか。その道程を楽しみながら、偶然の出会い、想像もしなかった広がりを楽しむのか。私の前には無限の選択肢が広がっている。よかった、クリックお願いします! ↓ ↓「はなまりの『ナバホ・サンタフェの旅』日記にもどうぞお越し下さい。写真たくさん載せています!
2005年10月15日
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「汝の道を往け、世人をして語るにまかせよ」 by ダンテ インドに行きたいと書いてから、なぜが私の周りはアリゾナの話や映像を目にすることが多くて、インドの本を引っぱり出す度にまたアメリカの中西部に引き戻されていた。窪塚洋介さんが出ていたTV番組でみたモニュメントバレーがずっと気になっていた。セドナも不思議な魅力があるし、このごろ気になってたパワーストーンも,あのあたりは産地らしい。なんてことを思っていたら、一昨年お世話になったネイティブアメリカンのチャリーから、来年のボランティアは、週末の旅をもう少し長くとるつもりだという連絡がきた。キャニオン・デ・シェリとかグランドキャニオンとか、あのTV番組で観たアリゾナの名前も候補地に入っている。私はまた不思議な力でアリゾナに惹かれていくのかな。ナバホとの出会いは、”what is history?””It is the story of what happened in the past as told by the people who control the present” 「歴史ってなんだろう?」「歴史とは、現在支配力を持つ人々が語る、過去のできごとだ」というオーストラリアの先住民アボリジニーのことについて書いてあった本の一文が気になって、図書館にアボリジニーの本を探しに行ったけれど、アボリジニー関連の本が見つからなくて、替わりにネイティブアメリカンのことについて書いてあった本を借りてきのが、きっかけ。2001年に行ったホームステイでたまたま配属されたのが、コロラド州でたまたまネイティブアメリカンの遺跡めぐりが好きという家庭だった。でも週末に予定していた遺跡めぐりが、なんとそこの夫婦のけんかでいけなくなり、しょんぼり。いつか自分で行こうと思った。その後通っていた英会話のクラスで、国や地域を自分で選んで紹介するという授業で、私は「コロラド周辺のネイティブアメリカンについて、発表しよう」と準備をしていた。これは、ほんとに一生懸命準備をしていた。その最中に、私の知人がナバホ族の人と知り合い、週末ツアーのあるボランティアを主催しているということを教えてくれた。日程からも費用からも、私には無理だな~と思っていたけれど、そうこうするうちに、日程は偶然うまくあき、費用の面も、病気で倒れた同僚の替わりを一年間代行するという仕事が降ってきた。その同僚も一年後には、元気に復帰したからこれもOK。これでなくちゃいけないと思っていたわけでもないのに、なんだか流れに乗って、ここまで来てしまった。この流れに、もうしばらく乗っていくのかな?私はいったい、どこに行くんだろう。よかった、クリックお願いします! ↓ ↓「はなまりの『ナバホ・サンタフェの旅』日記にもどうぞお越し下さい。写真たくさん載せています!
2005年10月14日
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「替えのきかない人になるためには、いつも変化していなければならない」 by ココ・シャネル 仕事にでかけた幼稚園で、3歳くらいの女の子が一生懸命走っていました。「何してるの?」と尋ねると、「運動会で一等賞になれるように、神様にお祈りして、練習もしてるの」キリスト教の幼稚園なので、子供達はいつもお祈りをしています。そしてお祈りするだけでなく、一番になれるように一生懸命走っていたのです。たった3歳の子供でも、祈るだけでなく、努力をすることを知っていました。小さな子供からも、大きなことを学ばせてもらいました。よかったら、クリックお願いします! ↓ ↓「はなまりの『ナバホ・サンタフェの旅』日記にもどうぞお越し下さい。写真たくさん載せています!
2005年10月13日
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「絶対に忘れないって 思っていたけど、 忘れちゃったよ、 あなたのTELナンバー」 「I miss you」より 「忘れようとしても、忘れられない」、そんなことが昔の悩みだったのに、今では覚えておきたいと思っていたことでさえ、おぼろげで思い出せないことがある。このシーンは、いつまでも大切にしたい、ずっとずっと覚えていたいと思っていたことや、母が病床で言った言葉、言い回しまで全部覚えていたいと思っていたのに、なんだかあやふやで鮮明に思い出せなかったりする。覚えておきたいと思った、そのことさえいつか忘れてしまって、多くのことは私の記憶から消えていってしまうのかな。「人間には 忘れるという 素晴らしい特技がある」 ともいうけれど、素敵なことさえ全部覚えていられないから、「今」のひとつひとつが溶けて「私」を形作っていけるように、「今」を充分味わっていこう。よかった、クリックお願いします! ↓ ↓「はなまりの『ナバホ・サンタフェの旅』日記にもどうぞお越し下さい。写真たくさん載せています!
2005年10月12日
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「最も真剣に 準備した人のところに 強運が訪れる」 by 「運命の法則」 (天外 伺朗)より 連休の一日、国際広場というイベントにボランティアとして参加しました。これから2年間、海外へボランティアに行こうという若い人たちと一緒に、そのイベントのボランティアをしていましたが、若いというのはほんとにいいものですね。これから名前もあまり聞いたことのないアフリカの国やアジアの国に出かけていこうという彼らは、エネルギーがあって、みないい顔をしていました。多少、うまくいかないことがあっても、そのオーラのせいでしょうか、とても輝いてみえました。やる気と行動力とそれぞれに技術を持っていて、その技術も灌漑とか農業だけでなく、空手・バレーボール・先生・保母さんなどほんとに様々な力を生かして、海外支援に出かけます。一緒にやっていた市役所や商工会のおじさま方もまたいい人ばかりで、学ぶことの多い一日でした。いろいろな国の屋台が出ていて、アラブのハンバーガーのようなものを食べたのだけれど、コーヒーも合わせて、とってもおいしかった。「食」の面から異文化を知るというのは、結構いいもんです。そのハンバーガーの名前を忘れてしまったのが、ちょっと悲しいけれど。民族衣装を着た人達のお店もたくさん出ていて、私はアフリカのマリのお店でビーズのネックレスを買いました。なんていうのかな、首の後ろの取り外す部分が、スナップボタンになっているネックレスもあって、その知恵には脱帽しました。ここでこうして仲間と一緒にボランティアをしている人たちも、もうすぐひとりずつアフリカの小さな村などに旅だっていくのかと思うと、人ごとながら胸が熱くなってしまいました。素敵な人たち、おいしい食べ物、かわいい小物に出会った、やわらかな日差しの秋の一日でした。よかった、クリックお願いします! ↓ ↓「はなまりの『ナバホ・サンタフェの旅』日記にもどうぞお越し下さい。写真たくさん載せています!
2005年10月11日
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「私は風、千の風、大空を吹き渡る おまえがどこにいようとも、おまえのそばにいるよ 」 by 三浦 久 「千の風」より Do not stand at my grave and weep,I am not there, I do not sleep.I am a thousand winds that blow,I am the diamond glints on snow,I am the sunlight on ripened grain,I am the gentle autumn's rain.「千の風になって」というと、新井満さんの歌や本を思い起こされる方が多いと思うけれど、「千の風」というもうひとつの"a thousand winds"の歌がある。何年か前に、地元の短大の単位履修生というパートタイム学生のようなことをしていたことがある。比較文化を学びたいなと思ったのと、社会人に広く門戸を開いていたのが大きな理由だった。その時の先生が、「千の風」を歌っている三浦久さん。授業はいつも、フォーク歌手でもある先生がギターを弾き、学生が一緒に歌うというところから始まった。渋谷のジャンジャンでコンサートをしたり、週間AERAに載ったりもしているので、まるっきりマイナーというわけではないと思うけれど、普段は地元で活動されている。アメリカで宗教学を学び、京都で哲学を学んだ先生の話は幅が広くとてもおもしろかった。一般市民向けの講座には「三浦先生のファンなので、是非授業を受けたくて」という方がたくさんいたし、他の場所でも三浦ファンのおじ様たちにもたくさん遭遇した。こういう時に、一緒に「素敵・・・」とみとれるのではなく、「これほど人を惹きつけるのはどうしてだろう・・・・」と思ってしまうのは、私の悲しい性格か・・・・三浦先生は、豊富な知識・確固たる自己・愛嬌のある風貌そして「自己開示がとってもうまい」のだ。人ってやっぱり、心を開いている人の前で、自分も心を開いていくのだろう。自分を閉ざして、頭だけで接している人には、人は心を開いて近寄って行かないものなのだと思う。その翌年は、ゼミにも入って比較文化を学ぼうと思っていたけれど、先生が短大をやめファーク歌手に専念してしまったので、私も軌道修正をせざるを得なかったけれど、こうして人と出会うことでたくさんのことを学ばせていただいた。これからも多くの人に出会って、学びたいと思う。子供でも大人からでもいいけれど、できれば「人徳」のある人から多くを学びたいと思う。追憶の60年代カリフォルニア(三浦久著) 社会人クラスで使った教科書のひとつ。よかった、クリックお願いします! ↓ ↓「はなまりの『ナバホ・サンタフェの旅』日記にもどうぞお越し下さい。写真たくさん載せています!
2005年10月06日
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もうひとつ
2005年10月04日
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「たしかなことなど 何もなく ただひたすらに 君が好き」 by 吉田拓郎 古いLPレコードを手放した。自分の暮らしとこころの中で「いるもの、いらないもの」を区別し、いらないものにはバイバイしようとずっと思っていた。CDが普及してもずいぶん長い間、私にしては高価なプレーヤーでレコードを聴いていたけれど、そうするうちに針が何万円にもなり、そのうちその針も手に入りにくくなり、CDの便利さに移ってしまった。でも、ずっとLPだけはとってあった。たいした曲を聴いていたわけではないけれど、100枚程残っていた。聴くあてのないレコード。もう完全に思い出になってしまったレコードが狭いスペースを占領している。そろそろ手放そうと思っていた時、「LPレコード譲ってください」と、新聞の不用品交換コーナーに載った。早速、「取りに来て下さるなら無料で」と連絡をした。取りにきてくれた方は、「僕は今でも、毎日レコードを聴いているんですよ。これから聞かせてもらいますね」と言って、私が大事にしていたレコードを引き取っていってくれた。レコードに別れを告げた後は、昔大好きだった吉田拓郎の歌をCDで一日聞いていた。お小遣いをためて買ったモーリスのギターで「浴衣のきみは・・・」なんて一生懸命練習していた中学生の女の子は、今考えればちょっと変だったかもしれないけれど、高校に入ってからずっとあこがれていた先輩も拓郎が好きだったから、そんなことも気付かなかった・・・ずっと探していた"Grover Washington, jr"の”winelight"は、CDがまだ売られていることが分かったので注文した。こうして、眠っていたレコードはどこかで生き返らせてもらえた。形のあるのは、手放すことも割りと簡単にできるものだ。「流れる星は 今がきれいで ただそれだけに 悲しくて 流れる星は かすかに消える 思い出なんか 残さないで 君の欲しいものは何ですか 僕の欲しかったものは何ですか」よかった、クリックお願いします! ↓ ↓トップページへ「はなまりの『ナバホ・サンタフェの旅』日記にもどうぞお越し下さい。写真たくさん載せています!
2005年10月02日
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「大切なのは、 どれだけ多くをほどこしたかではなく、 どれだけ多くの愛をこめたかです」 by マザー・テレサ 数年前、母は緩和病棟という一般病院の中にあるホスピスに入院していた。TVドラマにもなったその病院には、遠くから最期の場とその病棟を選んで入院される方も多い。誠心誠意対応して下さる若い先生や看護士さんには頭が下がる。そして多くの方は最後の一ヶ月ほどをそこで過ごして、旅立っていかれる。小さなその病棟には6つ程の個室とちょっとしたラウンジと患者さんが好きなものが作れるように小さなキッチンがあった。末期の患者さんばかりの病棟なので、介護の人たちも軽く挨拶を交わす程度で話すことはあまりない。ある時、その小さなスペースに私と同年代の女性が3人居合わせたことがある。私は母を、そして一人の方はまだ若い女の子を看護している。そして患者さんとして入院している方のところには、毎日子供さんがお見舞いに来ている。同じ年代で、生きるということに向き合っている私達だけれど、思いはそれぞれだ。私は、たくさんの「ありがとう」と頭の下がるような医療で母を看取ることが出来た。けれど、きっと子供を看病している女性は、できることなら自分が変わってあげたいと心底思っていたと思う。そして子供を残していく決意をして、ホスピスを選んだお母さんはどんな気持ちで過ごしているのだろう。生きるということは、本当にままならないものだ。「生かされている」ということだろうか。窓の外には雄大な山がそびえている。その山は、太古の時代からこうして人の命の移り変わりを見てきたのだろうか。そんな雄大な自然の流れに比べたら、人間の命の時間というのはなんと小さなものだろう。でもそんな小さな時間であるのなら、精一杯やりたいことをやって、楽しんでいこうと、澄んだ空に向かってそびえる山を見て思った。それから、母は自分の希望通り家に戻り、家で亡くなった。今でも、その病棟で実際に対応して下さった、まだ若い先生や看護士さんのことを思うと、心が温かくなる。よかった、クリックお願いします! ↓ ↓トップページへ「はなまりの『ナバホ・サンタフェの旅』日記にもどうぞお越し下さい。写真たくさん載せています!
2005年10月01日
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