上巳の節句(雛祭り、桃の節句)


桃の節句の起原は大変古く平安時代に遡ります。
昔の日本には五つの節句(人日・上巳・端午・七夕・重陽)があり、当時この行事は貴族の間では、それぞれ季節の節目の身のけがれを祓う大切な行事でした。
その中の一つ「上巳(じょうし)の節句」が後に「桃の節句」となります。

雛祭りの起源は、中国の「曲水の宴」という厄除けと不浄をのぞく目的の行事と、日本の古来の春の農耕に先立った海や山での楔祓い(みそぎはらい)の行事(罪や不浄を清める信仰)とが結び付いたものです。
中国から伝わった風俗は、曲がりくねって流れる水のほとりで、上流から流した杯を取って酒を飲み、和歌を作る風流なものでした。
日本古来の風俗は、形代(かたしろ)として作った紙人形の身体をなで、自分の身体の汚れや穢れ(けがれ)を移して川や海に流すというものです。
高価な今のお雛(ひな)さまを流すことは出来ませんが、今でも鳥取や京都で「流し雛」という行事が残っています。
現在のようなひなまつりは、江戸時代の初め頃からで、徳川家康の孫娘「東福院」が、自分の娘、興子(おきこ)のために作った座り雛がはじまりとされているようです。
そして五節句の一つとして女の子の節句となり、雛も15体揃い、婚礼の調度を模して、豪華でファンタジックなものとなりました。
最も一般的な飾りつけは、屏風をバックに最上段に男女一対の内裏雛、次の段から順次三人官女、五人嘲(ばやし)、三人仕丁などの人形が置かれ、ぼんぼり、左近の桜、右近の橘、菱餅、白酒、雛菓子などが供えられています。
さらに重箱、箪笥(たんす)、長持(ながもち)、扶(はさみ)箱、鏡台、針箱、駕寵(かご)、御所車などのミニチュア調度が並べられ、女の子を夢の世界に誘います。
そして、この雛壇の前で桃の花を供え、白酒を飲み、御馳走を食べ、遊戯などに興じ、楽しい時を過ごします。
これはまさに、女の子のための最高の演出であり、祭りであると言えるでしょう。


雛祭りの食材

【蛤(はまぐり)】 
蛤は他の貝とは絶対に合わないことから一夫一婦の願いを込め、お祝いの膳にお吸い物として添えられます。
元々九州や沖縄などの地方で3月3日に潮干狩りなどをして楽しむ風習があり、そこから蛤を食べるようになったという説もあります。
本来は、1つの貝に身を2つ入れるのがしきたりです。

【菱餅(ひしもち)】 
インド仏典の説話が起源との説があります。
何度も洪水が起こる度、川に住む竜の怒りを静めるために女の子をいけにえにしていた町があり、ある年に選ばれた娘の父親が我が子を助ける為に菱の実を差し出した。
なんでも菱の実は、食べると子どもの味がするとのこと。
その菱の実のおかげで、それ以来女の子を犠牲にすることがなくなった、というお話。
菱餅の緑(よもぎ)は健康を、赤(桃や紅花)は魔除け、白は清浄の意味を表していますが、この赤にはかつて竜の犠牲になった子の血の色と供養の意味もあるそうです。

雛祭りの祝い膳 
和歌で有名な京都の名家・冷泉家では、人形を片付ける前日に雛道具を使ってお人形にごちそうをあげ、子供達もその前で同じ物を食べる習わしがあります。
ごちそうは、焼いた干魚・千切り大根の味噌汁・大根なます・煮物(焼豆腐とクワイとかまぼこ)・うるち米のみで炊いたお赤飯の5品です。

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