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中国の諺に、「始めは処女のごとく、後には脱兎のごとし」と言うものがある(「孫子」)。
「最初は弱く見せておき、相手が油断した頃合いを見計らって、一気に強大な力を振るう」、と言う内容だ。
(さすがは「兵は詭道なり(※)」だ、えげつない)
※ 「戦争は騙し合いだから、どんな卑怯な手を使っても良い」と言う意味。
その中国では、天子(皇帝)を「万乗の君」と称する事がある。
これは、古代中国で使われた「戦車(チャリオット)」を「1乗、2乗」と数えた事による。
戦車1乗は、戦闘員(御者含む)3名、馬2~4頭、歩兵数名~十数名、と言う規模になる。
つまり、『これだけコストのかかる「戦車1万台(万乗)」を保有している者は、皇帝ぐらいしかいない』と言う比喩である。
さて、春秋戦国時代は戦力の中核となった戦車であるが、秦漢の頃には、どうも廃れていたようだ。
(秦代の遺跡である兵馬傭には、戦車のミニチュアが大量に眠っていたので、秦で使われていなかったのでは無いと思うが)
この戦車、発掘された模型から換算すると、「直線番長」と言った趣だったらしい。
(馬の並び方から見て、旋回能力に劣っている為)
「大量に整列した敵・味方の戦車の一団」は、さぞ威風堂々としていただろう。
しかし。
「直進し、敵戦車を行き過ぎた場合」は、どうなるのだろうか?
(将棋で、「香車が(成らずに)敵陣の最奥に突っ込んだ状態」を想像して欲しい)
実は、そこで方向転換し、再度、敵に向かって行ったらしいのだ。
「敵陣の手前まで進んで、歩兵達が右往左往しながら方向転換する戦車」...想像するだにマヌケだ。
と言うか、戦争とは思えないほど、微笑ましい。
このような戦車ではあるが、後に騎馬にとって代わられ、駆逐されてしまうのである。
(「戦車VS騎馬」では、運動性において話にならないだろう(※2)。また、コストパフォーマンスの点でも)
戦車の時代は牧歌的なイメージだが、騎馬の時代は殺伐としたイメージである。
時代(戦争)は加速的に進むのである。
※2 呂布+赤兎馬ならずとも。つか、「マゼラン(サラミス)VSザクC型(核バズーカ装備)」のノリか?
同様のケースは、戦闘機(飛行機)にも言える。
当初、戦争で使用する飛行機は、偵察が目的であった。
兵装は なされておらず、「敵機と擦れ違った場合は、ハンカチを振って挨拶をしていた」、と言う。
想像すると、のどかな光景である。実に紳士的だ。
しかし、時代は流れ、敵機と遭遇するとピストル(携帯火器)で撃ち合うようになる。
そして、固定兵装が装備され、やがて市街地に爆弾の雨を降らせるようになった。
殺伐としたものである。
ふとした一石が、時代の流れに大きな波紋を起こした事は、他にもある。
親子3人から成る「黒人差別をなくす会」が、「ちびくろサンボ(※2)」を始めとする出版物に不当なレッテルを貼り、市場から駆逐させた。
規制は、一旦 始まると、留まるところを知らない。戦闘機や、騎馬と同じである。
藤子・F・不二雄の「ジャングル黒べえ」が読める(観れる)のは、いつの日か?
いや、それ以前に、「児童ポルノ」の不当なレッテルを貼られ、日本からコミック・アニメ・ゲームが消えようとしている。
※2 「ちびくろサンボ」は、現在は出版され、読む事が出来る。