日蓮正宗の信仰と私

日蓮正宗の信仰と私

PR

×

Keyword Search

▼キーワード検索

Profile

土底浜

土底浜

Calendar

Comments

大日月地大神御霊@ 予言書 いつも お世話になっておりますm(__)m 予…
k2323up @ Re:誤った広宣流布観(10/31) 元創価学会の加藤です 良かったら交流お願…
法華講員から@ Re:誤った広宣流布観(10/31) でも実際には日蓮正宗も信徒数増やしの折…
亦野和美@ 同意です 概ね同感です。色々と忘れている部分が思…
トチロ~ @ Re:誤った広宣流布観(10/31) 色々と想像するのは悪いことでは無いかと…

Freepage List

2009.03.31
XML
カテゴリ: カテゴリ未分類
 法華講員も顕正会員も学会員も、「我こそが正義なり」と主張しています。日蓮正宗系は特にそういう性質があると聞いた事があります。

 確かに日蓮正宗は宗教に正邪があることを明示し、世間に対して破邪立正を訴えて来ています。その功績というのは仏様のよくよくご存知のことであると思います。

 しかし、いま「日蓮正宗は学会や顕正会を生み出した親である」という意見も巷にあり、日蓮正宗そのものの資質が問われる時期に来ているという感を強くしています。顕正会や学会と差があることを示したいのなら、本宗伝統の慈悲の精神をもっと前面に強く打ち出すべきであると思うのです。難しい教学を知っていようと、百万遍の題目を唱えたとしても、人間としての人格や品性が疑われるような方も日蓮正宗内に(自分もまだまだひねくれた人格ではありますが)いらっしゃるようです。

 口では異体同心と言っても、実際に行われているのが講員同士の陰口の言い合いや、御僧侶が信徒を疎んじたり、信徒がそれを受けて御僧侶に信を置けなくなっていたりという現状の寺院も私が知る限りはあります。特に御僧侶は「厳しい修行をしてきたはずなのに、どうしてこのような人格の方がいらっしゃるのか?」という方もおります。そこで、そういう御僧侶に意見を申し上げたら「信徒が悪い」となり、異体同心などできなくなるのです。

 法華講は今まで、僧俗一致を掲げ、実際に御僧侶と信徒がお互いを支えあい、ここまで来たはずであります。なぜ何百年も続いたのかを考えれば、信徒と御僧侶の間に本当の信頼関係があったからだと自分は思います。それがなぜ今、信徒の陰口を言うような方が出るのか?
 時代が下がってくるにつれて衆生の機根も下がるからなのでしょうか?単純にそれだけの理由からなのでしょうか?


 いかな時代にあっても、日蓮正宗だけは白蓮華のような集団であってほしいと願います。実際に御本尊のお給仕一つとっても、他宗では味わえない充実感が涌いてきます。これは法そのものは本物だからだと思います。顕正会や学会では絶対に体験できないことです。


 こういったすばらしい体験ができる人が増えるように、自分たちも人格を磨いて、「あの人のやっている信仰なら」と自然に入信してくる人が出るような、そんな人間を目指さなければいけないと思いました。





お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

Last updated  2009.03.31 13:18:55
コメント(31) | コメントを書く


【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! -- / --
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
X

© Rakuten Group, Inc.
X
Design a Mobile Website
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: