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それまで如何に自分が理にかなっていない体の使い方をしていたか
色んな形で老師から身を以て思い知らされたことがありました。
それ以来、箸の上げ下げ、ドアの開け閉めなど日常の動作に至るまで
太極拳の身法に沿った動きをするように心がけてきました。
現在私が行っている筋力トレーニングにも当然ながら太極拳の
体の使い方を応用しています。
スポーツ、一般的な武道などで行われている部分的な筋力の鍛錬は
私にはあまり興味を引くものはありません。
かつて私が北京にいた頃、コオロギ同士を戦わせて楽しんでいる人達がいました。
日本では鶏を戦わせると言うことがあるようですね。
最近のテレビなどで時々やっている格闘技中継はまるでそれらと同じようなことを
やっていると言う印象しか無く、興味を引く所などありません。
また、スポーツ武道をやって精神修行と思っている人も多いようです。
その前に精神修養とは何か、今生とは何かと言うことを自分の中でハッキリさせてから
取り組んだ方が良いような気がするのですが…。
さて、武術と言う方面から少し書いてみましたが、
精神世界的なことにも同じ事が言えます。
しっかり自分と向かい合わなければ将来自分が無駄に時間を過ごしていたことに
後悔することになりかねません。
枝葉末節の見栄えの良いテクニックだけに目を奪われ
根本に気付いていなければ、砂上の楼閣と言うことになるかも知れません。
「老師領進門、修行在各人」と言う言葉があります。
老師は案内するだけで、修行は各自で行うものと言う意味です。
老師が訓練してくれるのではなく、ヒントを与えてくれるだけで
各人が自分努力で修行し、やがては自分の境地を開いていく必要があるのです。
それは自分で見つけなければならないのです。