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サイド自由欄
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私は臨床心理士とか精神科医ではないので
直接、心に向かってトラウマを扱うことなどできない。
でも、心に何かある時、必ずエネルギーレベルでは変動が起こる。
心にさざ波を起こすような原因を思い浮かべた時、必ずエネルギーの流れのどこかに「結」が発生する。
そして、それは肉体レベルでの不調を引き起こす。
恐らく心の苦しさだと思っているものは
心そのものの苦しみではなく、発生した「結」がもたらす
肉体上の苦しさを心の苦しみだと勘違いしているのだろう。
「結」を解くことで苦しみは解消される。
しかし、本当は「苦しさ」というアラームによって
心の扱い方の不備の存在に気づくように
心なのかあるいは魂なのか…が訴えていることに気づき、
その訴えに耳を傾け、自分自身で是正していくという
決心と実行がなければ根本的な解決には至らない。
でも、簡単にそんなことはできないから人は何度もいろんな形で苦しみを経験することになる。
それが人生というものなのかもしれない。
何らかのテクニックだけで簡単に解決できるのなら魂は人生など必要としないだろう。
では、「結を解く」というアプローチに意味はないのだろうか?
いいえ、そんなことはありません。
苦しみのみにロックされている心にいったん自由を取り戻さ、状況を冷静に省みるチャンスをもたらすという効果が期待できる。
そこで、自分の心と向き合っていくと決断するのか、
以前のある程度安定していたと感じていた状態に戻ると決断するのかは
本人の自由。
多くの人は後者を選んでしまう。
何故なら、心には「恒常性維持」という働きが備わっているから。
一歩踏み出すとは、このぬるま湯から外に出るということ。
でも、ここで勘違いしてはいけないのは
自分の意志で一歩踏み出すということ。
誰かが連れ出してくれるのではありません。
自分が意識的に決断しなければなりません。
ここを間違えるとよからぬ宗教やカルトの餌食になってしまうので
ご注意ください。

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