全16件 (16件中 1-16件目)
1
DR30スカイラインのフロントブレーキをR32スカイラインの4ポットに付け替えてから、高速からのフルブレーキングをしたことがありません。ちょっとDR30でドライブに出かけた時に、片側2車線ある国道で周りにクルマがいないことを確かめて○○○km/hくらいから急制動をしてみました。キーッとスキール音がした瞬間に車体後部が左へ流れてスピンしそうになりました。もう一度速度を落とし80km/hでフルブレーキ、やはり車体後部が左へ流れます・・・明らかにブレーキの片効きです。車体後部が左へ流れることから左後輪のブレーキの作動が弱いのでは?昨年8月の車検整備でリヤブレーキはシールキットを替えていますし、制動力は出ているはずですが。ブレーキの修理にプリンスディーラーに持って行きました。道中で急制動してみました、今度は車体後部が右に流れます!!!どういうことなのでしょう???
2007.03.25
コメント(1)
R32タイプMの4ポット・ブレーキ・キャリパーを装着しましたが、せっかくブレーキをグレードアップしたのだからアピールしようと思いカッコ良く目立つ色を塗りました。赤色です、赤いペンキをはけ塗りで仕上げたのです。塗り重ねをしないで一気に仕上げようと厚塗り、タレ等で仕上がり具合は・・・(汗)NISSANの文字はシルバーで仕上げました。塗料はタミヤペイントマーカーX-11(クロームシルバー)です(笑)しかし、キャリパーがホイールに干渉する部位があったので・・・、そ~です、NISSANの文字です。それで、当たる部位を削り文字の凸が無くなった部分があります。ですから文字の仕上がりは、はっ、はっ、は~・・・
2007.03.24
コメント(0)
出勤途中に仕事車のECR32がエンスト、なんとかエンジンが始動したため自宅に戻りまだ完成してないDR30で出勤しました。会社までの約20Kmの道のり、ゴリゴリ、キュッキュと異音を撒き散らし進みます。本来乗るべきではないのですがクルマがないと仕事が出来ません。無事会社に到着、準備を整え仕事先に向かいます。途中でジャッキアップしハブのガタを確認、ハブはガタガタ、ロックナットはゆるゆる、そして右のキャリパーに鉄粉が多数付着しています。パッドを外し点検しましたが特に不具合はない様子。先を急ぐため心配であるがやむなく出発する。仕事廻りを早く終え、知り合いの自動車屋さんに滑り込みました。早速不具合の追究作業に着手です。考えられることはベアリングのアウターレースの圧入不足、それでハブを外してびっくり!不具合の原因が解りました。バックプレートとハブのオイルシール部が干渉していたのです。バックプレートのツバの部分がハブに当たり、ハブが奥まで(正規の位置)入らなかったのです。正規の手前でハブが固定され、走行によりハブとオイルシールが擦れ、削れていきます、そしてハブが奥に移動しガタガタになり、ロックナットも緩んだのです。キャリパーに付着していた鉄粉の正体はこれでした。原因が解って一安心、バックプレートを取り外してハブを組み付けました。(後日、バックプレートは加工して装着しようと思います。)作業が終了、いざ会社へ戻ろうと走り出すと今度はゴーゴーと大きな音が・・・・・・頭の中は真っ白、いったいどうなっているのだ?!気を取り直しジャッキアップ、原因はすぐに解りました。バックプレートを取り外したことによりハブが奥に入ったため、キャリパーがホイールの裏面に当たっていたのです。これは大変、クルマを借りてホイールスペーサーを買いに走りました。3mmのスペーサーをはさみ不具合を解消、貴社しました。しかし、3mmのスペーサーをはさむのは想定外です。貴社途中また何かが擦れている音がします。業務を定時に終え帰宅し点検したところ、異音の原因がわかりました。今度はロワアームの先端とブレーキディスクが干渉していました。ロワアーム先端をサンダーで削り不具合解消しました。キャリパーとホイールの干渉も軽微なため、ホイールの裏面を削りました。
2006.09.02
コメント(0)
6月18日(日)午前中は雨が少し残りましたがお昼前には晴れて暑くなりました。所用もあり午後から作業を開始しました。相変わらずハブの調整が利かず諦め4ポットキャリパーを装着しました。そしてブレーキのエアー抜きです。一人でエアー抜き作業が出来るようにワンマンブリーダを購入しましたが、やはりブレーキフルードに混入したエアーが抜けていくところを確認したいのでブレーキペダル操作を息子に頼みました。ブレーキのエアーも抜け、ペダルタッチもシッカリしてきました、ただハブのガタが気にいりません。走行したらハブベアリングの当たりも変わるかもと安易に考え試運転をすることに。早速走行、ブレーキペダルのタッチが少しヤワかな?なんて感じつつ後続車がいない事を確認、ブレーキング!なにかゴム臭いな~。少し走ってブレーキング!「キィー」スキール音がしてバックミラーを見ると煙が・・・そしてゴムの焼ける臭いが!そ~です、ブレーキングでタイヤがロックして滑走、路面にスリップ痕が付いています。特に強く踏んだつもりはないですが(本当は無意識に“意識して”)さすがによく効きます。試運転を終えハブを点検してみるとガタガタ、ロックナットもちょっと緩んでいます。(実際にはナット緩んでいません。)またナットを締めて試運転、再度ハブをチェック、またまたガタガタ、ロックナットはゆるゆる(実際にはナットは回っていません)いったいどーなっているのだ!!怒り、疑問、諦め・・・大変むし暑く湿度も高くて脱水症状気味、カラダもバテバテ。夜に体重を量ったらなんと土日で2.2kg減っていました。
2006.09.01
コメント(0)
梅雨時期は、駐車場に屋根が無いためクルマいじりをするかしないかは天気次第です。6月17日(土)朝刊の天気予報は午前中晴れ、午後から曇りで雨の心配はないようです。朝一で所用を済ませ、11時ごろからDR30のブレーキ・グレードアップを開始しました。まず新品ハブのベアリングにグリスを給油します。グリスは一般的なベアリンググリスではなく、知り合いの自動車整備屋さんより頂いたモリブテン系で黒っぽい色をしたちょいといいヤツです。グリスの給油は手作業で、ベアリングの径が大きい面から手のひらに載せたグリスを押し込んでいきます。そうするとベアリングの反対側の径の小さい面よりグリスが出てきます。全周からグリスが万遍なく出てきたら作業完了です。ベアリンググリスの給油は20歳代前半のメカニック時代以来、20数年ぶりの作業で懐かしくまだ青かった時代の事を思い出しました。次にDR30のブレーキキャリパーを取り外し、ハブAss‘yを取り外します。ハブスピンドルを綺麗にしてハブを装着します。ハブロックナットを締めていくとハブの回転が重くなっていきます。ハブが重くて回らないくらいでロックナットの締め付けをやめ、そこから4分の1回転ほどロックナットを緩めます、そうするとハブは少し回転の抵抗があるくらいで回ります。通常はこれでハブのテーパーローラーベアリングにプレロードをかけると共にハブのガタを無くします。しかしどうでしょう!ハブの回転が重くなるまでロックナットを締めてもハブはガタつきます。もう少し締めるとハブは完全に固定(ロック)し、ロックナットを少し緩めるとハブは重たく回るもののガタがでます。何度もロックナットを締め付け、緩めを繰り返してもダメです。社外品のハブのため精度に問題があるのか疑問を感じながら、ハブが重たくとも何とか回る位置でロックナットを固定、キャリパー装着後試運転してハブのガタ、回転をチェックすることにしました。そうして待望の4ポットキャリパーを左側に装着したところで、ナント雨が降り出しました。天気予報は曇りであり通り雨程度に思っていましたが、だんだん雨脚が強くなり作業は途中で中止です。ハブの調子が悪く気分もスッキリせず、ましてやクルマが雨に濡れてしまう。踏んだり蹴ったりってこういう事を言うのでしょうか・・・
2006.08.31
コメント(2)
DR30にR32タイプMの4ポット・ブレーキキャリパーを装着しようと思います。DR30で峠を攻めるわけでもなく、サーキットを走るわけでもないのでブレーキの制動力はこれと言って不満はありません。ではなぜ取り換えるか?それはカッコいいからです(笑)昨年、R30のイベントで4ポット・キャリパーを装着しているクルマを数台見かけました。ホイールの隙間からのぞく4ポット・キャリパー(ブレンボ装着車もいました)カッコいいです、とてもレーシーです。それから、走行距離が13万Km近くでブレーキ・ディスクも換え頃です。キャリパーのオーバーホールも必要でしょうが、この先何年後キャリパーのシールキットが入手できなくなるかもしれません。タイプMならそんな事もないでしょう。てな訳で、タイプMのキャリパーとディスク取換えとなりました。キャリパーとディスクはR30のイベントで個人売買により入手。装着にはハブの取換えが必要です、ハブはR31ターボ車の後期が合うらしいのです。ヤフオクでのんびり探そうと思っていましたが、なかなか見つかりません。そんなある日の事、ヤフオクで専用ハブがある事を知り購入しました。後とはブレーキ・ディスクの加工です。タイプMは5穴、R30は4穴のため穴加工が必要です。知り合いの自動車屋さんにブレーキ・キャリパーのオーバーホールと合わせ、穴加工をお願いしました。キャリパーは対向ピストンのため幅が広くホイールの内側と干渉してしまいます。10mmのスペーサーを挿む予定で、ハブボルトもロングタイプに取換えます。せっかくですからブレーキ・ホースも交換しようと思っています。
2006.06.14
コメント(0)
4代目、ケンとメリーのスカイライン、通称「ケンメリ」です。72年にC110系へのフルモデルチェンジ、2000GTと2000GT-Xが同時にラインアップされました。GT-XはL20型ユニットの日立製SU型ツイン・キャブレターを装着しています。
2006.05.06
コメント(2)
3代目、愛のスカイラインです。「人間の五感に忠実な車、もし危険な状態になったらアクセルペダルが足の裏から『アナタ、今危険な状態に入っていますよ』と伝えてくれるような車、人の情を感じさせるような車づくりをやりたい」と設定者の櫻井眞一郎氏が語っています。エッジの効いたスタイリングが、箱を連想させたからであろうか、“ハコスカ”という愛称で親しまれています。リヤドア中央からホイールアーチをかすめ、リヤバンパー上部へと続くなだらかな曲線を描いたライン、“サーフライン”が特徴です。エンジンはセドリック用のL20型が搭載されました。写真のスカイラインは後期型です。
2006.05.05
コメント(2)
元祖「羊の皮を被った狼」です。この車の正式車名はニッサン・プリンス・スカイラインで、グレードはGT-Aです。(S54A-3型)プリンス自動車工業が日産自動車に吸収合併されたため名称が変わったのです。合併と同時にマイナーチェンジされ3型となりました。マイナーチェンジで大きく変わった部位はフロント・グリルです。GT-Aはプリンス・スカイライン2000GTのデチューン版でウェーバーキャブレターは1基で、ロードユースと乗りやすさに重きを置いた廉価モデルです。
2006.05.01
コメント(0)
高級セダンとして確固たる地位を築いたスカイライン1900であったが、プリンスではのちにパーソナル・ユースのスペシャルティカーが求められる時代がやってくるだろうと踏んでねらった車、それがスカイライン・スポーツです。技術のプリンス、自他共に認めていたが、デザインに関しては欧米レベルまで到達しているとは言い難い状況でした。そこでプリンスはボディー・ワークを海外へ委託したのである、カーデザインの本場イタリアへ。ボディー・デザインはミケロティ、コーチワークにアレマーノを選び1961年3月にプレス発表、秋の東京モーターショーでデビューしました。しかし、量産化に向けての問題は山積みでした。それはひとえにボディー製作に集約されます。ボディーは手作り、職人が1枚の鉄板から鈑金加工したのです。残念ながらプリンスの持っていた技術ではボディー・ラインの再現が出来ませんでした。そこで、イタリアから職人を招き技術指導を受けボディーが製作されました。こうして国産1号車が完成したのは、作業開始からなんと3ヶ月後のことでした。来るべき時代を先取りしたスカイライン・スポーツは当初の予定で240台の生産を見込まれていたため、それに必要な240台分の各種コンポーネントやパーツがすでに用意されていました。しかし皮肉のも、プリンスの目論みどおりには“時代”がついてきませんでした。その頃、やっとマイカー時代がやってきたに過ぎなかったのです。そこへ高級パーソナル・カーが登場したところで、売れるはずがありません。しかも価格は、クーペが185万円、コンバーチブルが195万円、とても簡単に手が出せる価格ではありません。結局、スカイライン・スポーツはわずかに58台が作られただけです。しかも、市場へと出ていったのは、コンバーチブル25台を含む、計53台です。写真のコンバーチブルは実に綺麗で品があり大変お洒落な車ですね。後世まで大切に残していただきたいです。
2006.05.01
コメント(0)

この車をどなたか知りませんか???どなたかお分かりになりましたら教えてください。オールアルミボディーです、英国車でしょうか?マッハGOGOGOに出てきそうなデザインですね!
2006.03.21
コメント(0)

ダイハツ・コンパーノ・スパイダーは65年3月に登場しました。ベースはコンパーノ・ベルリーナです。デザインはイタリアのデザイナー、ビニヤーレで先回ご紹介いたしましたが、当然その流れをくむスパイダーは小粋で流麗なスタイルで、イタリアンテイストが十分感じられます。ボデーの基本構造はルーフ部分をカットしたため、各部の強度を高めているほかは、ベルリーナとほとんど変わりません。エンジンは958cc、水冷直列4気筒OHVで最高出力65PSです。最高速度は145km/h、0→400m加速は18.5秒で当時の1Lクラスとしては非常に優れていました。当時、マカオGP、シンガポールGPではワークスとして参戦し、実績を残したそうです。
2006.02.17
コメント(3)

コンパーノの原点はイタリアの一流デザイナー、アルフレッド・ビニヤーレが手がけたバンである。そのバンをダイハツの手で2ドアセダンにアレンジしました。64年2月「コンパーノ・ベルリーナ」の誕生です。「ベルリーナ」とはセダンのイタリア式の呼び方です。ベルリーナは更に進化し65年3月には、コンバーチブルの「コンパーノ・スパイダー」が登場しました。更に65年5月には「ベルリーナ」のボディを4ドア化、スパイダーに搭載されたエンジンをデチューンした1リッターエンジンを載せ「ベルリーナ1000」が発売されました。
2006.02.17
コメント(0)

第2回日本GP、プリンスの誰もが優勝を期待して望んだレースであったが、意外な伏兵が現れた。式場壮吉選手がドライブするポルシェ・カレラ904GTSである。来日直前に生産台数100台を達成し、ホモロゲーションを受けGTカテゴリーに編入されたマシンで急遽GP出場が決まった。 そしていよいよ決勝レースがスタートした。予選はスロットル系のトラブルでクラッシュしたため3番手スタートのポルシェだったが、さすがに速くたちまちトップに躍り出た。これを追って生沢徹選手、砂子義一選手のスカイラインGTが食い下がった。やがて7週目、ポルシェが周回遅れの車に前方をふさがれ追い越しにもたついている間に生沢選手のスカイラインGTが抜き去りトップに躍り出た、感動の一瞬、スカイライン神話の始まりである。しかし相手はレーシングカーのポルシェ、8週目に再びトップに立ち16週を走りきってゴールイン。10秒遅れでゼッケン39番の砂子選手のスカイラインGT、さらに20秒遅れでゼッケン41番の生沢選手のスカイラインGTがゴール、以下6位までがスカイラインGT、8位がまたスカイラインGTであった。
2006.02.12
コメント(6)

昭和38年5月、日本ではじめて鈴鹿サーキットでグランプリレースが開催された。プリンス自動車はスカイラインスポーツとグロリアで参加した。当時国産車の中では高性能を誇りレースではかなりいい線いけると思われたが散々な結果となった。(※1)第2回日本GPはその雪辱を果たすべく本腰で望んだ。参戦車両はスカイライン1500DXとグロリアスーパー6。レース仕様に改造され性能がどんどん向上していった。車両開発責任者の櫻井氏(※2)も他のワークスドライバーと一緒に鈴鹿でテスト走行を行ったが、グロリアはともかくスカイライン1500DXの走りが気に入らなかった。コーナーリングで減速し立ち上がり時、アクセルを思い切り踏み込んでも思うような加速をしない、明らかにパワー不足なのである。そこで櫻井氏が閃いたのはグロリアのエンジン(直列6気筒OHC G7型)を積むことである。これでパワー不足は解消する。非常に明快な結論であるが1500cc4気筒のエンジンルームに2000cc直列6気筒エンジンをどうやって積むのか?これも単純明快、フロントノーズ(カウルパネルとフードレッジの接合部を切断し)を200mmの伸ばしたのである。※1 自動車工業会の「エンジン、サスペンションに手を加えない事」との 申し合わせに忠実に従った。他のメーカー(米ビッグ3を脅かす我国を代表する某メーカー、コストタッカーの施策により立て直した某企業、乗用車生産よりほぼ撤退した某トラックメーカー、前記、我国を代表する某メーカーのグループ企業、水平対向エンジンが得意な某メーカー、リコール隠しで社会的信用を失った某メーカー)は明らかにチューニングして参戦したのだ。※2 「クルマは愛だ」を基本コンセプトとした元スカイライン開発責任者である。ミニカーの紹介 左下 プリンススカイライン1500 右下 プリンスグロリアスーパー6 真中 プリンススカイライン2000GT
2006.02.11
コメント(0)

本日ブログを開設いたしました、よろしくお願いします。DR30スカイラインRS-tubro、ECR32スカイラインを所有しています。DR30は以前、ECR32は現在の仕事車で毎日乗っています。「羊の皮を被った狼」プリンススカイラインGTを原点に4枚のスカイラインが好きです。というよりとにかくスカイラインが大好きです。
2006.02.10
コメント(8)
全16件 (16件中 1-16件目)
1


