2026
2025
2024
2023
2022
2021
2020
全19件 (19件中 1-19件目)
1
携帯から更新してます。できるようになったようですね。夜、家族が寝てしまうとリビングのパソコンが使えなくなるので、携帯からやっています。あと、病院などに出かけた時も、電車やレストランなどから携帯で。結構、携帯からやることが多くなりました。復旧して良かったです。
2007.01.31
コメント(0)
新カテゴリ『学習・教育関連のこと』を作りました。今まで中学受験関連でないお勉強関連のことなどは『小学生ママの日記』に入れていましたが、分けようと思います。英検教室から電話を頂きました。合格しちゃったとのこと。短期間だったので、文法などまだ身についていないけれど、一緒に受けた他の子達もそろって合格し、そろってゆっくり4級の内容を始められるので2月は今のクラスに引き続き在籍するのがよいでしょう、とのこと。まだ中学総合のクラスは始まらないので。ゴルリナも先週土曜日には今のクラスの通常授業(英検直前冬期講習ではない授業)のお試しを受けさせてもらいました。2月は通常授業に行きたいそうです。他のメンバーは1人を除いて皆低学年生で、今のクラスはイヤだ、と言うこともありましたが、行く気になってくれるならラッキーです。低学年でも既に一年間5級の内容をやってきた子達なので、その子達の方が英検の点は高いのですね~。4月から中1生のメンツは保てるのか。なんていうプレッシャーを与えないように、注意しようと思います。まずは残りの小学校生活を悔いのないように楽しく過ごし、スムーズに中学校の生活を立ち上げられるように考えねば。それにしても、英語、中学受験(やめたけど)、高校受験、考える事が多すぎて、今の子(とその親)は大変です~。
2007.01.31
コメント(2)
今日は歩きました。お父さんの万歩計で2万1千歩だから、私はそれ以上の歩数のはず。足が短いから。お昼や休憩を含めて5時間くらいかな。鎌倉に行こうと言うので、付き合いました。歩けちゃったけど、帰って来たらくたびれて、夕飯は肉まんとピザを暖めて済ませちゃった。わっはっは。横浜から建長寺さんへ向かう山道は、途中からえらくでこぼこのハードな道となりました。ハイキングコースと言うにはきつかった。鎌倉駅の方まで行くには時間もなくなり、北鎌倉駅からJRで帰ってきました。午前中から行ったけど、お昼には帰れないので、冷凍のピラフとお湯を注げばできるごまスープを、ゴルリナに頼んでゴル吉にも食べさせてやってもらいました。フライパンで炒めて料理できたようです。実は、お姉ちゃんに弟の食事を頼むというのは、今日が初めてでした。いつもケンカしているからどうかな??と思ったけれど、お昼に電話して確かめたらちゃんと食べさせてやれていました。これは、記念碑的にすごいことです。成長したもんだ!! これで、姉弟で残して親だけ2人で遊びに行けるという実績ができました。ゴルリナは今日が英検5級の試験でした。行ったそうですが、どうでしょうねぇ。結果を聞きに行かなくちゃ。ゴル吉も近所のお気に入りの池での遊びを満喫したようです。
2007.01.28
コメント(10)
楽天リンクスという機能があるようですね。使ったこともなく、入ろうと思ったこともないのですが、プロフィールのところに『リンクス参加中』となっていたのです。内容も知らないんですが、楽天の中で友達でつながりましょう、みたいなもののようです。で、いつから私は参加中になったのだろう、といぶかりつつ、クリックしてみたのです。すると、名前の欄があって、なんと、私の実名が書いてあって、「なるべく本名を使いましょう」なんて書いてある。リンクスの中だけだからいいという考えらしいですが、私の感覚だと、ネットの上に本名を乗せるなんてあり得ない。個人情報を勝手に乗せられたら困るなぁ、と思ってしまいました。で、色々見てみたら、プロフィールの設定のリンクスの所に、チェックが入っていたのです。デフォルトがチェックありになってるらしい。で、名前の欄のデフォルトが、実名になっていたらしい。設定の所のチェックを外したら、プロフィールのところのリンクス参加中もなくなりました。ちょっと、楽天さん、不用意じゃないですか。気をつけるのは本人の努めだけど。と思いました。
2007.01.26
コメント(4)
今日はお天気がいいです。サイコ~。気持ちよくお洗濯ができます。一昨日の夜、「お母さん、吐いた。」のゴルリナの声で起こされました。ばっちり、敷き布団の上。夕食で食べたオムライスが消化されずにどっさりとぶちまけられていました。下痢は無く、一回吐いただけで、流行のノロウィルスではなかった模様。ノロだと30分おきに吐くそうですから。どうやら、食べさせ過ぎてしまったようです。ゴルリナが夜に吐いたのは久しぶりです。小さい時には毎年のように、風邪などで、冬は一回くらいは夜に吐くことがありました。ゴル吉はそういうことがないのですが。掛け布団のカバーにもくっついていたので、カバーを外しました。毛布にもついていました。敷布団の敷きパッドの上の"どっさり"を、ポリ袋にスプーンで集めて捨てました。見ていたゴルリナが言いました。ゴ「私もお母さんになったら、そういうことをしないといけないの?」母「赤ちゃんの時にはおむつも替えたのよ。ウンチにも触るんだよ。」敷きパッドの下のシーツにもびっしょりと染みていたので、それも外しました。その下の敷布団にも染みていたので、キッチンタオルと新聞紙で吸い取りました。それ以上はどうしようもないので、濡れた部分の上にタオルを何枚か乗せ、新聞紙を乗せ、バスタオルを二枚乗せた上に、タオルケットを敷いて、寝かせました。小さい時と手順は同じです。ゴルリナが時々、言います。「私は子供は産みたくない。大変そうだから。」大変は大変。私も若い頃、自分がお母さんになれるとは思えませんでした。でも、ゴルリナとゴル吉が生まれてきてくれたお陰で、なれました。げぼして気持悪かったでしょうが、お陰で(?)ワガママ者の私にも"優しいお母さん"のまねごとができます。10年か、20年か経ったら、ゴルリナも子供を産みたいと思うかな。母は孫を見たいからね。昨日はシーツを一枚と毛布しか洗えませんでしたが、今日は、残りのシーツ、分厚い敷きパッド、タオル類、まくらの外カバー、まくらの中身のカバー、まくらの中身まで、洗えて、お布団も干せました。ゴルリナはすっかり元気になり、昨日はバスケットの朝錬と、球技大会の準備の2時間続きの体育をやってました。家族もお天気も元気です。私も。
2007.01.25
コメント(4)
一旦は中学受験をすると言っていたゴルリナですが、通える範囲に本当に行きたい学校がみつからず、先の12月で受験をやめました。もう、2月校も出願本番、入試も目の前、本当に私立校とは縁がなくなりそうです。けれど、また最近は色々なことを言っています。1つには、英語のこと。この1月から、近所の英検教室に通い始めました。今度の日曜日が5級のテストです。たった三週間の勉強で5級の範囲が身につくはずもなく、合格してもしなくても、春からは4級に上がるのではなく、「中学総合」のクラスに入るのがいいと言われています。このクラスの殆どは私立中の新1年生です。ゼロから英語を始めるクラスだけれど進度が早く、4級のクラスと同時期に3級へ進むそうです。私立は学校で毎日のように英語があるので、5級、4級の範囲を早く進めるのです。でも、公立の生徒がこのクラスについていくのは学校の授業が手薄な分大変とのこと。中学総合のクラスに入らないとすると、5級のクラスとなりますが、5級は内容的には中1ですが、小学生が主体です。今ゴルリナが行っているクラスも、6年生は2人で、あとは5年生とか3年生とからしい。中1生になって、小学生と一緒にやるのはキツイです。かと言って4級のクラスに入るには、基本的な単語の綴りもきちんとやっていません。ゴルリナ「じゃぁ、私立の生徒は中学総合のクラスでどんどん英語をやれて、公立の生徒はそこで1人苦労をしなくちゃいけないの?」母「だから、今5級の範囲をやっているでしょ。今やっていれば、私立の人たちは今受験で忙しくて英語はやっていなくてゼロから始めるのだから、ついていけるでしょ。」ゴルリナ「私立の子と一緒にやるのはイヤだ。どこの学校の子だろう。私、暫くたってから、やっぱり私立へ行けば良かった、って、後悔するのかなぁ。」公立の生徒も3人集まれば公立生だけのクラスも作れるとのことです。が、この英検教室は学校の進度とは関係なくどんどん英検を進める教室なので、公立生はあまり来ないらしいのです。ゴルリナも、公立の標準的な内容よりは高い内容をやりたいとは思っています。私立の子と一緒にやってみることになる予定ではありますが、本人は不安なよう。公立進学でのもう1つの不安は、高校受験へ向けての勉強です。ご近所で中学受験をされて、思う学校へ合格せず、合格した学校を捨てて公立へ進学されたお子さんがいらっしゃる方があります。号泣されたけれど、結局、意に染まない進学をするよりは公立の方が良かったと、後になったらお子さん本人も分ったと仰っていたそうです。聞いてみたところ、夏休みに模試や夏休み講習は受けたけれど、中1の間は塾へは行かせなかったとのことでした。それでも中学受験勉強の内容による貯金で良い成績だったとのこと。そんな例もあり、中学への入学当初は、塾は考えなくていいと思っていたのですけど。でも、ゴルリナに催促されました。塾、どうするの、って。中学受験への参入が遅かったゴルリナは、フルに4年生から始めた子たちよりも国・算は1年1ヵ月遅れ、理・社は1年半後れて始めました。で、後れて始めたら苦労するのを知っているから、後れるのはイヤだと言うのです。しかし、これも良さそうな塾がどこにあるのか分りません。中学受験組みでないお友達も塾に行っていますが、そこに行く?と聞いてみると、レベル低いよ、と言ってそんな気にはならない様子。ゴルリナは何人かについて、時々頼まれて算数などを教えているようです。だから、その内容が分るのです。受験組みとして勉強した内容から見ると、易しい内容なのです。公立中へ行くということは、学校でその子達と同じ授業を受けるということ。それは今の小学校でもそうなのだけれど、今まで曲りなりに勉強の情報源だった塾が無くなってしまうのも、困るのかな。N研はもう無いし。あってもあんな生活をさせたくもないし。半年くらいゆっくりしてもいいと思ったのですが。受験して挫折といったストレスがあるわけではないし、そんなに今まで一生懸命やっていなかったから、また後発を繰り返すより、何かやらせた方がいいのかしら。そんな事を悩みたくなかったから受験しようと思っていたんだけど。公立中の学習内容、私自身の経験では、ものすごく退屈でした。クラブ活動をいくらやっても、あの退屈は癒されなかったなぁ。私の時よりもさらに削減されている指導内容。でもそれが現状であって、娘がそこへ進学するというのなら、対策せざるを得ません。ダブルスクールとなりますかね、やっぱり。でもどこがいいのだろう。英語だけじゃダメなのかしら。母としては、もっと「受験生の母」を休みたいのでした。高校受験はまだ先なのに~。
2007.01.24
コメント(2)
どうも、最近、携帯からの更新ができないです。記入の所などに殆ど入れない。記入ができることがたまにあったりするけれど、カテゴリ選択、タイトル、本文の全項目が終りません。何かに(タイミングで?)ブロックされているのかしら。今日は久しぶりにパソコンから更新しようとしましたが、反応が重い。バックスペースで消そうとすると、反応しきれずに変なところに挿入箇所が飛んだり、変な所をごっそり消したり。今入れていたのは、全文消えてしまいました。遅く入力って、できないです。消す時のキー操作も、遅くしたくないなぁ。記入用の画面構成が最近変わっていますが、それのせいでしょうか。それとも楽天さんが栄えていて、使われる量が増えているのかも。携帯からはできる状態にしておきたいな~。
2007.01.24
コメント(2)
昨日の結婚披露パーティーは、職場の仲間だけのごくごくインフォーマルなものでしたが、めでたさムード満開でした。職場の人たちも、未婚率が高いことは問題に思っています。部長の手短な挨拶にも、新婦に対して、「あの辺に(座の一角の未婚メンバー達を指しながら)選り取りみどりの『手駒』をそろえてありますから、是非お友達を紹介してやって下さい」とありました。ここは私の入社当初の部署で、今の所属ではなく、この部長は今の上司ではないのですが、良い部長さんだと思います。部長さんはこういう面を大いに気にしてあげて欲しいと思います。皆私とは顔見知りだけれど今の所属部署ではないので、私が休職中ということも知っていても何も仕事の話や復職の話もなく、気兼ねなく楽しめました。子供たちも久しぶりに会った他の子供と一緒に、はしゃいでいました。なぜか、部長さんが一番子供達に人気がありました。ちょっと前に結婚した別の同僚は、最近赤ちゃんが生まれました。その写真を持ってきて、生まれた時の様子を全員に説明して回っていました。久しぶりに会った同僚達はうちの子供たちが以前よりもぐっと大きくなったことに嬉しい驚きを告げてくれました。何年かに一度でも、子供達が色々な大人の姿を見、話を聞き、自分を見てもらえるという経験はとても貴重だと思います。できるだけ、その大人たちは結婚して子育てして、という姿であって欲しいと思います。新郎くんは、ほよ~とした感じの人です。新婦によると、新郎くんがどんな時にもあわてないで余裕があるところが良いと思ったそうです。正直、この新郎くんが結婚という話を聞いて、私は驚きました。そういう方面でちゃんと頑張っていたとは、思いもよらなかったのです。これは、昨日の参加者の殆どの人の感想でした。ただ、このバリバリのエンジニア集団で、結婚する人といつまでもしない人とには、何となく傾向の違いがあります。未婚率の高さは職場でもよく陰の話題に上って、なぜなのか、ということが色々言われます。『いい人ほど結婚しない』なぜあんないい人が???と思うような超優秀で性格も超いい人が、何人も、いつまでも結婚する気配がありません。他方、彼は面白いけどちょっとねぇ、という人の方から結婚していく傾向があります。ちょい悪、が結婚には必要なんでしょうか。また、仕事を律儀にいくらでもこなして上司の要求を満たす力があり、会社一直線という人も結婚しません。優秀エンジニア路線で、人望も厚く、将来も期待されるような人が、(ミーハー的に見ている者にとって)華やかに結婚したのに、暫くして離婚したりということもあります。もうちょっと前にはいわゆる熟年離婚と言われるような、部長が所長になった頃に離婚された、というのもありました。今は熟年に至る前に数年で離婚するらしい。今回の新郎くんは優秀なんですが、会社一直線という雰囲気でなかったのは確かです。私にとっては後輩に当たり、仕事も関係が深くてものによっては『指導』したこともありましたが、やる気があるんだかないんだか、もどかしく感じるようなことも無かったわけではありません。でも、会社の仕事にとっての人材として見るだけでなく、家庭人になれるかどうかという面を見る人に出会ってくれたわけです。よかった。あの、ほよ~、に値打ちがあったのね。正直、昔、お世話になった部長が所長にという時に離婚されて『乱れた』のを見た時には、部下としてはやるせない思いでした。どういう人を昇進させていくかという事も、会社は考えていかないといけないのでしょう。仕事ができるということのベースには家庭がある、という当たり前の事が、まだまだちゃんとはサポートされていないのではないでしょうか。ホワイトカラーの残業代ノーカウントということが話題に出ていますが、まだまだ弊害の方が多そうです。むしろ男性の出産育児休暇奨励金でも出した方が、男性自体も変われるのかもしれません。その方が真面目路線のいい人たちも変わっていけるかも。少子化対策としても。息子を『ちょい悪』に育てるというのも難儀そうですけどね。真面目人間に育てようとしてしまいそうです。
2007.01.20
コメント(2)
明日は、会社の知人の結婚披露パーティーがあります。子供も含めて家族で呼んでくれました。子供の着る服を選んだり、新しい靴下など、買うものリストを作ったり。滅多にないことなので、子供達も喜び、おしゃれしてネクタイをすると言うので、子供用のネクタイを2本買いました。晴れの披露パーティー、感慨もひとしおです。うちの職場は、いい年なのに結婚しない人がとても多いのです。世間並みで言えばバリバリのエンジニア集団です。忙しいけれど、収入は標準以上のはず。で、女の人も2割程度いますが、女性たちはまず例外なく結婚します。入社前からお相手は決まっていたという人も多いし、女性の数が少ないので、社外の人との縁がない場合でも大抵社内のお相手と結ばれます。結婚を機に退職する人は非常に少ない印象で、子供を産んでも皆働き続けています。世の中で、「負け犬」っていう言葉があるじゃないですか。専業主婦で子供がいる人の方を「勝ち犬」と呼び、仕事のキャリアがあっても独身・子供なしの女性を負けと分類する呼び方。うちの職場だと、女性は仕事も結婚もしていて子供もいるのが普通です。で忙しい生活をしています。ちょっと上の年代だと、女性自体いないので、会社での将来像は描けないということはあるのですが。それで、私が思うに、この世の中で言われるところの「負け犬」よりももっと負けた?所にいるのが、高給取りエンジニアの独身男性諸氏ではないかしら。高学歴、高収入、真面目、非の付け所のない、いい人達です。もったいないにも程がある、という、日本にとってのこの上ない損失、と思われる、のに、何年たっても彼らが結婚する兆しはありません。いいお父さんになりそうな人たちなのに。1人の独身高給取り男性エンジニアは言いました。「僕達みたいなのは淘汰される。」彼らが独身であることにはそれぞれの理由があるのだろうけれど。最近は後から入ってくる後輩の方が、先に結婚していきます。思うに、この独身三高諸氏は、ちょっと、時代に後れているのかも。何となく、後れていてもずれていても、女の人は相手に応じてなんらかのきっかけで自分を変えていけることが多いのではないかしら。でも、男性は、そういかないのかも? で、時代遅れな男性は子孫も残さず本人もろとも『淘汰』されていく、という、キツイ現実が。というような事を、深く深く嘆いていました。もったいないけど、もう私では救ってあげられない! 結婚しちゃったから。と思うことが続いていたここ数年でしたが、救われる人が現れました。めでたい!やっぱり、職場の人たちは順繰りに結婚し、子供を育て、若い人たちに将来像を見せなくっちゃね。いえ、独身を通す将来像もいいのですが、それだけではない職場であってほしいと思っていました。うちの子達も呼んで頂けたので、娘にも「お嫁さん」を見せてあげられます。将来像の参考にしてくれるように願っています。息子も、子孫を残せる男に育てねば。
2007.01.18
コメント(0)
下の2年坊主のゴル吉の国語の今の課題は、ゼロ才の頃から年令を追って今までの自分について親などにインタビューして振り返り、写真を交えて文章を書くというもの。一緒に写真を選びました。選びつつ思ってしまいました。この課題が、苦痛であるような子もいるのではないかしら。ゴル吉の場合、屈託のない4才くらいまでの写真の後、私が入院していた時期に入ると、写真の数が減ります。保育園の運動会やクリスマスのイベントの写真はあるけれど、表情が暗い。何を思っていたのだろう、心で問うてしまう。その後、私は退院したけれどヘロヘロで、ゴル吉も保育園へ行けなかった時期を経て、入学式の写真。私と並んだ写真はあるけれど、私は顔半分が凹んでいます。並んでいる方ではなく1人で写っている方を選びました。あの時期は、息子の心の中では平穏に納得できる日々となっているのかしら。多分、自分が何を考えていたのか、自分でも自覚出来ないのではないかしら。思考停止になってしまって、また、課題がなかなか出来上がらない、ということになってしまうかも。でもそれは国語力の問題じゃない。全ての子供が幸せな家庭生活を過ごしてきたわけではないでしょうに。幸せな家庭ばかり、と想定されているかのような課題じゃないでしょうか。そうでもないのかな。それぞれに振り返る練習をするのでしょうね。今、そばに居てやれる事の有り難さをかみしめてしまいます。===国語じゃなくて生活科の課題でした。先生方はステレオタイプでなく、どんな立場の子供も指導できる配慮と力量を持って欲しいと思います。
2007.01.17
コメント(2)
今日は国際医療福祉大学付属三田病院に行きました。眼科と頭頸科です。歯科とリハビリ科は来週です。頭頸科は術後2年3ヶ月の検診、異常なし。上あご半分切除しているので口から鼻の中を触れます。鼻の中でぷっくり膨れてきている感じの所があるけど、多分大丈夫だろうと思ってましたが、やっぱりもともとある正常な組織とのこと。鼻の掃除をしていると血が出てしまい、いつも傷っぽくなっているところがあるのですが、これも心配ないとのこと。「どうやって掃除しているのですか? いつもきれいにしているなと思っているのだけど。何か器具とか使っているのですか。」「いいえ、指でやってます。」「きれいにするのはなかなか難しいんだよね。お手本にしたいくらいきれいですよ。」意外でした。褒められちゃいました。傷も気にするほどではないようです。眼科は混んでいたようで予約の時間よりも2時間以上待たされましたが、これも異常なし。
2007.01.15
コメント(3)
今朝はゴルリナは英語の冬期講習の4日目に行きました。この冬期講習は冬休み講習という意味ではなく、一月末にある英検テストの直前講習なのです。来週の日曜日もあります。冬期講習の後は英検教室の1月からの通常講習があり、まだ申し込んでいないのですが、申し込むように娘に催促されてしまいました。やる気あるみたいだわ。中学受験は1月受験が始まっています。2月受験は申し込みをする時期です。もう、本当に中学受験はせずに公立へというルートで確定しそうです。小学校からは、公立中の制服を用意するための案内や、体操服や上履きを用意するための案内も来ました。ピアノのレッスンも再開しました。あとの日々はバスケットボールの練習に精を出しています。
2007.01.14
コメント(0)
弘法大師空海さんのファンだと書きましたが、今まで、1つ気になっていたことがありました。空海さんが厳しい修行をされて、最後も即身成仏(生きたまま仏になる)されているということです。とっても苦しそうな生涯だと思って、ついていけないと思っていました。高野山は修行のお山で、ついこないだの明治まで女人禁制ですらあったのです。でも、今回の旅行で色々分り、イメージが変わりました。まず、先日書いたように、泊めて頂いたお寺の持明院さんが絢爛豪華なお部屋だったことです。女人禁制なんて言ってて、厳しい修行をしていたのかと思ったら、修行もあったのでしょうがあんな贅沢なお部屋で過ごしていたんですよ。それも、あんなに何十枚もの襖絵が寄進されるには、何百年もかかっているのではないかと思われました。宿坊でして頂いたお世話は至れり尽くせりで、修行っぽい所は全くありませんでした。現代だからということもあるのかもしれませんが、京都の智積院では全員参加の勤行に椅子の用意なんてありませんでしたし、連れて行った当時一年生のゴル吉が足を崩してお坊さんに叱られたものでした。持明院さんは勤行は自由参加だし、とってもゆる~い印象だったのです。食事は朝も夜もお部屋まで運んで頂き、お布団も敷いて下さいました。お正月だからとお風呂は24時間、三が日は朝食にお酒つきです。お料理は精進料理でしたけど。何だか、伝統的に高野山は山の上の憩いの場、保養所みたいな感じだったのではないでしょうか。でも、お寺がだらしなかったという意味では全くありません。お庭は隅々まで、表も裏も、小石の敷き詰められた上に荒い箒の目の模様がきっちりとつけられて、凛とした崩れのない折り目正しい風情なのです。にもかかわらず厳しい修業の雰囲気が感じられない安心感はなぜだろうと考えました。ぎゅうぎゅう詰めにお寺が並んでいる先の奥の院には、ありとあらゆるものを供養するお墓が並んでいました。初めの方で目に飛び込んできたのは「シロアリよ安らかに眠れ」という石碑。シロアリ駆除の会社が建てたもの。動物達を供養する墓もありました。ヤクルトとか、見知った企業が作った墓や、一般庶民のものと思われる墓も並んでいて、その奥にまた沢山の墓に混じって武田信玄、上杉謙信、石田光成、明智光秀、織田信長など、お互いに戦い合った武将達のお墓まで隣り合うようにして祭られています。徳川家はじめ、多くの大名家の墓も沢山並んでいます。その一番奥に、弘法大師の廟があります。生きとし生けるもの、シロアリから庶民から大名まで、ここには祭られています。もう、ここまで来ると、全てのものの平安を祈り、感じ、このお山は今更修行ばっかりする所では、なくなっていたのではないでしょうか。お墓参りをした時、死んでしまった者とその後に生きる自分を考えると、修行というよりは平安、安寧を求め、そういう宿が実現されてきたのではないでしょうか。そんな風に考えてしまうもう一つの理由もみつけました。今回の大収穫です。空海さんが開かれた高野山金剛峰寺の名前は「金剛峰楼閣一切瑜伽瑜祗経」に基づいて命名されているそうです。ここに「瑜伽(ゆが)」とあります。「瑜」とは、美しい玉、玉の光、という意味。「伽」は「お伽噺(おとぎばなし)」のように、人の気持の退屈を慰めること、又、看病をすることという意味だそうです。瞑想つながりで読んでいた本にあったのですが、「瑜伽」は、中国語で「ヨガ」の意味だそうです。あの、色々なポーズをとるヨガです。ヨガも、色々なポーズをとって修行をすることよりも、その緊張を解いた時の瞑想の方が主体だそうです。中国語の漢字の意味から分るように、人を慰める事や美しい光を与えてくれる事の方が目的なのです。空海さんが高野山を修行の山とされたのも、結局修行そのものが目的なのではなく、その後に理解する慰めや喜びを教えようとされたのではないでしょうか。高野山は女人禁制の修行の山でしたが、厳しい修行の後に理解される美しい真実の方に本来の値打ちがあるとすると、女人禁制を解いた現在の方に、かつてよりも値打ちがあるに違いありません。瑜伽(ヨガ)は男性よりも女性の方に流行していますしね。奥の院:動物達の墓(撮影=ゴルリナ)
2007.01.12
コメント(2)
実は私は弘法大師空海さんの大ファンです。以前から「同行二人」で歩いて下さるという弘法大師様はありがたい、と思い、真言宗のお寺を見つけるとお参りするのを楽しみにしていました。それが、去年の夏に、空海さんの真言宗の根本は「大日如来」つまりお日様の神様、ということを知って、ますますファンになっていたのです。高野山金剛峰寺は弘法大師が開かれたお寺で、真言宗の総本山です。だから、数百あるというお寺のそこらじゅうに、弘法大師がおられるのです。もう、行くお寺、行くお寺に、弘法大師さんの像があるわけです。ディズニーランドに行ってミッキーマウスを沢山見つけて狂喜する子供みたいに、もう、喜んじゃいましたよ。娘がいるとゆっくりお参りもできないのですが、娘は退屈がって先に宿に帰ってしまったので、心行くまでゆっくりじっくり手を合わせました。急いでお参りしているといつも子供の事しかお願いせずについお父さんのことを忘れてしまうのですが、ちゃんとお父さんのことも忘れずにお祈りすることができました。あと自分のことも忘れずに。金剛峰寺のそばにある愛染明王のお堂ではお坊さんが護摩を炊いて修行をされていて、ご自由にお参り下さいと書いてあったので、ちゃっかり上がって座らせて頂き、護摩の音と香りの中でじっくり心行くまでお参りさせていただくこともできました。このお堂も金剛峰寺の『中』なのかもしれません。道路を隔てていますが、多分あのあたり全部が金剛峰寺なのでしょう。そして、う~ん、やっぱり空海さんは偉い、と思うものを見つけました。金剛峰寺や根本大塔のそばにある、御社(みやしろ)と大王院です。神道のお社です。重要文化財だそうです。極めて重要と思って説明の看板の写真を撮ったつもりが、解像度が低くてよく読めません。メモすれば良かった。読めない部分を補ってまとめると、弘法大師は高野山を開くにあたり、仏教の教えと日本の神道との融和に意を用いられ、このお社を祭られたとのこと。日本のお寺の殆どは、そのすぐそばに神社があります。この慣習はいつから始まったのでしょうか。とても現代的な意義があると思うのです。奈良東大寺の大仏さんができたのは752年。奈良にも春日大社という大きなお宮さんがあったようですが、今回の旅行ではくたびれてしまい、初詣の人ごみに混ざる気力が出ずにこのお宮へのお参りはしませんでした。東大寺を建てた行基さんも、神道も尊重するということを考えられたのでしょうか。聖徳太子の法隆寺は、お参りした範囲では法隆寺内にお宮さんは無かったと思われます。でも地図で見るとちょこっと離れた所には神社があるのですけど。高野山が開かれたのは、平安時代の初期の816年に空海さんがこの地を密教寺院建立のために賜ってからです。何も無い山の中にお寺を建てるにあたり、空海さん自らわざわざ一緒に神社も建てられたというのです。仏教と神道の融和のために。この辺、もっと研究が行われて、世界に発信してもいいのじゃないかと思うのですけど。日本の政治家は日本では極めて初期から宗教的な争いは平和に抑えられてきたという歴史を国際的にアピールしてもよいのではないでしょうか。ブッシュさんやイスラム教の指導者の方にも見てもらって、色々な宗教が共存することを目指してほしいと思います。高野山には沢山の外国人の方もみえていました。上記の看板も英語でも書かれていました。来てくれた外国人には読んでもらえているとは思いますが。
2007.01.11
コメント(0)
今日はゴルリナは、英語の冬期講習の3日目でした。英語を始めようと年末に色々英語教室を調べましたが、なかなかいいところがありませんでした。できればネイティブスピーカーの先生に教わるところをと思いましたが、結局良さそうなものは個人教授以外ありませんでした。駅前の○0VAにも行きましたが、旅行英語やビジネス英語が主であるようで、6年生や中学生が行く感じではありません。近くの○ェーンにも行きましたが、中1以降は文部科学省の指導要領に則ったテキストで授業をするとのことでした。指導要領だと中1の一年間で学ぶ単語は200語しかないと聞いています。いくらネイティブの先生のきれいな発音で習っても、年間200語しか学ばないのではわざわざ習いに行く意味は薄い。私立中ならそんな内容で終わってはいないはずです。W○andA○というもう一つの所は、すごいハイレベルで教え方も上手そうで、私が行きたくなっちゃったのですが、中学生、高校生は少なく、やはり主にビジネスマン対象。やはり中学生に適切な内容をネイティブの先生にみっちり教わるには、私立中に入るのが一番楽そうです。結局、ネイティブの先生にはこだわらず、英検を目指して無学年で教えてくれる教室にしました。発音はCDなどで学ぶということで。娘によるとお友達のあの子もあの子も、実はもう英検5級は持っているそうです。いずれも中学受験はしない子達です。小学校に入る時、自分の名前が読めればいい、ひらがなは書けなくていい、と言われましたが実は大半の子はもう書けていた、ということがありましたが、中学校の英語も似たような感じなのかと思われます。英語を早く始めるのがいいとは思わないのですが、やっていなくて出鼻で劣等感を抱くと困るのですよね。英検教室に行ったところ、できれば冬期講習から始めて、この一年5級の勉強をしてきた子供達と一緒に今度の5級のテストを受けてみてはと言われました。たった三週間で受かるかどうかは分かりませんが、英検は年に三回あるので、だめでも次回があります。中学受験をやめたばかりのゴルリナ、また勉強なんてイヤだと言い出すかもしれないとハラハラしましたが、次々と覚える事が出てきて目が回りながらも、目新しい内容だし、1日に1時間半だから中学受験の塾みたいに長時間ではないし、今のところ楽しく講習に通っているようです。5級に合格したら、学年に関係なく4級のクラスに進むとのこと。もしこの冬からでなく春からこの英検教室を始めるとしたら、新中学生は中学総合というクラスに入ります。このクラスは大半が私立中学校の生徒だそうです。私立中の生徒は春までは受験勉強で忙しく、春以降に英語を始めることになります。でも、私立中では学校でも毎日のように英語の授業があるので、中学総合のクラスの進み方は早いそうです。公立中の生徒は中学総合から始めるとついていくのには苦労するとの事。中学総合クラスも4級クラスも、中1の終わり頃には同じくらいの内容に並ぶとのこと。滑り込みで冬期講習から始めましたが、公立中に通いながら私立中の子に並べるような英語力をつけるには、ギリギリだったかもしれません。冬期講習の5級のメンバーは3年生だったり、5年生だったりするようです。ひょっとしたら6年生はゴルリナ1人かも。だめ元とは言え、今度の英検で合格できるとよいのですが。試験は1月末、中学受験の日の直前です。
2007.01.08
コメント(0)
高野山の宿は持明院さんという宿坊(お寺)でした。奈良から新今宮へ出て南海電車で極楽橋へ着き、駅から歩いて行けるかと勘違いしていましたが、とんでもない。さらにケーブルカーで登って高野山駅へ。それからバスで山の奥へ入ると、ありました。宿坊の近辺はお寺が隣り合うように沢山続き、バス停の間隔も短いです。バス停から宿はすぐでした。持明院さんは、喩えようもなく素晴らしかったです。部屋は八畳間で、入り口側に二畳ぐらいの次の間がついていて、お庭に面した側には板の間がついています。部屋の一方の壁には、金箔地に描かれた絵が二面に分れてはめ込まれていました。古木が横に長く垂れて伸びた上に一対の鳥と、鳥の先に大きく沢山の花が豪華ながら落ち着いた佇まいです。他方の壁には、床の間に山水画の掛け軸と、おおぶりの彫り物の香炉が置かれていました。その横の棚には、ライオンの上に乗った弘法大師みたいな感じのお坊さんの、高さ一メートルくらいの立派な置物が置かれていました。その間にはちゃんとテレビもありました。お庭はきれいに手入れのされた枯山水で、お庭に面した板の間のテーブルと椅子は、年代を感じさせる木作りの調度でした。次の間にはうちの近所の呉服屋さんにあるよりももっと大きな姿見の鏡がありました。次の間との間の四面の襖は、やはりそれぞれ金箔地に厩につながれた四頭の馬と、その上に四種類の植物が配された組絵でした。あまり立派なので、開け閉めするのに触ってもよいのかしらとためらわれました。実際、後で聞いたところ、いつのものか明らかではないけれど明治よりも後のものではないとのこと。お坊さんがそのような贅沢なお部屋で暮らしていたということではなく、宿に泊まった方の寄進によるもの、とのことでした。中世から江戸時代の大名などのお金持ちが、修行やお墓参りに高野山に参った時の宿として使いわれていたのです。絢爛豪華な襖絵は私達の泊まった部屋だけではなく、お風呂への行き帰りに見る廊下沿いのお部屋にはどれもこれも、いずれも金箔地に様々な絵柄を描かれた豪華な襖絵がありました。宿坊というのは最近になってお寺が一般人を泊めて下さるようになったのかと勘違いしていました。そうではなく、もともと遠路お参りに来る人々を泊めるために、あのように沢山の部屋が作られていたようです。高野山には第一級の人たちがお参りしてきたので、お部屋も第一級のものとなったようです。朝は7時から勤行、自由参加とのことでした。娘は行かないというので私だけ参加させて頂きました。薄暗い中、蝋燭だけの明かりで、鉦やシンバルのような音が時々入って、4、5人のお坊さんがお経を読まれます。ご本尊はよく見えませんでした。外国人が泊まることもあるからか椅子も多数用意されていて、正座せずに参加できます。私はストーブのすぐ横の椅子に座りました。後で出かける前に、娘が朝参加しなかったのでご本堂を見せて頂けますか、とお願いしたところ、快く娘にも見せて下さいました。すごいね、と言っていました。京都に行った時には智積院に泊まりましたが、朝の勤行は確か6時半で必ず参加、正座で、宝物の説明があり、お経とお茶菓子と手ぬぐいのおみやげがありました。持明院さんは勤行のおみやげはありませんが、智積院さんよりも泊り客の自由に任せて下さる感じです。食事はお部屋で、絵の前でテレビでキムタクの追っかけをしながら。
2007.01.07
コメント(3)
旅行では始めの方で伊勢神宮にお参りしました。ゴルリナは神社とお寺の区別がついていなかった様子。社会科の歴史で、日本に仏教が伝来した時に仏教派曽我氏と神主さんの物部氏が争った、と習ったのですが、それと現実のお宮さん、お寺さんは結びついていなかったわけです。娘相手に解説しながら思いました。仏教が入った時には争いが起こったけれど、結局、聖徳太子が17条の憲法で『和をもって尊しとなす』と抑えてくれたので、日本では仏教と神道とが概ね平和に共存しています。歴史の細かいことは知らないので、こう簡単に言っていいのかどうか分りませんが。もし、フセインみたいに、片方の信者側が他方を大量虐殺するとか、ひどい争いを続けていたら、ブッシュがやったみたいに大国の中国がやってきて、日本は中国の一部になっていたかもしれません。仏教と神道の関係はシーア派とスンニー派の関係とは相当違っているのだろうけれど。母「仏教も神道も両方信じるんだよ。」ゴルリナ「いいかげんじゃん。」母「だから日本は平和なのよ。」そんなこと話すから退屈がられてしまいます。娘が宗教を考えるようになるのは何十年後だろうな。その後に回った奈良の東大寺南大門、大仏さん、法隆寺、どれも大きく、重厚。夏に京都で見た金閣・銀閣の小ささが思い出されました。古いものほど大きいのかもしれません。仁徳天皇寮はもっと大きいらしいし。聖徳太子の法隆寺を訪れた時には雨でした。大きさと、1400年という歴史と、聖徳太子の偉大さが合わさった重みを感じました。
2007.01.05
コメント(2)
夕方に戻ってきました。伊勢のあご湾の後、伊勢神宮、奈良興福寺、東大寺、法隆寺と回って、高野山へと登りました(ケーブルカーで)。どこも素晴らしかったけれど、そんなお寺めぐりばかりの旅行が六年生に楽しいわけもなく、高野山ではゴルリナは金剛峰寺と奥の院だけでもう観光はいいと言い出しました。無理もないわね~。寒かったし、先に宿に帰ってテレビ観賞してもらいました。普段家にはテレビがないので、彼女には十分楽しいのです。まぁ、あそこまで付き合ってくれてありがとう。あとの半日は私一人で回りましたが、とにかく高野山て素晴らしいです。一人なのでかえってじっくり味わうことができました。書きたいことはありすぎるのですが、今日はまだ携帯からの更新で、あんまり書けない感じです。先ほどは実家に行っているお父さんからも電話が入りました。風邪はのどに来ているようで、声が出ない様子。今日はゴル吉はおばあちゃんと二人で水族館へ行ったそうです。明日は予定通りこちらへ戻るそうです。留守番していた金魚も元気な様子。久しぶりの餌をやりました。明日は年賀状の補充分(頂いたけれど書いていなかった分)を書かなければ。
2007.01.04
コメント(2)
奈良から高野山の方へ回って来ています。正月旅行も終盤となり、漸く余裕がでてきました。昨年中はブログに沢山のご訪問、コメントなどをいただき、ありがとうございました。昨年は無事術後二年を迎えることができ、また、最終的には受験を取り止めることになりましたが、中学受験という目標を設定して様々な経験を積み、子育てを振り返ることができました。今後につなげるステップにしたいと思います。折々に頂いたアドバイスやコメント本当にありがとうございました。旅行の事まで書ききれないので今日はここまでにします。
2007.01.02
コメント(0)
全19件 (19件中 1-19件目)
1