おべんきょおべんきょたのしいな♪(あやしい・・・)

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2004年06月08日
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カテゴリ: 司法試験関連
裁判官は世間知らずだとか非常識だとか、とんでもない判決を書くとか、とやかく言われる。

裁判官は憲法上身分保障があり、少なくとも10年間はその身分が保障され、また、ごく最近からではあるが、ごく少数の極めて危ないというか、実際に非常識な裁判官が再任を拒否される。
再任拒否が表立ったのは、最近のことであるが、実際は、従前から危ない裁判官にはさりげなく示唆が最高裁などからあったというのがもっぱらの噂である。

裁判官と対比して、弁護士を考えてみる。
弁護士には市場原理が働き、ろくでもない弁護をやれば、懲戒請求を食らうことにもなりかねないし、実際依頼人が来ないようになれば、経営的に成り立たないから、ろくでもない弁護士は淘汰される。
従って、弁護士は責任が取れる。個別的には懲戒請求や損害賠償、長期的には経営ができないから弁護士家業を続けていられないと言う形で破綻する。

しかし、これは責任を取ると言うことなのだろうか。何をどうしたら、弁護過誤やらなにやらの責任を取ることになるのだろうか。人の人生に直接重大な影響を及ぼす仕事にとって、責任を取るとはどういう意味なのか。やったことに対してのリアクションを取るというのが責任の意味なのか。自業自得になれば責任を取ったと言うことになるのだろうか。
そうだとすると、自分が情状弁護で執行猶予を取った犯罪者が、再度犯罪を犯したら、その時弁護人はどういう責任を取れるのだろうか。依頼人の利益を尽くすことが弁護士の良心と責任のあり方なのであるから、この場合は責任を取る必要がそもそもない。ああ、この例は適切ではないですね。

っていうか、もし本当に責任を取るって言うのならば、再犯しないくらいその後の生活にも、その人の人生にも弁護士として関わって行くということまで要求することになるのだろうか。そんなん実際無理でしょう。時折少年事件などを手がけていらっしゃる先生や、本当にこれは問題があるという場合には、一生関わろうとし、実際関わっている先生方がいらっしゃいます。


こういうのをまともに要求するのが厳しいとしても、弁護士の責任の取り方とは何か。出来の悪い弁護士が淘汰されるから、市場原理が働くから、弁護士は良い、という理屈なのだろうか。

翻って言えば、再度犯罪を犯した場合は、裁判官の責任と言うことになるだろう。裁判官は、批判されるという形でしか、責任を取ることができない。辞表を書くことで責任を取ることになるのだろうか。

極端な話、再犯の可能性があるのであれば、実刑判決を食らわせれば足りる、とするのならば、それは簡単である。全員刑務所に突っ込めばいいのだ。


話がどうもごちゃごちゃしてしまいました。もう少し整理したいと思うのですが、要は、裁判官が責任を取る、という時の「責任」は何を刺すのでしょうか。
ろくでもない判決を書く人が淘汰されるべきだ、淘汰されない裁判官制度がおかしい、という意味なのでしょうか。
そういう意味であるなら、その主張は全く正しいでしょう。裁判官諮問委員会みたいなのが、最近できたので、そこである程度ひどいのはフィルターにかけることになるでしょう。

裁判官に市場原理入れたらどうなるんかな。裁判官における市場原理って、んー?要は当事者や弁護士が、○○裁判官のところでやってほしい、と選べる形にするということなのでしょうか。人気のある裁判官は良い裁判官、ということにすればいいのでしょうか。

ふむ・・・。結構面白いかもしれませんが、マスコミというのの影響を考えると、あんまり良くないのかもしれません。ある裁判官の特定の事件に対する判断に付き、一回ぼろくそに言われたら、その裁判官は次の任期がなくなってしまうでしょう。マスコミというのの影響が大きすぎて、適正な判断がしにくくなるでしょう。

裁判官、という仕事は、法律と良心に従うのみですが、あまり人気投票の形にすると、要は当事者受けしやすい形での訴訟進行ばかりが好まれ、少数者の保護というところがなくなってしまうような気もします。
あの裁判官は、どちらかというと、右寄りだから、とか左寄りだから、とか、女性問題に厳しいとか、そういうので当事者が裁判官を選ぶようになったら、公権力を用いる、すなわち公平でなければならない、という大前提が崩れかねません。

んー、難しいのですが、良い裁判官を選抜していくため(あるいは出来の悪いのを淘汰していくため)のシステムとして、どのようなものが良いのか、最近できた人事評価の仕組みが適切なのか、んー、難しいですね。


しかし、この議論には、法科大学院の問題もそうだが、経済音痴の法曹界みたいなコンプレックスがあるに違いない。判決に不満を持った場合にしても、それを弁論の形にして主張しないと、どうにもならんのに、そういうところに無自覚に批判されると、とてもきつい気がします。



イラクで拘束された新聞記者さんが、国を相手に損害賠償を求める訴えを提起したそうです。
つまり、国が自衛隊派遣→身柄拘束した人々が日本人も敵だと認識→日本の新聞記者を拘束→新聞記者は身体の自由を奪われ、かつ精神的苦痛を味わった。
そこで、国に対する損害賠償という形です。因果関係の存在が厳しい気がしますね。自衛隊派遣の違憲確認も求めている様ですが、んー、どうなるんでしょう。

ttp://www.asahi.com/national/update/0608/039.html







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最終更新日  2004年06月09日 00時49分09秒


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