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今までブログであまり母親には触れてはこなかったと思う。
それはうちの母親が自分にとってあまりにも忌まわしい存在で人前に出せるようではないからだ。
それを言えば父親も似たようなものなのかもしれないが、父親は同性ということもあってまだ自分にとってはましな存在である。
そう、うちの母親は自分のことを子供としてみていない。異性として捉えている。
いきなりこんなことを言われて信じられないかもしれないが、これは事実だ。
ちょうど去年の今頃家出してきたときは、家庭内環境はひどかった。母親はうちの父親がいなくなると、自分に悪さをする始末。
自分は母親にどう思われているのかがとっても気になっていて、ヘンな緊張をしてしまう。
その緊張が余計母親の行為を助長させ、ますます自分の体調は悪くなっていった。自分の両腕が痛くなってきたのもこのころからだ。
うちの母親は怖くて気持ち悪い・・・そういうイメージしか今はない。内弁慶なのだろう。
そのことについて直接母親に言ったら向こうは言い返せなかったし。
また父親も似たようなもんだ。はっきり言って怖い。自分が体調のいい時は、力関係が逆転する。父親の方が強くなるのだ。だから父親も自分に言いたい放題言ってくるし、キレたりする。
そう、うちの家族は子供のことを考えない、自分のことしか考えていない家族なのだ。
あの日さすがに家にいるのもきつくなってきて、学校の先生(今の先生ではない)や医者の先生に電話をかけて助けを求めていたのだが、結局助けてくれず・・・。
自分は勿論、当時は外を歩くことが物理的・精神的にほぼ不可能だったため、逃げることもできなかった。
が、家出をしたのだ。東京にある家まで。父親を連れて。
あの日はもう夕方だった。
最後の電話で医者の先生に助けてもらおうとしたのだが結局無理で、もうこのままうちにいたら生命の危機だと思っていた自分は父親を連れて家出を断行。
東京の家まで約1時間。その間自分はどうしてよいのか分からず、恥をさらして電車に乗ったものだ。電車に乗ると緊張感があまりにもひどくて、周りの人もどうしたのか?と注目され、噂されるくらいだった。
そして今も東京に住んでいるわけだが、もうそれ以来母親に会ったことはない。そしてこれからも現世で会うことはないだろう。というか二度と会わない。
あんなやつが母親だったとは自分にとって汚点であり恥である。
次もし会うことがあったら、もしかしたら○してしまうかもしれない。
それくらい怒りが治まらないのだ。
やつは人間じゃない。人間の皮をかぶった鬼だと思っている。
もう永遠に自分の記憶から消し去るつもりだ。