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人間ってやっぱりある程度競争環境にないとまずいんだな~って思った。
本来はそんな環境になくったって自発的にいろんなこと考えてるのが自分らしいと言えば自分らしいけど、今はそんな体の状態じゃないし、むしろ今は昔の状態に近いから、やっぱり競争環境は必要。
もしくはそれに勝るとも劣らない圧力がある程度必要だと思った。
やっぱり誰かも言ってたけど、考えるのをやめてしまうときが人間としての終わるときだって。
人間は本来は怠け者だとは自分は思わないんだけど、年とともに資本主義社会に飲み込まれていくと、だんだんとその社会の常識を学んでしまって、怠惰な生き物になる。
その社会の常識さえなければ、絶対人間は自分から学んでいく動物であることは間違いない。
体において自然治癒があるように、頭や心にだって自然治癒のような発展の仕方があるはず。つまり自然と人間は有益なことを考えていくということ。
でもそれが何らかの拍子に何を間違ったか、ちょっとの違いで怠け者になってしまう。それも自分が気づかぬ間に。自己分析じゃないけど、過去を振り返って、幼少期のころまで遡らないと絶対にその原因はつかめないと思う。
多くの人はそんなことはしないし、そんなことしてる時間や余裕がない。そういうことができる時間があれば、もっと多くの人が大学生までに自分のことを考え、より幸せに生きる生き方を模索していけると思うんだけどな。
でも今の社会はそれを許さない。
留年すれば落ちこぼれのように扱われ、社会からは遠ざけられることが多い。会社はそんなにでもないんだけど、身近な同級生たちは、ヘンな顔したりする。軽蔑の顔をする。
まじかよ、留年してんのかよ・・・みたいな。
でも本当に何か大切なものに気が付いていないのは彼らなのかもしれない。社会に出てしまえば、何年留年してようがほとんど関係なくなる。
当時はヘンな顔して見ていた奴らも、社会に出て何年かすると、ふ~ん、まだ留年してるんだ・・・みたいな。
奴らの中の考え方が変わってきたんだろう。過去の一時において留年を軽蔑しておいて、何年か経つとどうでもよくなってしまう。よくあることだ。
そして当の本人はそのことに対して振り返りも反省もしない。あの時は軽蔑してたっけ、などとはみじんも考えないだろう。
そんな人とは関わらなければいい。自分は自分の道を歩めばよい。
大切なことを分かっている人は、そんなに心はせまくない。
まあいい。とにかく競争環境は必要。つらくても立ち向かっていくべきか。
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