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車の走り去る音は畑の向こうへ薄まり、かわりに、どこかで鳴く鳥の声や、電柱の上で風に揺れる電線のかすかな音が耳に残る。空はあまりにも広く、雲はその広さを測るように、ゆっくりと流れていた。
午後三時を過ぎても、陽射しは衰えなかった。
小路の脇には、刈り込まれていない草が伸びていた。白い花をつけたもの、名前を知らない細い葉のもの、触れれば指を切りそうな硬い茎のもの。どれも遠慮なく夏を謳歌していて、人間が作った道路や側溝の形などを、いつかは自分たちの緑で覆ってしまうつもりらしかった。
私はペットボトルの水を一口飲んだ。ぬるくなった水は、喉を潤すというより、体のなかにまだ夏が残っていることを教えてくれた。
郊外の道は、どこへ向かっているのか分からないようでいて、どこへも迷わず続いている。左手には畑があり、その先に防風林がある。右手には倉庫と、使われなくなった農機具がある。遠くの建物は陽炎のなかで輪郭を失い、近づいても近づいても、なかなか距離が縮まらない。
北海道の夏には、冬の記憶が隠れている。
氷と雪に閉ざされる季節を知っている土地だからこそ、夏は惜しみなく明るい。草は伸び、作物は葉を広げ、空はどこまでも青くなる。太陽は、半年後には姿を変えてしまうものを、いまのうちに焼きつけておこうとするかのようだった。
夕方が近づくと、風向きが変わった。
遠くの畑から、土と葉の匂いが運ばれてくる。防風林の木々がざわめき、雲の底がわずかに金色を帯び始める。街へ戻る道の先には、帯広の建物が小さく並んでいた。
私は立ち止まり、広い空を見上げた。
夏は、いつも短い。どれほど長く感じても、やがて風は冷たくなり、畑から色が消え、雪の気配が町の隅々に忍び込んでくる。そのことを知っているから、いま見えているものが、ただの風景ではなくなる。
(文:Manusによる)
帯広市 真夏の郊外を歩く(写真1+Google)
帯広市 真夏の郊外を歩く(写真2+Google)


帯広市 真夏の郊外を歩く(写真4+Google)
帯広市 真夏の郊外を歩く(写真5+Google)
帯広市 真夏の郊外を歩く(写真6+Google)
帯広市 真夏の郊外を歩く(写真1〜6) コラージュ
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