PR

×

Profile

ed80

ed80

Archives

2026.06
2026.05
2026.04
2026.03
2026.02
2026.01
2025.12
2025.11
2025.10
2025.09
2006.04.24
XML
カテゴリ: カテゴリ未分類
小さい頃、私の家はとても貧しかったのかもしれません。


私は、医薬品卸に勤める父親と、専業主婦の母親の間に生まれました。
男三人の長男だった私は、何かの度にとても厳しく躾をされていましたので、朝父親と食事をする時間がとても苦手な時間となっていました。父親が傍にいる為に、味噌汁の茶碗を震えてこぼしてしまった事が何度かあるのを覚えております。
父親はひどく貧乏育ちで、小学校から新聞配達をし高校も夜間に通ったと聞いております。母親は旭川市の地主の娘として生まれ、生活には不自由がなかったと聞いております。

そんな両親は共通して、一つ大嫌いなことがありました。人からおごってもらう事。おごる事です。それは私たちにも厳しく、今もぶれることなく続いております・・・

小学校5年生の時こんな事がありました。
学校の先生が社会の時間に「昔の人は皆つぎだらけの服を着ていたんだよ。」と、言った時の事です。クラスの誰かが「○○くんだ!!」と、大声で私の名前を叫びクラスが爆笑の渦になった事がありました。私はいつも、従兄弟のおさがりの服がダンボールで送られてくるのを楽しみにし、母は、その服に穴が開くとつぎあてをしていたのです。私は、自宅に帰ってから母に大泣きして、皆が持っているメーカーの服やジャージを買ってくれとせがみました。それから、母親はPOMAやアディオスなどのソックスや、トロイの煙が少し多い服などを買ってくれるようになりました。
安売りの店や、安いところに並ぶのが得意でした。



そんな私たち男三人が、それぞれお金のかかる大学に行きました。私は私立薬科大学、次男はアメリカの大学、三男は札幌から、大分県の私立大学です。
すごいと思います。爪に火をともしながら堂々と生活していたのを見ていたからです。

両親は、先代の遺産を全て放棄したと聞いてました。お金は自分で稼いだものだけです。それが当たり前と教わりました。

そして今、両親も丸くなり家庭を一番大事に考える事と、親よりも長生きする事の二点のみを説教します。

親孝行するつもりはありませんが、めにものを見せてやろうと思います。
反面教師と思っていた私ですが、自分の子供にも同じ気持ちなんだと思います。






お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

Last updated  2006.04.24 19:26:04
コメント(4) | コメントを書く


【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! -- / --
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
X

© Rakuten Group, Inc.
X
Design a Mobile Website
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: