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2025.09.13
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カテゴリ: 喫茶店
​​昭和40年代にTVや映画で新選組血風録の土方歳三役がハマリ役となって一躍人気者になった俳優の栗塚旭さん。

昭和46年頃に哲学の道沿いに土地を購入。翌年の春、夢幻的で無国籍な佇まいの洋館風カフェ「喫茶若王子」を義姉と始められた。
私はこの不思議な喫茶店を訪れる機会が無かったが、80年代の終り頃になってようやく訪れた時の記憶が今も鮮明に蘇る。

哲学の道脇に「若王子」と書かれた駅名看板のようなものがあり、そこからレンガ塀に囲まれた細くて急な階段を崖下に降りると妖しい洋館が建っており、恐る恐る扉を開けて喫茶店に入る。
窓辺の客席に着席して待っていると、腰が大きく曲がったご高齢の女性の方が注文を伺いにテーブルに来られ、それから少しばかり時間がかかったものの、倒れそうになるほど腰をかがめながらお盆を掲げて現れたその高齢女性が「お待ちどぉ様です」とコーヒーカップをカタカタ鳴らしながら、震える手で自家製クロワッサンと共にテーブルに置いて下さった。
その後も別のお客に同じように接客されている様子を眺めていたところ、突然店に入ってこられた中年の男性が、一直線に高齢女性に近づき「ばぁさん、だめじゃないの」と大変女性的で優しく甘い口調ながらも厳しく叱っておられる。二度見すると栗塚旭さん本人であった。
その時はこの高齢女性が栗塚さんのお母様なのかなと勝手に思い込んでしまったが、後から調べるとお母様は栗塚旭さんが少年時代にお亡くなりになっているので、全くの勘違いであり、この高齢女性こそ喫茶若王子の経営者でもあった、栗塚旭さんの兄嫁でいらっしゃったのだろう。

時計台を持つ洋館風の建物の裏手には回遊式の広い庭園が広がっており、池の周囲の茂みの中には数多くの石像や石灯籠、その他様々なオブジェ、中には大きな観音像などが置かれていたが、これら古今東西の時代を超えたコレクションは、不思議な建物の装飾品や、周囲の鬱蒼とした植物群と相俟って、まさに異空間を演出しているように感じられた。

栗塚旭さんはその後もTV時代劇や映画などで活躍されていたが、個人的には平成26年の映画「太秦ライムライト」での本人役出演が大変印象に残っている。

喫茶若王子は義姉の死去に伴い平成14年に閉店。栗塚旭さんはその後も母屋の方で暮らしておられたが、平成30年の台風で母屋と茶室が被害を受けたことを機に北白川方面に引っ越しをされた。放置されたままの跡地は廃墟化が進んでいたが、庭に残されていた大きな観音像は令和2年に壬生寺に寄贈され、現在は壬生塚に収まっている。
そして令和5年頃には喫茶若王子の跡地はすっかり更地となって、当時の姿を忍ぶ事は叶わなくなってしまった。
栗塚旭さんは、令和7年9月12日に、自宅でお亡くなりになっていたことが報道された。享年88歳。
報道によると、お亡くなりになる直前まで体調に大きな変化は見られず、BSフジの時代劇「三屋清左衛門残日録」の最新作に出演が予定されていたが、撮影前になっても連絡が取れず、撮影日にも現場に現れなかったため、関係者が警察に協力を依頼して捜査した結果、自宅で死亡していたことが判明したとのこと。
ちなみに寺町二条を上がったところに、ずっと以前「川越芋」という焼き芋屋があり、栗塚旭さんがよく買いに来られていたことがある。焼き芋屋が無くなってからも、近辺では栗塚旭さんの目撃情報に何度も接した。

また姉小路通り沿いの二階にある高名な理髪店の店主様のブログにも、栗塚旭さんの思い出や近況についての言及がたびたび掲載されていたので、栗塚旭さんは市役所近辺のこの界隈によくお見えになっていたのだろうと推察されるが、詳しいことはわからない。
栗塚旭さんは男らしく朴訥とした土方歳三のイメージで見られることが多かったと思うが、本質はとても女性的で穏やかな優しい方であった。
本日、ただただご冥福をお祈りするのみである。





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Last updated  2025.09.14 08:15:23
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