2002年11月17日
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あらゆる事が混在として存在していますが
唯一いかなる個人も排除しないのが原則ではないでしょうか。
あらるる個人の存在を認めるという事は、
いかなる権利も認めないという事の裏返しだと思います。
唯一ネット上で認められることはあらゆるものの共有権だけだと。
それがネットに発信することの前提ではないでしょうか。
例えば、私的財産権という概念のない国があるとすると
それはおかしいと否定すのは価値観の強制ですし

これは全ての価値観について言えることですが、
小さな親切大きなお世話ではないですが
いかなる個人の存在も認めるということは
いかなる価値観も認めるということですが、
そこには利益という概念は存在しません。
また人は、ときとして一定の地域の常識での発想をしますが
そんな価値観が通用するするとは限りません。
ネットというものが閉ざさせたコミニティではないからです。
極端な話、ウイルスを発信する人間も日本では違法とされる
マルチをする人間も全て認めた上で、
どう判断するかは個人で決定すればいい世界で

例えば利益を代表する国家や商業主義の概念を持ち込めば
重大な利害の対立を覚悟しなければならないように、
価値観の強制も逆な意味で、同様な対立が起きてきます。
ネット上で存在が認められるのは、あくまで個人で、
利益代表ではないということだけは確かです。

多々含まれいますので、そこに利益を誘導すれば
当然、対立を覚悟しなければなりません。
国家は自国の利益を追求するところですし
著作権料も価値観も商業主義もしかり。
利益があるところには利害が発生します
ネット上で国家的な縛りをかければ当然サイバーテロが起きるし、
私的財産権も当然そんな概念もない国や思想もあるわけですし、
当然価値観も違う混在の世界がwwwですし、
この世界は、あくまで個人と世界であるはずです。
モーツアルトやバッハや・・・どんなに素晴らしいと
思う音楽でも興味の無い人にはただの雑音です(^^ゞ
もし仮にビートルズが素晴らしい音楽だとすれが
それはネット上では人類の共有財産だという
考え方がwwwの世界のはずです。
当然そこには私的財産権などは存在しません
存在するのは共有財産権だけだと思いますが・・・。
小さな親切大きなお世話は価値観の押し付け以外の
なにものでもないと考えています。
あらゆるものが存在し、
いかなる個人も排除されない世界が
wwwの世界だと思いますが。

「BGM: copyright (c) Koji Kusanagi 1997-2001」





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最終更新日  2002年11月17日 12時54分12秒
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