燕雀探偵社・魔探偵ロキ

燕雀探偵社・魔探偵ロキ

PR

×

キーワードサーチ

▼キーワード検索

プロフィール

enjakutanteisha

enjakutanteisha

カレンダー

お気に入りブログ

yuriri0607のブログ yuriri0607さん
元外郭団体職員(北… 北の女子大生・綾太さん
umikirine7 umiki_rinn7さん
「とうとうカミング… retreatcenterさん
GT370-0857のブログ GT3700857さん

コメント新着

郷土芸能に造詣が深い@ 読み方:ぞうけいがふかい 36: 名無しさん@1周年 2017/12/17(日) 1…
Zタレントの捏造@ 河合奈保子 芸能界の恵方巻の元祖 ずっと悪意あるくすくす笑いをしている <…
宗教にしか関心のないバカ@ Re:旧統一教会が開催した「国際合同結婚式」(03/02) 2. 名無しカオス 2016年09月29日 08…
2001/12/28@ 小○さん召喚きぼ~ん。 769 :名無しさん@1周年:01/12/28 05:4…
2001年8月8日@ 神様は,もう科学の常識? [2966] 神様は,もう科学の常識? 投稿者…
2011年02月14日
XML
カテゴリ: カテゴリ未分類
主観が先 投稿者:ばばあ40 投稿日:2003/09/09(Tue) 21:18 No.776

ゆらぎさん
>それでは伺いますが、「人間の主観」が先であって、「存在」がその後であるならば、
>認識する時にはまだ対象が存在していないことになります。
>存在していないものを、どのように認識するのですか?

いいですか。人間がそんなことを確証をもって論ずることはできないのですよ。
人間は、認識して初めてその存在を知るのです。
ですから、推測としては「認識する前から存在していたのだ」と言うことはできますが、
それはあくまでも推測の域をでないのです。


あるいは、神なる創造主を仮定すれば、その神の主観の中ですでにそのものが存在していたとも言えるでしょう。
しかし、今の議論では神なる形而上学的存在を対象としていないので、
人間による主観と客観の認識の限界という意味で、主観が先、存在(客観)が後、と言っているのです。



Re: 主観が先 ゆらぎ - 2003/09/09(Tue) 23:47 No.777

主観と客観については、了承しておりませんが、週末までペンディングということにしておきましょう。

>とにかく、認識をした。だから「存在した」と言うことができるのです。

それでは、本質的な論議に入りましょう。
認識とは「物事を見定め、その意味を理解すること」ですが、なぜ対象物の意味が理解出来るとお考えですか?



Re: 主観が先 ばばあ40 - 2003/09/10(Wed) 06:56 No.779

>認識とは「物事を見定め、その意味を理解すること」ですが、なぜ対象物の意味が理解出来るとお考えですか?

人間の主観が先に、そのものの意味を予め知っているからです。

生まれたての赤ちゃんの例を出しましたが、
あのようにまだ「お母さんの顔」の意味(ミルクをくれるなど)を知らない状態では、
「お母さんの顔」を理解できないので、目で追うことがないのです。



Re: 主観が先 ゆらぎ - 2003/09/10(Wed) 23:31 No.780

>人間の主観が先に、そのものの意味を予め知っているからです。


その通りです。
それでは、認識もしていないのに、何故意味を知っているのでしょうか?



Re: 主観が先 ばばあ40 - 2003/09/11(Thu) 05:20 No.782

>それでは、認識もしていないのに、何故意味を知っているのでしょうか?

直観、創造力、想像力などです。



Re: 主観が先 ゆらぎ - 2003/09/11(Thu) 06:49 No.783

>>それでは、認識もしていないのに、何故意味を知っているのでしょうか?

>直観、創造力、想像力などです。

ばあさん、期待していたのに残念です。
直観は作用です。何故、直知という作用が可能なのかをお尋ねしているのですから、回答としては相応しくありません。
創造力というのは、新しいものを創る能力ですから、意味を知っている理由にはなりません。
想像力は、カントにおいては感性と悟性の性質を分有し、両者を媒介して認識させる能力ですが、認識する前に意味を知っていることを問題にしているのですから、こちらも回答として相応しくありません。

再考をお願いします。



Re: 主観が先 ばばあ40 - 2003/09/11(Thu) 08:41 No.784

もちろん、それらの作用が対象の意味を「作り出す」わけです。
「対象そのもの」に意味が内在しており、それを人間が察知しているかどうか、分かろうはずがありません。
チョー能力でもあって、「対象そのもの」に内在している「意味」をできれば別ですけど、
それじゃあ形而上学的な話になっちゃいますからね。

人間が言えることは、対象の意味付けを人間の主観が行なっているということだけです。
我々は「対象そのもの」から「客観的情報」を得て、それを分析、認識しているのではなく、
主観によって意味を作り出し、その意味を対象に付与しているのです。

人間は「対象そのもの」は決して認識できず、
「対象そのもの+主観による意味付け」という形で認識するのです。



Re: 主観が先 ゆらぎ - 2003/09/11(Thu) 22:30 No.787

今度はちゃんとした議論が出来ると期待したのですが、また迷走をはじめたようですね。

>もちろん、それらの作用が対象の意味を「作り出す」わけです。

何故、直知という作用が可能なのか、つまり作用が起こる原因をお尋ねしているのですが?

>「対象そのもの」に意味が内在しており、それを人間が察知しているかどうか、分かろうはずがありません。

分かるはずが無いのに、何故「人間の主観が先に、そのものの意味を予め知っているからです」と断定出来るのですか?

>我々は「対象そのもの」から「客観的情報」を得て、それを分析、認識しているのではなく、主観によって意味を作り出し、その意味を対象に付与しているのです。

それは、意味を後付けしているということであって、「そのものの意味を予め知っている」という表現と矛盾しますが?

>人間は「対象そのもの」は決して認識できず、
「対象そのもの+主観による意味付け」という形で認識するのです。

つまり、ばあさんの言われる認識とは、「自分で勝手にそう思っているだけ」ということですか?そうであれば、客観性という概念が理解できないのも頷けます。



Re: 主観が先 ばばあ40 - 2003/09/12(Fri) 10:39 No.790

>また迷走をはじめたようですね。

哲学音痴には、そう感じるのでしょうね。

>何故、直知という作用が可能なのか、つまり作用が起こる原因をお尋ねしているのですが?
>直観は作用です。(No.783)

直観は作用ではありません。直観が原因です。
直観→観察(対象そのものとの相互作用)→創造力・想像力→意味付け→認識、という流れになります。
(1)

>分かるはずが無いのに、何故「人間の主観が先に、そのものの意味を予め知っているからです」と断定出来るのですか?

よく読んでください。哲学音痴から来る読解力不足ですね。
「そのものの意味」が分かろうはずがないとは言っていません。

A=「対象そのもの」に意味が内在しており、それを人間が察知しているかどうか、

Aが分かろうはずがない、と言っているのです。

>それは、意味を後付けしているということであって、「そのものの意味を予め知っている」という表現と矛盾しますが?

そのものの意味=対象そのもの+主観による意味付け です。
(1)より、意味付けが成されて認識ですから、
認識の前にそのものの意味を知っていることになります。

>つまり、ばあさんの言われる認識とは、「自分で勝手にそう思っているだけ」ということですか?
>そうであれば、客観性という概念が理解できないのも頷けます。

違います。(1)の流れの結果が認識なのです。自分の主観だけではありません。
認識には対象そのものも重要なファクターになっています。
客観性とは、個々人が(1)の流れで認識に至ったものが、ある母集団の合意を得たときに下される評価です。










お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

最終更新日  2013年02月09日 21時14分31秒
コメントを書く


【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! -- / --
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
X

© Rakuten Group, Inc.
X
Design a Mobile Website
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: