車で見るフランス

車で見るフランス

仏で初めて運転した日



仏で初めて運転した日(1)
~レンタカーを借りる~

フランスで初めて運転した日は、
フランス生活が始まった第一日目でもあった。
それは、すべての住環境が整ってからの第一日目ではなく、
文字通り「飛行機から降り立ったその時」である。

ここで車を借りた理由は、趣味から来るものではない。
ただ単に、パリ市内になじみの安ホテルの空きが
まったくなかったため、郊外へと行かなくては
ならなかったからである。

いや別に、パリ市内であれば、一部屋5~60ユーロ程度の
ホテルはいくらでもみつけられたであろう。。。
しかし我々のなじみの安ホテルは、
「いちおう空調やシャワーがしっかりしている」
というビジネスタイプのものであり、これは
パリ市内におけるある種、歴史的な、
「シャワーからお湯が出ない」などの副産物を
避けるために重要なポイントだったのだ。

なにはともあれ、我々は空港内にあるレンタカー会社らしい
カウンター集落をまわり、そのカウンターにいる人に
「ぼんじゅーる」とぎこちなく会釈しながら、
テーブル上に置かれた料金表リストを眺めまわった。

しばらくレンタカー会社カウンターの集落でウロウロしたが、
やっととある会社にきめ、手続きへと入った。
必要だったのは、
   免許証( 国際+オリジナル )、パスポート。
さすが国際空港だけあって、この辺りは慣れている。
以前に聞いた話しでは、所によっては国際免許証を
受け入れていないところがあるということで、
その場合は、ちょっとした難民となってレンタカー会社を
さまよい歩かなければならなくなるのだ。
レンタカー会社はいつでも駅前にあるわけではい。。。
電話帳(Pages Jaunesイエローページ)もあるが、
それを見て、さらに電話をするのはかなり勇気を必要とする
行為である。低活動性の我々にはとてもできない。

手続きが自動的に執り行われている間、
ホテル予約ができていなかった失敗に動揺していた心が
だんだんと静けさを取り戻していた。
「フランスはなにかと不便だと聞いていたが、
 なんとかなるではないか。」と。。。

しかしやはりこのままでは済まされない。
支払いにキャッシュカードを要求されたのだ。
普段、銀行カード以外は持たないようにしており、
今回も持ち金ほとんどをトラベラーズ・チェックに託していた、
そのレトロなスタイルにいきなりダメ出しをされてしまった。

カウンターで硬直する私に、側で待っていた嫁が話しかける。
「どうしたの?」
「現金とかTCは受け付けてないみたい。。。」
「私のカードで出せば?」

「!?」
一家の主よりも社会情勢に乗っていた嫁に
弱冠の驚きを覚えながらも、
一家の主はありがたく嫁のカードを借りるのであった。


仏で初めて運転した日(2)
~彷徨への旅立ち~

(前回のあらすじ)
空港でレンタカーを借りる手続きを行った。必要なのは、
国際免許証、オリジナル免許証、パスポート。
そして支払いはキャッシュカードのみであった。
^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^
カウンターでの手続きがおわり、係りのお兄さんに従い、
駐車場へと向かった。駐車場にはすでに車が用意されており、
出発時から車庫出ししなければいけないような
悲運には至らずに済んだ。

日本と同様、ひととおり外観のチェックを行い、
最後に、車がディーゼル車であったため、エンジンを
かける時の注意をされた。
(フランスは割合、ディーゼル車が多い。)
何をしゃべっているかは、ほとんど謎であったが、
実際にやって見せてくれるので問題ない。
世界共通言語はエスペラント語ではなく、やはり
ボディーランゲージであるとの認識を強めた。

*ディーゼルは結局良くわからないのだが、
 どうも、キーをひねってからエンジンをかける前に、
 デジタル距離計がちゃんと表示されるのを待て、
 ということであったようだ。

ところで、
実は旅に先立って我々は以前に、地図というものを
手にいれていたのだ。
これは、パリ市内とその周囲郊外を含めたものであり、
これなくしては、とても車で動く気にはなれなかった。。。

もし、こういった地図がなかったらどうなるだろうか?
空港にはおそらく地図を売る店などない。
もしかしたらレンタカーカウンターに売っていただろうか?
いや、なかったはずだ。。。
「車で街中まで行って本屋をさがし、駐車をして地図を買う」

・・・ありえない。。。

そこでオススメは、インターネット版ミシュラン地図だ。
ここで、あらかじめだいたいの予定地までのルートをしらべ、
予定地の市街地の地図を各種拡大図でプリントしておけば、
いちおうなんとかなる。
その後、ゆっくり落ち着いた後で本屋にて好みの地図を買えば
地図に関する問題はいちおう片付けることができる。
ちなみにこの手のサイトは日本同様いくつかあるが、
いずれのサイトでも、道順説明や、渋滞情報なども見られる。

また、各都市には、かなりマメに観光事務所があり、
その都市の公式ページに行けば地図ダウンロードなど
様々な前準備ができる。ホテル検索だってできる。
よく、ミシュランの地方別20万分の1地図を手にドライブするが、
街に入るとだいたい迷子になってしまう。。。
その街に入って、市庁舎(mairie メリ)あるいは
国鉄駅(Gare SNCF ギャール エスエヌセーエフ)を目指し、
観光事務所(Office du tourisme オフィス デュ トゥリスム)を
探し、そこで地図をもらうのも良いかもしれないが、
そこはフランスであるので、事務所がいつも開いているとは
限らないところが忘れてはならないポイントである。

しかしながら、数十軒規模のかなり小さな村にも観光事務所は
あったりするので、仕組みとしてはなかなか素晴らしいといえる。

*インターネット検索の時は、都市名+"office du tourisme"
 で問題なく到達できる。多くは英語ページもある。

なにはともあれ、地図を持っていた我々は、
空港から、高速A1(Autoroute1 オートルート ワン)へと
忠実に道路標識を追い、前出の安ホテルへむけて、
パリへと近づくのであった。

久しぶりのマニュアル車に心踊り、
高速までの道もすべて一方通行で、走行車線の問題もなく、
ほぼ成功を手中に収めたかのような心持ちであった。

*レンタカーを借りる点で重要なのは、
 フランスの多くの車はいまだにマニュアル車であることだ。
 オートマが欲しい場合は、日本で予約することが
 絶対に必要である。。。


仏で初めて運転した日(3)
~市街地へと降り立つ~

(前回のあらすじ)
手続きがおわり、ついに運転開始。
ポイント:日本にいるうちにネットで地図をダウンロード
     オートマは日本での予約が必須
^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^
高速までの一方通行は、たいした問題を起こさなかった。
合流はほとんどの場合、非常に親切にしてくれており、
かつての東京のように「ウィンカー出したら幅詰められる」
というような悲惨な状況ではなかった。
いや、逆に、ウィンカーを出しているのに入れなかったりすると、
罰金をとられることさえあるらしいのだ。

道路標識もそれほど難しくはない。ほとんど同じだ。
一時停止もなぜか英語で「STOP」と書いてあるし、問題ない。
だいたい、前や周囲の車と同様に走っていればいいのだ。

「あ、芝生にウサギがいる!」
という嫁の声に、
「それどころじゃねぇ!」
と発することさえできなかったが、
それでもまだなんとなく心に余裕はあったように思われる。

空港から高速に入り、最高速度を時々チェックしつつも
周りの車の流れに乗り、ひたすらParisという標識を
追いつづけていった。

と、ここで、すべての道路標識がフランス語で書かれている
ということに気づく。なぜなら、進行方向に
「Paris Ouest(ウエスト 西)」と「Paris Est(エスト 東)」の
2つがあったからだった。



よくみると、標識下に書かれた
細かい文字なども、当然ながらみなフランス語だ。
「どうせ小さく書かれたものなど重要ではなかろう」
と思っていると、安売り広告の落とし穴のように
もっとも重要なところが小さく書かれていたりするので、
まったく油断ならない。

また、これもごく自然のことであるが、目的とする街が
表示されるに値しない小さな街であるといった場合は、
いくら標識に目を配っていても、絶対に発見できないのだ。
「パリの南部に行くには東西どっちにいったらいいんだ?」
という解決しがたい自問自答のすえ、
すんでのところで、東に進路をとることを決め、
「これはとりあえず、どこかに車を停めて、もっとちゃんと
 作戦会議をしなければ、他の惑星に連れていかれる」
との判断から、とりあえず、目についたインターで降りて
しまったのだった。。。

*シャルルドゴール空港(CDG)からパリまでの高速は無料。
 有料となるのは、一般的には都市間を結ぶ線のみで、
 大都市の、日本でいう所の首都高速のような線は無料。
 有料区間は青い標識に、Peage ペアージュと書かれる。
 青い標識で自動車専用路線であっても、ペアージュで
 なければ料金はとられない。
*CDG空港とパリの間にはパーキングエリアがあるので、
 そこで作戦タイムおよび、地図購入をすることを強く
 オススメする。
 (やはり重要なことは「注意書き」の中で為されるのだ)
 パーキングエリア=Aire エール 
   もしくはAire de repos エール ドゥ ルポ。


ただ走っていればいいだけの高速道路から、
居住者うずまく街に降り立ってしまったことの罪の深さは、
高速を降りたすぐの信号から知らしめられることとなった。。。


仏で初めて運転した日(4)
~市街戦~

(前回のあらすじ)
無事車を走らせることができたが、地図はもっていたものの、
勝手がわからず、一度地図を検討しなおすために、街へと降りた。
しかし、本来ならばCDGパリ間にあるパーキングでできたのだ。
^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^
前回書き忘れていたこととして重要なことは、
「我々がどこの街に降りたのか?」という点である。
どうしてそれが重要なのかというと、フランスにもやはり、
きわめて治安のよろしくない場所が存在するからである。
そしてその場所はちょうど、CDG空港パリ間にあるのだ。。。
仮に高速から降りてみたくなってしまったとしても、
「パリ市内、またはパリから50km離れた所以外では降りない事」
という言葉を常に心の中にしまっておきたいものである。

結局のところ我々が降り立った場所は、後に述懐してみたところ、
パリの北東部に位置するパリの外周部であったらしい。
実はパリの北から北東にかけてはなかなか物騒な所ではあるが、
そこからパリ内に入ってしまえば、まだそれなりに安心である。
(警察もそれなりに頻繁にパトロールをしている)
ただ、地区的に安心だからと言って、交通状況は予断を許さない。
なんといっても、この街で一番危険な人物は自分なのだ。。。



パリ周回高速道路(periph ペリフ)から降りてみたところで、
自分が交差点の最前列にグリッドされていることに気づいた。

さっきまでは他の車についていけば良かったので、
あまり気になっていなかったのだが、「自分が先頭にたつ」
ということは、つまりは「お手本がもうない」ということだったのだ。
案の定、お約束の「反対車線にとびこむ」という経験をしたのだが、
ここでひとつの教訓を得た。それは、
「運転席の左に、中央線が来るように走ればいいんだ」
ということであった。
これを意識するようになって以来、同じ間違いは起こしていない。

初めて走るパリの街は、、、

・・・と感じ入る間もなく、そこら中一方通行だらけの道を、とにかく
一時停車できる場所を求めてひたすら走るだけであった。。。
なにせ、人は出るわ(歩行者優先意識が強い)、ハトが出るわ、
路駐の車から急に人が降りてくるわ、しかも後ろからは後続車が、
なにやら煽ってくるやらで、まったくもって心落ち着く暇がない。
おそらくそれら全てを忘れ去り、30km/hくらいで、
後ろからクラクション鳴らされても気にしないで
運転していればよかったのだろう。



困ったのは、道路の優先側がわかりにくかったことである。
標識がある場合はいいのだが、何もないときは、
「きっとどっち側かの人に優先権があるんだろうなぁ」とは思ったが、
実際にどちらにあるのかは、人に聞くまではわからない。
実際のところ、「何もないところでは右側優先」ということだったが、
鵜呑みにして、交差点に突っ込むのはやはり勇気がいる。

最終的に我々は、とある教会前のちょっとした広場に場所をみつけ、
無事に地図をひろげて目的地までの道順探索に入れたのだが、
この時、
「まず自分たちがどこにいるのか」
という問題が新たに加えられたことは言うまでもないことである。



仏で初めて運転した日(5)
~再び周回高速ペリフへ~

(前回のあらすじ)
ついに一般道に降り立ってしまい、お約束の反対車線飛出しもやり、
「左側運転席のさらに左側に中央線を持つよう走る」と学んだ。
落ち着く場所をみつけて、目的地の地図を見直したが、問題は、
自分がいまどこにいるのか既にわからなくなっていたことだった。
^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^
車で動いていなかったころ、実はあまり地図と現住所を見比べて
ちゃんと目的どおりに歩いてみる、ということをしていなかった。
パリであれば、歩いていればいずれ大きな建物などに出会うし、
地方であれば、中心街かどうかはすぐにわかったからだ。
したがって、どこらへんに住所が書いてあるのか、
いまひとつ不明であった。

パリの美しい点としては、「電柱がない」ということがあるが、
日本人としては電柱がないと住所を探すのにやや心細い。。。
結局のところ、ひとつの通りの終点まで行って、
そこの壁にパリなら区の番号と通りの名前が書いてあるので
それを見た後で地図で索引を調べればかなり簡単であった。

あらてめて何を目指し、どのように通るかを決め、
ちゃんと一方通行も気をつけて、いよいよまた、
目的のホテルへと向かうこととなった。
基本は、
「もう極力一般道にはおりない」ことであった。。。

アルファベット表記の場合、日本語表記と異なり、
認識に時間がかかるという体験をされた方は多いかと思う。
日本語の本の場合、単語を頭の中で発音せずとも、
ちらっとみれば何と書いてあるのかはわかるのだが、
あまり慣れていないアルファベットの場合、どうしても
末尾までしっかりと読まないと脳が認識してくれない。
この違いは、運転中ではかなり大きな負担となる。

海外で、特にカップルで運転される時は、ぜひ、
ナビゲーターの方にもそれなりの事前演習をお願いする
ことが重要であろうかと思われます。。。

ついにもとのパリ周回高速(ペリフ)に戻った我々は、
やっと進路を南にとり、目指すAntony(オントニー)
へと近づいた。
CDG空港から始まり、およそ4~50kmは走っただろう。
時間にしておよそ1時間、だんだんと高速での
周りとの歩調合わせができるようになってきた。

ふと、次なる出口の標識をみてみると、Antony
と書いてある。「おかしい。。。」
たしか出口の番号は違ったはずだ。。。
 *特に高速では、出口は番号で覚えると良い。
しかし、もう一度地図をみようにも、教習所で
1段階も終わってないような走行時間のドライバーに
地図を見ながら交通状況を見極めるなどということは
到底不可能であった。
そしてそれにも増して、我がナビゲーターに頼る
などということは、可能かどうかを問うような
ことですらなかった。。。
それは例えていうならば、北極にて皇帝ペンギンの
同僚に日本語で道を訪ねるようなものである。

「えい、降りてしまえ。行き過ぎたらまた、
 とり返しつかないことになる」

私は決意した。しかし想像どおり、
ここで降りてしまったこと自体が、すでに
「とり返しのつかないこと」
だったのであった。


仏で初めて運転した日(6)
~市街戦再び~

(前回のあらすじ)
ルートの確認からあらたに出発し、高速をのること計1時間で、
なんとなく余裕ができてきたように思われた。しかし、
高速の外国語で書かれた標識などは想像以上に注意を要求した。
そしてまた、本来求めていた出口とは違う所で降りてしまった。
^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^
ペリフを降りて国道N7(ナショナル・セブンなどという)
に合流すると、もう私にはAntonyへの道を探すだけの余力は
なくなっていた。。。
ただひたすら前に見える道を走りつづけるだけである。
周りの車たちがそれぞれの目指すところへ向かって
右におれ、左から抜きさっていく中にいて、
ただなすすべもなく走り続けている様は、自分自身でも
非常に滑稽に写った。

しばらくいくと、右手にショッピングモールのような場所が
みえてきた。これは、Centre Commercial(サントル
コメルシアル)と呼ばれており、パリ郊外のみならず、
フランス全土にしばしばみとめられる一大センターである。
私はとにかくこのまま無為に走ることをやめようと
その入り口へと入り、駐車場を探し、エンジンを切った。

ちょっとため息をついてみる。。。
そこで、さきほどまで晴れ上がっていた空に、突然
どこから湧いたのか雲が一面を多い、そして大粒の雨が
ふりはじめた。。。
フランスはどうも、天気の変化が激しいようだ。

いうまでもないことだが、
この日、この通り雨の瞬間以外に
車を借りたことを感謝したことはなかった。

雨は風をともないながら20分ほど続いた。
フランスの人はあまり傘を持たないように見られたが、
その理由のひとつには、通り雨が多いことと、
風をともなうことがあると思う。
ただ、後の話しによれば、傘をさすよりも
レインコートの方が安全であるという子供の頃からの
教育の成果でもあるという。

それにしてもどうしたものだろうか?

今回の道探しはさっきと違い、住所がどこに書いてあるか
まったくわからない。日本であればその辺りの通行人に
気軽に聞けるのだが、なんとなくおっかない。
それに、パリと比べてなにか目つきの怖いような人が
どうも随分多めに含まれている。。。
何もしないのに肩を揺らしながら歩くのはやめてほしい。

「じゃあ、中に入って受付を探して聞いてみよう」

この嫁の提案には、基本的にはまったく賛成であるが、
それは、「仮に我々が日本にいるならば」という
大きな前提がつくものであった。。。



仏で初めて運転した日(7)
~対人戦に突入~

(前回のあらすじ)
高速から降り、国道に入るが、進行方向を失った。
そこで近くにみかけた大きなショッピングモールへ入った。
ひとまず駐車スペースを確保し、目的地までの行き方を考える。
採取的に妻の提案でモール内の案内所を探すことにした。
^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^
6月といえば、もうかなり暖かい。結婚式にも良い季節だ。
運転している最中はよくわからなかったが、
実際にさっきまで車内も若干汗ばむほどであった。
なぜわからなかったかというと、それは冷や汗との区別が
つきにくかったからだ。
それが外にでてみると、ちょっと風がでて雨が降っただけで
随分涼しい。このようにして雨にふられて風にふかれたら、
すぐに風邪をひいてしまうかもしれない。。。

ガラス扉の並ぶ入り口を、他の人に従うように入る。
ちょっと照明が暗いような気もするが、
街中の閑散とした雰囲気に比べると随分よい。
そして中は随分広いものだ。
店の名前がかかれた標識がないと、間違いなく迷う。
すでに道路で迷子になっていたのでこれ以上
傷を深めるわけにもいかない。
幸い徒歩であるので、よく周りをみながら歩く。

案内所はモール内の通路の交差点あたりにあった。
入り口がいくつか別れているようなので、
中央付近に置くほうが効率的なのだろうが、
それはまた、そのモールの大きさを説明するものである。



案内のお姉さんは、とりたてて不機嫌そうではなかったが、
日本における案内係とはまったく異質のものであった。
私はおそるおそる「地図はありませんか?」と聞く。
すると、たどたどしく、変なアクセントのついた
仏語を話す私に向かって、そのお姉さんはパンフレットを
差し出して何やらまくしたてた。

「パードン?」

これが最終的にでてきた私の答えであったが、
お姉さんは何やら同じようなことをまた同じように
繰り返す。
外人にそのスピードで話かけるな、、、と思ったが、
どうやら
「たまたま聞き取れなかったみたいだから繰り返す」
という気持ちでいる人が多いようだ。

確かに日本と比較するとこちらには様々な人種がおり、
白人でなければ外国人とみなす、というような考えは
頭にないだろうから、そうなるのも無理はない。。。
仕方ないので、
「私は外国人です、もう少しゆっくり話してください」
と言ってみる。・・・通じたようだ。

よくよく聞いてみると、モール内の説明をしてくれた
ようだった。そして、この案内所はここだ。と。。。

「なるほど、よくわかりました。。。」

なんとなく逃げ出したい気持ちになったが、
これを越えないと今日は車中泊になってしまうので、
意を決して本当に知りたかったことを言う。

「この街の地図がほしい。ここがどこかわからない。」

・・・フランス人の目は比較的大きいと思うが、
それがより大きく見開かれるのを確認した。
それでもお姉さんは親切に、この街の名前と
ここには街の地図はない、ということを教えてくれた。
あと他にもいろいろ話してくれたが、
残念ながらまったく理解できなかった。

私はこれ以上彼女を困らせることに危険を感じたので
今おしえてもらった街の名前を忘れないように
繰り返しながら車へと戻った。
(よくよく考えてみれば、そこのモールで本屋を探し
 詳しい地図を探せばよかったのだ。。。)



仏で初めて運転した日(8)
~自分の置かれていた場所~

(前回のあらすじ)
郊外のショッピングモールの広さを実感してきたが、
ここでの収穫は、現在いる街の名前を知るのみにとどまった。
^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^
車に戻り、おおまかな現在地を確かめる。
そして目的地である安ホテルのパンフレットに記載されている
遭難者を出すのが目的であるかのような瑣末な地図と比較する。
なんとなく、それほど遠くないような気もする。
なぜなら、ホテルは高速を降りて最初に乗った国道の近くに
あるようなのだ。
なにか、スーパーのある角を曲がれば良いように書いてある。
我々はそのスーパーの名前を忘れないようにしながら、
新たな冒険へ出ることを決意した。

作戦は単純である。
「とにかく国道を行ったり来たりしてスーパーをみつける」

単純さは常に複雑な問題を内に秘めているのだが、
少なくとも、この国道を1時間も往復していれば
車の運転には慣れていくであろう、とは思った。
高速1時間、国道1時間。車庫入れもしたし、
だいぶ緊張は解けるはずだ。

車はそれなりに周りの状況になじみながら走って行く。
よくよく考えれば今まで、周囲の景色などほとんど
気にしている余裕などなかった。
私は件のスーパーを探しつつ、街の風景に目をやった。
いわゆる「パリ郊外の街」の風景なのであろう。

・・・なんとなく寂しい所だな、と思ってはいたし、
ショッピングモールで会ったお兄さんたちの様子も見たが、
よくよく見てみると、我々はどうもエラい所にいるようだ。
街路樹の根元に電化製品や壊れた棚などが無造作に捨てられ、
中古車センターは解体屋との区別が難しい。
石造りのアパートの壁には無造作になにかのポスターが
貼られていたり、やぶかれていたり、決定的なことに、
缶スプレーで描くいたづら書きが至るところにみつけられた。
そしてやや遠方には、まったく芸術性とは無縁な、
単なる白い箱のようなアパートが軒をつらねていた。

「パリの北から北東は気をつけろ」
とは言われていたが、どうも、パリの南東にも
気をつけた方が良いのかもしれないと思った。。。

しばらく走っていると、嫁が「パリまで2km」という
標識をみつけた。さすがにそこまでパリには近くないはずだ。
仕方ないので、復路に入ることにし、転回できる場所を探した。

ところでフランスの交差点での曲がり方は日本とは違う。

どうやら日本で問題になっている「右直事故」
を防ぐためのシステムであるようなのだが、これはこれで
不便な点もあり、やはり一長一短といった所だろうか。

ともかくも我々は無事に「交差点で曲がること」も学び、
往路へ入っていったのだった。



仏で初めて運転した日(9)
~生存確認~

(前回のあらすじ)
ホテルの場所にだんだんとアタリがついてきた。
国道沿いをパリに向けて走ってみるが、みつけることができず、
仕方なく転回して往路へと入った。
^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^
さすがに一度通った所は、随分気軽に走ることができた。
おかげで周囲を見渡すことも容易であった。
いちおうナビゲーターの目が常に光ってはいたのだが、
時折自分の好奇心に任せて目的物以外のものへと
対象が移ってしまう標準設定があったため、
機構としていまひとつ信憑性に欠けていたのだ。

地図を研究していると、ホテルへの入り口はおそらく、
先ほど乗っていた高速道路とパリの間の国道沿いで、
より辺境側にあるようであった。
この地図の読みが間違っていなければ、早晩みつかるはずである。
(問題なのは、ホテルの地図が勘を要求するような
 できばえであるということである。)

・・・しかし、もう、高速の下をくぐろうという頃になっても
まだ入り口の目印となるスーパーはみつからない。
いつのまにか完全に落ち着きを取り戻していた心に
再び不安がよみがえってくる。
と、その時嫁から、「向こう側にそれっぽいのが」
との報告が入った。
他にもう候補がない以上、それを試すしかない。
我々はまたしばらく直進して転回できる場所まで行った後、
そのスーパーの場所まで戻ってみた。

そこで私は、軽い幻覚におそわれた。。。
なにか、デジャブのような感覚である。。。

奥まった所に書かれたそのスーパーは、たしかにそれらしい。
おそらくこれで正しく、その前の細い道を右折すれば良い。
しかし、その手前、、、より道路側に近い駐車場。
これは、、、
どうやら先ほど我々がいたところではないだろうか?

まぁ、今までのストレスに比べれば大した発見ではない。。。
ホテルの近くにショッピングセンターがあれば、
買いものにも便利だし丁度いいではないか。。。
それよりもとにかくホテルに行き着いて「休む」。

実は行きの飛行機はマレーシア経由で25時間ほど
ほどかかっていたのだ。その直後にこれだけ消耗して、
もうその後、一体何をしようというのだろうか。。。

幸いにして、そこからは問題なくホテルまでたどり着く
ことができた。なつかしいEtap Hotelの青い看板をみた時は、
「だいたいいつもこういう消耗の極限状態でこれを見るな」
と、うれしくも、なんとなくうらめしい気持ちになった。



仏で初めて運転した日(10)
~ホテルの空き~

(前回のあらすじ)
国道の往復途中にホテル入り口への目印をみつけ、
やっと渡りがついたと思ったら、そこは高速おりた後に
立ち寄ったショッピングモールであった。
しかし、なにはともあれホテルには到着した。
^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^
ホテルには駐車場がなかったが、他の車をみると、どうやら
そのあたりの路上に適当に駐車してよいようだった。
まぁしかたがない。
さすがに郊外だけあって、駐車スペースには困らないようだ。
ひとまず、スーツケースなどの荷物は車に入れたままにして
ホテルの手続きをとる。とりあえず今夜のベッドは確保した。

 *スーツケースなどは盗難対象になりやすいので、
  ホテルに入る時などは、必ず部屋に持ち込むべき。
  移動中もマメにドアロックし、ちょっとの駐車でも
  外から荷物の存在がわからないようにする。
  時折、助手席においておいた貴重品用バックを
  信号待ちの時に盗まれる、といった被害を聞く。

しかしながら、訪ねてみると明日以降の空きがないという。
アパートをみつけるまで、しばらくホテル住まいなので、
少なくともずっと滞在できるところがいいのだが、
今はあまりに情報がないため仕方がない。

ホテルの人は、親切にも他のEtapの空室を調べてくれ、
その結果、明日、あさっての分をもう少し西の方に確保した。
今日はとにかく休養をとり、明日からはアパートを
探さなくてはいけない。住みたい場所は目星つけてあるので、
あとはその辺りの不動産屋をまわるだけである。

住みたかった場所はパリ市内ではなかったため、
よくよく考えてみると、車の運転に慣れておくことは、
明日からの活動に都合が良かった。

そんなことを考えたりすると、なんとなく
今日のめまぐるしい一日もそれなりに悪くなかったような
気もしてくる。

ほんのちょっと。。。





仏で初めて運転した日(11)
~ひとつの街をウロウロ、そして初めての罰金~

(前回のあらすじ)
ホテルを発見し、無事に休息をとることができた。
盗難防止のため、手荷物などは極力外から見えないように、
ドアロックはマメにかけること。
^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^
25~6時間というフライト時間のせいで、時間感覚が麻痺し、
グッスリ寝ておきたら時差ボケがなくなっていた。
普段フランスに来る時は、夜遅く出て、寝て、到着が早朝、
ちょっと長い一日を経て順化するというリズムだったが、
とにかくホテルについて落ち着いたら眠りに落ち、
旅行の興奮から目覚ましでパッと起きた、という感覚であった。

今日は住みたい町の不動産屋をまわり、
「今日中に」部屋をみつけることが課題である。

車にのり、昨日通ったと思われる道をさかのぼっていく。
疲れが抜けたためか随分調子が良い。もうあまり違和感もない。
やはり信号、ロータリー(rond point ロンポワン)で緊張するが、
それももうパニック的ではなかった。

パリ南部から乗った高速はA86、西に行くとVersailles
ヴェルサイユの方へ、東に行くと、、、まぁ東の方へ行く。
高速に入ってからは、東に向かっていたのだが、
丘から一気にかけおりるような所で、街全体がみわたせた。
パリではなかっただろうが、まともに遠景を見た最初の機会だ。
工場の煙突がみえたりもしている。
どうも見渡した周囲にポコポコと丘状の森が見られ、
道路の高低差も激しいように感じた。

目的の街も、それほど問題なくたどりついた。
すでに何回か訪れていたので、その区画であればおおよその
状況は把握できている。
問題は、やはり一方通行が多い、ということであったが、
それも不動産屋を探したり、実際にどの区画あたりが
雰囲気が良いか見たりすることで慣れていった。

ここはセーヌ川沿いの公園に面したアパート群がきれいだ。
おそらく我々には手の届かない物件だろうし、
空きがあるかどうかも怪しいものだ。
街はパリから5km程離れてはいるものの、メトロも
通っており、メトロ駅に近ければ嫁一人でも不便ない。
我々が想像していた「優雅なパリ郊外」にかなり近い。
(日本のように、自転車で駅まで行く、という文化は
 あまりないようだ)

さて、不動産屋であるが、こちらは難しかった。
一番大きな問題は「きちんと給料のあるフランス人の保証人」
という問題で、これを誰かに頼むのは、気がひけた。
また、正直なところ、あまりフランス語ができない状態で
なにかのトラブルに巻き込まれた時、対応しきれないことが
あるのではないか、という面倒に思う気持ちもあった。
しかし、だいたいにおいて我々が考えていた値段よりも
30%以上相場が高かったというのも痛かった。

それはそうと、不動産屋に電話をしに行った帰りに
車へ戻ろうとすると、なにやら3人程がまわりを囲んでいる。
見てみると、青いオソロイの服を着ていたおり、
どうも背中に「POLICE」と書いてある。。。
「しまった駐禁だったか」と思い、あわててかけよる。
彼らはナンバーを見て、紙に書き込みをしている最中だ。

「すいません、持ち主です。すぐ出ますから。」
「ダメ。ここは駐車禁止、遅い。」

4000円程だった。。。
彼らは私に紙を渡し、「紙書き始めたらもう手遅れ」
と言い捨てて去っていった。
脇をみるとガレージのおじさんがジロジロ見ている。
(そうか、通報されたのか。。。)とガックリする。
駐車禁止の罰金は日本ほど高くないが、ショックは大きい。

 *駐車違反は4段階に分けられている。おおまかに、
  1)PAYANT(ペイオン)と書かれている所で
    料金を払わずに駐車。
  2)LIVRAISON(リヴレゾン 配達)という黄色の
    ゾーンに駐車。あるいは、直線道路で通行妨害に
    なるような場所に駐車した場合。
  3)横断歩道をほとんど塞いで駐車。
  4)障害者用ゾーン(車椅子マークあり)に駐車。
  といったところだろうか。
  罰金は11ユーロから140ユーロくらいまでにレンジ。

罰金納入は郵便局や街角のタバコ屋で手続きできるらしい。



仏で初めて運転した日(12)
~パリ入城~

(前回のあらすじ)
二日目、疲れもとれて運転にも慣れたことを実感する。
住みたい街の不動産屋をまわるが、そこで駐車禁止をとられた。
結局、現地不動産屋では借りるのは難しいことを知る。
^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^
アパートをどうしようか。
昨日同様、お昼を過ぎたあたりから時折通りすぎていく雨の中、
我々は車内で対策を考えた。すでにいくつかの不動産屋で
なかなかクールな接客をされ、我々の自尊心はほんのり
傷つけられてしまっていた。

「日本人の不動産屋さんは?」

悪魔のような誘いが嫁から出される。
仮にもフランス語を事前に勉強して、これから生活を始めよう
とするものが、そのような安易な道を選んでよいのか、
という気持ちがうずまいた。しかしながら、
これからフランス人の保証人を探すことを考えると、
それを試してみるのも良いかもしれないと思った。
「じゃ、事務所の電話番号とか調べよう」

 私「どこでわかるかな?」
 嫁「パリの日本の本屋に新聞あったじゃん」
 私「え、パリですか?」

なるほどいかにもその通りなのだが、
車のハンドルを握っている者には、
  「パリを運転する」
という思考回路は存在していなかった。
だが、おじけづいてる場合ではない。

パリまでの道のりは、以前使っていたバス路線を辿れば
なんとかいくはずであろう。パリの中心地は、それなりに
歩いているので、昨日のようなことにはならないだろう。
私は地図をとり、目安をつけ、エンジンをかけた。

何度目かの通り雨が去り、東の空に青空が見えていた。


仏で初めて運転した日(13)
~パリ市街戦~

(前回のあらすじ)
現地不動産屋での契約を一旦白紙にし、日本人不動産屋を
あたることに。その事務所の電話番号を手に入れるため、
我々はパリへと向かった。
^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^
バス路線を思い出しながら走ることも、それほど問題ではなかった。
進路を示す標識をおいかけるのは、やはり高速よりも忙しかったが、
私の場合、その点では土地勘があったので楽だった。
しかも道路の歩道側が突然バス・タクシーレーンになったりするので
油断できなかった(時々検問を張っているので要注意)。

パリのドライバーはなかなか攻撃的だ。
信号が緑になると、皆F1ドライバーになるし、
ちょっとした隙間があると、平気で割り込んでくる。
まぁ東京もそれほど変わらないとは思うが、
荒っぽさはパリが上であろう。



ここで、以前すばらしい例え話しを聞いたので紹介する。
「パリに来た東京人はこう言う、
   『すごい荒っぽいな。東京よりすごい』
 しかるに、パリに来た大阪人はこう言う、
   『なんやこれ、大阪並みやん』と」

15~16時とそれほど混雑する時間でもなかったため、
30分程度でパリの中心部までたどりつき、おおよその見当から、
本屋のある通りに入った。まったくもって順調である。
しかしながらそこでまたひとつ問題が起きた。

「車をどこに停めるの?」ということだ。
もう駐車違反をとられるショックはたくさんだ。
しかし、見たところ、本屋の周囲には駐車場がない。
仕方がないので、ちょっと地図をみながら、
一方通行の道をうまく選び、本屋のあたりを周回しつつ、
駐車場を探そうということにした。

うまくしたもので、3周目くらいで、これから出発する、
という車を発見した。私はその車の後方でハザードをたく。
フランスはこういった駐車の時なども、よく待ってくれる。
それなりに強引に急停車して駐車する時でも、普通の人ならば
我慢するのだ。 日本では、、、。

さて、駐車していた車が何回か切り返しながら出て行った。
次は私が入れる番だ。
なにを隠そう、
私はこの日のために日本で縦列駐車の訓練をしていたのだ。

「なぜ訓練などする必要があるのか?」
とおっしゃる方には、この下の写真を見ていただきたい。
スペースの横にとめて、横から手で押して入れたとしか
思えない駐車の仕方をしているが、これがパリ流らしい。
ほかの街ではもうちょっと余裕がある。




これを実現するためには、いくつかのポイントがあるが、
一番重要なのは、
「前後の車にちょっとあたることは普通である」
という点である。
たしかに高級車だと大変気が引けるのだが、普通車は
バンパー自体そのようにできているので問題ない。

次に重要なのは、「ハンドルを左右におもいきり切る」
という所だ。
今度別ページに図解入りで細かくポイントを指摘して
見ようと思う。

訓練の結果であるが、やはりなかなかうまくはいかない。
何度も繰り返して入れ直すはめになり、チラっと写った
後ろで待つドライバーが、退屈そうにタバコに火を
つけていたのが印象的だった。。。

現在はというと、前後10~20cm程度の隙間があれば
駐車できるまでに成長した。個人的にうれしい。
なにせフランスで車に乗る上で大きな目標であったから。

ところで日本人不動産屋の件であるが、結局こちらにお願いした。
アパートが空くまでの1週間強の滞在も、お持ちの
ウィークリーマンションにお願いした。
ホテル騒動もこれでなんとか落ちがついた。
実に滞在3日目のことであった。



仏で初めて運転した日(14)
~おわりに~

(前回のあらすじ)
緊張しながらも無事パリ入城を果たし、用も果たした。
前後の隙間のあまりないパリ風駐車もなんとかこなし、
パリ攻略の前哨戦は勝利といった所だった。
^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^
この日宿泊予定であったホテルは、また前日と同様の苦労を
しながらも、精神的にはよりダメージ少なく見つけられた。
その上、地図なしで周辺を走りながらスーパーまで行き、
買い物をする、という冒険までしてしまった。
これが意味することは、
「周囲の状況を記憶して、また元の場所に戻ってこられる
 という状態まで順化できてきた」
ということである。
ここまでおよそ10時間程は走らせていただろうか。

ウィークリーマンションに移る前、
レンタカー契約の3日分が終わったために、
CDG空港へ車を返しに行った。
実はまだ大切なことが残っていたのだが、それは
給油であった。

フランスでの給油はすべてセルフサービス。
カードでの支払いの他、窓口で払うことも可能だ。
今は日本でもセルフスタンドがあるので
それなりに勝手のわかる人も多いだろうが、
「人生で初めての自分での給油」はなかなか緊張する。
ノズルのピストル部分を持つ手は、
結婚披露宴のケーキカットをする時のように震えるだろう。
(鏡開きだったのでやったことはないが)

今回はいろいろと心労も重なったという理由のもと、
ガソリンは少々高くついても、レンタカー屋にお願いする
ということにした。
ちなみに、その後自分の車でやった時は、
何度も吹きこぼしを経験させられてしまったので、
この判断は正しいように思われた。

パリの南からペリフ東を通り、北へ抜けてCDG空港へ。
パリを離れてからしばらくすると、
眼前は一面平坦な、緑の絨毯のようであった。
そして青い尾翼のエールフランスの飛行機が
次々と降下してくるのが遠くからも見えた。
車はそれらの飛行機のお腹を見るように交差して、
空港内へ向けて走り抜けていった。

おとといは、こんな広がりのある景色
まったく見ている余裕はなかったな、と思った。





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