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August 4, 2024
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8月1日はわの会だったんだけれども、
暑いので金沢公会堂で鎌倉ガイド協会の松林先生の講義を聞いた。
鎌倉は寺や神社が多く、たくさんの祭や行事が行われるのだけれども、
そのうちの代表的で面白い祭と行事として、
1.龍口寺(腰越):9月12日~14日の法難会
2.御霊神社(坂ノ下)の例祭:9月18日で行われる鎌倉神楽、面掛行列
3.光明寺(材木座):10月12日~14日(令和5年)の十夜法要
4.鶴岡八幡宮(雪の下):12月16日の御鎮座記念祭
5.長勝寺:2月11日の大国祷会成満祭祈


でも僕は罰当たりなので、お寺の教義や権威には興味が無いので、
最初は聞かないで帰ろうかと思ったのだけれども、聞いてみて良かった。
いくつか「そうだったのか」と思う良い話が聞けたから。
なので、それを書いてみる。

1.龍口寺の法難会は「ぼたもち供養」として知られる面白いお祭り。
境内には露店が建ち並び、万灯が奉安され、
法要が終わると名物の「ご難ぼたもち」(難除けぼたもち)が堂内にまかれます。
いやー、VTRを見ていると本当にまいている。
これは龍口寺の成立に関係があるお祭り。
鎌倉時代に日蓮は幕府に逆らって、また他の仏教の宗派の悪口を言って恨みを買い、
幕府に捕まって龍ノ口刑場へ処刑の為に護送されるが、

そして処刑の時に不思議な光がさして、恐れた処刑人が処刑をやめ、
日蓮は処刑を免れた、その処刑場がこの地に有ったらしい。
龍口寺はその跡地に建てられた日蓮の広めた浄土宗のお寺。
そのことから、この日にばらまかれるぼたもちを頂くと日蓮の御利益にあずかれると言う話。
そうだったのか。

そう思ってしまう。罰当たりかなぁ?

まぁそれはそれとして、お祭りでおぉー!っと思ったのが万灯の奉安とまといの舞。
万灯は、これってお盆だなぁと思う万灯。
ネットから写真をお借りした。


手前のお兄さんがぶん回しているのがまとい。でも何で「まとい」?

2.御霊神社の鎌倉神楽、面掛行列(めんかけぎょうれつ)も面白かった。
何が面白かったかと言うと面掛行列の面々。
これもネットから写真をお借りする。


上の写真左が有名な阿亀さん。下の写真の皆さんもユニークなお顔です。
面掛行列は元々は鶴岡八幡宮の放生会で坂ノ下村の人々が行っていたのが明治以降廃れてしまい、
それが御霊神社に引き継がれたものだそうで、
行列の中には「白旗」を持った氏子もおり、源頼朝公ゆかりのお祭り(僕調べ)なのだそうです。
なので「阿亀」さんは頼朝が浮気したあのお亀さん?(根拠はなく僕の勝手な推理)なのかも?
なお鎌倉神楽は富岡八幡宮と同じなので略。

3.光明寺の十夜法要は伝統のある古式ゆかしく格調の高い法要で、
あちこちの修業僧が集まるものなのだけれども、僕にはあまり興味がわかないので略。

4.鶴岡八幡宮の御鎮座記念祭はものすごく盛大なお祭りなのだけれども、
ただそれだけなので略。

ただ、その中でものすごく僕の興味を引くものが有った。
それは人長が行う「神降ろし」
人長(にんじょう)とは御神楽の儀を奉仕する神楽人の長で、進行を司る人。
吾妻鏡の中で、頼朝が京都から神楽人を招いて、鎌倉に普及させたと言う記事が有り、
今回「そうなのか」と思ってしまった。
この鶴岡八幡宮の御鎮座記念祭で行われる神楽の中で、人長は最初に神を降ろす。
一般の神社で行われる神楽(里神楽)とは違い、
人長が舞(人長舞)を舞うこの神楽は「御神楽」で、元は宮中で行われていた。
その由来は天岩戸の前でアメノウズメが踊った舞になぞらえている。
御神楽は「本役(神迎え)」、「中役(神遊び)」、「後役(神送り)」の3つからなり、
15の曲からなる組曲で、そのうちの「早韓神」と「其駒」の時のみに人長舞が行われる。
手に持つ榊には、
「グミの木の枝」を円い輪の形に折り曲げた上に胡粉が塗られた「鏡の輪」が結び付けられ、
これを「日の御像(みかた)」とか「八咫鏡(やたのかがみ)」の形と伝えられている。
非常に神聖な物で、神鏡を表していると伝えられているらしい。
ネットから写真をお借りして載せる。(八坂神社HPより)


おぉー!やっぱりと思った。
卑弥呼の鏡じゃん。
何故神社には鏡が祀られているかと言うと、
天照大御神が「これを私だと思って枕元に置きなさい」と言った、
つまり鏡は天照大御神を象徴するものだからなんだけれども、
何故そうなったかと言うと、
僕は昔は神に使える乙女が、民衆の前で胸元に鏡を持ち、
鏡に映った太陽があたかも巫女に乗り移ったかのように見えることから始まったと思っており、
これが神降ろしの始まりだと思っているからである。
つまり卑弥呼が鏡を大事なものとしたのは、
民衆の前で自身に(鏡に太陽を映すことにより)太陽神が乗り移ったと言う演技をする為で、
そのせいで(多くの民衆から見えるように)八咫(鏡の寸法で約46cm)鏡の大きさになり、
それ(神を鏡に降ろす)が御神楽にも伝わったのだろうと思う。
卑弥呼の行う「神降ろし」の儀式に集まった数千に及ぶ人達は、
卑弥呼の胸元に掲げられた大きな鏡に反射する太陽の光を見て、
卑弥呼に太陽神が乗り移ったのを目の当たりにして、恐れおののき、
その後に卑弥呼が大きな声で述べる御神託を聞き、
それに従わなければいけないと感じたのではなかろうか?

この「鏡=太陽を映して太陽神を巫女に降ろしたように見せる」と言うのは、
学者の先生方は誰も言わないけれど、僕は昔からそうなんだと思っていたので、
今回、それが(何故か鶴岡八幡宮の神楽で)証明されたと思った。
なので、おぉー!やっぱりと思ったのである。
なお、付け加えて言うならば鏡を神降ろしに使ったのは民衆の前だけではない。
古事記の天岩戸の出来事の際には、卑弥呼を天岩戸から引き出す為に三種神器を作る。
(天岩戸の時代にはまだ須佐之男命は八岐大蛇を退治していないので実際は2種の神器)
僕はこれが三種の神器の由来で、
天皇家が皇位の継承を行うに際して三種の神器を必要とするのは、
皇位の継承に際して神を降ろし、立ち会っていただくためだと考えている。
それが人長舞の神降ろしの儀式として宮中に残っているのだと思っている。
邪馬台国はどこにあったか(その57)古事記や日本書紀の神話は 単なる神話なのか?その2

5.の長勝寺の大国祷会成満祭は「世界平和」と「除厄開運」を願う立派な祈祷で、
日蓮宗の中山法華経寺で100日間の寒の大荒行を達成した修行僧たちが、
出身の寺に帰り、檀信徒・寺の関係者に成満を報告する物なのだそうだけれども、
ただそれだけで面白くないので、罰当たりな僕は略。

講義はなかなか為になるものだったけれども、僕にとっては特に「神降ろし」が大事だった。
一つ自分の考え(古代の鏡の使われ方)に自信が持てて良かったと思った。





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最終更新日  August 6, 2024 08:27:57 AM
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