日本を征服だ!

日本を征服だ!

PR

×

カレンダー

キーワードサーチ

▼キーワード検索

プロフィール

ぼくとしちゃん

ぼくとしちゃん

フリーページ

August 5, 2025
XML
カテゴリ: カテゴリ未分類
昨日、漢字が日本に伝来したのは偉い学者先生の説である、
「朝鮮半島の百済から王仁という人物が『論語』と『千字文』を献上したことが、
 書物として公式に伝来した最初なので5世紀頃」
と言うのが誤りで、
魏志倭人伝には魏の皇帝から卑弥呼に送られた文書さえ載っており、
それを「卑弥呼にとって都合の悪い文書ではないか」吟味する卑弥呼の部下が居たと、
魏志倭人伝に載っているのだから、
漢字が伝来したのは少なくとも3世紀よりも前で、
下手をすると紀元前1世紀には日本に漢字は伝わっていたと思われると書いた。


卑弥呼の使いとして魏に渡った難升米って、
先生によって「なんしょうまい」と読んだり、「なしべ」と読む先生がいるけれど、
本当は別の読み方が有るのではないだろうか?
魏志倭人伝の該当部分を見てみる。
<原文>
景初二年六月 倭女王遣大夫難升米等詣郡
求詣天子朝獻
太守劉夏遣吏将送詣京都
其年十二月 詔書報倭女王曰
制詔 親魏倭王卑弥呼
帶方太守劉夏遣使 送汝大夫難升米 次使都市牛利

汝所在踰遠
乃遣使貢獻是汝之忠孝
我甚哀汝
今以汝為親魏倭王 假金印紫綬
装封付帶方太守假綬

(以降略)
<意訳>
景初二年(238年)六月、倭の女王は、大夫の難升米等を派遣して帯方郡に至り、
天子にお目通りして献上品をささげたいと求めた。
太守の劉夏は官吏を派遣し、難升米 等を引率して送らせ、都(洛陽)に至った。
その年の十二月、詔書が倭の女王に報いて、こう言った。
制詔、親魏倭王卑弥呼
帯方太守、劉夏が使者を派遣し、汝の大夫、難升米と次使、都市牛利を送り、
汝の献上した男の生口四人、女の生口六人、班布二匹二丈をささげて到着した。
汝の住ん でいる所は遠いという表現を越えている。
すなわち使者を派遣し、貢ぎ献じるのは汝 の忠孝のあらわれである。
私は汝をはなはだいとおしく思う。
今、汝を以て親魏倭王と為し、金印紫綬を与え、
装封して帯方太守に付すことで仮(かり)に授けて おく。
汝は種族の者(つまり倭国の人々)を安んじ落ち着かせるそのことで、
魏に孝順を為す(おとなしく魏に従うようにさせる)よう勉めよ。

ここで注目すべきことは、難升米に官職である「大夫」がついていることである。
太夫は中国の偉い人の官職名で、なんと邪馬台国でも同じ官職名を使っていたのだ。
しかも中国で「大夫」とは、Wikiを見ると以下のように書かれている。
<Wiki「大夫」抜粋>
大夫(たいふ、だいぶ、たゆう)とは、本来古代中国における身分呼称のひとつ。
日本では太夫(たゆう)とも表記し、律令制では太政官においては三位以上(大臣ではない)、
寮においては四位以上、中くらいの国以下の国司においては五位以上の官吏の称とされたが、
やがて時代が下ると五位の通称となり、
さらに転じて身分のある者への呼びかけ、人物の呼称として色々な意味を持つようになった。
(元々は中国の周代から春秋戦国時代にかけての身分を表す言葉だったらしい)
つまり、官職名そのものが中国から輸入されたものだったのである。

僕は以前、卑弥呼が狗奴国と戦っている時に、
最初は魏は卑弥呼を助けようとしていたが、そのうちに見放され、
それを敏感に嗅ぎ取った倭国の王達も卑弥呼から離れて行っており、
そのせいで、邪馬台国の官である「伊支馬」や一大率さえも非協力的で、
本来ならば官の「伊支馬」が魏への使いとして行くべきなのに、
どの程度の地位なのか不明な難升米が行っているのは、
もう卑弥呼が落ち目だった証拠に違いないと思っていたのだが、
今回それが誤りだったと分ったのである。

実は難升米は官の「伊支馬」よりも偉かったのかもしれない。
今までは学者もアマチュアも僕も、
みんな「難升米」と言う名前だったんだと思っていたんだけれども、違うのかも?

後漢書の中で奴国の王が使者をよこした記録がある。
<原文>
建武中元二年倭奴国奉貢朝賀
使人自稱大夫
倭國之極南界也
光武賜以印綬
安帝永初元年倭國王帥升等獻生口百六十人願請見
<意訳>
建武中元二年(57年)倭の奴国が貢を奉り朝賀した。
使者は自ら大夫と称した。
倭国は之(これ)国の最南端まで極めしなり。
(「ここを倭国が極南界なり」と読む人がいるが、漢文の切り方が悪いせいで、
 僕がそうしたようにこのように区切れば、ちゃんとこう読めるのである。
 これは後世の倭の五王の「武」が中国に送った上表文に書いてある以下の分に対応している、
 宋書の中に書かれたそれには、
 「わたしの国は,はるか遠いところにあって, そう からいえば海外の国になっています。
  私の 父祖 ふそ たちは,みずからよろい・かぶとに身を かた め,山や川をわたり歩いて,
  おちついて休息するひまもありませんでした。
  そのおかげで,東では 蝦夷 えみし の55か国を平らげ,西では 熊襲 くまそ の66か国をおさえ,
  さらに海をわたって 朝鮮 ちょうせん 半島の95か国をしたがえました。」
 つまり中国の皇帝に認めてもらうには、その地域を平定し、安定している必要が有り、
 倭國王帥升は最南端の地まで平定したと主張する必要が有ったのである。
 単に自国がどこにあるかを説明しても印綬を授かることはできない。)
光武帝は印綬を賜った。
安帝永初元年(107年)倭国王の帥升等が百六十人の捕虜を献じ、
参内して天子にお目にかかることを願い出た。

これを読むと倭王は「大夫」を使者として派遣している。
つまり「大夫」は「官」よりもずーっと偉いのかもしれない。
なおかつ、もう一つ気がついたことが有り、こちらがより重要である。
難升米とは本当は「奴の升米」と読むのではないかと言うことである。
この時期、魏志倭人伝に書かれている通り、奴国は女王卑弥呼の配下にある。
そして奴国のトップが「大夫」の「升米」だったのではないだろうか?
「升米」はかって倭王だった「帥升」の孫か曾孫だったのではないだろうか?
生まれた子に親や祖父から一字を与えて後を継がせると言う例は後世にはいくらでもあるが、
この時代にも同じ考え方があって、
倭の王族の中で直系の人間は「升」の字を引き継いでいたのではないだろうか?

それに気がついたので、僕は前の官「伊支馬」が使者として送られずに難升米が送られた、
その意味に気がついたのである。
実は難升米はものすごく偉い人で、「伊支馬」や一大卒よりも地位が高かったのかも?

難升米が「奴の升米」で、かっての奴國王=倭國王の子孫だと考えた人はいないと思う。
うーん面白い。

<後日追記>
読み返していたら、上とは別の可能性を思いついてしまい、
迷っている。
上に書いたお祖父さんかひいお祖父さんの名前から1文字「升」をもらったと言うのも
良い可能性が有ると思うのだが、
それよりもさらに面白い可能性である。
そもそも「難升米」は名前ではなく、彼が魏の宮廷で自分の役職と言うか名前を名乗り、
それを中国側が名前だと勘違いして記録に残したのを、
魏志倭人伝を編纂する際に陳寿がそのまま書いてしまったのではないだろうか?

その可能性とは「難升米」を「奴の升米」と考える所までは同じなのだが、
「升米」を「すめ」と読むのである。発音的には「しょうめ」と「すめ」の間くらい。
では「すめ」とは何か?
「天皇(すめらみこと)」の「すめ」である。
すめらみことの「すめ」は物事を為すの「為す」を表す「す」と、
「見る」ことを表す「め」から構成される言葉で、統治するとか支配すると言う意味である。
また「みこと」に関しては説明の必要もないくらい、当時の倭人の名前にはくっついているが、
「ら」を接続助詞と考えると意味が通じる。
つまり、「奴の升米」とは「奴のすめ=奴の統治者」と言う意味である。

魏志倭人伝によると奴の王は卑弥呼であるが、
奴と女王国は遠く離れており、実務的に奴国を統治する人間が卑弥呼以外に必要である。
それが「難升米」だったのだと思う。
それ故に彼は卑弥呼に次ぐNo2であり、
卑弥呼に変わって魏に使者として赴いたのだと思う。
そして魏の宮廷で、自分は奴の統治者だと言うつもりで「奴の升米」だと名乗ったのだ。
それを中国側が誤訳して名前だと勘違いして、宮廷の記録に残してしまった。
後年、三国志を編纂する際に陳寿がそのまま引用してしまった。
それで「難升米」として魏志倭人伝に載っているのである。

そう考えると「天皇(すめらみこと)」とは本来は奴国の王から始まった言葉で、
それが今日まで続いているのかもしれない。
上の方に書いた「升」を1字もらったと言う案も良いけれど、
こちらの方が面白いかな?
僕はアマチュアなので、勝手に想像しても良いと思うので、こちらが良いかな?





お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

最終更新日  August 9, 2025 10:57:51 PM
コメント(0) | コメントを書く


■コメント

お名前
タイトル
メッセージ
画像認証
上の画像で表示されている数字を入力して下さい。


利用規約 に同意してコメントを
※コメントに関するよくある質問は、 こちら をご確認ください。


【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! -- / --
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
X

© Rakuten Group, Inc.
Design a Mobile Website
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: