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December 11, 2025
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12月4日はわの会のイベントで横須賀市の中心地の寺社を廻った。
ルートはこんな感じ。


いつもに比べると平坦な道で距離も短い楽な行程だった。
最初は京浜急行の汐入駅に集合して、まずは「どぶ板通り」を歩く。


「どぶ板通り」とは米海軍横須賀基地から京浜急行・汐入駅にかけてのエリアである。
大正時代のどぶ板通りには、川幅1m半位の下水が流れていて、
その上に厚い板の蓋がしてあったことからそう呼ばれるようになったらしい。
ドブ板通りはスカジャン誕生の地である。
ある日、兵士が訪れ持参のジャンパーに刺繍を頼んだところ、

その生地に刺繍を施しジャンパーに仕立てたのがスカジャンの始まりなのだそうだ。
でも話に聞いていたほどはにぎわっておらず、ちょっと寂しい。

通りの敷石にはあちこちに「手形」が有る。


うーん、王さんはここの出身なんだっけ?墨田区の本所の出身だと思ったけれど?
つまり手形はここの出身だからと言うわけではなく、何らかのゆかりがある人と言うことなんだ。
阿木煬子なんかはここの出身だよな。
上のルート図で言えば、左下の龍本寺に向かう道の途中を右に折れた付近に、
「これっきり坂」と言うのが有って、
山口百恵の「横須賀ストーリー」の中の「これっきり、これっきり、これっきりですか~」の
歌詞の元になった坂だと言われているそうだから。
でもガイドさんにそう言っても話が通じなかった。


下の写真は「横須賀ネィビーバーガー」の「TUNAMI]と言うお店。鉄人28号だ。


美味しいのかなぁ?まだ食べたことは無い。
角には潜水艦が埋まった?お店も有る。


艦マニアと言うお店で、この日は閉まっていたけれど、
海軍カレーなどの横須賀名物を売っているお店らしい。ようはお土産屋さんだな?




新編相模国風土記に載っていると言うことは江戸時代から有ると言うこと。
ちょっとお地蔵さんの雰囲気じゃないな。

途中ちょっと横道に入って、諏訪大神社へ向かう。


ここでガイドさんが神々の系譜について教えてくれた。


いつも思うのだけれど、
何故、大国主がスサノオの息子になっているのだろうと思う。
古事記では大国主命は兄神達にうとまれて2回も殺され(かけて)、
出雲から逃げ出して木の国(紀ノ國=和歌山)へ向かい、そこからさらにスサノオの国まで逃げて、
スサノオから試練(山の火の中から助けてくれたねずみの話が有名)を与えられて、
それをクリアーして娘のスセリヒメを嫁にもらう。
息子じゃなくて、娘の婿つまり義理の息子じゃん。
しかもスセリヒメはスサノオの五代子孫なんだよな。どうなっているんだろう?
上の資料には大国主命には奥さんが載っていないし。
まぁ神様だから年齢は関係ないし、いいか。

そして一番変なのは下の話。


これは諏訪大神社の由来の所に書いて有ったんだけれども、
古事記や日本書紀とは全く違う。
タケミナカタと事代主は「国譲り」に出てくる神で、
確かに大国主命の子供なんだけれども、
タケミナカタは天照大御神が派遣した武御雷神に力比べで負けて、諏訪まで逃げて行き、
「この地(諏訪)から外には出ませんから命だけはお助けを!」と命乞いをしたはずなんだよね。
それが何故か上のように全然違う神様になっている。
何を根拠にこんなことを書いているんだろう?
よく「神社の由来書」に書いているからとか、「神社の古い書物に書いてある」のを根拠に、
「邪馬台国はここにあった」などと言う人がいるけれど、
神社に残っている書物って怪しいのが多いからなぁ。

実は前にも書いたけれど、関東には天照大御神を祀った神社はほとんどない。
摂社や末社として申し訳程度に祀った神社はあるが、
ほとんどは素戔嗚命や大山祇命と大国主命(大国魂を含む)である。
つまり天照大御神の敵方の出雲系の神様を祀っている場合が多い。
なので、僕は国譲りと言うのは本当に有った話で有り、
出雲の神様達(実際は人間)は尾張や諏訪そして関東に逃げたんじゃないかなと思う。
だから鎌倉幕府や徳川幕府は、東国に逃げた出雲勢力の反撃で、一時期出雲勢力が実権を握り、
明治維新はそれに対する大和勢力の反攻だったんじゃないかと思っている。
だって薩摩や長州は西方の勢力だから。
そう考えると、ここに諏訪大神社が有って、
上に書いたような話が伝わっていてもおかしくはない。
つまり諏訪の神=タケミナカタの正当性を主張する文なんである。

まぁそれはそれとして次は良長院に行く。


うーん龍がいる。
曹洞宗のお寺で建長5年(1253年)に没した瀬尾重兵衛良長が横須賀郷泊浦に創建したのが始まり。
見ることはできなかったが、本尊は「南蛮鉄製」の薬師如来で珍しい。

脇には出世閻魔が有る。


出世閻魔って何?調べてみたけど分からない。
でも地元では親しまれており有名なんだそうだ。
何故「出世」なんだろう?地獄で出世って???

ここを出ると横須賀の中心街に出る。
三笠ビル。


三笠丸は他の地域の人には有名ではないが、横須賀では親しまれている戦艦。
今でも猿島に渡る港部分に「現物」が残っている。


あの銅像は東郷平八郎さんだな。

次は徳寿院なんだけれども、坂がきついので今日はン下から眺めるだけだそうだ。


正解だと思う。登っても疲れるだけ。

次は中里神社の予定だったんだけれど、ここは省略。
そして今日のメインである龍本寺に向かう。


龍本寺は、鎌倉時代に日蓮聖人が生誕の地である房総半島から鎌倉をめざして、
三浦半島へ舟で渡った際に滞在した米ヶ浜(かつての深田村。現在の横須賀市米が浜通深田台周辺)
に建立された、御浦法華堂(三浦法華堂)を前身に持つ寺院である。
近隣では、「米ヶ浜のお祖師さま」と呼ばれて親しまれているらしい。
立宗·布教のために旅立って以降、日蓮を開山に仰ぐもっとも古い寺院のため、
日蓮宗最初の霊場とも言われている。
(一般的には、日蓮宗最古の寺院は、鎌倉の妙本寺とされている)

現在の龍本寺は、海岸線からはだいぶ離れた内陸の切り立った高台の上に建っているが、
明治前期まではこのすぐ下まで海が迫っていて、
この海岸は「米ヶ浜」と呼ばれていた。
日蓮は、海路で米ヶ浜に到着すると、
海岸にあった岩窟の中で37日間に渡って祈願した後、
鎌倉へと旅立って行ったと伝えられている。
龍本寺の崖下には、この岩窟の跡とされる場所が今も残っていて、
「お穴さま」として親しまれている。
今回はそこまでは行けなかったのでネットから写真をお借りして載せる。


日蓮が鎌倉をめざして三浦半島へ船出した際、
嵐のため、舟底に穴があいて海水が侵入してきたと言われている。
この時、日蓮がお題目を唱えると、一時に風波が静まり、舟底の穴もふさがっていた。
これは、舟底の穴に「アワビ」が密着していたためと伝えられている。
その後、日蓮を乗せた舟は、現在の東京湾に浮かぶ「豊島(現在の猿島)」にたどり着いた。
すると1匹の白猿が近づいてきて、日蓮の衣の裾を引いて、陸の方を指した。
日蓮は白猿が指した陸の方へ再び船出したが、
浅瀬の海岸だったため、進みかねていました。
そこヘー人の男が現われると、日蓮を背負って米ヶ浜の岸辺までお連れしたと言われている。
(公卿村=現在の三春町の石渡家の先祖で石渡左衛門尉なのだそうだ)
この男の足から血が流れているのを見た日蓮は、
人々が「サザエ」の角で傷つくことがないようにお題目を唱えた。
それ以降、この辺りで獲れる「サザエ」には角がなくなったと伝えられている。
これらの、日蓮を救った「アワビ」と「サザエ」は龍本寺の寺宝として大切に護られてきている。


また龍本寺の本堂の彫刻には、寺名にも含まれている立派な「龍」が彫られている。
そしてよく見ると、この龍は「角なしサザエ」を握っているのが見える。


でも「あわび」はどこにあるの?

龍本寺には芸術的な彫刻が多いので、見ると楽しい。


そして今回不思議に思ったのは本堂の屋根飾り。


日蓮宗の紋が有るのは当然なんだけれども、その下に三浦の紋が有るのは何故?
調べてみると、上の方に書いた、日蓮を背負って足から血を流した人物は石渡左衛門尉で、
彼は日蓮により法華経に帰依して、ここに法華堂を建て、それは御浦法華堂と呼ばれたらしい。
地名の御浦と三浦一族の関係がどうなのかは分からないが、
これが三浦の紋が有る理由かもしれない。

最後は諏訪神社にお参りした。


ここの狛犬は両方とも口が開いている。


通常の神社では、狛犬は左右で阿吽の形をなし、
右側の狛犬は口を開けた阿形で物事の始まりを示し、左側の狛犬は口を閉じた吽形で終わりを示し、
合わせて「始まりから終わりまで」つまり森羅万象を表しているのだけれども、
最近はそのような難しいことを考えるのは流行らず、
両方とも口を開けた阿呆な狛犬が増えているのだそうである。
ちょっと嘆かわしいけれども、時代の流れなので仕方ないのかも?

そんな感じでわの会のイベントは終了しました。






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最終更新日  December 11, 2025 05:09:36 AM
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