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制作:2000年(ドイツ、デンマーク)監督:ラース・フォン・トリアー評価:☆×4チェコスロバキアからアメリカに移住してきた女性・セルマ。女手一つで育てている息子の手術費と稼ぐため、彼女は日夜働き続ける。彼女ががむしゃらに働く理由――それは、自分の視覚障害がしっかりと息子に遺伝していたから。視力が薄れゆく中ですら悲観的にならず、大好きなミュージカルに生きた彼女。何も知らないということは腹立たしい、そして美しい。幸せとは何か、愛とは何か、母とは何かあまりにも身近で、近すぎるが故に深く考えない物。考えたところで答えが出ないものを監督なりに表現した作品です。この映画を見て思ったことは、主人公のセルマは統合失調症ではないかということです。嫌なことや不安なことがあると彼女は決まってミュージカルの世界に浸ります。周りの雑音たちがリズムを刻み、常に彼女が主役。「あぁ~仕事怠いなぁ」→工場全体がミュージカル「目が見えてないってバレちゃった!?」→すぐ横を通り過ぎる列車がミュージカル「ビル殺しちゃったよ~」→ビルが許してくれて、その嫁が逃げなさいと言うミュージカル「みんな私を責めないでよ~」→裁判所がミュージカル「死刑台怖いよ~」→死刑台まで107歩のマーチ「死ぬの怖いよ~」→本当は主役で出たかった芝居のミュージカル彼女の感情の逃げ場は全て脳内ミュージカルに集約されていました。そう、ミュージカルは彼女の生きがいであり人生そのものだったのです。「セルマがあまりにも可哀そうで救われない映画だ。こんな映画大嫌い!」と言う人が多いようですが、皆さんはなぜそう思われるのでしょう。彼女はいずれ失明してしまうことを知りながら、自分自身で子供を産む選択をした。そして移住先のアメリカで親切な人が差し伸べてくれる手を素直に握らなかった。純粋であったからなのか、それとも自分を悪者に仕立て上げたかったからなのかは分からないが、裁判では明らかに自分に不利な証言をした。全て彼女が招いた不幸であり自業自得ではありませんか?先天的な視覚障害や父親を亡くしていることには、もちろん同情しましょう。しかしそれ以外のことは彼女が根源です。私には彼女が自身の人生を山あり谷あり谷まみれのミュージカル風にディレクションして、終わりを告げる最後の歌は嫌いだから最後から2番目の歌を歌いながら幕を閉じた…としか思えないのです。セルマの金を盗んだビルは確かに根性が悪かったですよ。遺産を餌に結婚したものの、浪費家の妻を引き留めるには足りなかった。だからセルマが必死で貯めた息子の手術費を盗った。この腐れ外道が!と私も思いました。でもビルも本当に愛されたことがなかったからこんなことをしてしまったわけで、想い慕っている妻に最期まで自分を悪者扱いしてほしくなかったのでしょう。もしくは死ぬことで本当に愛されると思ったかも知れません。愛を知らない者が振りかざしたエゴが、セルマに突き刺さったというわけです。セルマは不運の星の元に生まれました。しかし人生を更なる不幸に招いたのは彼女自身であり、彼女もまたその悲劇のヒロインであることを望んでいたようにも見えました。個人的には「必要なのは母親じゃない!目よ!」というセリフが一番好きです。その一言に息子への愛が凝縮されているように感じたので。見方は様々でしょうが、そんなに悪くない映画でしたよ、たぶん。
2013.09.29
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製作:2012年(アメリカ)監督:リー・ダニエルズ評価:☆☆☆☆☆ @シネマート新宿1969年、むせ返るような暑い夏の日、黒人差別が色濃く残るアメリカ南部フロリダ州である事件が起こる。大学を中退し、新聞配達を手伝いながら張り合いの無い日々を過ごしていたジャック。そんなところに新聞記者である彼の兄ウォードと相棒ヤードリーが、この事件の捜査のためフロリダに戻ってきたことから話は始まる。死刑囚ヒラリーの冤罪疑惑を晴らすため、捜査を依頼してきた謎の女性シャーロット。妖艶な魅力溢れる彼女に翻弄されながらも炙り出されていく事件の真相。真実を追い求めた彼らが最後に辿り着いたものとは…この映画の舞台となった60年代後半は公民権運動が盛んで差別撤廃を求める声も大きかったのですが、まだまだ人種差別がまかり通っていた時代です。当時はなにも黒人ばかりではなく、「プアホワイト」と呼ばれる白人の貧困層も差別の対象でした。死刑囚ヒラリーもご多分に漏れず、このプアホワイトと呼ばれる貧困層でした。そういった背景から、ウォードたちはまともに裁判も受けさせてもらえないヒラリーの捜査に躍起になったのでした。突然現れた謎の女性シャーロットは実はヒラリーの婚約者。彼女は100人以上の囚人と文通をし、その中のヒラリー死刑囚との獄中ロマンスに夢中になったのでした。そんな彼女に心奪われる青年ジャックを尻目に、ヒラリーにお熱なシャーロット。平凡でまっすぐで手を伸ばせばすぐ届いてしまうような愛より触れることすら許されない前途多難な愛の方が自分にはお似合いだと彼女は思ったのでしょう。捜査を進める中でウォード一行はヒラリーに面会に行くのですが、そこで事件は起こります。その名も「エアセックス事件」囚人との接触が許されないなか、ヒラリーとシャーロットはお互いの欲望をぶつけあうのです。「股を開いて、ストッキングを破れ!」というヒラリーの指示に従い、喘ぎ悶えるシャーロット。そして我がモノに触れることなく数分で果てるヒラリー。狂気と妖艶さが入り混じる演技に思わず見入ってしまいました。捜査も佳境に入り、また大きな事件が起こります。その名も「ウォードの性癖が弟にバレる事件」実はジャックの兄ウォードはゲイでその上ハードMで黒人好きだったのです。バーで酔った勢いで声を掛けた黒人に、モーテルでボッコボコにされている所を弟に救出されたことでその性癖があらわになってしまうのです。しかもウォードが重傷で記事が書けないのを良いことにヤードリーは確かな証拠もないまま自分の出世のため「ヒラリー無罪」を匂わす記事を書いてしまうのです。冤罪を疑ったことから捜査を始めたウォードでしたが、確証なしにヒラリーが無罪放免になることは望んではいませんでした。自分の粗相で真実が闇に葬られてしまったことを悔い、彼は自暴自棄になります。後にヤードリーが「あいつはニガーが好みなんだよ。だから俺のをしゃぶらせてやった」などとウォードを罵る言葉をジャックに浴びせたところから察するに、端からウォードを踏み台にする気で捜査に付き合っていたのではないかと思いました。世間で人種差別が取り沙汰される中、ウォードも性のマイノリティとして差別を受けていたことが痛いほど伝わってきました。ヒラリーとの暮らしに辟易していたシャーロット。シャーロットを連れ戻したいジャック。ヒラリーの無罪に疑心を募らせていたウォード。衝撃のラストが待っていますが、それはご自分の目で確かめてみてください。全てを見て思ったのはやはりヒラリーは保安官殺しの犯人だったのではないかということです。白人、黒人に対するコンプレックス、独占欲の強さ、エゴの塊…彼の人格はどう見ても正常とは言い難いように私には思えました。何が正義で何が悪なのか――サブタイトルの通り、まさに引力のように引き込まれる映画でした。
2013.09.11
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制作:2007年(ハンガリー)監督:ガーボル・ロホニ評価:☆☆☆☆僅かな年金だけでは生活が立ち行かず取り立てが続く日々。“最後の誇り”であったダイヤのイヤリングを借金のカタに差し出してしまった妻を見て、どこかがぷっつんと切れてしまった夫が強盗をおっぱじめるお話です。最初はやむ終えずやってます感が漂っていた強盗も、妻の煽りを受けて大胆になっていく姿には少々ニヤニヤしてしまいます。いくつになっても男は男。女の前ではカッコつけたいんですよね。「あんなあなたを見るのは初めて!」なんて言いながら忘れかけていた愛情を取り戻したりして、妻も満更ではない様子がまた良いんですよね。そんなラブラブな逃亡劇も顔が割れている以上長くは続きません。無茶な逃亡を図った際に車で轢いてしまった婦人警官を人質に取り、ロッジに立て篭もる2人。廃れたロッジにやってきた理由は、30回忌を迎える息子を一目拝むためでした。「これから行く所に君は必要ないんだよ」と言葉数少なく夫は婦人警官を解放し、彼女が身籠っていることを悟った妻は「絶対にお腹の子を大事にしなさいね」と一声掛けました。50年来の愛車に乗り込み、無謀にも行く手を阻むブルドーザーに突っ込む二人。炎上する車にその場の誰もが悲哀の目を向けました…30年間夫が運転手を勤め上げたという誇りが詰まった、愛車の58年製チャイカ。途中強奪という手段ではありながらも取り戻した、2人が結ばれるきっかけになったダイヤのイヤリング。大事な思い出と誇りを胸に散って行く姿は、潔くもあり切なくもあり、社会が抱える問題を訴えかけてくるような最期でした。とは言いつつも、運転席のクマのぬいぐるみ、夫婦死亡事故のニュースを見た婦人警官が浮かべた笑みから察するあたり、2人はチャイカには乗っていなかったんでしょうねぇ…俺の誇りなんぞくれてやる!って爺さんカッコイイぜ!私たちは生きている以上、社会というコミュニティからは逃げられません。国家の主権や社会制度に翻弄されながら生きていく他ない、でもやっぱり抗いたい!映画でした。
2013.09.11
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制作:1996年(フランス)監督:クロード・ニュリザニー、マリー・ペレンヌー 評価:☆☆☆☆☆私たちにとっては何の取り留めもない草原であっても昆虫たちにとってはとてつもなく広い広い宇宙である…タイトルの通り、身近な小宇宙にクローズアップした映画です。私たちが身づくろいをするように昆虫たちも顔を洗い、羽を整え、鎌を磨き、尻を拭く。アブラムシを食べに来たテントウムシをアリは強靭な顎で追い払い蜜を採るミツバチの尻にはそっと花弁が近づく。小さな世界は私たちが思っている以上にずっと過酷で、利益を前提にした共存の上で成り立っています。ねっとりとしたカタツムリの交尾は何よりも妖艶で淫靡。相反してテントウムシはカサカサカサと全身を震わせ数十秒で終わる。昆虫の世界にもポリネシアンセックスとみこすり半は存在するのです。眼前の尻を追いかけ連なって歩く毛虫が、終には列から輪になってしまう姿やフンコロガシが転がす糞に枝が刺さり奮闘する姿には思わず笑みがこぼれました。干からび、ひび割れた大地に雨が降り注ぎすべての生命に潤いを与えます。私たちには何でもない雨粒も彼らにとっては滝のようなもの。葉に雨が落ちた衝撃でテントウムシは転がり水上で生活するアメンボでさえも大慌て。やがて雨がやみ、晴れ間が差し込むようになるとまたいつもと変わらない生活が始まります。雨が恵みであり脅威であることは人間にとっても昆虫にとっても変わらないのですね。息を呑むような美しい映像に遊び心を感じるコミカルな音楽。73分に小さくて大きな世界を詰め込んだ素敵なドキュメンタリー映画でした。虫の大群や羽音が苦手な私は何度か身震いする瞬間がありましたがそれを差し置いても見る価値のある作品だと思います。
2013.05.18
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製作:2006年(スイス)監督:ベティナ・オベルリDVD鑑賞☆×4 夫に先立たれ、ふさぎ込んだ毎日を過ごしていたマルタ。ですが、村の合唱団の団旗の修繕を頼まれたのをきっかけに裁縫に腕を振るっていた昔を思い出し80歳にして夢だったランジェリーショップを開くというお話です。あくまでも私のイメージですが田舎というのは今も昔も輪を乱すことを嫌い新しいものを拒む保守的な傾向があると思います。マルタの住む村は私が思うその「田舎」で村人たちはランジェリーショップを開店したと聞くと否や卑猥なものを売り出して けしからんだとか夫に先立たれてとうとう頭がおかしくなったのかだとかやはり否定的な意見を浴びせます。そんなときマルタの支えになったのが友人という存在。そもそも店の開店も友人リージの後押しがなければなし得なかったことでしょう。かの有名なナポレオンやチェ・ゲバラのような革命家にもリージのような心強い見方がいたのかもしれません。マルタ自身勇気を振り絞って店を開店しいろいろ言われながらも店を続けることで周りの人たちに変わる勇気を与えたマルタ。マルタから友人へ、さらには村全体へ、そしてこの映画を見る者たちへ勇気が勇気を生むとはまさしくこういうことを指すのでしょう。もう歳だけど…夢を追おうもう歳だけど…恋をしようもう歳だけど…免許を取ろうやる前に諦めるなんて馬鹿みたいじゃないと勇気付けてくれる孔子の教えのような素敵な映画でした。【27%OFF】[DVD] マルタのやさしい刺繍
2011.09.11
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製作:2011年監督:松本人志新宿ピカデリーにて☆×2劇場で女連れのユウキロックさんを見かけたので、見に行ったのは映画が1000円の7月1日だったと思います。刀は捨てても鞘は捨てきれない堕ち侍・野見勘十郎。無断で脱藩したことから勘十郎の首には賞金がかけられ、様々な刺客から娘と共に逃げ続けるもとうとう捕らえられることに。しかし勘十郎を捕らえた藩の方針はすぐに討ち首にするのではなく、母親の死が因で悲しみに暮れる若君に笑顔を取り戻させる「三十日の業」を科すというもの。三十日以内に若君を笑わせれば無罪放免、できなければ死罪。そんな一風変わった業に娘たえと共に挑む姿を追ったお話。私は野見さんに特別な思い入れがあったので、評価は☆2つですが実際のところ内容は☆1つと言ったところでしょう。というのも、何を伝えたいのか全くわからない映画だったからです。勘十郎は娘を持つ身でありながら職に就かない。沢山の人にお膳立てしてもらい、その甲斐あってまた生きることを許されかけたにも関わらず自ら命を絶ってしまった。しかも唯一自分を信じる娘を残して。そんな身勝手な父親に一人残された娘がどうして最後あんなに笑えるのでしょう。何も考えずに見れば、娘に「最後くらいは侍らしく御自害ください」と言われたことと、殿様の御慈悲という言葉を受けて、忘れかけていた侍のプライドに火がついた…みたいな見方になるのでしょうが、よく考えればこんなのただの身勝手な奴ではないですか。だからなぜ感動した人がいるのかさっぱり分からないのです。野見さんの一人相撲の面白さは評価しますが、映画の作りとしては評価できないものだったと思います。松本信者の方は押さえておくべき作品なのでしょうけどね。
2011.08.05
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製作:1986年(アメリカ)監督:ロブ・ライナーVHSを自宅で☆×4.524男で有名なキーファーサザーランドも出ていた今さらと言われれば返す言葉もないほど世に知れた映画なのですが、貴重なVHSが100円で売られていたので改めて拝見させていただきました。昔で言うガキ大将、まとめ役のクリス。突飛なことを言い放ち、狂気さえ感じる眼鏡っこテディ。もはやただのバカでしかない太っちょバーン。一見大人しそうで何も問題がなさそうなゴーディ。そんな12歳の少年4人組はある日、列車にはねられた少年の死体が山奥に野ざらしになっているらしいと聞きつけ、この死体を見つければ僕たちはテレビに出られてラジオにも取り上げられて有名になれるかも…ヤッホー!と意気揚々30km先の現場へ向かおうとするところから始まります。30kmという短いようで長い道のりが彼らを大きくしていきます。森で寝ていたところにコヨーテの泣き声が響き渡り交代で見張ろうというシーンがあったのですが、そこで父はアル中、兄は不良であるクリスがゴーディに秘密を打ち明けます。その秘密とはクリスが給食費を盗んだ事件の真相でした。実は盗んだことを反省して担任に給食費を返しに行ったのだと言います。でもその後彼が犯人だったとして停学処分を受けました。ではなぜ彼が重い処分を受けたのか…それは担任が彼の家庭環境の見られ方を利用して金をくすね、彼が盗んだということで処理したからでした。「どうせ父も兄もあれだから弟もやりかねん」そんな逃げようにも逃げられない世間の冷たい目から彼は次第に悲観的になっていたようでした。普段は気丈に振る舞い、仕切り上手で頼られるクリスでしたが特に仲の良いゴーディには弱い部分を見せたのでした。一方クリスの相棒ゴーディは数ヶ月前に事故で優秀な上にアメフトでも評価されていた兄を亡くしました。父親は葬式の場で「お前が死ねば良かったんだ」などと言う程露骨に愛情の偏りを見せる人物です。ゴーディも優しい兄が大好きだったのでどうして僕ではなくて兄が死んだのだと自分を追い詰めます。そこでもやはりクリスは「お前の父さんはお前の才能に気付いてないだけだ。 お前には才能がある! それに気付いている俺が守らなければその才能は消えてしまう」と励ますのです。距離をおいて人と接してきた私には羨ましい限りの深い友情で結ばれた4人。しかしその絆の裏には彼らの育つ境遇が大きく関わっていたに違いありません。結ばれるべくして結ばれた友情。心洗われるシーンと共に感慨深いものがあるいろんな意味で良い映画だったと思います。☆☆スタンド・バイ・ミー☆☆
2011.03.01
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ミックマック-オフィシャルサイト製作:2009年(フランス)監督:ジャン=ピエール・ジュネ恵比寿ガーデンシネマにて鑑賞☆×4.5私が大好きなアメリの監督を務めたジャン=ピエールが再度指揮を執ったと聞いたら見ないわけにはいかないということで、劇場に足を運んだのは約2ヶ月前。頼りない記憶を手繰りながら少し書こうかと思います。ビデオ店で働いていた主人公バジルはある日店外で発砲された流れ弾に当たって死の淵を彷徨うことになります。命は取り留めたものの頭には弾を残されアパートに帰っても、知らぬ間に部屋を引き払われている始末。職も家も失い、路上でパントマイムなどをして食いつないでいたバジルにある男が救いの手を差し伸べ、身寄りの無い者たちが肩を寄せ合い睦まじく暮らす中にバジルも混ぜてもらえることに。ある日 廃品回収をしている時に自分の頭に残された銃弾を作った会社と昔父親が踏んで死んだ地雷を作った会社が道路を挟んで向かい同士で建っていることを知り復讐を企てるというお話です。扱う題材がブラックなだけに重くなるかと思いきや終始笑っていられました。さすがジャン=ピエールと言ったところでしょうか。あと三谷幸喜が好んで毎回同じようなキャストで挑むようにアメリの時と同じ出演者が2人も出ていました。自分が気に入った演者を何度も使うというのは世界共通のようです。ただやはり彼のおめがねに叶う演者だけあって圧巻の存在感と演技力を見せつけられました。彼が作る映画の魅力の1つでもあるアコーディオンが奏でる心地よいメロディー。MP3プレイヤーに入れて持ち歩けばなんだか小銭がたくさん拾えそうな気がしますよね。気になった方は、劇場公開は終わっていると思うのでオフィシャルサイトで流れる音楽でジャン=ピエールな気分に浸ってみてはいかがでしょうか?☆☆アメリ☆☆アメリ オリジナル・サウンドトラック
2010.11.11
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セックス・アンド・ザ・シティー2製作:2010年(アメリカ)監督:マイケル・パトリック・キング渋谷シネパレスにて鑑賞☆×4結婚2年目、新婚当初ほどの熱はなく夫婦として落ち着いてしまったキャリー。御年52歳、更年期障害真っ只中でホルモンが手放せないサマンサ。手に負えない娘たち2人にストレスを抱えるシャーロット。いけ好かない上司に抑圧され発言することすら許されないミランダ。次女が泣き止まない、長女が大事なスカートにイタズラをする長女のイタズラを怒ってる間に次女がまた泣き出す…クローゼットに閉じこもって泣いてしまったシャーロットに過去に子育てで苦労した人や現在苦労している人は自分の姿を重ねたのではないでしょうか。最近虐待で罪のない子供が亡くなる事件が多発していますよね。私もこのシーンを見て胸が苦しくなってしました。舞台を中東に移した今回の作品では彼女たちには馴染みの薄い「イスラム教」によって引き起こされる様々なトラブルが非常に見ものです。イスラム教のことを少しでもご存知の方なら想像はつくと思いますが性的な表現はもちろんのこと女性は肌を見せることも許されない厳しい宗教ですのでご法度がとても多いのです。股間に塗りこんでいたホルモンを取り上げられ持ち込んだコンドームには非難轟々。彼女たちには向いてない国だということは見れば分かります。もちろん下ネタ大好きの私にも全く向いていませんね。いつものことながら衣装は華やかで笑いも散りばめられていますのでファッション好きの方、コメディー好きの方どんな方にでも楽しんでいただけると思います。今回の作品を見て興味を持たれた方はドラマも是非見てみてください。【送料無料】Bungee Price DVD TVドラマその他セックス・アン...価格:24,696円(税込、送料込)GyaOでも公開中ですSATCシーズン2SATCシーズン3
2010.08.18
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【ポイント10倍】バーバレラジェーン・フォンダ価格:1,500円(税込、送料別)製作:1968年(アメリカ)監督:ロジェ・ヴァディムDVD鑑賞☆×3主人公の女性宇宙飛行士「バーバレラ」がハレンチなことをしながら悪を懲らしめるエロティック勧善懲悪SFです。バーバレラの住む星では元来の私たちの性交渉は古臭くて気持ちを乱すので良くないとされています。ところが偶然落ちた星で危ないところを助けてもらったお礼をしたいと申し出た彼女にワイルドな毛皮男子は旧式の性交渉をしようじゃないかと持ちかけます。彼女はもちろん旧式なんてやだわと言いましたが押しに弱かったのか、好奇心が強かったのかとうとう彼女は行為に及んでしまいました。まるで禁断の果実を口にしたアダムとイヴのようですね。禁断の果実を口にしたアダムとイヴは裸でいることが恥ずかしくなりましたが禁断の行為に及んだバーバレラはただの淫乱になりました。淫乱であることが必ずしも悪いわけでもないらしく盲目の飛べない天使を旧式性交渉で飛べるようにしたり普通の女性ならあまりの快楽で死んでしまう拷問にも耐えたり…拷問で死ななかった彼女に吐き捨てられた淫乱女がっ!というセリフは旧式性交渉でいかに快楽が得られるかという意味も含まれているんでしょうね。どうやら監督も相当好き者らしいです。内容はほぼないに等しいのですが正しいSFのあり方であって悪いことではないと思います。最近のCGに頼ったSFものとは違ってセットや衣装は非常に凝っていますし行為中に流れるボサノバのような音楽も朝のラジオ番組のオープニングのようで私は気に入りました。SF好きの方なら見る価値ありだとは思いますが私の母は前半30分ほどで寝てしまっていたので少し気合を入れて見ることをおすすめします。
2010.08.17
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ザ・ホード 死霊の大群製作:2009年(フランス)監督:ヤニック・ダアン、バンジャマン・ロシェシアターN渋谷にて鑑賞 評価:☆×4フランス人がゾンビ映画を作るとこうなる!と書かれていたので見ないわけにはいかないなと思い見に行きました。おおまかなあらすじとしては兄弟殺しを受けた復讐のために乗り込んだビル内でもめ合う間にゾンビに包囲されビルから脱出するにはどうすればいいか誰を信じるのが正解なのか…人間ドラマ溢れる展開になっています。ゾンビといえばア゛――とか言いつつノロノロとすり足気味に近寄ってくるのが世間のイメージだと思いますが…この映画のゾンビは非常にフットワークが軽く小走りで近寄ってきます。100名ほどのゾンビがダッシュするシーンはもう笑うしかありません。人間の肉を喰らう姿も咀嚼が異常に速くアメリカのアニメのようなコミカルさに愛着すら覚えるほどです。コミカルなゾンビに相反して人種差別や男女差別などの過激な表現も含まれるので見応えがある映画だなと感じました。1人1人キャラが濃くて何を言い出すか分からないのも楽しめる要素だと思います。肝心のエンディングなんですがとてもあっけないです。緊迫したシーンが続くのであ、そういやそうだったと忘れ物に気付かされるような感じですね。実にフランスっぽいです。現在公開中です。興味のある方は是非どうぞ。
2010.08.17
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