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滞在2週間の中で沖縄旅行へ行くことが今年の課題だった。一昨年はヒロシマへ、昨年はナガサキへと足を運んだ。だから今年は沖縄へ、とそう願っていた。昨年、ナガサキ・熊本・宮崎県高千穂から実家のある横浜に戻る時、一緒に旅行していた母が「来年は沖縄ね。」と言った言葉が後押しになったのかもしれない。ニューヨークから一時帰国した3日後、羽田を朝早く出て、沖縄を最終便で発つ沖縄本島・宮古島3泊4日の旅に出た。
沖縄は今までの私の中で日本の中での異国だった。南の島と聞いてイメージするぐらい。興味を持ったのは本当に最近のこと。ニューヨークで知り合った友人に宮古島出身の人がいたからかもしれない。それまでは沖縄にしても北海道や四国は「いつか行ってみたい、でも本当に行くかわからない」という場所なのだ。
ニューヨークには沖縄料理の店がある。知り合いにも沖縄出身の人が結構いる。知人は酔うと私を含めて一緒に居る人たちを「本土の人」と呼ぶ。生まれつき口下手なのかもしれないけれども訛りが気になるのか、一生懸命標準語で喋ろうとしているのがわかる。関西人は標準語で話そうとしない人が多いのに比べて他の地方出身者は努めて標準語で喋ろうとする。だから気を使わなくても良いのにといつも思っていた。共通の知人は「彼は沖縄の海のような人だから」とよく言った。それが初めて沖縄の地を踏んだ事によってよくわかった気がした。
4月上旬の数日の訪問、そして母と一緒の旅なので海辺でゆっくりしたバケーションとは程遠いものだった。その上、私はスキューバのライセンスを持っていないので潜ることは所詮無理。けれども青い空、青い海を待ち焦がれる思いで一杯だった。と、同時に私の訪問したい場所は沖縄戦跡。今回の訪問の目的を戦跡めぐりとスピリチュアル探求の旅とした。
那覇へ向かう機中、目の前にあるスクリーンに地上の画像が映し出されていた。那覇に近づくにつれ、海が見え始めると私の胸は高まった。那覇空港に着陸した時に目に飛び込んできた光景は今までに見たことのないものだった。それは自衛隊機の数の多さ。調べてみると民間機と陸海空の自衛隊と海上保安庁が共有しているという(Wikipediaより)。隣の席に座っていた母も身を乗り出して窓の外を眺めながら「ずいぶん多いわね。」と驚いていた様子だった。
空港のロビーに出ると、暖かい空気が気持ちよかった。まだ寒かったニューヨークのことを思うと自然に笑みがこぼれた。南国の雰囲気あふれる空港の中を物珍しさにきょろきょろしながら歩いた。日本の免許を既に失効させてしまい、道幅の狭い日本での運転を母から禁止されている身であるため、今年も運転は母に任せることに。レンタカーを借りて最初の目的地、ひめゆりの塔のあるひめゆり平和祈念資料館に向かった。

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