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台湾上空に低気圧が発生している。これが急激に発達しながら東に進み、週末には本州の南海上を発達しながら東進する。この思わぬ低気圧の急発生により、太平洋側の広い範囲が雪になるのだ。東京や大阪で積雪する典型的なパターンで、台湾の近海の東シナ海で突然現れて普段雪が降らないところに大雪をもたらすことから、発生時の天気図の等圧線の形が坊主のような形であることから「台湾坊主」と呼んでいる。現在は、台湾に対する差別的な表現だとして「東シナ海低気圧」という無難な名前で呼ばれているのだが、気象庁がこれを決めたのが1995年。新聞でももう「台湾坊主」という表現は使わないそうだが、私が高校を卒業したのが1969年だから、私のベロの修正はむずかしい。電車が停まっちゃったり、車が脱輪したり、衝突したり、道路は凍って大渋滞するし、生鮮食品は値上がりするだろうし、日常生活に与える被害は大きいのだけれど、雪化粧したご近所の景色を眺めてみたいのと、小さな雪だるまでも作りたいのと、なんだか雪を楽しみにしている私がいる(バチあたりかな?)
2011年01月13日
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メカブは、ワカメの根元(付着器)の上に位置する帯状の螺旋(らせん)葉体で、ワカメの生殖機能部位だ。歯ごたえがあり、粘りが強く、スライス又はミンチにして食すると美味であり、珍味として重宝されている。ポン酢で食べてもおいしいし、生姜とオカカを入れてもおいしい。メカブの乾燥品は、古くは民間薬としても利用されている。メカブは数億の胞子群の発生を内在させており、一つ一つの胞子は新しいわかめを生み出す生命力を潜在させているのだ。また、微量栄養素の宝庫で、ヌメリ成分やミネラルを、葉の数倍も多く含んでいる。ヌメリ成分には水溶性の食物繊維が含まれており、さまざまな効果があることが知られています。ワカメの生産地である三陸や気仙沼、そのほか海沿いの地域へ行かないとなかなか手に入るものでないことが残念だが、今読んでいる本におもしろいことが書いてあった。三陸でメカブの茹でて刻んだのがたくさん出されたので、ネバネバになるまでかき混ぜ、うどんにかけて食べた。そうしたら30cmもあるウンチが2本も出たというのだ。その爽快感たるや想像できるだけに、うらやましい話だ。どうやら食物繊維が大腸の機能を活性化するからのようだ。大腸をきれいにしておくと、ガンやアルツハイマー、アトピーなども抑制するようだ。メカブに限らず、根野菜、芋、豆、玄米など食物繊維を多く含むものを積極的に食べたいものだ。
2009年02月05日
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食事をしているときにテレビを見ていたら、クイズミリオネアをやっていて、回答者として富司純子(旧姓:藤純子)さんが出ていた。着物姿は相変わらずである。クイズ番組、しかもあのみのもんたのクイズであるから、ハラハラドキドキがものすごくクローズアップされるのだが、これを見ていてすっかり藤純子を見直してしまった。彼女のあのキリッとした感じは、あくまで映画の役回り上でのものかとおもっていたのだけれど、青竹をスパッと切り落としたような問答無用のきっぱりした回答姿勢には、すっかりほだされてしまった。緋牡丹博徒、まさにそれを地で行く彼女の姿勢には感動してしまった。
2008年03月27日
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今日、仕事があって東梅田に出かけた。地下鉄を梅田で降りて、ホワイティ梅田の地下街を延々と歩き、泉の広場付近からエレベーターで地上へ。行き先が堂山町だから、しばらく地上を歩く必要がある。 この歩道上で、何度車いすがタイヤ(ハンドル?)をとられたか知れない。原因は歩道上に敷かれた点字ブロックの「すすめ」ブロックだ。歩道の真ん中に敷かれているから、ブロックを避けて通れば問題はないのだが、なんと言ってもここは大阪。 歩道上の違法駐輪は多いし、歩行者もそう気を使ってくれるわけじゃない。点字ブロックに斜めに乗り上げるたびに、タイヤをとられ、歩行者にぶつかりそうになった。 視覚障害者にとって、点字ブロックは必要なものである。ただ、今日のように「タイヤをとられる」だけでなく、「注意」のブロックの上を通ると尻が痛む。車いすにはスプリングなどというものが付いていないから、まともにコタエルのだ。尻に褥瘡を作っているから余計に過敏なのかも知れないが、障害者相互の共存はむずかしいものだと思った。
2007年10月31日
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現在関西空港からは、ニューヨークのJ.F.ケネディー空港までの直行便が、週三便飛んでいる。台北から飛んでくるチャイナエアラインだ。今までのようにサンフランシスコなど、西海岸の都市で乗り継いで行く必要がなくなったのだから、大変重宝な空路だ。機材はもうわが国では見られなくなったB747だ。老朽機であるために「だいじょうぶかな?」という気がしないでもないのだが、乗継便にくらべれば直行便は明らかに楽だ。台北-日本路線はかつてむずかしい時代があって、日本アジア航空などという不思議なエアラインがあって、騒音けたたましいDC8が我が家の上空を伊丹空港に向けて飛んでいた。チャイナエアラインはその後進化を続け、現在ではB777も飛んでいるらしい。機内食がちょっと心配になるところだが、まぁ駅前の中華料理屋の定食程度だと思えば腹も立たないか。ニューヨークまで13時間は魅力だ。イスタンブールやヨーロッパ各都市と同じだ。(もっとも風の影響で帰りは1時間余計にかかるのだが)
2013年03月08日
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今はコピー機やリソグラフなどという印刷機があるが、小学校2年生の時に模造紙で作りはじめた壁新聞以来、私とガリ版(謄写版印刷機)とのつきあいは長い。特に山谷で長欠児童だったときに、台東区児童相談所山谷分室に通い、低学年の子らに勉強を教えていたころ作っていた「たけのこ新聞」が、ガリ版印刷の好評な八好物だった。原紙というロウを引いた紙をガリ版の上に置き、鉄筆で字を書いて、謄写版印刷機の一番下にわら半紙、その上に原紙をスクリーンに貼り付けて置き、その上からローラーでインクを刷り込むと、原紙に書いた文字がわら半紙に転写される。山谷で暮らす長欠の子供たちの話題を提供する新聞だったので、山谷分室の子供たちだけでなく、地元いろは会商店街の知識人のオジサマたちや地元の田中小学校、朝日新聞社にも配布され、有名女性週刊誌の取材を受けたこともある。ガリ版新聞を作り続け、将来は新聞記者にと思っていたのだけれど、大学に進学できず、新聞社就職はあきらめざるを得なかった。でもやっぱり好きなことはあきらめるどころか、エスカレートした。百貨店勤務時はバイヤーを担当していた時代に、店舗のマネージャーに商品情報や他店情報を知らせるのにバイヤーズレポートを作って配布していたし、現在も下のなるほどニュースをもう15年以上にわたり一か月も休まず、毎月発行している。さすがにもう謄写版印刷はせずにオフセット印刷のお世話になっているが、中開き面は手描きのイラストで埋め尽くしている。毎月発行しているとネタ切れの苦労もあるのだが、やはり好きでやっていることは強い。
2013年05月22日
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公明新聞の波紋特集に投書した短い文章を掲載してもらえた。今回は父の日特集ということで、父についての投書が求められていた。拙著「父からの伝言」にあるように、わずか13年の間に積み重ねられた父との思いでは大きい。中でも山谷時代の思いでは格別だ。当時の山谷と云う街は、普通の人生を投げ捨てたような男たちが集まる町だった。そんな街で、自分たちの人生を立てなおそうともがいた日々がなつかしい。結局父が亡くなることで幕を閉じたのだが、その後も孤児院生活と云う考えもしなかった日々が始まった。よくぞまぁ、グレずに還暦を通り過ぎたものだと思う。
2014年06月07日
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