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グリコキャラメル以降45年間、日本の食品玩具とはあくまでも食品が主体であり、玩具は完全なおまけであった。しかし、仮面ライダースナックの爆発的な人気は、本体とおまけの主従を逆転させ、おまけさえ手にすれば食品は食べずに捨てる、という矛盾した事態を引き起こし、問題視された。これ以降も、食品玩具の過剰な人気は食品の処分という問題を度々発生させることになる。 出典: 『ウィキペディア(Wikipedia)』---------------------------------------------- 仮面ライダー1号の登場は、1972年4月。当時子供だった男性ならすぐ思い浮かぶのが「迫る ショッカー...」という主題歌と、カードが付いたカルビーの「仮面ライダースナック」。 同年12月から1973年7月までの販売数を、カルビーが当時の小学生男児数で割って試算したところ、1人あたり年平均85袋も食べていたお化け商品だった。----------------------------------------------捨てられたというと、ゴミ箱に捨てられたかのように聞こえますが、実情は、公園や川、道端です。捨てられただけではなく、捨てた後にスナックの袋を踏んで、音を鳴らし、粉々にするのも流行っていました。しかも、ライダースナックを買っていたのは小学校低学年の子供が中心だったように記憶しています。私はこの事件に関する当時の報道の一部を知っているだけなのですが、かなり大人世代にとってはショッキングな出来事として扱われていましたし、親世代に対する批判もかなり見聞きしました。ライダースナック事件は全国同時に多発したというのも特徴的だったようです。なぜ、同時に多発したのでしょうか?小学生が新聞やTVの報道を見て「真似してみよう」と思ったとも考えられません。食べ物を大切にしないというのは、1972~1973年には、小学校低学年の子供は1965年生が中心。彼らは中学生となり校内暴力を頻発させています。 家庭での子供へのしつけがかなり狂いはじめていたのでしょう。おそらく、飢えの経験が長かった昭和一桁世代よりも昭和10年代生の方が、食べ物を大切にするしつけをしなくなっているのではないかと想像しています。とは言うものの、ライダースナック事件の当事者の親の中には、昭和一桁世代もいると思います。スナックを捨てた子供の昭和一桁世代親は、自分が飢餓体験をしたことを残念に思っていて、子供には食べ物を含めて物質的に甘やかしてしまったという部分もあるのではないかと推測しています。私の友達の親には昭和一桁世代が多いのですが、物質的に実に甘い親がいて、子供心にも「子供を甘やかすなよ」と思ったことがけっこうあります。親の世代交代にはグラデーションがあり、親のしつけの変化にもグラデーションがあるわけです。そんな中で、増水した川の堤防が決壊するがごとくに同時多発したライダースナック事件は中学校の校内暴力へと続く不気味な序章として記憶に残っています。
Jan 15, 2007
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昭和一桁世代、昭和10年代生と、じわりじわりと子供へのしつけが甘くなっていく流れの中、次に登場するのは団塊の世代親です。団塊の世代は「親」としての問題だけではなく、学生や社会人としての問題が取り沙汰されました。2007年3月、団塊世代の大量退職が迫っていることもあり、最近のニュースでもよく彼らが取り上げられています。私にとって団塊世代(以上)の教師は上司に当たり、正直言ってあまりいい印象がありません。私が教師として接したのはこの団塊の世代親からで、昭和10年代生以前の親とはあまり接触する機会はありませんでした。おそらく昭和一桁世代に比べればさらにしつけは甘くなり、子育てもうまくできていなかったのだと思います。彼らの子供を1947+25(で子供を出産)+15(子供が中学3年生)=1987年(に中学3年生)とすると、校内暴力からいじめへと中学校問題が移行していた時期に重なります。しかし、私の教師としての団塊世代親の印象では意外と「まとも」です。私の記憶では、団塊世代親の子供には苦労したけれど、保護者に苦しんだことはほとんどありませんでした。その後の1950年代親以降がどんどん劣化していったので、それに比べると、今思うと、「まとも」です。団塊世代親は、・子供のことは学校に任せてくれた。・トラブルが起これば、とりあえず、ポーズだけでも「自分の子供にも悪いところがある」という認識で話し合いに臨んでくれた。・たとえ文句があってもオブラートにくるんで話してくれた。・若くてすぐに暴走し、わけの分からない企画をする私を「ダメダメだけれど面白い教師」と見ていてくれた(のではないか・・・)。・教師が頑張った分には、感謝をしてくれた。・お中元やお歳暮やお別れの品をくれた。(いや、もらえないのが本当です。もらえなくて当然です。ちゃんと断りましたし、無理やり渡される方にはお返ししましたよ。)うーん、今思うと夢のような話です。新人教師で落ち度がたくさんあったにもかかわらず、向こう(親)に助け、育てていただいたというのが、あくまで私としての「印象」です。さて、次回は1950年代親です。 つづく
Jan 17, 2007
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