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秋山巌の小さな美術館 ギャラリーMami の町田珠実です。 早いですね、もう後半のはじまり7月<文月>です。 みんなたっしゃで かぼちゃの花も 村上護さんの「道の空」は、十二章に分けられ、それぞれ睦月、如月、弥生・・・と、12ヶ月に、山頭火の句を10句づつ、紹介・解説して書かれています。 この句も、文月で紹介されていました。 『「かぼちゃの花の句は、昭和8年7月28日の行乞途上での作。山口市の郊外を行乞中に見かけた光景だろう。おそらくありふれた農家の一軒に違いない。特にどこそこの家と限定することはなかろうが、その日の行乞記には次のような記事がある。 「或農家で、おかみさんが皿に米をいっぱい盛ってくれた。くれようが多すぎるから何かあると思ってゐたら、果たしてさうだった、小さい子に鉄鉢をいただかせてくれといふ、消災呪(しょうさいじゅ)を唱えてあげた、此頃は鉄鉢をささげてあるく坊主も稀だし、また子供が頭剃を嫌はない禁厭(きんえん)として鉄鉢をいただかせてくれといふことも稀である」 民俗資料ともなりそうなエピソードの一つ、鉄鉢の効用である。そして、山頭火が消災呪を唱えるというのがおもしろい。はたしてかれの呪文で子供が喜んで頭髪を剃らせるようになるとは思えないが、これは世間づきあいというものだろう。』 以上、「道の空」より抜粋。 みんなたっしゃでいて欲しい・・・秋山巌作品のふくろうたちも願っているように見えます。【送料無料】道の空 [ 村上護 ]
2013.07.01
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秋山巌の小さな美術館 ギャラリーMami の町田珠実です。 秋山巌の肉筆画「三歸禮文(三帰礼文)・懺悔文」をご紹介します。 三帰礼文(さんきらいもん)自帰依仏(じーきえぶつ) 当願衆生(とうがんしゅじょう) 体解大道(たいげだいどう) 発無上意(ほつむじょうい)自帰依法(じーきえほう)当願衆生(とうがんしゅじょう)深入経蔵(じんにゅうきょうぞう)智慧如海(ちえによーかい)自帰依僧(じーきえそう)当願衆生(とうがんしゅじょう)統理大衆(とうりだいしゅ)一切無礙(いっさいむーげー) 自ら仏に帰依したてまつる。 当に願わくは衆生とともに、大道を体解して、無上意を発さん。 自ら法に帰依したてまつる。 当に願わくは衆生とともに、深く経蔵に入りて、智慧海の如くならん。自ら僧に帰依したてまつる。 当に願わくは衆生とともに、大衆を統理して、一切無礙ならん。みずから仏に帰依いたします。人びとが大いなる仏道を体得し、無上の悟りに向かうこころをおこしますように。みすから法に帰依したします。人びとが深く経典を学んで、海のような大いなる智慧を得られますように。みずから仏教徒の集い(僧)に帰依いたします。人びとが和合のつどいをもち、なにものにも妨げられない自由な境地を得られますように。※「三帰」とは、仏教で仏・法・僧の三宝に帰依すること。 懴悔文(さんげもん)我昔所造諸悪業(がしゃくしょぞうしょあくごう)皆由無始貪瞋痴(かいゆうむしとんじんち)従身口意之所生(じゅうしんくいししょうしょう)一切我今皆懴悔(いっさいがこんかいさんげ)我れ昔より造る所の諸(もろもろ)の悪業(あくごう)は、 皆な無始(むし)の貪(とん)瞋(じん)痴(ち)に由り、 身(しん)語(ご)意(い)従(よ)り生ずる所なり。 一切を我れ今(いま)皆な懺悔(さんげ)す。私が昔からなしてきた様々な悪しき行いは、 すべて始まりもない太古からの貪りと怒りと愚かさを原因として、 身体と言葉と心によってなされたものである。 それら全てを私は今みな懺悔する。※懺悔は、「さんげ」と読むのだそうです。 懺悔文は、日々、唱えなたほうが良さそうですが、先生の絵を飾っておいたほうが伝わりそうな気がします。。。 (こんなだから、懺悔ですね・笑)
2014.03.07
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秋山巌の小さな美術館 ギャラリーMami の町田珠実です。「死ぬな ケガすな 病気すな」この碑は、阪急甲陽線の沿線にある大社中学校の入り口にあります。車で通った時にみつけ、とても胸にささるメッセージだと気になっていました。今日は、いつもなら車で用足しするところを、思いきって歩いてまわり、写真を撮らせていただきました。 きっと、親御さんが立てたのだろうなぁと思い、横を確認すると、きちんと記されていました。故 古本孝夫 昭和四十二年十二月十八日 交通事故死昭和四十三年三月建立大社中学校のHP「沿革史」の中に、『昭和43年 3月10日 「われら大社の生命」の碑 完成』とありますが、この碑の事でしょうか。(ご存じの方がいらしたら、教えて下さいませ)新学期、新年度が始まり、切ないニュースが溢れています。子供だけでなく、大人も同じですね。実父「秋山巌」は70代の時、下血があったのに一年以上ほったらかしにして、病院に行った時には大腸癌で手術しか選択がありませんでした。夫は、20年以上前に駐車中のトラックにバイクで激突し、左足を失っています。不可避なこともあるだろうけど、防げることは沢山あると思います。「死ぬな ケガすな 病気すな」その為に出来る事は最大限やる必要があると、私は思うのです。その為に出来る事を、最大限やる国であってほしいと願います。追記2021/02/07:コメントにて碑の建立由来を教えていただきましたので、転記します。(コメント欄もご覧下さい)「あの石碑の正面および横面の揮毫をされたのは、当時同校校長で、後に西宮市教育長も務めらた、竹村賢造先生です。私は、竹村先生が当時の御影師範(現・神戸大学)を卒業されて、最初に教員として赴任された鳴尾小学校の、第一回生(昭和20年)です。あの生徒の事故の後、竹村先生は教育委員会と掛け合って、校庭から前の自動車通路(そこで死亡事故が起きました)に出る道の付け替えを交渉されましたが、もし出入り口を付け替えると、元の出入り口の位置は市の手落ちだった、と認めることになると主張する市と対立された、と私の母から聞いています。石碑を立てる金もないし、それ市側は反対。それで、校庭から外に出る道を今のように少し斜めに付け替える(それだけでも、出口と自動車道路の間にかなりの間隔が出来ます)ことで落着しました。それで、石碑の方は、市側は立てないので、誰も慰霊碑だ、と気付かないように、正面には「死ぬな、怪我すな、病気すな」とだけご自分が書いて、これは私の推測ですが、校費ではなくて、先生のポケットマネーでお建てになったのに違いありません。それが証拠に、石碑の裏や何処にも、建立者の銘は見当たりません。これはいかにも竹村賢造先生らしい所作だ、と思います。」渡邊昭雄さん、ありがとうございました!
2016.04.14
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今日も、ギャラリーMamiではなくて、元【シアタースキャンダル】劇団員の秋山珠実です。先日は、シアタースキャンダル主催の玉井敬友さんの近況を書きましたが、今回は看板女優だった【高杉かほり】さんの事を書いておきますね。「昭和の不思議101」という雑誌で、高鳥都氏が4頁にわたり記事を書いています。鬼龍院花子を演じた女 高杉かほりそのはかなきアングラ女優人生(文・高鳥都)「鬼龍院花子の生涯」では、夏目雅子さんの「うちは 高知九反田の侠客 鬼政の娘じゃき・・ なめたら・・・なめたらいかんぜよ!!」という台詞がインパクトありすぎて、映画を見終わった後に、あれ?夏目雅子は花子じゃないのか?!って気がつく人も多かったのではないかと思います。記事では、高杉かほりさんが花子役に大抜擢された経緯や、シアタースキャンダルでの活躍がすばらしくまとめられています。セブンイレブンで販売していたのですが、もう在庫はなさそうですね。電子書籍版で読めますよ♪せっかくなので、玉井さんがお持ちの当時の雑誌から、高杉かほりさんをご紹介。記事中にも掲載されていますよ。「ジプシーローズ」シアタースキャンダルの稽古風景など。当時事務所のあった六本木界隈を走ったのです。「曽根崎心中」あ、そうそう、私も電話インタビューで少しお話させていただきました。「鬼龍院花子の生涯」花子役の人って誰?っていう人は是非に。他記事もなかなか昭和ですごい読み応えの雑誌です。ではこのへんで。
2020.12.19
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秋山巌の小さな美術館 ギャラリーMami の町田珠実です。 最近、またご注文をいただくようになったのですが、書籍のみですと、ギャラリーMamiのHPからでは送料がかかりますので、ご承知おき下さいませ。作品のご注文と同梱もできます。もう5年前の発行ですが、巻末の文章を転載いたしますので、ご参考になさって下さい。 山頭火と私の出合い 秋山巌米寿を迎えた長い生涯の中で、私は二人の師と出会った。それは運命的な出会いでもあった。一人は棟方志功師である。門下生の末席に連なった私にも「化け物を観ろ、化け物を出せ」と常々言われた。化け物を如何にして版画に活かせるのか焦るばかりのその頃は、旅に出ては石仏や道祖神を探しては写生の日々でした。そんな折、四国の遍路道のみほとけを描こうと思い立ち、まずは高松へ、列車の待ち時間に覗いた街の本屋で目に留まったのが、『草木塔』という題名の新書でした。これが、二人目の師種田山頭火との出会いでした。今から四十年前のことです。頁をめくるたびに身体を刺し貫くような言葉、なんと清冽な句であろうか。なんと感動する言葉であろうか。衝撃的な出会いでした。 生死の中の雪ふりしきる 分け入っても分け入っても青い山 うしろすがたのしぐれてゆくか この道しかない春の雪ふる ほろほろ酔うて木の葉ふる 私は旅を変更して一路自宅へ。「山頭火」なる人物を知らねば・・・「山頭火」に関する本を片っ端から読み漁った。山頭火は禅僧である。そして俳人であり放浪者であった。知れば知るほど山頭火に魅了されていった。 山頭火を版におこそうと試みたが、志功師の言葉「化けもの」を出すには、まるで修行が足りない。禅とは、仏法とは、俳句とは、と遅まきながら入門書を求めては乱読、山頭火師の詩心の深層をわかろうと必死だった。 山頭火師は旅人である。旅で寝て、酒を愛で、独りを慈しむ心情に近づきたいと、その足跡を辿って旅にも出てみた。 この四十年、山頭火師を想い、山頭火作品を彫り、版画への精進の道を歩んでこられたのも高松での『草木塔』との出会いがあったことに感謝しなければならない。 最後に、この『山頭火版画句集』 を刊行してくださった春陽堂書店の編集の方々に大変お世話になりました。ありがとうございました。 合掌 平成二十年五月 楽天ブックス
2013.04.28
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秋山巌の小さな美術館 ギャラリー馬美の町田珠実です。秋山先生が、昨年末から今年前半にかけて製作した、広島県呉市川尻町の「真福寺」さんのふすま絵が話題になっています。以前にもこちらで紹介しましたが、、真福寺さんの所蔵作品の一部を、あらためてご紹介します。 「釈迦十大弟子」六曲屏風 「雲のごとく」 「雪ふりしきる」衝立 「青い山」衝立 「お山しんしん」衝立 「良寛禅士のことば」額装 「今日のよろこび」二曲屏風浄土宗 真福寺(広島県呉市川尻町久俊2-5-33 )※ギャラリー馬美のHP<広島・真福寺Photoギャラリー>でもご紹介しております。
2009.06.15
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