秋山巌の小さな美術館 ギャラリーMami の「まみだより」

秋山巌の小さな美術館 ギャラリーMami の「まみだより」

2009.01.31
XML
テーマ: 戦争遺跡(23)
カテゴリ: 海軍落下傘部隊
秋山巌の小さな美術館  ギャラリー馬美

赤山地下壕のつづきです。

この壕はどのように使われたのだろう
赤山地下壕16

防衛庁防衛研究所に、「館山航空基地次期戦備施設計画位置図」という図面があります。

太平洋戦争末期につくられたこの図面を見ると、赤山地下壕の位置には、「工作科格納庫」「応急治療所」「自力発電所」と記されています。

天井が高い壕は、格納庫として使われたのかもしれません。

戦後の赤山地下壕跡
赤山地下壕17

終戦後は「忘れられた存在」になっていましたが、温度が年中一定していることから、昭和30年前後頃より、キノコ栽培に使われていました。国内の他の戦争遺跡にも、戦後しばらくキノコ栽培に使われた地下壕があります。


赤山地下壕18

この赤山地下壕には、戦後、人が住んでいらしたのです。そのおかげで、他に見られるようなゴミ捨て場にならずにすんだのかもしれません。

NPO安房文化遺産フォーラム の愛沢伸雄先生が、この赤山地下壕の調査に入った時は、腰にロープをつけて、ちゃんと入った所に戻れるようにしていたそうです。

ここに住んでいらした方は、一人でキノコ(というより菌?なのでしょうか)の研究をなさっていたそうです。調査に入られた愛沢先生と、初めて鉢合わせた時には、お互いにびっくりして動けなかったとか・・・。

愛沢先生が、時間をかけて少しづつ、キノコ研究の方と人間関係をつくり、赤山地下壕の様子を調査されたのだと想像できます。(友人の恵美子ちゃんから聞いたとことからの推測です)

キノコ研究の方は、もうお亡くなりになっているそうですが、亡くなる前に、自分は731部隊だったと、告白されたそうです。

今日もここまでにしておきます。










お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

最終更新日  2009.02.01 00:10:12 コメント(3) | コメントを書く


【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! -- / --
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
X

PR

×

プロフィール

gallerymami

gallerymami

バックナンバー

2026.06
2026.05
2026.04
2026.03
2026.02
2026.01
2025.12
2025.11
2025.10
2025.09

コメント新着

高田忍@ Re:「死ぬな ケガすな 病気すな」大社中学校の石碑(04/14) そういう事情があるにしても、これから成…
池田恵美子@ Re:義妹、町田久美子ご縁の皆様方へ(09/26) 記事に気がつかず、今拝見しました。 家族…
gallerymami @ Re[1]:移住2ヶ月、完治しました!!(閲覧注意)(12/30) すーさんさんへ こんにちは、コメントあり…

キーワードサーチ

▼キーワード検索


© Rakuten Group, Inc.
X
Design a Mobile Website
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: