秋山巌の小さな美術館 ギャラリー馬美 の町田珠実です。
実父、元海軍落下傘部隊の秋山巌先生は、どうやらず~っと広島の真福寺さんに沈没しているもようです。このまま福屋さんの個展に突入するのではないかと思われます。
真福寺ご住職様、大変だと思いますが、どうぞ宜しくお願い致します。
さて今日は、館山の戦争遺跡の続き、 安房神社 にある「海軍落下傘部隊慰霊碑」について書きます。
館山戦争遺跡ツアーの最後に訪ねた所ですが、あいにくの雨と、経年の劣化なのでしょうか、碑文はかなり読みにくいですが、横須賀鎮守府第一特別陸戦隊と横須賀鎮守府第三特別陸戦隊の戦没者名は、しっかり刻まれておりました。
安房神社の海軍落下傘部隊慰霊碑
慰霊碑に向かって左側が、横須賀鎮守府第三特別陸戦隊の戦没者名、右側が横須賀鎮守府第一特別陸戦隊の戦没者名となっています。
この碑の裏側に、建立した皆様のお名前があったと思います。
横須賀鎮守府第三特別陸戦隊
海軍落下傘部隊慰霊碑の碑文
<海軍落下傘部隊慰霊碑 碑誌>
太平洋戦争を告ぐる昭和十六年後期 我が国最初の海軍落下傘部隊として誕生し、 十八才より四十五才までの精鋭なる将兵二千有余名により編成、任務の特質上、其の訓練は厳正なる軍規の基 猛烈にして不撓不屈の落下傘部隊魂は茲に編成された。
第一特別陸戦隊は昭和十七年一月十一日・十二日 セレベス島メナドランゴワン飛行場に十字砲火を浴び戦闘降下を敢行 更に第三特別陸戦隊は、同年二月二十日・二十一日チモール島クーパンに戦闘降下を敢行 共に占領に成功 其の功績の顕著なる事に対し時の連合艦隊司令長官山本五十六大将より感状を授与せらる。
爾後大スンダ、小スンダ列島の島々を制圧、次期作戦準備の為、一旦内地に帰還し、戦争の末期 再度灼熱の南洋サイパン、トラック、ナウルの諸島に作戦し、特にサイパンの戦いは惨烈を極め善戦の甲斐もなく昭和十九年七月十六日全員玉砕す。
我等茲に往事を顧み戦友相謀り志を結集し今は亡き戦友の霊を慰め其の功績を永く讃えんものと当隊発祥の地、ここ舘山に慰霊碑を建立した。
元海軍落下傘部隊隊員一同建立
※上記の碑詩は、平成22年6月5日、元海軍落下傘部隊戦友会の資料より、転載させていただきました。
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