全54件 (54件中 1-50件目)
約6年ぶりです。もし覚えていた方がいたら感謝と申し訳けない気持ちでいっぱいです。顕正会を辞めてもう8年くらいでしょうか。平成8年4月17日に顕正会に入り、以後約10年にわたり活動を続け終わりの見えない勧誘活動に疲れ果て、心身共に疲弊しきった蟻地獄のような体験を今日清算できましたこと、ささやかではありますがここに書き記したいと思って更新する次第です。本日千葉県の末寺にて御受戒いたしました。長く重苦しい過去を清算し、晴れて日蓮正宗信徒になれましたことこの上ない喜びです。父の死を契機に信仰を改めて考え、自分が手を合わせるのは戒壇様以外にないとの思いを無事に今日実現できました。本日をもって、当ブログは終了いたします。有難うございました。
2013.11.23
コメント(0)
今回の事件(新潟の顕正会員逮捕)につき会の実態に気づき、目を覚ます者が少しでも増えることを祈ります。もういい加減見切りをつけてすっきりしてほしいと思います。私が活動していた当時も顕正会に対する圧力は各方面からあったと発表されていましたが、ここ最近の動向は以前とは違い悪質な事件性が顕著になってきています。いままで内部で何とか統制が取れていた組織活動がコントロールを失って末端で暴走し始めたのでしょう。昔はS学会が警察や公安を牛耳っていて敵対視している顕正会を目の敵にして圧力を加えていたなどとごまかしていた(実際はそんなことはあまりなかったようです)のですが、今回はそういう詭弁はもはや通用しないような状況ではありますね。よく指導されていたのは「三類の強敵(ごうてき)」といって仏法を正しく行じる者に抵抗する勢力が必ず表れる、それを乗り越えると成仏が叶ってくるということを言っていました。その三類の中で最大のものは僣聖増上慢(せんしょうぞうじょうまん)といって一国を左右するような権力をもった存在が仇となって現れるというのです。浅井昭衛氏曰く僣聖増上慢とは国家権力、すなわち警察などの行政力がそれに当たると解釈するはずです。おそらく浅井昭衛氏を妄信している会員は、今後間違いなく指導徹底されるであろうこの三類の強敵の話をまともに信じなお一層浅井教の忠実な信者としての勤めをはたすのでしょう。仏法の定理としては正しい図式でしょうが、これはあくまで日蓮大聖人の教えを正し
2008.01.20
コメント(0)
いろいろ考えていて、思うようにまとまらず日記が書けなくなってきてます。まあ気持ち的に不安定なのではなく(多分)正月ボケの可能性が強いんですけどね。いつも見ている掲示板が最近すごく荒れています。なんでかはよくわかりませんが、誰かが意図的にかく乱しているのならひどいというか、ため息がでます。真剣な人の意見がかすんでしまいますよね。もしや、と変な想像をしてしまうのですが意外と想像どうりだとしたら・・・今年はいよいよ顕正会がその存立を維持できるかどうかの正念場ではないでしょうか。12月の総幹部会でかつてないほどの独自路線の誇示を露呈させた浅井昭衛氏ですが、元顕正会の方の暴露が去年にもまして激しくなる様相を呈しているいま、反乱分子の粛清に躍起であろうこと誰の目にも容易に明らかになってきました。その一端としての「荒らし」であるならば、情けないの一言に尽きるものです。まじめで従順な顕正会員でも、いつまでも「ネット禁止」の緘口令を一辺倒に遵守できるはずはない、真の法を求める純真な信心を馬鹿にするんじゃない、といいたい。本年、顕正会崩壊元年となるか!?なれ。(すぐにでも)
2008.01.07
コメント(2)
明けましておめでとうございます。本年もどうぞよろしくお願いいたします。昨晩はお義父さん宅にて家族そろって年越しをし、今朝、まぶしい初日とともにさわやかな目覚めで新年を迎えました。目覚めた際思ったことは、「今年はいい年にしよう」という晴れやかな気持ちで今年一年の抱負を自分で自分に述べたことだったのです。当ブログをごらんの皆さんにとってもいい年でありますように!今年もいろいろなテーマで顕正会を掘り下げて書いていきたいと思っております。では^^
2008.01.01
コメント(2)
あらためて思ったのですが、御本尊が正しいか正しくないかは私が入信した平成8年当時は、とても厳格に区別していましたよ。S会の偽御本尊を激しく非難していたし。最近の入信の人はともかく、古くからの会員で当時の記憶がはっきりある方へ申し上げたい。おかしいと思わなければいけません。だまされてはだめですよ!!!やばいですよ浅井顕正会。マジでマジで。。。。。。
2007.12.27
コメント(2)
かつて、高知の顕正会にてある幹部が造反を起こして会内で大問題を巻き起こした事件があったそうです。古くに顕正会に関わった方は良く覚えていると思います。「こーちゃん」と呼ばれたそのT氏は、「私には浅井先生も知らないことを知っている」「超能力を身につけている」などおよそ仏法とは関係がないことを言い出し独自の組織を作るべく顕正会を逸脱し始めたという内容でした。浅井先生の講演でもその詳細が語られていたように思いました。詳しくは「総門」というHPに詳しくでています。このことを思い出したのは、浅井先生をはじめ多くの顕正会員が御本尊の認識において従来の日蓮正宗の正統教義をすて、独自の解釈を元に活動をし出した今の姿がT氏の事件の動向と似通っていたからでした。「本尊は偽でも本物でも関係がない」「そんなことはどうでも良い」「浅井先生を信じれるかどうかが問題」このような発言が顕正会幹部の間でまかり通っているのだそうです。理屈ではなくただ、一念信解だということなんでしょう。顕正会で信心したから自分自身に現証がでた。だから顕正会の本尊は疑う余地がない、なんていう発言もあったそうです。本末転倒とはまさにこの事です。日蓮正宗の信仰をしたことがない人はわからないと思いますが、唯一正しい信仰であると主張している根拠は日蓮正宗富士大石寺には、日蓮大聖人が弘安2年にあらわされた戒壇の大御本尊がただひとつ正しく仏さまの結晶であって、その御本尊を信じて南無妙法蓮華経とお題目を唱えることでのみ成仏が出来るという根源の仏法を説いた教えが700年来まったく変わらず伝わってきたからなのであります。ゆえに大石寺の信仰をしてこそ始めて利益を得るのであって、顕正会のように”オレ流”でやってしまっては大石寺の信行からはなれてしまい、まったく利益はなくなってしまうのです。同じ南妙法蓮華経唱えているほかの宗教と同じレベルまで下がってしまっているということなのです。顕正会は他の宗教を謗法(ほうぼう)といって害があるからやめなさいと教えていますが、いっている当人が害がある立場になってしまっているのです。現役の幹部が聞いたら顔を真っ赤にして破折してきそうですが、少なくとも理論的にはそういう事になってしまっているのですね。高知のT氏を追放した浅井顕正会ですが、いま罪においては比べ物にならないくらいの大謗法を犯していることはもはや疑いがない現在、果たしてどういう罰を受けていくか、想像もできませんが先生に特別な超能力があるというのは聞いたことがありませんのでなすすべもなく無間に落ちていくのでしょうか。・・・・・・やめてよかった。
2007.12.27
コメント(0)
顕正会で活動をするようになってからしばらくして、一人暮らしを始めたたことがあります。住んでいたのは以前同じ組織の会員が借りていたアパートで、そのまま引き継ぐ形で入居しました。私が入る時以前の住人とともに大家さんを折伏し、何とか入信しないものかとあぐねていたのですが、今から思うとうざい住人達だったかなとちょっと反省しています。さて、私が住みはじめてからしばらくしてちょっと面白い体験をしました。日曜の昼、定例の日曜勤行をサボって悶々としてたお昼、私の様子を伺いに支隊長が訪問しに来ました。とりあえず今の気持ちとかいろんな事を話しその時は何とかがんばりますと一応の決意をあらわし午後からは会館に参詣する予定をたてていたときです。お昼を一緒に食べているとドアをノックする音がしました。新聞屋かセールスかなとドアを開けると、見知らぬ若い男性が二人立っていました。どうやら新聞の勧誘員ではないなと思い、「・・・??何でしょう?」と訝しんで尋ねました。相手はやや緊張した様子でいささか躊躇したあと、たどたどしくこう言ったのです。「ここは顯正会の拠点ですよね?」私は面食らい、「はあ、拠点じゃないですよ。私は顯正会員ですけど。あなたがたは何なんですか?」と答えました。「自分達はS会の者です。ここが拠点だと聞いたので、仏法の教義上の事、特に国立戒壇について法論をしたいと思いまして伺ったのです。」などと言ってきました。私はお昼の途中、しかもちょうどおかずをもう一品鍋にかけていた最中にいきなりそんなことを言われたので訳がわからずしばし絶句していたのでした。奥の部屋で食事中だった支隊長が様子が変だということで玄関先に出てきました。相手の顔を見、S会の人間だと解かると、「ああ、あんたらとやりあう気はぜんぜんないから関係ないから帰って。」と一蹴しようとしました。一瞬怯んだ相手でしたが支隊長の名前を尋ねそれを聞くや「あなたが○○さんでしたか!この辺じゃ有名ですよ。」となんだかうれしそうに騒いでいました。支隊長が顯正会は国立戒壇を目指して正しく日蓮大聖人の仏法を実践していると言う事を告げると、「今国立戒壇って言いましたね!?言いましたよね!」と意味不明に興奮してきました。私はS会の意図がほんとに訳がわからなく、とにかくお昼は食べ終わってないしこれ以上こんなやり取りをしたくはなかったので、ここが自宅拠点ではなく私が個人で借りているアパートなのでもうこのようなことで訪問しないでほしいと言ってやっと帰ってもらいました。支隊長の話では、S会の青年部は顯正会などの組織を調べるためにそれらしい家を訪問してはこのような事を行っているらしいと言うことでした。実際に行きあって面食らったのですが、相手のあまりの迫力のなさに法論などという物からはほど遠い印象を受け、それまでS会は極悪非道な謀略組織をかかえていて、かかわったらえらいことになるというイメージがあったのですがそれが一気に拍子抜けしてしまった出来事だったのでした。この後でしばらく話をしていて、結局訪れた彼らは何も知らずただあそこに行ってこいと言われてきたのかなと、あるいはそういう事が世の中の悪を掃除するというような意味で教えられて、彼らの功徳になると指導されているのかもしれないなどと想像してなんだかおかしくなると同時に哀れさを感じてしまいました。今となっては懐かしい思い出です。。。。余談ですが、実は一人暮らしを始めた理由と言うのは、それまで実家で父母と3人で生活していたのですが、段々と両親の仲が不穏になり、父が朝から酒を飲み母と喧嘩をするような環境になってしまい、私がそれに耐えられなくなり家を飛び出したと言うのが本当のきっかけだったのでした。その当時は良くある顯正会員のパターンの信心に専念するため一人暮らしをし、御奉公中心の生活をすると言う表向きの理由もあったのですが、本当のところはこうだったんです。心のそこから顯正会を信じ必死に祈っていた時期でしたので当時は罪障消滅と思いすぐにアパートが見つかり御守護だ!とうかれていたのですが・・・・・・・・罰そのものの姿に他ならないのは誰の目にも明らかでしょう。それにしてもいまだにあの時のS会の二人組の不審者ぶりが目に焼き付いて離れません。まだ活動やってるのかなあ・・・・・・・
2007.12.26
コメント(0)
ますます冬らしくなってきました。皆さん風邪などひいていませんか??さて時事ネタです。今日明日はキリスト教の祭典ということで、日本でもお祭りムードですが、顕正会では当然他宗の行事はやってはいけないので、皆関係なくどちらかというと忌み嫌ってこの期間をすごしています。もっとも日本ではクリスマスは宗教色があまり無いのでただの洋風イベントではあるのですが、やっぱり宗教には違いないので私も活動していた当時は邪教の力がはびこる期間だから何かと気をつけてすごしていたような記憶があります。何をどうしたかは今となってははっきり覚えていませんが、何か不幸なことが起こるんじゃないかとちょっとビビって、とにかく御本尊さまにいのっていました。うーんなんだかなあ・・・前に書いたようにいわゆる謗法は今の世界では避けようが無いので顕正会のように妄信的に暮らしていたのではまったく身動きが出来なくなります。実際わたしの先輩も、子供を幼稚園に入れるときクリスマスはもちろん遠足や行事で宗教がからむことは一切出来ないと説明したそうです。はじめに行ったところはそういうことは困ると断られたそうで、本人は「思いっきり(仏法の大事と謗法の害毒を)言い切ってやった」と意気揚々と申しておりました。次の幼稚園は大丈夫だったそうです。気持ちはわかりますがなんだかエ○バみたいだなと思ったものです。。輸血を拒否するほどの妄信ではありませんが、実生活に支障をきたしているのは事実ですしね。大体エ○バはキリスト教の中でも突出して異端視されているそうで、独自の聖書解釈を元に我こそ正統なりと主張していているそうです。既存キリスト教団体から見たら邪儀・邪見の集団と思われているのではないでしょうか。そういうのもなんだか似ていますね。顕正会が法華講との対論で、日蓮正宗をはなれ御法主を否定し(唯授一人の血脈を)戒壇の大御本尊は一人一人と直接つながっているという直結論を展開して御本尊の偽造を容認する姿は創価学会とまったく同じ道を歩んでいるといわざるを得ません。事実、私が活動していた頃から、池田大作を批判していく様子がだんだんとゆるくなり、代わりに宗門を口汚く罵りだしたことよく覚えております。平成7年だったかと思いますが、体育文化祭と称して大きな会場で派手に運動会を開催したとき、先の先輩は「一瞬創価学会の体育祭とダブって戸惑った」といっていました。種々の文献にも古参の会員はかつて浅井先生は創価学会や宗門の派手な行事をさして、仏法の本質をまったく関係ない行事をにたにたしながら見ている池田や僧侶を痛烈に批判していたのに、まったく同じようなこの催し物はいったいどういうことか、と憤慨したなどと書いてありました。やはりどんな理由があるとしても戒壇の大御本尊と離れてしまうとダメなんですね。
2007.12.24
コメント(1)
ですが、素朴な疑問があるんです。日蓮正宗の発刊する書物は一般人でも購入できるのでしょうか?特に顕正会では存在しなかった、「御書」を正しく拝読したいのでほしいのですが・・・・信心無いものが興味本位で購入するのはあまりよくないと思うのですが、邪法をはびこらせている顕正会がきっかけとはいえ、日蓮大聖人の仏法の片鱗に触れて感銘を受けた一人としてきちんとした道理を知っておきたいと思っています。帰伏しないとダメってことは無いと思うのですが、どうなんでしょう??あ、教学部再建を掲げる顕正会への対策というわけではないですよ。でも「折伏理論解説書」の誤りを認識しておきたいとは思っています。日蓮正宗~版・冨士大石寺~版・冨士大石寺~改版、と三冊持っていますのでちょっと大変な作業になりますが(笑)
2007.12.20
コメント(7)
実際にあった話です。私のいた組織にて、まだ近所に会館がなかった頃でした。所属する支隊の先輩が御本尊をお預かりし自宅拠点としてお守りしながらご奉公していました。田舎にしては活発な折伏をしていた地域で、その拠点でも入信者が多く私も自己対象をあげたり、応援などで他の同士の入信者とともに入信勤行をしていたりしました。当然入信前には謗法を取り除くので、そのお宅には所持しているお守りなどを持ち込ませないようにしていたのです。あるとき、その拠点の主が顔をひきつらせながら自分達の前にとある小さな箱を突き出しました。そこには色取り取りで年代も様々な邪宗のお守りがぎっしりとつめ込まれていたのでした。「いったい誰だよ!一晩これと過ごしてていたと思うと・・・・・」・・・・先輩は恐怖と御本尊への申し訳なさを嘆くと同時に、こんな非常識なことをする者へ怒りを顕にしていました。どうやらある組織で、入信した者から預かったお守りを処分するために集めておいたものが何かの手違いで拠点に置きっぱなしになってしまった、ということだった様なのです。私は恐怖とショックでろくにコメントできなかったということを覚えております。ありえない様なことが実際起こってしまったという感じで、今思うと顕正会のあり方に疑問を抱いても良いような出来事でした。もっとも当時(平成8~10年くらいの時期)においては自宅拠点の御本尊は真偽が不明であると思われるので謗法云々以前の問題ではありましたが、いずれにしましても肝を冷やすような体験であったのでした。
2007.12.18
コメント(0)
ネットサーフィンをしていて動画サイトを渡り歩いていたら、法華講の樋田氏が創価学会の方を相手に質問会を開催している映像を見ました。実は、私が顕正会を脱退したきっかけは樋田氏のビデオであったのです。上記のサイトではありませんでしたが、顕正会の支隊長と対論をしている映像を妻がみつけて私にみさせてくれたのが氏を見た最初だったのでした。退転から復帰し、やはり顕正会に正義があると信じて気持ちをあらたにやり直していこうとしていたときでしたので、指導のまま(笑)見てはいけない、謀略に決まっていると決め付けて法華講の間違いをどう暴いていこうかと考えながら、しょうがないなという風に見始めました。しかしそこに映っていたものは御書もろくに文証として引き合いに出せず、日蓮正宗の唯授一人の血脈を否定する根拠も説明できない、ただ現証があるから顕正会が正しいと言うだけで樋田氏の詰問にほとんど答えられない情け無い男子部の姿だったのでした。ただの中傷や批判ならば仏法とは直接関係ないことでくだらない物だろうと思ってみていたのですが、事はかつて顕正会で習った富士大石寺の根幹に関わる重大事に関することばかり。広宣流布・勤行・三大秘法・血脈・・・・そして御本尊の真偽について。どれも樋田氏があらゆる文献を文証として深い教学を踏まえた明快な切り口で顕正会の矛盾・疑問を突いているのに対して、男子部支隊長の方は顕正会発行の書物だけを頼りにした乏しい知識を強引に押し通すだけという印象でありました。ことに浅井先生を批判する氏に対してその男子部員は修羅の形相でにらみつけて威圧するのみで、見ていてちょうど私が折伏勧誘していたときに対象者が顕正会を批判・中傷したときの応援者が切れてけんか腰になったときの気まずい空気を思い出し見ててつらくなってしまいました。これを見る少し前、そのビデオに映っていた男子部支隊長を班長会にて凛々と活動報告する姿として会館の一室で拝見していましたので、氏のビデオを見始めた時と見終わった時とのとてつもない気持ちのギャップが強烈でありました。なんなんだよこれは!?と愕然でした。以後顕正会に関する情報を集めだしたというわけですが、今思うと樋田氏のビデオがなければまだ顕正会を拠りどころにしていたかもしれません。今年の十一月に行われたという質問会は、やはり氏の快刀乱麻を断つがごとくの語り口は見ていて気持ちが良いほどでありました。決して信奉者というわけではありませんが、非常に魅力のある人物であることは間違いなさそうです。顕正会で氏と渡り合えるほど弁のたつのはやはり浅井克衛氏だと思います。もし仮に対決が実現すればいずれにしても多くの顕正会員がまともな見方が出来るようになるのではと思ってしまいました。それにしても質問会の様子は「対顕正会」と言い換えても現実味を帯びてしまうだろう今の状況が心ある者に長大息を禁じえないものであると感じさせてしまう悲しさをひしひしと感じるのは決して私だけで無いでしょう。
2007.12.17
コメント(3)
最近我が家で犬を飼いはじめました。突然飼う事になったので内心やれやれといった感じでしたが、もともと動物は好きだったので飼ってみたら案外かわいいものです。以前顕正会の先輩から動物にもお題目を聞かせてあげるのは良いことなんだよと聞いたことがあります。顕正新聞にもまれに飼っていたペットが死ぬときお題目で送ってあげたら安らかな臨終であったなんて体験が載っていることがありました。実際はどうなんでしょうか?畜生界の命が成仏するということに関わる問題なので、法門の深いところに触れる内容がわからないとなんともいえません。当然私はわかりません>。<関係ないですが、浅井先生のお宅ではたしか犬を飼っているという事だったです。聞いた話ですが。まだ常盤台に住まれていた頃、先輩が犬を散歩に連れて行く先生を見かけて挨拶したなんて話してました。まだ散歩に連れて行ってるのかなあ??いい運動になるんですけどねえ。。先生が愛犬と戯れる絵は見てみたい気がします^^
2007.12.13
コメント(1)
年の瀬ですが、安定した生活を求め転職をすることになりました。来週から日勤のお仕事です。よく顕正会ではご奉公を第一に考えて仕事を考えるような雰囲気がありました。いまでもそうでしょうか。残業はせず集会や折伏のためには早退や欠勤も当たり前といったような。必然的に離職率が高くなっていくのが皆の常でした。主婦や自営の方が多かった印象があります。もちろんまじめに会社勤めをして少ない時間でやりくりしている方もたくさんいました。私もそうですが、入信してから転職をした経験がある会員はかなり多いはずです。そのきっかけや理由は少なからず顕正会の活動に関わるものであったと思います。以前昔の指導のプリントに「仏法と職業」というタイトルのものがありました。おそらく浅井先生が書かれたものだと思います。どんな内容かははっきり覚えていませんが、人生の真の目的は成仏することだが、仏弟子であることの自覚を持ち、その立場に恥ずかしくないように仕事も立派に勤めあげなくてはならない、というような(?)内容だったと思います。現在組織でこのような指導はなされているのでしょうか。自分のいた組織は比較的古い先輩や昔の資料を元にした指導が多かったのですが、当時でもそんなやり方で活動しているところは古いといわれていたような感じでした。折伏の縁作りのため派遣社員になって人と知り合う機会を増やし、人間関係をあまり親密にしない業務姿勢で仕事を捕らえている若者が多いように見受けられます。仕事を軽視し後悔と苦労をしてきた私にとってそんな風潮はすごく遺憾に思うのです。若い会員の方が顕正会にすべてを依存して職業や社会の情勢を顕正会の言うとおりに捕らえてしまってだんだん本当のことが見えたときに愕然とするなんてことが無いように、私のこの拙く生意気な駄文を少しでも目にとどめておいてくれたらと思っています。
2007.12.13
コメント(1)
謗法について御宗門の方がわかりやすくご説明されていました。顕正会では、とにかく世間の宗教や、創価学会、そして今の日蓮正宗までも謗法って言って触れてはいけない・やっては不幸になるという認識でそれはかたくなに拒絶していました。とにかくあらゆる宗教がらみの行事や冠婚葬祭はまったく触れようとせず、かく言う私も「命にとって危険物みたいな物だからやってはいけない」という構えで暮らしておりました。総幹部会の体験発表でも「~謗法をして身のもつはずもなく・・・」の決まり文句は必ずはいっていました。(今も)当然世間ではそんなのは変わり者の類で、理解に苦しむことだったでしょう。退転中、それでもまだ顕正会を心のよりどころにしていた頃は、今の妻とドライブしても神社仏閣はもちろん車道の大きくまたいでいる鳥居を通ることも避けていたため、知らない土地などでは回り道や道に迷うなど大いに車内の雰囲気を不快にしていたのでした。ちょっと前も折伏の際に相手の持っていたお守りを破壊して警察沙汰になった顕正会員がいましたね。知らない人からみたらもうほとんど精○異○者に違いありません。神社仏閣に入ったら八つ裂きになると感じている会員は結構いるのではないでしょうか。地域によっては明らかに生活に支障をきたします。広宣流布するまでは謗法があるのが当然なのでそれをどうするのかは御書にしっかりかいてあることでしょう。顕正会員は詳しく御書を読んだことがない人がほとんどなので浅井先生や幹部・先輩が言うことだけで判断しています。私は顕正会を辞めてこのブログをはじめて宗門・学会の方たちの文章を見、いかに顕正会が近視眼的な視線で活動していたかが良くわかりました。大体顕正会流でやっていたら世界中どこにも生活できる場所はないですね。神社仏閣に入場したら即座に大罰を食らうわけではないといっている宗門の方々を「堕落した」とか「信心がない」などと罵るだけで内容を見ようともしないのは人としてまともではないですね。どちらかというと顕正会が危険物です。
2007.12.06
コメント(1)
私が入信した年のことです。ちょうど顕正会が50万を達成するときで、私もその年の後半から折伏をどんどんするようになっていった頃の話です。夢中になって友人・知人を誘い折伏の場で喧嘩になったりうわさが広まって周りとだんだん疎遠になっていき、自分自身でこんなことでいいのだろうかと考え始めたのでした。当時私のいた組織は支隊が4~5つあり、会館はまだなかったので自宅拠点を中心に活動しておりました。あるとき拠点をお借りして勉強会を開き、別の支隊のN支隊長と話していました。その場で自分はもう自信がないという風にいい、折伏の進め方に対して疑問がある旨を話しました。N支隊長は自分の支隊長とは違った性格でもともとは顕正会に反発していたという人でした。すでに結婚していて、奥さんから折伏を受けたのですがまったく納得できず、妻が悪い団体に騙されているのだと思い自分でその証拠を突き止めるため集会やビデオ放映に参加し、顕正会のあらゆる書物を読み漁って調べまくったそうです。しかし間違いや不振な点は見つけられず、結局入信し人が変わったようにご奉公をし出したという経緯の持ち主でした。高校時代から顕正会一筋の自分の支隊長と違って逆縁の者、退転する者の気持ちがよくわかる人でありスポーツマンでもあったため語り口はさわやかでありました。上からの指導一辺倒ではなく、自分なりの信心の捕らえ方をもっており共感できるものが多くあったものです。そのN支隊長と話し、「こんなにいやな思いをして自分も相手も良くないんじゃないでしょうか?」と話しました。それをきいたNさんは即座にこう言ったのです。「それは相手のことを本気で考えてないからだよ。君が入信していいと思ったことならたとえ嫌がられても相手に教えてあげなくちゃ。」そのときの言葉はさして印象に残るようなものはなく、顕正会では良くある会話だったと思います。それよりもNさんの確信を通り越したようなごく自然な言葉とさわやかで人懐っこそうな暖かいまなざしでそれを言われたことの印象が強烈に心に残ったのでした。帰りの車中で、ああこんな人がいる団体ならやっていけるんじゃないかなと涙があふれてきたこと今でも忘れられません。時は移り一昨年数年ぶりに顕正会に参加しだした頃です。Nさんは健在でとても偉くなっていました。大勢の前で話すその語り口は前のように淡々と穏やかでした。ただちょっと元気がないかなと感じましたが。日曜勤行を終え、皆で会館の外へ降り各組織ごとに打ち合わせや談話をしているのですが、Nさんが降りて来るのを見かけ恥ずかしいけど挨拶しようかと思い混雑の中近づいていきました。私に気がついたかどうかはわかりませんでしたが、そのまま無表情に過ぎていきました。まあ忙しい人だし、今頃戻ってきた退転者など相手にしないのが普通かなと自分を諭したのでした。しばらくして現男子部長が隊の座談会に来るというので出向き一部始終を見聞きしたわけですが、そのとき強烈に目に焼きついたシーンが無表情に過ぎていく男子部長の力のないまなざしだったのでした。先日素通りしていったNさんの目とまるで同じ冷たい目でした。最近Nさんの登壇を聞く機会がありました。感極まって声をつまらせている様子は自分の覚えているその人には似つかわしくありませんでした。10年の歳月はどんな立場の人でも変わるのには十分な長さです。久しぶりに見た人の変貌を短絡的に下すのは浅はかなことであるでしょう。しかし、涙ながらに浅井先生への恩を登壇する人物があのような冷たいまなざしをしているのはいささか不似合いだと思うのは私だけでしょうか。
2007.12.03
コメント(1)
仏法は体、世間は影といいます。仏法をどう実践するかで世界は左右されるということです。顕正会ではこの内容を重視していました。今の世の中が乱れているのはは仏法を軽んじているからで仏法を立てて世法(いわゆる世間の所作すべて)を行わなければどんなに才能・努力があったとしてもうまくいかなくなるということです。それに伴い個人のみならず国家が、仏法を立てたか否かで歴史上どんな興亡盛衰があったのかを指導していました。歴史上の様々な出来事は意外なほど仏法に縁が深く、聖徳太子が遣隋使を派遣したのは法華経経典補完のためだったとか武田信玄が打ち滅ぼされたのは大石寺の宝物を盗んだためだった、また大正時代の日正上人が立正大師の称号を天皇からもらうなど法を下げた結果が関東大震災だった、戦時中大石寺に神札を祭ることを拒否しなかったため広島・長崎に原爆が落ち敗戦したなど。戦後は創価学会のかつてない折伏弘通により日本が奇跡的な復興をとげたこと、正本堂ができた時期は日中国交正常化となり、ODAとして莫大な資金援助をしなくてはならず広布前夜に日本が中国から他国侵逼を受ける原因を作ったこと、創価学会が関西に於いて独自に作成した御本尊を大量に配布し、本山から下付された御本尊と交換させた直後に阪神大震災が起こったことなどなど。。。とりわけ顕正会ではにわかには信じがたい世間の出来事との因果関係を説明していました。仏法を正しく実践してもいわゆる「魔のはたらき」によって妨害されることも必ずといっていいほど指導がありました。極め付けだったのはオウムが出たとき、「第六天の魔王(魔の働きの親玉)は顕正会の動きを妨げようとオウムをして宗教というもののイメージを決定的に醜悪なものにせしめ、世間の人に宗教は恐ろしいものだという認識を徹底的に植えつけた」というような指導を大真面目にしていたのです。克衛氏が特に力をいれて喋っていましたっけ。顕正会にしかいなかったのでよその団体でどんな指導があるのかわかりませんが、私がきいた内容が御幣があるにしても大まかには合っているとしたら、世界の中枢は大石寺ということになるのでしょうか?世界の、いや宇宙の根本は戒壇の大御本尊まします日蓮正宗大石寺。悲しいかな教学らしいものを持たない顕正会員はこれをただただロマンあふれる理想物語として捕らえるのが精一杯、御書を学びながら真実をつかんでいく現実感は得られませんでした。顕正会は信心の根本である御本尊において重大な嫌疑がかけられています。もし、間違ったことをやってしまっていたら当然悪い結果として現れます。元気で楽しそうな充実している顕正会員をよーく見ると意外と体が斜めになってたりして。
2007.11.28
コメント(0)
顕正会で歌う「会歌」がさる掲示板の一部で話題のようです。入信した頃、総幹部会や隊座談会などで会の歌を歌うのにすごく違和感があったものです。「広宣流布の大行進」「両眼滝のその日まで」を皆で毎回歌っていました。どちらも演歌・軍歌調のもので、まあそれらしいと思いましたが皆が会場で歌っているのはやはり異様な光景だったです。初めて見たら引く内容です。実際冷や汗が出ました。ほんとに。(でもCD買ってしまった・・・・)一番変だったのは、前に出て指揮をする人が金地に日の丸を描いた扇子をバッテンを描きながら振り回す様子でした。昔のビデオを見ると、歌は代わってもその指揮の仕方は同じようなのでもしかしたら本宗信徒団体の伝統なのかもしれません。今顕正会では「遺命重し」という戦時中の「海ゆかば」の替え歌が歌われています。元歌はそれまで聴いたことはなかったのですが、穏やかな曲調でメロディーはそんなに悪くはないと思いました。歌詞はちょっと恐ろしい内容でしたが。いわゆる軍歌や軍歌調の歌を歌う事については賛否両論であるのが現状ではないでしょうか。個人的には特に思想的な抵抗感はないです。軍国主義を経験した方々には受け入れがたい物はあるでしょう。現在はその年代の人はあまり会員にいないから本部としても不都合はないという判断なんでしょうかね。いずれにしても多分に浅井先生の個人的な志向がこれを成さしめているのは明白です。若年層が大半を占める団体にしてはちょっと落差がありすぎます。ただこれを取り上げて顕正会が間違っているとか、軍国主義であるから早くやめよというのはいささか方向がずれている感じですね。広宣流布には直接関係ないでしょう。歌という非常に情緒的なアイテムにまつわる論議なので、感情を刺激されるものであるのは理解できます。「遺命重し」のみならず、一様にまるで右翼のテーマソングみたいな曲ばかりなので、極右過激派集団であるかのような連想をしてしまうのは仕方がないです。私としてもせめてあの日の丸扇子のバッテン振りはやめてほしいなと。しかし物事の本質ではないのであくまで論理的な行動判断をするべきでしょう。以前より主張している御本尊の問題の解決の方が先であると思いますね。余談ですが、手拍子はまだずれているの?アレだけは正直我慢できなかったです。○枝さん指導してあげてほしい。ほんとに。
2007.11.28
コメント(1)
おととい本年の顕正会折伏法戦は終わったようです。昨日かつての支隊長と会いまして、いろいろ話しました。以前のように明け方まで折伏の約束をとるという事はなく、11時位には解散したということでした。組織も10年前よりは平均年齢が上がっているのかもしれません。深夜に会おうという対象者も少なくなっているのでしょう。本部指導も徹底してきているのでしょうか?いずれにしても私のいた組織は活動が長い人も増えてきていると思いますので、生活の一部として要領よく参加しているものと思います。「馴れを生じている」と怒られそうな内容ですが。若くして入信し仏法の感激のまま発心して戦いに身を連ねてきた人は、自分が歳をとってもかつてのようにご奉公しなければいけないという気持ちが頭の隅にあるものです。指導では、信心は自分の条件とは関係がなく生活上で選択を迫られたとき仏法にかけ切った時にこそご利益があり自身の生活もかえって自在を得るといいます。仕事だから、家庭の事情だからと顕正会に行くのをしぶっていては功徳がつめず、自分の生活もうまくいかなくなってくるということでした。今顕正会は本山の血脈を否定し、御本尊のお取り扱いは黒い闇に包まれ、広宣流布のタイムリミットを設けて会員に新会員獲得のノルマをかける似非宗教団体の様相を呈しています。浅井先生の言う「富士の源流」による顕正会第一の主張が御仏意に叶うという根拠が証明されない以上、私がいた組織の同士のほとんどは罪障を積みこそすれ、思っているような功徳は微塵もつんでいないことになります。つまりやればやるだけ不幸な生活になると。昨日の先輩は楽しそうでした。仕事も自在を得てご奉公をするのに十分な時間もお金も得ているようでした。何より仕事が面白いという雰囲気が良く見て取れました。御本尊の功徳と魔の所為は紙一重といいます。仏法は因果関係ですから先輩の今は必ずどちらかの力の結果であることには違いありません。本山の理屈から言うと御仏意に叶っていないので魔の通力の結果です。顕正会員としては、浅井先生が正しいということは現在の状況からは臨終がどう出るかのみでしか判断できません。魔の通力か功徳かどうかわからないまま臨終を迎えるということです。私はどちらが正しいかは断定することが出来ません。正確に言うと判断するべき立場にはいないということです。大まかな理論においては宗門の内容が正しいといえますが信行においては顕正会以外には為していないゆえに生活上の判断は信心していた10年間の体験でしかわかりません。私においてはこれぞ仏法の大利益だ、というものは語るほどはありませんが、常に一緒にいた先輩の今の生活は羨望の的であるといえます。難信難解とはよく言ったものです。一個人がたしなみ程度に学べる内容ではありません。師は針の如し、弟子は糸の如しといわれても信心している所が正か邪か、見極めることがまず難しい。どうすればいいのかというのが本音です。皆年をとって若い頃の感激だけで行動するのが難しい年齢になりました。今年核戦争が起こるのは「第二の五十年」などと言っているところをみるとどうやら間逃れるということのようです。今しばらく時間はありそうなので事の邪正がはっきりするのを見れそうな気がしてきました。もう少し年はとる必要があるみたいですが。
2007.11.27
コメント(0)
後輩からSNSを紹介されてやってみました。昔の知合いがいてものすごく懐かしかったのでした。10年の隔たりは想像以上に時の流れを感じさせたくれたのだけれども何か旧友に再会できたような喜びを得させて暮れました。「前に行った焼き鳥屋に行きませんか」、と言う1年ぶりの思いがけない誘いを断る理由はなく、既に就寝の時間に迫ろうとしていた平日の夜に退屈ないつもの夜とはかけ離れた特別な時間を求めるままに満喫しました。楽しいと感じたのは本当に久しぶりだったのです。 昔話のついでにケータイの話になり、SNSで同窓の友人たちといろいろ情報交換している後輩にサイトの招待状をもらい、思った以上にローカルなネットの世界に驚きと懐かしさを感じまくっていたのでした。折伏で友人をなくしている自分にとっては積極的には内に踏み込めない怖れともどかしさがあり、この夜の出来事が時間をかけて少しずつ旧友との信頼関係を再構築していこうと決心する強烈な動悸をこの思わぬプレゼントが今まで諦めていた、顕正会を離脱してまともな世界へ復帰するための行動を呼び起こさせてくれそうな気がしてならなかったのでした。非常に親密度の高いインターネットのサービスは「折伏職人」の顕正会の方々には敷居の高いコンテンツだと思います。現に私もクラブ活動をともにして、世間でいえば旧知の親友であるべき人たちにはメッセージひとつ出せませんでした。「出したくても出せない」のです。自分と相手の気持ちを考えれば考えるほど。快く私の社会復帰をこなしてくれた飲み仲間の後輩との関係を考えすぎているのかもしれませんが。SNSと聞いて「折伏の縁作り」と思ってしまう顕正会員があわれでなりません。「対象者と飲んでる暇があるのか!?」と上長が叱咤する光景が目にうかびます。旧知とうまい酒も飲めないなんて・・・・・浅井顕正会に忠誠を捧ぐ信奉者のみなさん、あなたがたは何の為に生きているのですか?ほんとに現世安穏・後生善処って実感しながら顕正会の活動してます??
2007.11.16
コメント(0)
本日は富士大石寺第三祖日目上人の御命日です。顕正会でも「目師会」と言う行事を毎年行っていました。よく「浅井先生は日目上人の再誕」などと各方面で言われています。アンチがバカにして言うのはよく目にしましたが、会内ではそんなことほんとに言っていたのでしょうか?私のいた組織ではとりあえず浅井先生は在家の指導者であって宗門とは別の存在と言う認識が多かったです。しかしベテランの先輩は「先生は日寛上人の後身といわれている」と話していました。いわゆる「富士の地下水」と言われる教学力と宗内随一であるという日蓮大聖人への忠誠心がその証拠だということでした。組織にいたころは、仏法上有名な菩薩が日本の著明な正師として正法流布のため後身となり出現していく様子を学びました。(誰が誰に、はあまり覚えていませんが・・)その余談と言う感じで浅井先生は日本の広宣流布に使命があるため出現し、その内証は日寛上人であると言う話をよくしていました。入信直後の平成8~10年までは戒壇の大御本尊はまだ正本堂におわしましたので、先生の公式な見解も日蓮正宗を否定するものではなかったと思いましたが、御遺命守護完結にあたってその当時の宗門を完全否定し(今もか。)唯受一人の血脈を完全否定した現在、金口の血脈は顕正会にこそあると言う意見がまかり通っているかの如くであります。私が聞いた「浅井昭衛寛尊説」は出どころは知りませんがおそらく昔から顕正会内で言われてきたものであると思います。いま「浅井昭衛目師説」はほんとに顕正会においてまことしやかに言い伝えられているのでしょうか?先生は日目上人なんだよなんて指導、もし私がまだ現役でもとてもできそうにありません。そんな指導する先輩がいたら軽蔑するでしょうね。おそれ多すぎますもん。もし「目師説」が本当なら本日大宮の本部では自分で自分のための行事を開催し、自分で自分を褒めちぎっている事になりますが、そんな先生ご自分でどんな心境なんでしょうか???大丈夫?
2007.11.15
コメント(2)
久しぶりです。パソコンの環境入れ替えまして、しばらく書き込みから遠ざかっておりました。OSごと新しいものにしましたので万が一表示等不具合がありましても怒らないでください^^さて私が顕正会の本当の姿を見るきっかけとなったのがパソコンによるインターネットの情報だったのですが、つくづく知ると知らないでは、自分にとって本当に有利かどうかが全く異なってしまうということを強く実感しています。今回はパソコンは自分で入れ替えたのですごく安くすみました。顕正会当時はちょうどウインドウズ98がでた位の時代だったのですが、自分はパソコンなんかほとんどわからない人間でした。折伏して入信した高校の後輩でシステムエンジニアをやっている人がいたのですがその彼にちょこっと習った位でそれほど興味もありませんでした。(後輩はすぐに退転してしまいましたが・・)顕正会の活動が嫌になりとりあえず仕事をまじめにと、勤めた会社でコンピュータを習う機会があり、30歳過ぎからでしたがそこで一生懸命覚え身に着けた知識がいま大変役に立っているのです。教えてくれた会社の上司や同僚、関連会社の方たちには感謝の気持ちでいっぱいです。もともと凝り性だったのが幸いして普通に仕事で使う以上のことを学べ、おかげで家でもコンピュータの管理は一通り行うことができ、お店や専門家に頼ることなく安価に機械を稼働できます。もし顕正会にずっといたらまずありえない事であったと思います。今のようにコンピュータは当たり前の時代に、全くパソコンに触れたことがなければ既に友人・知人の少ない自分にとってはきっと途方にくれていたに違いありません。パソコンの使いかたを知る、知らないは顕正会を辞めたものにとってその後の復帰を大きく左右するものであるといっても過言ではありません。そうは言っても技術的には全然へなちょこなので、見ている方々には偉そうな口きいて申し訳ないです。恥ずかしいです。(>・<)とりあえずまだ不慣れな環境で運用していますので不安です。でも新しい事をやるって言うのはすごく楽しいです^^。なんだか幼稚な文章になってしまいました。何しろ二日寝ていないので・・・おやすみなさい!
2007.11.14
コメント(0)
そのとき誘った人は40歳くらいで佐藤蛾次郎そっくりの濃い人物で、車には百体を超えるUFOキャッチャーのぬいぐるみをデコレーションしておりUFOキャッチャー命のような人だったのでした。最初誘ったときは面食らったようだったのですが、首を傾げながらもなぜかついてきたのです。もう一人いた同士が携帯から支隊長に状況報告。折伏最終日とあってなかなかつがらなかったようでした。時間もかなり遅かったためとにかく近くのファミレスへ直行。なんだか不思議な三人のお茶会となりました。話すこともなくお互いぽつりぽつりと意味のない会話を交わして時間をつぶしました。そろそろ日付が変わろうとしていました。そこで何をどう話したかあまり覚えていません。その人は港で働いていてまだ独身。UFOキャッチャーはずっと趣味で生きがいだということは一緒にいた同士が後であらためて教えてくれたことでした。ただ相手の最初から最後まで「俺なんでここにいるのかね???」という表情のみ脳裏に焼きついています。誘われたときから不信感いっぱいだった彼は突然の宗教勧誘に対して表情を変化させることはなく「そうゆうのは興味はない」との一点で結果は逆縁でした。ただ「なんで今日ついて来たのかもわからない」とも言っていたようでした。いわゆる「最終日マジック発動」だったのでしょう。顕正会では折伏締め切り最終日は不思議なことが良く起こるとして奇跡的な折伏成果が報告されています。よく「先生の大信力」と随所で言われてるものです。でもそんなの関係ねー!って感じです。最終日はみんな血眼になって目茶苦茶やってるんですもの。入信勤行終わって「俺なんでここにいるの!?」という人が続出なのが顕正会折伏法戦締め切り最終日なのですから・・・・終わって帰るときはすでに1時を回っていたのですが、当時の心境として同士二人、顕正会員として最終日に戦えた充実感でいっぱいになったものであります。(ははh)神奈川県で大学生とその先輩の会員が逮捕された事件があったのが2005年5月。あの時もゲーセンで知り合った人を連れ込んで騒ぎになったと思いました。我々も似たり寄ったりのことをしていたんだと青くなったものです。一歩間違えば警察沙汰と無縁ではない状況であったかもしれませんから。顕正会のみなさん、今月は10・11月の連続法戦でしたっけ?総幹で先生が「2万を超える大折伏を!」と大号令掛けてましたね。くれぐれも功をあせり訳のわからない勧誘はなさりませんようお気をつけください。折伏って本来人のため・国のためでしょう。先生の妄言のため自分の人生無駄に費やすのはむなしいですよ。11月の第四週末くらいが今年最後の折伏締め切りになると思います。世間の人たちも非常識な顕正会の勧誘には十分気をつけていきましょう。ゲーセンで目が血走ってて挙動不審な人物には近づかないようにしましょうね♪
2007.11.10
コメント(0)
街折で私が経験した事例1「釣り」その当時の組織では釣りが好きな人が結構いて、私も経験があり嫌いではなかったので釣りを通じて折伏対象を取ろうとしていました。もっとも釣りそのものを恰好の逃げ場としていたきらいはありますが・・・・流行っていたブラックバス釣りをメインに地元の釣りスポットで釣り人をターゲットにして仲良くなるという作戦です。^^同じ支隊で約二名根っからの釣り人がいたためこの作戦は功を奏し数名の折伏順縁を得て、そのうちの一名は班長にまでなりました。私においてはただ釣りを楽しんだだけとなりましたが、団体戦の雰囲気で折伏の応援に参加しました。複数で同じ状況を作って対象者をゲットしたので比較的自然に事を済ませることが出来たため成功率が高かったと思われます。乗りと勢いで押し通した感じです。2音楽学生時は音楽部だった私は自分の特性を生かそうと音楽を通じて対象を取ろうともくろみました。先の音楽サークルは出入りできない状況なので新たな方面を模索していたのです。そこで街のCDショップで同じ嗜好の音楽CD見ている人に声をかけ、音楽の話で盛り上がった後折伏に誘うというパターンを取ったのでした。結果はあまりうまくいかず、「何で宗教の話になるの?」と不審がられ入信にいたることはありませんでした。(アタリマエダ)その人たちとも二度と交流はなくむなしい結果となったのでした。3UFOキャッチャーその頃、よその組織で「ゲームセンター」で声を掛けて仲良くなりそのまま折伏というパターンで猛烈な成果を出しているという話があり、隊をあげてそういう「縁作り」に躍起になった時期がありました。当然夜な夜な地元のゲーセンに出向き、うろうろしては声を掛けやすそうな人を物色していたのでした。ゲーセンで折伏が流行ったのは、ゲームおたくの人が入信しホームグラウンドのゲームセンターでゲーム談義に華が咲いたついでに先輩の顕正会員がうまく入信させたケースが多かったというのが実情だったのでしょう。当時は折伏の対象者が尽きたらとにかく「ゲーセンでとっ捕まえて来い!」というのが組織の上長の掛け声だった感じです。お題目唱えるより外出て対象者を当たれという雰囲気が強かったです。私のいた組織の支隊長はそういう「街折」は快しとしなかったのですが、同じ隊の「街折派」の勢いには勝てず、会館周囲でうろうろしているくらいならゲーセンに行ったほうがいいという見解を示し、比較的高年齢だった支隊員一同不慣れなゲームセンターでうろうろしては結局時間を無駄にしていたのでした。流行のアーケードゲームはまったく太刀打ちできず、とりあえず無難な「UFOキャッチャー」を狙ってそこに来る誘いやすそうなターゲットを物色していました。UFOキャッチャーは素人の人が多く、そういう人と知り合いになるのはナンパもしたことのない私にとってハードルが高かったのです。そこでマニアで毎日来ているような人を狙い、「すごいですね、私ぜんぜん取れないんですよ」なんて声をかけそれとなく近づいていく作戦で行きました。折伏締め切り最終日にもなると、こうゆう日々の成果を存分に駆使し、前回話したような人を見かけるとさも知り合いになった様な気で近づき「今日は調子どう?」なんて話しかけたものです。今では絶対に出来ませんが。とりあえずしばらくUFOキャッチャーに興じた後、「良かったらコーヒーでも行きませんか?」なんて誘ったのです。
2007.11.10
コメント(3)
前に書きましたが、折伏をするのは個人の「縁」に限るというのが顕正会ならびに日蓮正宗の通例であります。家族・友人・知人などを対象としていて見ず知らずの人は普通はしないのです。一応そういう決まりみたいなものがあったので、街頭での折伏通称「街折」は禁止という建前でした。つまり街などで見知らぬ人に声を掛けて仏法をやらないかというのはNGなのです。ただ、顕正会のような無差別絨毯爆撃的勧誘を常としていると縁はあっという間に弾切れになりますので、とにかく折伏をこなさないといけない使命を背負った会員は様々な知恵を絞り縁故を開拓していくのです。斯く言う私ももともと知り合いの少ないうえにそそのかされるまま折伏を続けた為、組織に馴れた頃には折伏の相手はほとんどいませんでした。あるとき、私のいた組織に「縁作り」という手法が導入されることとなりました。まあ、ようは折伏対象者がいなくなった班長・組長において、何とか折伏成果を伸ばそうという気持ちがあるものたちには個人の縁故が限界に達して折伏の段取りに支障をきたす状態であるとき、個々において他人と何らかの接点を得てそれを「縁故」とみなし折伏対象にしてしまおうという行為を指すものでした。つまり、不自然のないようにそれぞれの嗜好に応じた場所に応じて他人と知り合い、気心が知れた頃折伏の段取りをとって勧誘行為をするということです。まあ、「ナンパ」とほぼ同義です・・・・・男同士だけど(キャー!!)
2007.11.10
コメント(0)
久しぶりに風邪を引いたようです。頭痛・発熱・下痢・・・・とほほ顕正会ではよく風邪を引くと「油断したな」といわれました。世間でも病は気からというので間違いではないと思いますが、活動の妨げになるものは極力排斥したい意図が見えたような・・・熱があっても折伏の予定があれば完遂しなければいけない雰囲気は確かにあったように思います。大事な結集の際、風邪で班の後輩が欠席になりそうな状況では、なかなかでない電話を繰り返し鳴らし、やっと出た後輩に「何とかならないかなあ、この集会はとっても大事なんだよ」と無理を強いていました。行ける状況とそうでない状況ってあリますよ、ともっともな返事をもらいましたが本人のためには行かせてあげたいと思ったものです。感覚がおかしかったのでしょうね。仕事でもないのに。仕事でも休むときは休みますよね。体験発表でよく癌が消えたというものがありますが、浅井先生の弟が40代で癌で亡くなっていると聞きます。これってどう解釈して良いのやら。総幹部会で先生の後姿が映されると、ちょっと肥満じゃないかなと思ってしまいますが、お体大丈夫なんでしょうか。以前先生は肉しか食べなくて野菜などは婦女子が食べるものだと思っていたが、あるとき頭がボーっとした状態になり野菜を食べなくては体に悪いと気がついたなんてエピソードを先輩から聞いたことがあります。その頃は栄養士である女子部長のコラムなんかが機関誌「富士」にのっていましたね。Sさん退転してしまったのでしょうか?今いずこ??現男子部長や総合女子部長なども先生に負けず体格が太くなっています。病気をしないといいのですが。とりあえず早く風邪を治そうと思います。では。
2007.11.09
コメント(1)
入信する前の話です。とあるホテルでアルバイトしていたときの事です。退社後にそこで同僚だった女性から顕正会に誘われた職場だったのです。田舎の小さなホテルだったので、地元の用心棒的なその筋の人が月に二三回訪れていました。その人は日本刀が好きであったらしくあるとき業者を連れてレストランの裏で品定めをはじめたことがありました。なれた手つきで鞘から刀を抜き差しし片目で刃を斜めから覗いたりまっすぐ持ってかざすように見たりと大人な趣味の世界を垣間見たようでした。思わず「本物なんですか?」と聞くとにやっとしながら「試してみるか?ぶすっと」と怖い冗談を言って私を恐れさせました。その日本刀はすごく有名な「清麿」というもので一千万円位するものだということでした。値段はともかく実物は今まで見たことのないような輝きを放ち、濡れたような美しい刀身にしばし見とれた記憶があります。数年後顕正会に入り、いろいろな話の中で浅井先生も日本刀が好きであることを聞き、あの当時見た清麿を思い出し何か親近感を覚えたものでした。憶測なのかもしれませんが、当時の組織の先輩から先生は自宅の庭で真剣を用い素振りなどをして体を鍛え万が一のときに備えているなどと聞き、すごいんだなあと感心してました。実際先生の指導の中で「自分は良い人材と出会うのがうれしい。刀剣が好きな人が名刀と出会うのが楽しいのと同じで私は人材と出会うのがなによりの楽しみである」という内容の話をしていたことがあったようです。今思うと会員を武器にたとえたようなこの話はなんだかヤクザの世界の鉄砲玉を連記させてちょっとおっかないなと思えますね。日興上人の遺誡置文にも「刀丈等はこれを~」旨の一文がありましたね。だから日本刀を持っている(?)のでしょうか?日本刀を所持する人すべてではないと思いますが、多くは危ない世界の住人や資産家・有名実業家などの浮世離れした人たちではあるようです。先生が危ない世界の住人ではありませんように。
2007.11.06
コメント(0)
私はダメな人間です。顕正会に入信したときは小さな工場に勤めていました。今思うと、もし入信していなかったらまだその工場で働いていてそれなりの技術や経験がある工員であったのかもしれません。でも自分の性分を考えるとたとえ顕正会に縁していなくてもその工場は長く続かなかったのかも知れませんが。入信してその数名しかいない会社でも折伏をはじめ、仕事終わりに食事がてら勧誘行為をしていました。入信する人はいなかったのですが、ひとつ年下の同僚とトラブルが起こったことがあったのです。折伏の数日後、その同僚が体調を崩し仕事場で熱があってつらいのだと言っていたとき私は「罰が現れたんじゃないの?」と軽く言ったのでした。その言葉は大いに彼の勘に触ったらしく「言っていいことと悪いことってあるだろう!?」とすごい剣幕で胸倉をつかまれました。驚いた私は相手の様子を見ながら失礼があったのは謝るが顕正会は決して間違ったことはやっていない、道理を言い切っていく団体なのだなどと言い渡したのでした。彼は私には言っても無駄だという面持ちで去りましたが、私は指導のように法難が起きたのだと思い冷静に考えるように勤めたのでした。折伏理論解説書のとおりの現証が起き少しヒーローにでもなった気分でしたが、心の動揺は消えませんでした。数日後、仕事の人に会うのが怖くていやになり、夜中会社を辞める旨の走り書きを会社のポストに投げいれ逃げるように辞めたのでした。それ以降自身の宿命か生き方に迷い仕事を転々とし、顕正会の活動で活路が見出せるとの指導を一分信じながら組織に足を運んでおりました。しかし折伏も行き詰ると逃避をはじめ仕事からもも顕正会からも避けていくような生活になってしまいました。顕正会においても仕事はまじめに自分自身のためがんばって働いている人は大勢います。中には出来る範囲で折伏をやっていこうとする組織に、自分の生活を守りながらこつこつ仏法を実践することを模索していってる生き方の上手な人がいます。私はそういう器用なことは出来ず、顕正会の感激のままわが身を省みず、仏法こそ自分の求めたものとしてすべてをささげ指導のまま実践しました。しかし宿業は変わらず行き詰るとすべて投げ出し結局自分自身どうしていいかわからず、結果として人生を粗末にしていたのでした。もし「本物」の仏法を実践していたならこんなダメ人間も救われたのでしょうか?経文や御金言にあるように身を捨てて御奉公すれば不思議な御加護が得られたのでしょうか?結局私自身はどうしようもないダメ人間、信じて生活を賭けた団体は御本尊偽造の堕獄集団。つくづく自分の罪障の大きさにいやになります。
2007.11.05
コメント(3)
顕正会は中学・高校の同窓生を中心に広まることが多いです。私の県でも現役の高校生が爆発的に勧誘をして教師やPTAなんかに大騒ぎされることがあったようです。そのくらいになると総幹部会なんかで大々的に発表されたりしてました。さて、高校の縁でどんどん折伏を進めていったとき、対象になる知り合いが取り合いになる時が結構あります。良くあるのが、同じ同窓の仲で顕正会員同士であるとあの人はまだやってないとかもうやってだめだったとか順・逆の情報交換をするケースです。男子部が女性を誘うケースでは「あいつはまだやってないよ」「アレはやったけど最悪だった」「あの子やってあげなきゃ」なんて傍で聞いてたらいかがわしい会話に聞こえたんじゃないか、と思う話をしてました。ちょっと楽しかったような気がします。(←バカ)女子部の同級・同窓生も徐々に現れはじめ、たまに電話が掛かってくると誰はまだとかそっちはどうだったかなんて聞かれたものです。内心もっとときめく会話にならないかなあなんて思ったときもあったのですが、女子の方が貪欲でシビアだったです。「あの人はまだやってないんだね。私が先に対象取るからね。逆縁だったらあげるわよ」なんて闘志満々な方結構いましたね。結構聞いてたらぎょっとするような会話を普通にしていました。ある幹部の夫婦は戦いが終わって家でテレビを見ていて不幸な状況を謗法で祈念して何とかしようとする内容のドラマに「あんなことするから不幸なんだよ。ばかじゃないの!?」と普通に会話するのを男子部であったその幹部はふと「・・・・・世間で聞いたら俺たち○○ガイだよなあ~・・」と可笑しくなったといっていました。どこの組織も、その中でしか理解できない会話はあると思いますが顕正会は特に強烈な個性とも言うべき独特の雰囲気がありましたね。折伏の対象を取る雰囲気は対象者を救うというよりは自分の欲望にまかせてなりふりかまわずな感じがしてちょっと怖かったですね。慣れてしまっていた自分が恐ろしい。
2007.11.04
コメント(2)
私が顕正会を辞めたきっかけは妻のアドバイスでした。仕事の同僚だった今の妻に以前顕正会員として折伏として勧誘をしていた経緯があったのでした。そのときは逆縁で、折伏の翌日は話もしてくれませんでしたが、あまり細かいことを気にしない彼女とは気が合い私が顕正会の活動をいやになって退転状態の時に交際を始めたのでした。一緒に住み始め籍も入れようかとなった頃、彼女の両親に挨拶に行くことになったときです。そのころ私は顕正会に関してはほとんどノータッチでしたが、彼女が自分の両親には宗教のことは決して言わないようにといったのです。実は彼女は結婚は二回目で、はじめの人は本門佛立宗という日蓮宗系の宗教をやっていたというのでした。彼女のご両親もそのことでいろいろいやな経験もしたようで私の件についても顕正会のことだけが心配といっていました。この頃私は活動は一切していませんでしたが、もし万が一現証で判ることがあれば浅井先生のもとに駆けつけるなどと心では思っておりましたが現状では体裁を整えて事を進めていました。平成16年ごろ、長い退転状態から一時的に復帰し徐々に活動を再開し始めた時でした。私の変化に気づき、私がまた顕正会で活動しているとわかった妻はいろいろ思案した挙句にインターネットの顕正会についての情報を私に見るように勧めたのでした。はじめに見たものは妙観講の樋田氏と顕正会の男子部の支隊長との対論の映像でした。謀略だろうとあら捜しをして見ていた私は、樋田氏の理屈が通った話しに対して顕正会側の反論できないことを屁理屈で覆い隠す姿を見て大変なショックを受けたのでした。結局妻にもまともな言い返しは出来ずビデオを見終わる頃には無言で自室にこもっていました。この瞬間に自分の中で何かが壊れたような衝撃を受けていたのだと思います。それよりは顕正会に関する情報をネットで集め、何よりの重大事、御本尊のお取り扱いに関して明らかに過ちを犯している証拠を見て顕正会に拭うことの出来ない疑念を抱く結果となりました。ただ批判・中傷しているだけだと思った反顕正会のサイトでしたが、今まで知らなかった情報で論理的に破折している内容を読み「これはちょっとシャレにならない」と青くなったものです。私は現在一切信仰に関する活動はしていません。日蓮正宗の僧侶・信徒(法華講)の方々こそ、唯一正しいといえる根拠がある団体だと考えていますが日蓮大聖人の仏法を真に実践するだけのきっかけはなく傍観に徹する身でありたいと思っています。大聖人の仏法は人間の知恵を遥かに超えたすばらしいものです。この存在を教えてくれた顕正会には一分感謝こそすれ決してその犯罪行為を許すべきではないと考えます。現に私が仏法そのものを疑うきっかけにもなっている日蓮正宗を取り巻く状況に大きく関与し、多くの純粋な人を惑わしている浅井昭衛という人は悪人であると断定せざるをえません。今こうしてネット上で多角的な見方で日蓮大聖人さまの仏法を語りあえるのもあの時妻が助言してくれたおかげです。私の両親も結婚を喜んでくれました。10年のあいだ顕正会漬けだった私を見捨てず影でささえててくれた家族には感謝してもしきれない恩でいっぱいです。今まで逆縁の家族を見下すような折伏を続けた自分がただ恥ずかしいです。家族がいてくれて私はしあわせです。^^
2007.11.02
コメント(3)
10月度の顕正会 総幹部会会長講演聴きました。いろいろな方の本尊偽造の疑惑を受けてのものでしょう。顕正会の持っている本尊が偽物でないことを示唆する発言が目立ちました。日達上人、日顕上人をあからさまに悪人扱いしていたのが強烈でした。日達上人の亡くなる様子などひどい言い方で誹謗ともいえる発言に終始していて、聞いていて気分が悪くなりました。本尊も両上人の物は血脈がないからだめだといい、顕正会のものは正しいと根拠も明らかにせず「日寛上人、日布上人のありがたい御本尊」とことさら強調していたのがわざとらしいです。あらためて松本日仁御能化から譲り受けた(奪った?)本尊は日寛・日布両上人の物であったと説明しておりましたね。必死でしたね。浅井先生。それにしても私は信仰団体には所属していませんが、あれほどひどい論調で日蓮正宗の管長を下す発言はここ最近でも一番ではなかったでしょうか。恨みがこもっていましたね。引いている会員も少なからずいると思ってしまうのですが。あれを聴いてまともに取りあう人は相当やられていますよ。
2007.11.01
コメント(3)
今日、顕正会の人と会う予定です。個人的な用事なのですが、まあ仏法の話になるかはわかりません。ふと思ったのですが、元顕正会員で退転とかやめちゃった人同士会ったりするのは結構あるのでしょうか?かつて同じ組織でともに戦いながら次々に消えていった多くの人はその後まったく関係が途絶えてしまうことが多かったので疑問です。別組織で、退転後何らかの縁で意気投合し顕正会の話をお互いに回想しあったりは結構あるようですね。元友人で入信→退転を経た人たちの交流はどんな感じなのでしょうか。今日は久しぶりなのでちょっと楽しみです。なんだかんだ言っても人の縁って貴重ですからね^^
2007.10.31
コメント(2)
熱心な顕正会員は各座談会・集会で自分で講演を録音します。ポータブルな録音機器を使いその発表や指導を繰り返し聞き、後輩やまだ入信していない人にも聞かせたりします。私の活動していたときはカセットレコーダーがほとんどだったのですが、現在はICレコーダーやMDレコーダーが多いようです。時代の移り変わりを感じます。かつて隊長や支隊長の指導に「顕正会の弘通を進めるために車や携帯電話、各技術が諸天の働きにより日本に発達した。」と技術革新や経済発展を顕正会の動きが中心となってなされたごとき内容がありました。このようにあるときは世の中の流れを、またあるときは会の活動の原動力を「諸天」という別次元の生命活動による現象と位置づけそれにより顕正会の行動の説明を一括しています。顕正会の示す仏法上の相関関係は主 日蓮大聖人=本門戒壇の大御本尊従 諸天→各天体、経文上の神・菩薩・天王など人間とは別の生命枝葉 十界における人間界以下の生命活動であり御本尊の罰や利益もこれらの関係図の力関係で人間に現れるとされています。一応は仏教の正統な構成を踏襲してますが、浅井先生はとにかく諸天の働きを偏重しています。ようはなんでも諸天の働きなのです。当然ながら人間に諸天や諸天の働きは見えません。天体や天体の人間への生理的・精神的影響は感知が出来ますが諸天の働きはさらに生命体が思考を持って行動することを意味しておりそれらは人間の理解を超えます。人間には見えない諸天は仏様の教えによるしかなく、見えない諸天の働きがあるのを前提としてあらゆる話をしていくのが顕正会の基本になっています。テクノロジーも顕正会にとって有効なものは諸天が利益を運んだとしています。ところが都合の悪いものは言及しません。インターネットは有害なものであり誤った情報を運ぶ魔の働きと先生は言います。もちろんひとつの技術革新に、使用する上での善と悪があるのは当然です。顕正会での活動においても携帯のインターネットは折伏に大いに使われています。いかがわしいサイトで呼び出すのは悪で仕事で知り合った人とのメールは善といったところでしょうか。時として判断が曖昧になる傾向はあるようですが。いかがわしいサイトで知り合って折伏しても危ない目にあわずに済んだら「諸天が守った」ことになってしまってます。逆は言及されません。泣く目にあった人もいるかもしれません。魔が入った、罪障が大きいで片付けてしまいますが。顕正会の行動は諸天を動かすものといいます。理屈はどうあれこの世の「主」は顕正会、「従」は諸天であるかのごとき発言です。普通の感覚では主従関係が逆のような気がします。もっとも大石寺から破門され主を失った現在では、自らが「主」にならざるを得ないわけで自分たちが中心でなければ日蓮正宗の正統教義を掲げては存在できる意義がなくなるからでしょう。先生が諸天を動かしているような発言を耳にするたびにこの団体の存在意義はいったいどこにあるのだろうと考えてしまいます。時代は移り変わっていきます。インターネットはもはや「便所の落書き」のような信憑性に欠ける胡散臭いものではありません。テクノロジーは貴重な情報を簡単に入手させてくれるようになりました。顕正会も時代に即したしなやかさを得て本当の情報を真剣に求めるべきではないでしょうか。もし「諸天が守護」するなら必ず求める真実が発達したテクノロジーを使って簡単に入手できるのではないでしょうか。「そんな情報は魔の誑かしだ!」という声が聞こえてきそうです。同じテクノロジーに関する事柄でも、発達した情報ネットワークにより顕正会の見られたくない姿を隠すためにインターネットを煙たがる浅井先生に対し、より便利になった最新録音機器を駆使し後輩に熱烈に指導する熱心な会員の姿はあまりに対照的です。会の崩壊が危ぶまれている現在、その崩壊の要因のひとつに浅井先生が予想できなかった劇的なテクノロジーの発展があることは私のような組織と決別したものにとって異論がないものであることは疑う余地はありません。
2007.10.30
コメント(2)
顕正会では各組織ごとに座談会が多くひらかれます。ことに男子部の中にある隊という組織においては隊座談会、通称「隊座」は入場者の制限がないもので定例のものとしては最大の集会です。座談会は体験発表・活動報告・代表決意、そして上位幹部の指導という構成になっています。当時私のいた組織には男子部長だった浅井克衛氏がよく来ていて、ちょっとしたスターのような雰囲気があったのを覚えています。よく通る声と流れるような独特の語り口、そばで見ると結構大柄で肝が据わっている物腰で大変迫力がありました。同じ隊の幹事に暴走族上がりのツッパリ風の人がおり、しばしば座談会の司会をつとめていたのですが、マイクの音量のテストをしていたとき男子部長は幹事が声の大きいことをとりあげ皆の前で「隊幹事はマイクいらねえんじゃねえか」とからかう一幕がありました。男子部長と同年代の隊幹事が恐縮するのを見て部長ってやくざの親分みたいだなと半ば感心し、同時にその異様に少なからず戦慄を覚え、会場の空気も一気に張力が強くなったことを感じたものです。指導の内容は多岐に渡り、聞く者に息もつかせぬスピード感で長い講演もあっという間に過ぎていきました。とくに罰の話に関しては凶悪事件の関係者が顕正会の折伏を誹謗した者だったとか創価学会員だったとか、あるいは広宣流布が近いがゆえに罰がただちに現れている様子などをリアルな描写とドラマティックな語り方で指導し恐怖をも覚えたものです。とにかく折伏しないと自分の身ももたないと本気で思っていました。総幹部会での浅井先生の指導と比較してもパッと見は男子部長の方が話しがうまいなと思いました。男子部長の指導内容は先生の指導を受けたものがほとんどであくまで先生の側近のスタンスを取っていたのですが、意外と先生の登壇原稿は男子部長が書いているのではと勘ぐったりしたものです。女子・婦人・壮年の各部長クラスの幹部の中でもトータルな実力はNo1だったのではないでしょうか。総幹部会の登壇の中でも他の部長たちは見劣りしてしまっていたように思えます。ネット上の顕正会の情報を閲覧し始めて、先生や男子部長の妙観講との対峙を見聞きしたとき、その理性的でない言動に愕然とし感情の上で会への不振を感じたきっかけになったのですが、それらの音声・映像は決して捏造ではないと思えるほど本人に似ています。たとえ本当の姿ではないとしてもまじめな会員に与える影響力はとてつもなく大きいものです。特に現在克衛氏が組織から消え去って消息不明という事実が、何か会員にネガティブな憶測を呼び起こさせる要因であることは顕正会にとっても重大な懸案項目であることは間違いありません。現男子部長・総合女子部長との確執、右翼団体との関与、不倫問題等、スキャンダラスな話題は会の外側の方から聞こえてきます。暴露された作られた顕正会の活動の数々を迫真に迫る演技力でもっともらしく語る男子部長に当時は涙まで流して聞き入っていた自分でしたが、今となってはため息も出ません。しかしながら私に限らずいろいろな意味でその存在感は永遠に忘れ得ないものであることは疑う余地はないでしょう。私が最後に隊の座談会に参加したときは最後の指導に現男子部長の城衛氏が当たっておりました。兄譲りの流暢な語り口でしたが、克衛氏と比べその声はボリュームがなく表情にも覇気が感じられませんでした。印象深かったのは振る舞いは礼儀正しいのですが目に力がなく、私の横を通りぬけるときの冷たく焦点の合っていない視線をみて以前と違った違和感を感じたことでした。あるいは兄の失脚や顕正会の組織の実態にむなしさを感じていたのでしょうか。仏法上のことはさておき組織としてトップにそう残された時間がないのは明らかですが、後継者問題が必至である現顕正会にトップとして団体の維持と方向性の明示を強力に進めるだけの人望がある人材は望めそうもないようです。もし顕正会がその発足当初より正宗の本義を見失うことなく御本尊に真の忠誠を貫くことが出来たならば、そのとき克衛氏も逸脱せずに身を連ならせていたのならば今とは比較にならない位凄い団体になり、広宣流布をも成し遂げてしまうのではと想像してしまいます。そんな馬鹿な空想をしてしまうほど存在感があった人が浅井克衛という人でした。
2007.10.30
コメント(1)
二日ぶりに書いたらエラーで原稿吹っ飛びましたT。Tテキストでかいておけばよかったです。・・・・・・・・・・きょうは気力がなくなったので次回がんばります。隊座の克衛氏指導なんかを書きたいと思います。では~。
2007.10.29
コメント(0)
当時は支隊長の言うとおり信心が薄れてしまったのかなと思い、自分が班長としてがんばればきっと一緒に戦ってくれるようになるだろうと生意気な気を利かせていました。振り返ってみたとき、なぜこのようなことを言われたのかは今となっては知る由もありません。ただ己の不満を募らせただけ、同じ役職の者同士対等な位置で自分の意見を言ったに過ぎなかったのかも知れません。しかし愚痴は三毒(貪欲 瞋恚 愚痴のこと)であることを十分にわかっているはずの人が簡単にそのようなことを言うのは意に介せません。よく考えてみると支隊長への不満はイコール顕正会の、浅井先生への不満であることがわかります。あの当時の支隊長の言動は先生からの落とし込みに他ならないからです。組織での活動は日蓮大聖人の仏法の感激とは異なっていました。し烈な折伏成果の競争世界がある。セールスマンのような人材が重用される成果主義。人員の入れ替えが当たり前の世界。大幹部も簡単に転落する。組織改正は常にトップダウン方式。下っ端は口を挟む余地なし。あのときのあの方の言葉はもしかしたら顕正会に対する警鐘だったのかもしれません。同じく組織に疑問を抱き退転してきた私にとって、その根底にある気持ちがたとえ本人がそれを自覚していなかったとしてもそれは正法を守る防衛反応だったような気がしてなりません。たとえ今いる組織が団体が誤った所だったとしても、唯一の正法である日蓮大聖人の仏法の存在を知り、信じることが出来た以上常に真実を求めただ御本尊に対し奉れる信心を持ちたいと願うのは当然な気持ちでしょう。顕正会では先生や組織に疑念をいだく人間は除名するということが慣例であるようです。自分の周りでもいつの間にかいなくなっていた役職者の中にあるいはそのような方がいたかもしれません。先生は世界で唯一成仏できる団体が顕正会であるといいます。そこを除名されれば堕獄は必定ではありませんか。信心ある者は「後生をおそれるべし」の重みを噛み締め疑念を胸の内に押し込め未来成仏を願いながら身を粉にしてご奉公しています。「本物」と心で強く信じながら。もし私が抱いている顕正会への様々な疑問、とりわけ信仰の根本に関する御本尊の真偽・宗門の血脈断絶・国立戒壇の是非などに関して万が一でもそれが浅井先生の主張する内容が大聖人の御心にかなっている物ではないとするならば、一刻も早く真実を明らかにして欲しいのです。後生の大事は言うに及ばず、仏法・世法上ともに現世の幸福は絶望であるでしょう。真に「後生をおそれるべし」と知るべきであります。上層部の幹部はさらにし烈な世界が繰り広げられていると聞きます。人生を懸けきった結果が不幸・堕獄なんて残酷すぎます。私も組織の軋轢を見たあの時見切りをつけていたら、もう少し早く冷静に人生を考えられたのかもしれません。後悔先に立たず。私の過去10年を象徴する言葉です。
2007.10.25
コメント(1)
どんな組織もそうですが、人間が行っているものに完全なものはありません。顕正会も人間が活動をしている組織です。当然世間のものと同じような組織上の人間関係、その軋轢は存在していました。男子部で活動に参加し出した時、5歳位歳上の班長さんがついてくれました。まじめというか、私が仏法の教学に興味があると知り時間をかけて御金言(日蓮大聖人さまの書かれた書物の言葉など)や浅井先生の指導などを、本・カセットテープなどで詳しく教えてくれた方でした。話が長くなることもしばしばで帰りの時間が遅れて参ったこともありましたが、徐々に仏法とは奥が深いく、決していんちきで怪しい内容のものではないなと考えるようになったものです。顕正会で学んだ教学や精神は、宗門や学会から見たらほんの初歩で、認識も異なる内容もあったと思うのです。しかしこの方を通して仏法とは何か、その片鱗を見せてもらった思いがあったのでした。折伏の件については教学を交えながらその利益の大なることをじっくり教わり前記のように恐々とやってみようと思わせる指導を受けました。そのころの支隊では、顕正会の今の空気というものを重視していました。つまり折伏のペースをあげなければ日本の未来が危ういことを念頭に、営業マンのような勧誘を推し進める組織を構築する事がもっとも大事という意識を徹底させていたのです。当時の支隊長は高校時代に入信してより顕正会一筋の人です。組織の酸いも甘いも知り尽くしている人です。浅井先生の号令が発せられれば即座に取るべき行動を実行し、自身の意見などは後に回す人でした。折伏の大爆発を常に意識して時には厳しい指導もしていました。戦いの遅れに沈む組織を一人たつ精神でいつも楽しい語り口で盛り上げ、組織一丸となってのご奉公を目指している人でした。「~さんは信心ボケちゃったのだよ」二人の違いがよくわかってきたころ、支隊長が私の班長さんを指しこう言ったのがまだ耳にはっきりとのこっています。徐々に折伏をやってみようと思いだしたころ支隊長はだんだん私を班長さんから遠ざけるようになりました。もちろん支隊長は私の性質もよく理解していて以前よりも深く広い教学を豊富な資料と知識で指導してくれました。すでにこの組織上の流れを理解していた私は複雑な心境ではありましたが、今の組織でやりきるのが最重要と割り切り、また支隊長ともうまが合ったため班長さんとは次第に距離を置いていったのです。折伏は進み自分の縁から入信するものも出てきました。班長さんは「すごいよ。がんばってるな」といってくれましたが、表情はいつも影があるように見えました。自分が班長になるのが決まった時、帰り道が一緒だった班長さんは二人だけになったときいつもの穏やかな様子をちょっと変えて話をしてくれました。「あいつ(支隊長)は人の気持ちを考えないからな。調子もいいところがあるし」支隊長の不満を話しているその目は車の天井を見つめたままで私を見てはくれませんでした。取り繕おうと喋りだそうとして顔を見ると怒気を含んだ表情の班長さんに何も言えはしませんでした。
2007.10.25
コメント(0)
失ったもの折伏を強引に進めていくと怨嫉が起こってきます。友人・知人からは距離を置かれるようになります。顕正会ではこうした場合取り成すことなく仏法の正しさを曲げなければ必ず道が開け、思っても見なかった境遇に変わり以前よりも自在を得た環境に変わるといわれています。でも距離を置かれた友人は帰ってこないことが多いです。大抵怨嫉した友人は悪者という事になり罰を受けるかわいそうな人というくくりに置かれてしまいます。(罰で仏法を身にしみて解るからまだ運があるとも教えられます)「仏法をともに行ってこそ新の友情だ」ということをよく言われたものです。仏法をやっていない友達は真の友達ではない。折伏で壊れる友情なんてたいした関係ではない。こういう認識が組織にはあったように感じました。顕正会は折伏を強力に進める集団です。その目的は広宣流布なので、関係ないことはほとんど行いません。会員同士飲みに行ったり遊びに行ったりはタブーでした。友人と遊んだりするときも遊んでいてはいけない、後の折伏につなげるために、誘いやすくするために今はあっている、などと常に脅迫的な気持ちがありました。会社の飲み会などは組織に報告することが推奨されていました。「飲むな」とやんわり言われて飲み会にいっていたものです。折伏をしたあと、気まずい雰囲気になることもしばしばで仲が良い人ほどどんどん会いづらくなっていきます。しかし折伏はどんどんあたらなければならなかったので、名簿で知らない同級生をいちかばちかで呼び出し、その一回で雌雄を決するがごとくのぞみ、逆縁ならばけんか腰。半ばやけになっていたように思いました。縁故をしらみつぶしに勧誘してきて、うわさや中傷が始まると気を張りながらも怯えていました。自分ではもう懐かしい友達とは関係を元に戻せないと思うようになっていました。組織にいれば「がんばっているね」といわれ、精神的にまいっていた自分は此処こそ自分がいるべき団体だと考えるようになっていました。しかし同じ境遇の支隊員同士こそ集まれば和気藹々とするものの、一人になれば苦しい勧誘か逃げ場のない逃避かを選択しなければならないような精神状態であったのでした。悪循環でした気持ちが廃れていくのが判りました。必死に会館の御本尊に祈りをささげてもつらいのは変わらなかった。・・・今やっとまた友人を一から作っていこうと思えるようになりました。組織と決別した直後、失ってしまったものの大きさを感じた脱力感とどうすればいいのかわからないあせりとで落ち込む日々が多かったものでした。会社の同僚がうつ病の経験がありその症状をいろいろ話してもらうと、自分にも当てはまる事が多い様な気がして不安でした。結局行かなかったのでしたが、何度も精神科を勧められました。こんなときに励ましてくれる友達が一人もいないのは寂しいです。あるいはひそかにでも友人と何でも話し合える状況を作っておけば・・と後悔は自責の念でいっぱいだったのです。教訓めいたことは言いません。が骨身にしみてわかったことがひとつ。友は一生の財産。失えば一生むなしい。
2007.10.24
コメント(1)
最近の入信者に外国人はいるのでしょうか?平成8年前後、壮年部新宿地区にネパールのラナさんという方が入信し、同じネパール人の人たちを次々に入信させて総幹部会や顕正新聞紙上などを大いに沸き立てておりました。一月に50人以上入信させていて、どうやってるのだろうなんて思ったものでしたが新聞の写真で熱心にお題目をあげている様子が写されすごいものだなあと感心していました。先生は釈尊の生誕の地であるネパールの人が全世界の広宣流布(世界中の人が日蓮正宗に入ること)に先駆けて次々に入信するのは時が来ている証拠である。日本に生まれた我々は早く日本の広宣流布を実現させなければならない。などと指導していました。しかし、前後して機関誌で外国人の入信についての指導があり親切を装って近づいてくる外人の中には悪心を抱いている者も大勢いるから注意しなければならない。まずは日本の広宣流布を急ぐべきである。とも言っておりました。当時は顕正会の指導のまま活動をしていた私でしたが、この正反対な指導を聞いたときはいったいどっちなんだ?と疑問に思ったものです。平成17年ごろでしたでしょうか。台湾で顕正会の弘通(ぐづう)が進み、事務所だか会館だかが設立されることとなり台湾版のお経本が独自に作成されるなど、再び海外の活動が盛んに行われている事がクローズアップされていました。節操がないとおもいます。話題になればいいやという軽い気持ちが見て取れます。今かつてのラナさんのことなどは誰が気にかけているのでしょうか。大体今活動しているのでしょうか?
2007.10.23
コメント(3)
さて、前回の続きです。アイスクリームを買って食べていると偶然にも同級生に会いました。彼は顕正会員で、高校が一緒だったのです。顕正会内で再会したときはお互い別の縁で入信していたのでした。高校ではあまり面識はありませんでした。すでに書いたように、卒業アルバムで無差別に電話をかけていたので、お互い名前はよく知っていたのですが。同級生とそうゆうシチュエーションで再会したのは結構うれしかったものです。折伏をする知り合いがなかなかいなくなってきて苦労してた時したので、仲間ができて励みになったものです。同時に「自分が折伏できなくて残念」とも思うのです。折伏を進めている顕正会員は結構思い当たるはず。久しぶりに会った彼は元気でした。生活環境もあまり変わってはいないようでした。私は退転・離脱後は結婚して家族持ちになり、仮に今顕正会の活動をやるというのはちょっときついです。もっとも家庭を持っていて、自分だけが信心をしている方は会内でも結構いたのですが。私は無理だなあ。そうゆう意味で現役会員のパワーはすごいですね。彼は会った際、今も変わらず活動をしていて現在私がお世話になっていた支隊長の下でがんばっているということです。五十周年記念幹部会のビデオがあるから、と誘われました。丁重にお断りしてアイス屋を後にしました。現役会員は10年前とまったく変わらずに活動をしているようです。御本尊の問題のことを聞こうかとも思ったのですが、時間もなかったし何より万一行ってしまったら真偽不明の御本尊がある会館に入ることになるのです。怖くて行けません。
2007.10.22
コメント(0)
昨日は家族でドライブして来ました。おいしいアイスクリーム屋さんがあり、たまに行くのは皆の楽しみなのです。.その方向には顕正会の会館があるのですが・・・・活動を盛んにしていたころ、週に4~5日は会館に出向いておりました。車で片道約40キロ、1週間で500キロ以上は走っていました。まだガソリンが今のように高くなかったときでしたが、活動の費用にガソリン代は大きなウエイトを占めていました。私のような地方生活者の会員は車はご奉公(活動)の必需品でありましたが、入信してよりはその使用頻度が爆発的に増えました。活動当時乗っていたのは燃費のいい小型車だったのでまだいいほうなのですが、同世代の車が好きな人たちはリッター5キロ以下のハイパワー・大型な車を結構のっていてガソリン代が私の3~4倍くらい掛かっていたようです。班長になって班に新しく入ってきた同い年の人が活動に熱中し出してしばらくしてから「ガソリン代がちょっと掛かりすぎてしばらくこれない」といっていたのが印象深かったです。総幹部会・班長会に旧本部まで参加しに行っていたころは車を乗り合わせて費用をワリカンでやっていたので結構安く済みました。しかし車のない新入信者などを指導しに送り迎えするときなどは費用は自分もちだったのできつかったです。よく「ガソリン代などのご奉公の費用もかならずご利益になってかえってくる。大体車のもちが違ってくる」なんて当時の隊長が言ってました。一度に長距離を走行すればエンジンなどは調子がよくなるので当然の現象です。ご利益ではないような気が。ほかの消耗パーツはそれだけ劣化するので、普通に交換費用がかかるし。みんな普通に車壊れたり事故ったりしてました。乗る頻度が多いから確立が高くなるのは当然。でも当時は顕正会だけは特別に守られているんだ、と思ってしまいました。なにかにつけよく「守られた」ってみんな言っていましたっけ。昨日は通っていた会館横をとおりすぎ、海辺の公園で家族で遊びました。横切った折妻が、「うわー、うじゃうじゃいるよ!顕正会員!!」とからかって言いました。うるせーよ。ばちあたるゾ・・・・・
2007.10.22
コメント(0)
気になったのですが、入信報告書は本人が書かなくてもよいことになってました。だからなんとなくつれてきてこちらで隠れて書いてしまい、当人が知らない間に入信を済ませてしまうケースが多かったです。特に自宅拠点では報告書を前に入信後の心得を読まなかったので頻繁に行われていました。これは法律的にどうなのでしょうか?
2007.10.20
コメント(1)
誓願はノルマではないか顕正会では折伏という勧誘を最も重視しています。とにかく後何人、いつまでに何万人と数を求めます。「浅井先生の一国諫暁の背景をなす大折伏を」とさまざまな場面で指導されます。やみくもにやっても進まないので、組織的に目標を決めて底辺に落とし込みます。男子部だったら隊→総支隊→支隊→班のように全体からの目標数から各組織に割り振られます。組織的に勧誘はしていないと本部では言っていますが、実際はこうなんです。私も班長の時は、月に大体2~3名の誓願を背負ってやっていました。これをどう取るかはその人次第です。指導の中では「ノルマなんかではない。どうやったら功徳がつめるか具体的方法を先生が設けてくださったものなのだ。ただそれを無心にやるだけで御本尊さまの御利益がいただける。こんなにありがたいことはほかの団体では絶対にありえない。だから喜んで折伏を行っていこう」といわれたものです。おそらく今でもそうでしょう。染まりきった支隊長・班長にこういわれて反論は出来ないが、納得も出来ない会員はかわいそうです。いいことがあるから、幸せになれるから入ったのに何でやたら知り合いに喋ってまわらけらりゃならないんだ・・・・・・もっともこういう無茶なノルマが無ければ100万なんて達成できなかったでしょうね。実働数万の団体です。入っちゃったもの判らない人が大勢います。私の知り合いも入信していますが本人は自覚はありません。「ちょっとお経をやってみるだけ」でしたから。締め切りが迫るともうなんでもどうでもいいから入信させてしまう雰囲気でした。本来やらなくてはいけない入信報告書の自署や入信の再の事前説明・同意の確認は言うに及ばず、大事な謗法(日蓮正宗以外のすべての宗教のこと)を取り除くことやその意義の説明・同意など本当に簡略で隠すように処理していました。最も恐れるのは入信勤行の直前でその人の気が変わることでしたから。都合が悪い事はうやむやにしてましたよ。私も。
2007.10.20
コメント(0)
しばらくしてそのチンピラ風の男を誘った本人が現れました。事のいきさつをまったく意に介さないような面持ちで「何だ、帰っちゃたの?来るっていってたのになあ」などとその場の空気を切り裂く無神経さでたったか走っていってしまいました。私は面識のない会員だったのですが、聞くと壮年部の人だということです。騒動の最中、誰もが「顕正新聞の記事に出るかも」とチラッと頭によぎったものです。顕正会では、センセーショナルな出来事は何かわくわくするような体験したいことのひとつであったといえるでしょう。仏法の定理として信心を始めて、周りに勧めだしたら猛烈な反発が起き時には自身の生活をも左右されるような困難な出来事が起こってくると教えられているからです。血気盛んな者の中には「唯一正しい仏法を実践している団体」を履き違え「仏法やってるから俺たちが一番偉い」ととっている者も少なからずいるようです。こういう者が先ほどのような無責任な勧誘を行っていると、ともすると誰も予想の出来なかった暴力事件が起こってしまうのかも知れません。折伏理論解説書には「仏法を誹謗する相手には大声叱咤してその驕慢を打ち砕かなくてはならない(意)」とあります。これも意を取り違えると「入信しないやつは殴ってでもつれて来る」になってしまうんではないでしょうか。事実、組織内で老若を問わずいわゆる力関係で強引な勧誘を進めているケースは結構あると思われます。学生などの若者でしたら個々人や家庭の問題でやりなおしもききますが、壮年による仕事上の力関係を利用した勧誘は本人だけでなく家族・企業・地域に与える影響は大きいものがあります。年齢がいってからの宗教が元での失業などは回復が利きません。男子部だけでなく女子・壮年・婦人部の幹部の方、よく考えた指導をしていただきたいと思います。殴るだけが暴力ではありません。法に触れなければ大抵のことは目をつぶるなんて姿勢では決して折伏なんて進みませんよ。御本尊の御加護があるからなどと自分たちの努力を棚に上げて組織の統制を放棄していませんか?浅井先生はことあるごとに「自分たち凡夫は力が無い。だだ御本尊に祈りからだをぶつければ自然と道が切り開かれる」などと指導しています。強引な勧誘で出来た成果を御本尊のおかげだ先生のお力だと摩り替えるのはやめましょう。どうも顕正会には都合が悪いことをうやむやにする体質があるようです。
2007.10.19
コメント(0)
ある日の会館で顕正会は暴力集団だ、なんてよく書き込まれてますがその実態はどうなんでしょうか。私のいた組織では暴力と呼べる暴力はお目にかかったことがありません。血気盛んでちょっと不良っぽい青年が結構いましたがみんな自宅拠点や会館ではまじめに勤行・集会に参加していました。折伏に関してもとくに暴力沙汰は無いようではありました。ある日曜日、会館が建設されて1年くらいたったころでしょうか。朝の勤行が終わりこれから折伏をがんばろうという雰囲気で皆と会館の周辺にたむろしていた時のことです。40代半ばくらいのチンピラふうの男がただならぬ様相で入り口に詰め寄り、その日衛護隊(警備員のような係り。男子部有志で組織される)であった同士に食って掛かってきました。そのときの会話はあまり覚えていませんでしたが、「知っているやつにしつこく勧誘されている」「何度も断ったのに馬鹿にするのか」「責任者を出せ」のような内容だったとおもいます。運悪く最初の接触をはたした衛護隊の同士は、キリッと立ったまま落ち着くように諭していましたが、見た目まんまヤクザで恰幅のいい男にネクタイをピンピン引っ張られその細い体はふらふらと揺れるのでした。自分たちも何とか事を納めようという気持ちはあったのですが、相手が相手だけに遠巻きに見ているしかありませんでした。結局その男に携帯電話が入り、「あ、母ちゃんか。すぐに帰るよ」なんて話した後罰が悪そうに威嚇しながら帰って行きました。
2007.10.19
コメント(0)
早いもので今年も10月下旬。もうすぐ12月、顕正会では年一回の広布御供養の時期になります広布御供養とはいわゆるお布施・献金です。しまってある私の過去10年にわたる膨大な顕正会グッズの中から広布御供養の「受書」が出てきました。世間でいう領収書のようなものです。お金は納められる上限が8万円です。平成8年から12年まで上限を納めた受書の合計40万円。もう返ってこないんだなとため息が出ました。当時は洗脳とか言われて云々とかでなく、何か使命感を感じ上限の金額をやっていたと記憶しています。自分自身で、会館を利用しているのだからとか各集会・行事を行うのに別途料金を取られるのではないのだからなど、団体に所属しているのに費用がかからないわけがないと勝手な理由で納得して広布御供養の意義を理解していたのでした。こういうのもマインドコントロールの一部なのでしょうね。活動を進めるにつれて自身も組長・班長と役職をもらうようになりました。手元にある受書にかつての班員さんの物が2通ほどあって、結局二人ともいつの間にかいなくなってしまい渡せなかったのだなと回想しています。どちらかは確か自分が立て替えたような気がします。組織によっては強引な催促や昨年度の実績を下回る場合は班員の分も肩代わりさせているなんて書き込みも随所でみられます。私のいた組織はそれほどは強行に勧めていませんでしたが、なぜお金を出すのかを必死に班員に説明し手持ちがない人は立て替えたりしていたのでした。「宗門や創価学会は金に汚く信者からむしりとるようなやり方をしているが顕正会は唯一正しい仏法を実践している団体であり、上限まで設けているありがたい御供養である。この「浄財」を正々堂々まったく無駄のない使い方をしている。ゆえに必ずや大聖人さまに通じおおきな功徳となって個人個人に返ってくるのである」うーん「信徒団体」だったはずがいまや独立教団だし何に「供養」するんですかね?行き先は大石寺ではもちろんないし、しいて言うなら宗教法人顕正会でしょうか。その顕正会が本当に日蓮大聖人に通じているという根拠は・・・・・・?隊、支隊の指導では必ず上記のような御供養をやった分だけ必ず自分に返ってくる旨の指導をされました。今もみな同じように言われているのでしょう。返ってきてほしいな40万・・・・・・・・
2007.10.19
コメント(1)
音楽のこと最近このブログをはじめ、完全離脱した1年前より集めていたさまざまなサイトを改めて閲覧することが多くなりました。コメントいただいている方達のブログや批判・掲載のサイトの方々には貴重な情報を得ており、ともするとあおりや騙しに会いがちなネットの世界で毅然と自分の意見をいい真実は何かを探求する姿にはただ敬服するかぎりであります。この場を借りお礼申し上げます。さてある個人サイトで顕正会に入信してしまった方の体験が乗っていました。もともと斜に構えた参加の仕方をする方であるようなのですが、班長会での体験発表に「好きなサッカーをあきらめバイトを始めた。面接に遅刻したがすぐに採用になった。誹謗する友達はバイトの面接に何回もおちたりバイクの事故を起こすなど罰が現れた」などとかかれておりました。改めてこれをみて自分もおんなじ様な体験をしていたなと少し感傷的になってしまいました。私は入信以前高校の部活動のOBで作った音楽のサークルに参加しており、入信して顕正会の活動をやり始めるにつれ次第に遠のき尚且つサークルのメンバーに勧誘をしだしたのでした。入信するものはほとんどなく、創価学会の1名が入ったのみでその彼も結局長続きしなかったです。前記のように手当たり次第声をかけたため当然「あの人は宗教にはまり勧誘してくるから気をつけろ」とうわさになったものです。サークルの創立者で2つ下の後輩はメンバーの苦情を受け「怖がっている者もいるので勧誘はやめてください」と呼び出されました。彼とは高校卒業後しょっちゅう一緒に遊んだりバイトをしたりした中でしたので気心も知れていました。その席では折伏をしたのですが彼はキリスト教を心のよりどころとしており話の中で「自身の体験で神から守られたような経験をしている。自分はこれを大切にしているし先輩も(顕正会のことは)同じように自身のこととして大事にしていってほしい。それと勧誘は別のことだと思う」と短気で頑固な性格の後輩とは思えないようなまじめで落ち着いた態度に驚いた記憶があります。・・・・今から思うと顕正会ではこのようなケースを怨嫉(おんしつ)とよびさも仏法が正しいから不自然なまでにそのような反対・非難が起こってくる、これを乗り越えたとき自分が成長できると教え込まれていました。でもそんなの「あたりまえ」です。よく考えたら突然宗教の話をやたらに人に勧めるなんて通常の生活ではありえません。結局サークルはやめ、当然すべてのメンバーとは絶縁しました。去年ふとインターネットで彼らの音楽活動をみて懐かしいのと顕正会を辞めた今どうしても謝りたかったため創立者である後輩に連絡を取ってみました。彼は現在プロの楽器奏者として生計を成り立たせており私の連絡にも快く対応してくれました。涙が零れ落ちました。現在そのサークルはなくなってしまいましたがメンバーの一部はまた新しいグループを作り毎週楽しく音楽活動をしているようです。かつてのメンバーにはほかにも音楽家になった人もおり、10年の歳月の内容の濃さを感じうらやましさとともにただ「後悔」の二文字がこころにあいた穴にすべり込んできました。自分の大事なものを顕正会か音楽かで天秤にかけた結果がこれでした。顕正会でも音楽を重要視しているようです。芙蓉楽団などは設立当初に比べれば格段に技術が向上しているようですが、素人の域を出るものではありません。音楽の経験者に顕正会の演奏をネタに勧誘するのは恥ずかしいからやめましょう。あえて言うなら立正佼成会、創価学会などが擁しているオーケストラくらいのレベルになるまでがんばっていただきたいです。まあ仏法とは関係ないですが。
2007.10.18
コメント(1)
一国諫暁顕正会の活動で思い出深かったものに諫暁書があります。平成9年7月16日、主要な全国紙に丸1ページの広告を載せて浅井先生が書いた「日蓮大聖人に帰依しなければ日本は必ず滅ぶ」という本を発売したのでした。もっとも発売は顕正会内部での流布がほとんどで、会員が周りに配りまわったのが実際だったのですが。私はそのころ活動がいやになり、仕事もやめて自棄になっていたのでした。携帯にかかってくる家族・組織の人を無視、一人車であてのない放浪をしていたのです。7月16日の少し前、一国諫暁の全貌を発表した総幹部会で新聞広告があることはわかっていましたので放浪先のビジネスホテルででかでかとタイトルが掲げられた新聞を目にしたときはなぜか感慨深かったように記憶しています。とりあえず人に見えるように広告を開いてホテルを後にしました。何とか組織に復帰したあとで支隊長にそれを話すと「寒苦鳥 (かんくちょう→信心が定まらずふらふらしている人のたとえ)も一分お役に立てたな」なんて言われたものでした。押し入れにしまっている膨大な量の顕正会グッズの中にその当時の新聞広告がしまってありました。色あせたその1ページには角をテープで補強し鋲で壁にでも止めていたような後がありました。記憶があまりありませんがおそらく自宅の自室に貼っていたのでしょう。家族からは正気ではないと思われていたに違いありません(汗)組織に復帰した後は申し訳ないという思いを何とか色に表そうとの思いで諫暁書本の配布に躍起になっていました。皆競うように100部単位で購入し知人・友人はもとより例の名簿を元にじゅうたん爆撃のごとく配りまくっていました。総幹部会で「ある地域なんかポストの口まで発送する諫暁書でいっぱいだ」なんて浅井先生が言っていましたが、実際何百とポストや郵便局に持ち込んでいましたのであながちウソではないなーなんて当時は思っていました。当然諫暁書代・郵送費は自己負担です。1部100円でしたので私は500部くらいは買った覚えがあり、送料も含めれば7~8万は費やしたのではないでしょうか。1000部、2000部と購入していた人もよくいました。ばかばかしい話ですが当時はみんな本当に一生懸命やっていました。平成16年にほとんど同じ内容の諫暁書第二弾が発刊され、また会員をあげての配布を行っていたようです。私は平成14年くらいからは退転を決め込んでいたため何かのつてでまたやっているのを聞いたときは「???」でした。もうこのころから目に見えて宗教とか信仰なんかとは関係がないイベントが多くなってきたようです。芙蓉楽団というオーケストラや合唱団、雷門会という和太鼓とドラムのパフォーマンス集団、空手の演武などなど。創価学会とおんなじですよこれ。初めて和太鼓が披露されたときに、顕正新聞で公園で太鼓の練習中の男子部員が女子部の会員に「怪しい人が公園で棒を振り回している」と警察に通報されたなんてエピソードが発表され笑いをとっていました。顕正会では何かにつけてギャグみたいな話が多いですが何の団体だかわからないですよこんなのじゃ。歓喜の大行進なんてよく言いますが、本当はそんなのないからこういう余興でごまかしているのでしょうかね。ちなみに後日怪しい人は同じ組織にいた人であったことがわかって、それはそれでおかしかったですが。おそらく今でも第二弾の諫暁書は活用されているのでしょう。退転後一人暮らしを始めて久しぶりに実家に戻ってみたとき、紹介者から第二の諫暁書が郵送されてきてました。母から渡されたときの気まずさったらありませんでした。会員のみなさん余ってませんか、あの時買った諫暁書?
2007.10.17
コメント(0)
月に一度副長以上の幹部は総幹部会という本部の会合に参加します。強制力はなく、大抵平日に行われるのでいけないケースが多いのです。しかし幹部は会社を休んでまでも参加していました。なんていうか「行かなければ申し訳ない」という雰囲気がありました。そのために休みやすい職場に転職する人も実際にいたようでした。現在は会館で同時放送が行われるので地元で済むようになったのですが、何年か前までは大宮や川口の会場まででかけたものです。地方の会員にとってはちょっとした旅行でした。会社を早退などし、お昼に待ち合わせて車で出発。常盤台の本部(現在は東京会館)で五時の定刻勤行を済ませ各組織の同士達ととなりの公園で談話などして親交を深めたあと、会場へ出向いていきます。とても懐かしい思い出です。いつも一緒に行っていた当時お世話になった支隊長が結構顔が広い方で、男子部はもとより女子部、壮年部にも知り合いが多くそばにいてすごいなあ、と感心しておりました。毎回参加している人たちにとって楽しみの一つになっていたようでした。あるとき、現在の男子部長を本部から会場まで車で送る事になりました。支隊長はそこそこ面識がある様子で車中親しげに会話をしておりました。内容は折伏に関することでどこの組織はこんな風とか、あの人はすごいとかよくある顕正会員の会話でした。印象的だったのは体が意外にがっしりしていて迫力があること、物腰が落ち着いていておとなしいがよく通る低い声で喋ること、えらぶる様子はないが威圧的な雰囲気があることなどでした。思えば当時は副男子部長でもなかったと思いましたが今は実質的に会のNo2なんでしょうか。私の会離脱の直前に見た総幹のビデオに焦点の合わないボーっとしたまなざしで映っていた前男子部長がいなくなった今、浅井先生の後継者は現男子部長なのですかね。私が会を辞めた理由のひとつに前男子部長の突然の退陣があります。ビデオ・機関紙にその姿が見れなくなり、何でいないのかと組織の方に尋ねました。ある人は「浅井先生から継承を受けるため一時的に表舞台からしりぞいている」などといっていました。おおむね消えた件に関してはタブーになっている空気があったように感じたものです。総幹のビデオではしばらくは壇上にいたようでしたが少し前から完全に消えているようです。今何してるのでしょうか?
2007.10.16
コメント(3)
「最初に言ってくれよ」 「言ったら出てきた?」 「・・・来ないけどな・・」セールスの場合事前に内容を伝えて面会しなければ違法になるんでしたっけ。宗教だからOKなのかな?私の場合、特に親しい友人・知人は場合によりましたが応援をあまりつけずに何とか一人でがんばった(自分のダメージを食い止めた)ケースが多かったです。でそういう人達はほぼ100%逆縁(やらない)でした。「君は頭がいい。でも理屈っぽいって事でもあるからそういう対象者が多いんだ。仏法では依正不二(えしょうふに)って言って同じような人間は自然と集まるんだよ」「○○君の対象者、屁理屈野郎ばっかりだよなー、頭くるやつばっか」逆縁の際はこんな指導+αをしてもらいました。(あ、私頭は決してよくはないです。はい。)今思うと顕正会の勧誘でのこのついていく人はちょっとどうなのかなと・・何も考えていなかったか、間がさしたのだと思いたい。(あるいは私のように・・・・)調子に乗ってどんどん折伏をするようになったのは平成8年後半~平成11年ころまででした。一週間に2~3人くらい予定を入れていたので、あっという間に友人関係はネタがつきます。「今度卒業アルバムとか持ってきて」え、もしかしてそれで電話とかかけるのか?MC恐るべし、いやだと感じてもやらないといけないような気になってしまうんです。気の弱さもありましたが、普通の人はこうなっちゃうんですね。パターンとしては、月~金のウイークデイは名簿を元に土日にかけての予定を立てて、週末は折伏大会の様相で駈けずり回るっていうのが王道でした。 折伏には月ごとに締め切りがありその最終日に向けて皆戦々恐々として予定を立てていくのです。名簿を使いだすと、「誰だっけこれ」って言う同学年+上下学年位の卒業生にめったやたら電話します。最終日の2~1週間前は、同じ支隊員が5~6人自宅拠点(顕正会で認めた個人宅における集会所兼礼拝所。本部より御本尊をお預かりする)に集まってはそれぞれ名簿とにらめっこする日が続きます。お宅の電話を前に囲み(携帯電話は当時はあまりなかった)みなウンウン言いながら名簿をにらみ続けていると「さ、(電話を)かけてみようか」と支隊長が切り出します。皆おっかなびっくり見知らぬ他人宅へ発信。出なかったときの安堵感ったらないです。「俺、最初見たときはナンパかなんかする集まりなのかと思ったよ」最初についた班長さんは笑って言ってましたが、はっきり言って笑えません。ナンパだってしたことないのに・・おかしかったのが同じ学校の人とはいえ全く知らない人がいるので名前が読めない人がいるのです。そういうときどう説明するかでしばしば仲間同士話し合ったことがあります。曰く「苗字で通す」(兄弟がいたらややこしくなる)曰く「名前をわすれたといい、それとなく聞き出す」(名前を知らない時点で薄い関係がばれる)曰く「軽い感じで苗字をニックネームふうに言ってみる」(男は度胸か)曰く「出身校・学年・クラスをいい相手が、『○○のことですね』と切り出すのをまつ」(ああ面倒くさい!)・・・・なぜこんなことまでして名簿片手に電話しまくるかといえば、折伏というのは「縁故」を頼りに口伝えで行うものだからだそうです。でもこんなことを続けるんだったら駅で片っ端から声をかけた方がまだましとよく思ったものです。マジで。
2007.10.15
コメント(2)
それでとりあえず彼女と遊んだあと「実は・・・」という感じで告白のような折伏をしたのでした。まあ、付き合い始めたばかりで正直「だめになっても傷は浅い」という浅ましい考えも少しあったので。彼女の返事はノーでした。宗教は大嫌いだったそうです。・・・その後数年間お付き合いしましたけど。そのことを班長さんに話したら「一人でやっちゃたの?俺よんでくれよ!」と半分怒られた感じでした。ご存知の方はよーくわかるでしょうが、「段取り」をしなくてはならなかったのですね。対象者(勧誘される人)を選んだらいつどこでどんな風にやるか上役の人と打ち合わせして臨むのが通常なのです。で、話を始めるきっかけは紹介者(ここでは「私」)が振り、応援者(上役など)がまとめて(笑)決定(ケツジョウと読む・入信する気になること)したら速攻(笑)入信勤行につれて行くというスタイルがよく使われてました。ここで「応援者」が一緒にいるというシチュエーションはそうとうイタかったです^^顕正会員の勧誘は大体そういうパターンでやっていると思うのですが、今から思うとみんなよくやってるなーってむずがゆくなります。自分のように女子部からの引継ぎで組織に入った人間は、ほとんどの場合知らない人が班長などをやっている訳で友達を待ち合わせた時の言い訳が滅茶苦茶苦しい。日曜なんか支隊(班の上のまとまり)で行動するので支隊長なんかが応援に入る事になると「後から行くから対象者に言っておいて」と普通に言ってのけるんですよ。これ以上の不自然はないです。だれ?なに?=怪しい が定理です。言い訳の例「さっき偶然に先輩から電話があって、どうせだから一緒にメシでもたべようよ」「この前久しぶりにバイト先の女の人(紹介者)とあってさ、その流れで紹介された人(今から来る応援者)がすごくいい人でね。毎週会ってていろいろ遊んだりしてるんだ。会って見る?」「○○君、今XX関係の仕事だよね?この前知り合いになった人も偶然XX関係なんだよ。話あうと思うよ」そして対象者とご飯を食べていると「アレ?偶然だね」と支隊長がなぜか一緒の席に割り込んでくる。などなど。顕正会の折伏ははっきり言ってコントでした。それでうけた人は何とか入信までこぎつけるよう善処し、はずした場合、たいていごねたり誹謗したり(当たり前)するので罰があたる、身をもってわかるようになる、などの捨て台詞をはいて解散するのがパターンでしたねえ。ネット上の書き込みの顕正会員が行っているとされる折伏の名を借りた無差別的勧誘の様子は、程度の差こそあれ8割がた事実です。残念ですが。だいたい「とりあえずやってみようよ」とか「やってみてこっちの言ってることがうそだったらやめていいから、とりあえず一週間試してみよう」とか「車の保険みたいなモンだからやっておいて損はしないよ。はいってるでしょ自動車保険って。保険と違ってお金かからないし」などははちょっとでもやりそうな感じがあれば必ずいう台詞でした。もはや何の勧誘かわかりません。
2007.10.15
コメント(0)
全54件 (54件中 1-50件目)