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アマゾンで「高田渡URC完全盤」という新譜を見つけた。発売予定日は2006/03/29で、ただいま予約受付中。未CD化のラジオ音源なども含んだ「URC音源コンプリート集」だそうだ。CD4枚組で、5250円(悪税込)ナリ。う~ん。楽天広場ではリンク張れません。
2006.01.11
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元旦にヤフオクで渡さんのライブ・ビデオを見つけた。1993年のビデオで、『グラス・ソングス grass songs』。ほ、欲しい……。500円スタートで、終了は1月7日の午後11頃。様子を見ようと思っていたら、さすがに最終日はするすると入札価格が上がり始めた。結局2万7千円ナリ。あはは。またいつか見れるさ。
2006.01.08
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買ったまま忘れていた『月刊SkyPerfecTV!』をパラパラと見ていたら、『タカダワタル的』を放映するというのを見つけた。これはDVD買ったからなあ。おや?「高田渡さんを送る会」と、番組表に続けて書いてあるのだ。小金井公会堂でやったやつか?行きたかったけど、行けなかった。これは録画せねば。「日本映画専門チャンネル」のサイトを覗いて、ちょっとがっかり。 →高田渡さんを送る会[ダイジェスト版]上映時間が「8分」なのである。「8分」かあ。[ダイジェスト版]ではない放映もあったのかしらん。
2005.12.22
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Seals Records三連発の最後に届いたのは、シバさんの『高田渡を歌う』。副題が「毎晩夜通しおきていて」で、それは英語でも書いてある。I STAY UP ALL NIGHT, EVERY NIGHTもちろんこれは渡さんの「火吹竹」の歌詞。 ♪毎晩 夜通し 起きていて ♪ボクは 何にもしてやしないのです渡さんが、酔いどれ詩人であった父親の詩に曲を付けたものです。 →2003年11月8日付日録:高田渡「火吹竹」(1973年) お父さんの詩集『詭妄性詩集』は、渡さんにとって宝物のようなものだったのでしょう。今は、渡さんの歌が私たちの宝物になってしまいました。とても寂しいです。時系列では逆なんですが、シバさんのCDは、「高田渡生誕会57」の続きのように聴けます。ジャケットには、いせやの前でシバさんと肩を組んでいる渡さんの写真もありました。『高田渡を歌う』1.汽車が田舎を通るその時2.しらみの旅3.失業手当4.ボロボロ5.この世に住む家とて無く6.夜風のブルース7.仕事探し8.いつか9.石10.手紙を書こう11.出稼ぎの唄12.酒13.火吹竹
2005.12.11
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今は亡き我が心の師匠高田渡大人の、57歳誕生会に行ってきました。やはり我が心の故郷吉祥寺です。しかし、早いことくたばるもんじゃありませんな。いつのまにかパウロさんになってしまったり、とんでもない時期に誕生会が開かれたり。渡さんの誕生日は、本当は一月一日です。さて、「高田渡生誕会57」は、2005年11月18日・19日の二日間、吉祥寺のスターパインズカフェで開催です。何度か御案内をいただいた中山ラビさんのライブ会場がここでした。実際に行くのは初めてです。土曜日は無理ですが、金曜日にはなんとか都合がつきました。温州蜜柑さん(仮名)の手引きで吉祥寺駅からまっしぐら。STAR PINE'S CAFEは「MANDA-LA 5」なんだそうです。「3」と「4」はどこにあるのかなあ。この誕生会はイサトさんの提案で始まったもので、渡さんの曲を歌い継ぐ集いです。嬉しいことに来年は高田渡生誕会58が開かれることになっています。開演前には、あの春一番最終日に聴いた佐久間順平さんのフィドルが流れています。高田渡メドレー。生で演奏しているようではないけれど、CDになってないよなあと不思議に思っていたら、最後に風太さんが説明してくれました。順平さんが自宅録音したのだそうです。★中川五郎+良原理恵#1 ♪大空が僕を呼ぶ#2 「ファーブルさん」#3 「2005年4月16日」五郎さんのギター弾き語りに、今夜はリエちゃんの鍵盤ハーモニカ&ピアノ&アコーディオンのサポートが付きました。最後の曲は、渡さんの訃報を受け取ってからのドキュメンタリーです。渡さん、亡くなったんだなあとしみじみしてしまいました。★シバ#1 「夜風のブルース」#2 「酒」#3 「火吹竹」#4 ♪毎日毎日ろくなことがないのさ#5 「バイバイブルース」渡さんの古い曲を、かっこいいシバのブルースで聴きました。良かったです。★中川イサト+今井忍+竹田裕美子+高田漣+宮崎勝之+古橋一晃+大庭珍太+河野俊二#1 ♪吉祥寺1972#2 ♪おぼえているよ、あの日の空#3 ♪泣きたいほど寂しい夜#4 「生活の柄」1曲目は懐かしい70年代の吉祥寺風景。「中道通り」「バンビ」「吉祥寺火薬庫」が歌い込まれます。残念なことにウニタは出てきませんでした。3曲目はハンク・ウィリアムズ。豪華メンバーなんですが、ステージが狭いので、ちょっと人が多過ぎる感じです。★ゲスト 加藤幸和+下路雅之#1 「男らしいってわかるかい」びっくりしました。いつも束ねている髪をおろして、「のろ」のマスター加藤さんが登場です。気持ちよさそうに歌ってくれました。ギターを弾く左手がまったく動いていないのが御愛嬌。★宮武希+松永孝義+今井忍+ANNSAN#1 「夕焼け」#2 「ひまわり」#3 「その青」#4 「春のような」#5 「風のゆくえ」1曲目の渡さんの曲を、弓で弾くベースをバックに、アカペラに近い感じで歌ってくれました。今夜はちょっと声が出ていなかったような。★いとうたかお#1 ♪さみしい人が多すぎる#2 「フレンド」#3 「風」#4 「明日はきっと」風太さんが昔のことをいろいろしゃべるので、「言わんでもええことを」と登場。3曲目が渡さんの曲で、本人に言って持ち歌にさせてもらったそうです。4曲目がフィナーレ。順平さんや村上律さんといった、明日の出演メンバーもステージに集まりました。順平さんは顔が真っ赤でしたが、酔っ払ってたのかしら。フィドルいいなあ。★アンコール#1 「靴が一足あったなら」#2 「自転車に乗って」もちろん全員で歌うのです。いいコンサートでした。また来年!パンフレットのデザインはシバさんと佐藤GWAN博さんだそうです。
2005.11.19
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ROOTS MUSICが2000円でスタジオライブ&インタビューというシリーズのDVDを出した時に考えたのは、ライブ映像の部分だけ抽出して、スタジオライブだけ集めたDVDを編集しようかなということだった。時間がないので、これはまだ試していない。ところで、少し前に私は寝床用ミニコンポを購入したのだが、これがなかなかの優れ物で、MDをダビングしたり、DVDを再生したりすることができる。テレビを繋いでいないので、映像を見ることはできない。それで、DVDを聴くということはなかったのだが、先日寝床で早川義夫さんが聴きたくなったので『ROOTS MUSIC 音楽祭 PART2』を再生して気づいた。ちゃんと1曲1トラックに別れているのだ。なんだ、簡単にMDに録音できるじゃないか。『ROOTS MUSIC 音楽祭 PART2』は本編が86分あるので標準モードのMDには入り切らない。でも、失礼だが冒頭の三浦和人さんをカットすると、74分のMDに収まるのだ。これで、「ROOTS MUSIC 音楽祭」のパンタさん、早川義夫さん、五つの赤い風船のMDが完成。『ROOTS MUSIC 音楽祭 PART1』は、元が本編78分なので、80分MDに収まるだろう。これは中川五郎さん、故高田渡大人、遠藤賢司さんのMDになる。『高田渡 スタジオライブ&インタヴュー』は、ライブ部分だけだと30分そこそこにしかならなかった。そこで、『中川イサトと仲間たち スタジオライブ&インタヴュー』から渡さんの歌っている3曲を付け足して、故高田渡大人晩年のスタジオライブMD。まだ余ってる。もったいないオバケが出るといけないので、『ROOTS MUSIC 音楽祭 PART1』の渡さん部分も入れてしまえ。これで22曲、約63分のMDができあがったのであった。【高田渡スタジオライブ】1. 仕事さがし2. スキンシップ・ブルース3. アイスクリーム4. 695. 鮪と鰯6. 値上げ7. コーヒーブルース8. 鎮静剤9. 年輪・歯車10. 夕暮れ11. 生活の柄12. ブラザー軒13. トンネルの唄【中川イサトと仲間たち】14. 仕事さがし15. 鉱夫の祈り16. 夕暮れ【ROOTS MUSIC 音楽祭】17. 仕事さがし18. コーヒーブルース19. 鎮静剤20. トンネルの唄21. ブラザー軒22. 生活の柄
2005.10.04
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ニューオリンズが大変なことになっている。決壊した堤防から水が流れ出し、市街地の大半が水没した。まだ遺体が浮いているのかもしれない。貧困層を中心とする犠牲者の数は数千人に上るようだ。物がないのだから略奪も頻発している。警官に向けて発砲し、強盗事件も起きているようだ。普通のハリケーン取材のつもりで現地入りした放送記者が驚いていた。これでは戦地取材だと。大手ネットワークも取材陣の安全を確保するために、警官のいない所には入って行けないようだ。スリーピー・ジョンを彷彿とさせるような老ミュージシャンが数多くいたはずなのだが、彼らはどうなったのだろう。 ♪ ニューオリンズに女郎屋がある ♪ ひとよんで朝日楼高田渡さんは元々の長調(major)バージョンを歌っていた。 →高田渡/汽車が田舎を通るその時 →高田渡/ベストライブ ♪ あたしが着いたのは ニューオリンズの ♪ 朝日楼という名の女郎屋だった浅川マキさんはアニマルズの短調(minor)バージョン。ちあきなおみさんも、この浅川マキ訳「朝日のあたる家(朝日楼)」を歌っている。鬼気迫る歌唱だそうだ。聴かないとな。 →ちあきなおみ VIRTUAL CONCERT 2003 朝日のあたる家googleで検索すると、道後温泉に朝日楼という遊郭が実在したようだ。松山市ではその朝日楼を核とした「ネオン坂を生かしたまちづくり」を進めているのだそうな。古民家再生には意味があるかもしれないと思うが、旧遊郭をそのまま温泉街の活性化に結びつけようという発想には、違和感を感じる。『春婦伝』のことを書いた時に的外れなレスを付けてきたやつがいたが、そいつと同じ無神経さだと思う。 →町並みに見える歴史・課題:松山東雲短大・犬伏武彦教授-------------------------------------------------------養蚕は近代日本を支えた産業だが、昭和初期に生糸の価格が暴落し、養蚕農家の破産が相次ぎ、繭の仲買人が養蚕農家の娘さんを遊郭に斡旋したという。松山市に朝日楼という遊廓(ゆう・かく)跡がある。人間の性が生み出した特異な建物で、上から見るとロの文字をしており、「廓」という言葉が理屈なしにわかる。ここに来た女性たちが、どんな思いで過ごしたかを建物が語ってくれる。調査を通して養蚕と遊廓という全く違った事象が、結びついていたことにも驚いた。-------------------------------------------------------東雲短大ということでふと東雲節を思い出したのだが、もちろん関係ない。 →〇東雲節考
2005.09.02
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『バーボン・ストリート・ブルース』ジャズ発祥の地名を冠したこの書は初版が2001年8月15日発行。四六判並製で、定価は1500円+悪税。もちろん今は亡き我が心の師匠、高田渡大人命の、唯一の自伝である。渡さんが親父さんと父子寮で暮らした深川。バーボン・ストリートは、もしかしたらその深川に似ているかもしれないと渡さんは書いている。万人に勧めるというわけではないが、できるだけたくさんの人に読んでもらいたいので、本館blogではAmazonの商品ページにリンクを張っている。だが、ずっと版元品切れなのだ。Amazonでは「ユーズド商品」つまり古書も出品されているが、6月28日現在で5800円と7000円。これは異常な事態だ。山と渓谷社のお偉い方、お願いだ。『バーボン・ストリート・ブルース』に重刷かけてくれないだろうか。
2005.06.29
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下の画像をご覧ください。おなじみ映画『タカダワタル的』のポスターやチラシに見えますが、少し違うのです。渡さんが口に指を入れて「がっきゅう☆んこ」と言ってます。(言ってないけど)「takadawataru.com」に書き換えてあったウィンドーの文字も、元の「ザ・スズナリ」です。これはDVD『タカダワタル的』に付いていた「20Pフルカラーブックレット」の表紙なんです。そう、DVDが届いたのです。タイトル名だけで予約して「高いなあ」と思っていたのですが、さすがに65分の映画だけでこの値段ということはありません。2枚組みDVDで、本編よりずっと長い映像特典が付いてきました。ザ・スズナリでのライブが丸ごと入っているそうです。これはすごい。いや、本編で使った部分はカットしてあるんだよな。私の場合、本当は映画『タカダワタル的』ではなく、ライブが本当に丸ごと入ってくれていた方が嬉しいです。監督さん、ごめんなさいね。『タカダワタル的』より数年前の、凛々しい渡さんのライブ映像を残してほしかったものです。最期の数年で、渡さんは急に老け込んでしまったものなあ。恭蔵&KURO追悼コンサートの時は、もっと声もずっと若かったです。[映像特典110分]其の一. 映画未収録 スズナリ・ライブ完全版其の二. ドキュメンタリー映像 番外編其の三. 『フォーク大學』33日間の記録其の四. 高田渡の撮り下ろし最新インタビュー其の五. 劇場予告編- 本編収録曲 -1. ごあいさつ2. 仕事さがし3. ねこのねごと4. 鎮静剤5. 酒心6. 値上げ7. 魚つりブルース8. 699. 生活の柄10. ブラザー軒11. 私の青空- 特典収録曲 -1. アイスクリーム2. スキンシップブルース3. あきらめ節4. アフリカの月(東京乾電池:綾田俊樹)5. ウィスキーの小瓶(東京乾電池:柄本明)6. 気にに捧げるほろ苦いブルース(東京乾電池:ベンガル)7. ヨイトマケの唄(蛭子能収)8. 相子9. 向日葵10. トンネルの唄11. 夕暮れ12. ミケランジェロ(松田幸一)13. くつが一足あったならパッケージに書いてないのだが、もう一つ「おまけ」が入っていた。「追悼 高田渡」という紙だ。四色刷りの表には「高田渡語録」、裏には映画のスタッフと中川イサトさん、佐久間順平さん、中川五郎さんといった方々の言葉が書いてある。やっぱり五郎さんたちの追悼の言葉は胸に迫る。今夜はこの映像を眺めながら、追悼のビールでも飲もう。ああ、坂庭省悟さんも写っているんだ。 →タカダワタル的 memorial edition
2005.06.24
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渡さんの映像をDVDに落としておこうと、古いVHSテープを掘り起こしています。「フォーク・デイズ 高田渡」こんなラベルを貼ったものが出てきて何かなと思ったら、フジテレビのイベントでした。坂崎幸之助+篠原ともえ+高嶋彩の三人が司会進行。2002年8月8日、お台場のフジテレビ7F特設ステージで行なわれたコンサートだそうです。本当は「お台場どっと混む!Presents フォーク・デイズ夏まつり ともえちゃんフォークジャンボリー」といったタイトルであるようです。CSのフジテレビ721で流したものを録画しておいたんですね。放映は2002年10月だったみたい。第1部「Young Folk」 ・コブクロ「太陽」「願いの詩」 ・BEGIN「涙そうそう」「島人ぬ宝」 ・時の徘徊「少年の唄」 ・素一「白い月」素一(すっぴん)って、所ジョージさんのプロデュースなんですね。今も活動してるんでしょうか。第2部「坂崎幸之助のJ-POPスクール」 ・坂崎幸之助「空いろのくれよん」 ・高嶋彩「結婚しようよ」 ・篠原ともえ「地下鉄にのって」 ・市井紗耶香「サルビアの花」 ・唐沢美帆「悲しくてやりきれない」 ・下川みくに「ポスターカラー」 ・松本英子「あの歌が思い出せない」 ・辻カオリ「コーヒーブルース」 ・藤田陽子「値上げ」 ・ソニン「カレーライス」 ・中澤裕子「白い色は恋人の色」 ・くまきりあさ美「赤い風船」 ・高山厳「忘れません」幸之助さんの生ギターで、いろいろな人が昔の「フォーク」を歌います。高山厳さん(元バンバン)は別格で、キーボードの弾き語りです。フジテレビのアナウンサーの歌まで聴かされたのには閉口。第3部「フォークデイズスペシャル」 ・加川良withすぎの暢 「コスモス」 「教訓 I」 「幸せそうな人たち」 ・なぎら健壱 「ぐち」 「鉱夫の祈り」 「永遠の絆」 「昭和の銀次」 ・高田渡 「仕事さがし」 「アイスクリーム」 「スキー(替え歌)」♪借~りたお金は 「トンネルの唄」 「夕暮れ」 「生活の柄」(+なぎら+坂崎) ああ、これを待っていたのだよ。長かった~。あらま、すぎの暢さんは春一番で観た時と髪の長さがまったく違います。屋外なのですが、風が強くて大変そう。なぎらさんは高田渡さんのネタで会場を笑わせます。「お盆だから帰ってきた」もう冗談になりまへん。「すかんぽ」を歌いながら寝てしまった話。笑いながら泣けてきますわ。渡さんは「生活の柄」以外は独りの弾き語り。思っていたより曲数が多いので嬉しゅうございます。エンディングに全員(?)で「あの素晴らしい愛をもう一度」。渡さんもギター弾いてたけど、これは歌ってないんだべな。 →醤油屋の弟子的こころだぁ~!!:フォーク・デイズVo.l22
2005.05.29
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夢を見たんだ。渡さんの骨を見せてもらった。火葬場で渡さんの友人たちがハンカチに包んで持って帰った骨。その骨の、さらに小さく分けてもらったかけら。白いプラスチックみたいになったその骨片を、僕がかじる。砂糖菓子みたいにぽろぽろと崩れるのかと思ったら、しっかりと硬いんだよ。臼歯で細かく砕いて、ビールで飲み下す。僕が死んだ時、こうやってかじって飲み込んでくれる人がいるんだろうか。五郎さんの歌を聴いたので、こんな夢を見たんだと思う。 ♪ ぼくが焼かれたら 白い骨を拾い ♪ それを小さく砕いて ♪ ちょっとだけ食べてみてほしい 中川五郎「ぼくの遺書」中川五郎『ぼくが死んでこの世を去る日』(2004年)1. ぼくの遺書2. いつも 戸口までだったね3. 男の陰に女あり4. 90センチ5. 自分の感受性くらい6. 湖のほとり7. わかれ8. 眠られぬ夜9. ぼくが死んでこの世を去る日10. ミスター・ボージャングル
2005.05.27
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どたばた忙しいのですが、夜中にVHS→DVDの作業は少しずつ進めないと。候補は手許にいくらでもあります。市販されているものは要らないので、BSで放映したライブなんぞが中心でしょうか。WOWOWに高田渡さんが引っ張り出された『坂崎幸之助のMUSIC LAND』。1991年かな。私がバッチリ写ってしまっている、『上々颱風祭り'93』。ザ・フォーク・クルセダーズの一夜限りのコンサート『新結成記念 解散音楽會』(2002年11月17日NHKホール)。どれもDVD出してくれれば買うんだけどなあ。眠いです。 ♪毎晩 夜通し 起きていて♪ ♪ボクは 何にもしてやしないのです♪ →2003年11月8日付日録:高田渡「火吹竹」(1973年)
2005.05.27
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今夜もVHS→DVDの作業をしながら、いろいろこちょこちょ。春一番コンサートへ出かけている間に届いた本が何冊もあるのですが、まだ放ってあるものが多いのです。一冊は[ 日本の古本屋 ]で検索して見つけた『てるりん自伝』みすず書房刊。izumatsu丼がおもしろいと書いていたので読みたくなったのですが、ただいま版元品切れ状態なのです。一巻本の『菅原克己全詩集』(西田書店刊)はパラパラと読んでいます。特殊な書店でアルバイトをしていたので菅原克己さんの名前だけは知っていたのですが、読もうと思ったのは、もちろん高田渡師匠のおかげです。別刷りの「栞」にちゃんと渡さんがインタビュー構成で登場していました。シングル「さびしいといま」のカップリングとして「ブラザー軒」を押し込んだ時の話。> 「ブラザー軒」を収録した時だけど、レコード会社の人は> どんな曲だか全然知らないでしょ。その場でね、ミキサー> の手が全然動かないんですよ。感動しちゃって何もしない。> 二回しか録らなかった。そうなのかもしれないと、うなずけます。> 僕は現代詩のいろんな方のをやってますけどなんにもしな> くてそのまま歌っているのは菅原さんのだけ。リフレイン> にした所があるだけ。「2003年1月28日、吉祥寺いせやにて」のインタビューだそうです。
2005.05.26
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やっとビデオを発掘できたので、今夜はDVD-Rへのダビング作業です。演奏された曲の音だけ落として聴いていたので、映像が新鮮です。『フリック』の高田渡さんと較べると格段に若いし、声の状態もいいのです。胸が痛みます。
2005.05.25
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何度か書いているのだが、2000年2月にNHKのBS-2で放映された「西岡恭蔵&KURO 追悼コンサート」が好きだ。行けなかったのが、本当に残念である。録画したビデオテープをDVDに落としておきたいのだが、どうにも見つからなくなってしまった。音だけCD-Rに吸い出したものは出てきたのである。ヒナのワンダーランドを大掃除しなければならないだろう。 →西岡恭蔵&KURO 追悼コンサートコンサート自体は1999年7月に日比谷野音で行なわれたもの。出演者と曲は、田川律さんが詳細に書いてくださっている。春一番コンサートとメンバーがよく似ていると思う。 →追悼コンサートを終えて 田川律そう、もちろん我が心の師匠、故高田渡大人も出ていたのだ。「え~、昼間歌うような歌がないもんで」と会場を笑わせて、「トンネルの唄」を歌い始める。NHKの放映では、当日歌った3曲のうち2曲だけとなっている。全曲入れてDVDで発売してくれないものだろうか。『タカダワタル的』に比べてしっかりした歌声だと思う。以下が2枚組みになった手製CD。ゴンチチは曲名がわからないのであります。--------------------------------------------恭蔵&KURO追悼コンサート #11999年7月18日 日比谷野外音楽堂 1 「サーカスにはピエロが」大塚まさじ 2 「街唄」 3 「スタート」リングリンクス 4 「トンネルの唄」高田渡 5 「ブラザー軒」 6 「我が心のヤスガーズファーム」中川五郎 7 「ミシシッピー・ジョン」律とイサト 8 「夏の楽園」いとうたかお 9 「マウンテン・バイク」The Herz 10 「月の光」友部正人 11 「つばさ」小室等 12 「プカプカプカ」有山じゅんじ恭蔵&KURO追悼コンサート #21999年7月18日 日比谷野外音楽堂 1 「バイバイ・ブルース」シバ 2 「 」ゴンチチ 3 「 」 4 「港のロキシー」あがた森魚 5 「シャララ・アイ・ラブ・ユー」桑名晴子 6 「それでも太陽が」朴保 7 「アフリカの月」金子マリ 8 「コーヒー・ルンバ」綾田俊樹・ベンガル・柄本明 9 「グロリー・ハレルヤ」亀淵友香&VOJA 10 朗読「本を読め」西岡直太 11 「君の窓から」ジャンピングバンビ 12 「プカプカ」全員 --------------------------------------------
2005.05.20
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読売新聞の編集手帳に渡さんのことが書いてあると教えてくださった方がいたので、YOMIURI ON-LINEへ読みに行った。私は刑務所に入ってるわけではないので、普段はわざわざ読んだりすることのない新聞だ。 →5月9日付・編集手帳最後の一文が蛇足なのだが、思ったよりまともだった。渡さんの代表曲として「自衛隊に入ろう」を挙げて、フォークブームを牽引などと報道していた新聞もあったが、それよりずっとまっとうなコラムだ。筆者は渡さんのファンだったのかもしれない。ぬけぬけと自衛隊の海外派兵なんぞするようになった日本では、もう高田渡の「自衛隊に入ろう」も、三島由紀夫の「檄」も、その意味がわからなくなっているのかもしれない。もちろん「外人部隊に入ろう」はまったくの的外れである。 →中曽根康弘と三島由紀夫 →みんなのレビュー:外人部隊(1933年) →カスバの女 →明るく楽しい外人部隊
2005.05.13
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渡さんのCDが詰まった箱を発掘した。ずいぶん久しぶりに聴く『渡』(1993年)。春一番で佐藤GWAN博さんや中川五郎さんが着ていたTシャツはこのアルバムのジャケットだ。曲目そのものはもっと新しいライブ盤でおなじみだが、演奏や音ということに関して言えば、比較にならない。鈴木慶一さんのプロデュースだ。『タカダワタル的』が最後のアルバムになってしまったのは、渡さん、かわいそうだなと思った。もう一枚、しっかりとしたアルバムを作ってもらいたかった。そういえば、『たのしい中央線』という本に載っているのが渡さんの最後のインタビューなのではないかと思って、買ってきた。ひどい水準だった。『バーボン・ストリート・ブルース』という自伝が、間に合ったのはせめてもの救いだ。でも、まともな書き手がまともなインタビューをしていれば、もっとずっといろいろなことが聞けたはずなのだ。映画に関しても思うことがいろいろあるのだが、それはやめておこう。『渡』は徳間ジャパンコミュニケーションズから出ていたのだが、今は品切れらしい。残念だ。早く再プレスしてもらいたい。このアルバムをMDにダビングして、だいぶ時間が余っているのでシングル「さびしいといま」から「ブラザー軒」を追加した。ジャケットの「渡」の字が「涙」に見える。『渡』(1993年)1. 仕事さがし2. スキンシップ・ブルース3. 病い4. 相子5. イキテル・ソング~野生の花6. ホントはみんな7. こいつは墓場にならなくちゃ8. 夕暮れ9. 酒心10. 生活の柄11. さびしいといま12. 風
2005.05.12
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春一番三日目。座席がかなり埋まり、早い時間帯からすごい盛り上がり。ペケさんの時となぎらさんの時には武蔵野タンポポ団のようになり、風太さんが「渡の子供たち」と言う。ワタルチルドレンだ。友部正人さん、金子マリさんも渡さんゆかりの曲を歌ってくれた。
2005.05.05
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春一番第二日。好天に恵まれたが、そのため昼間は暑く、夕方から冷えこんだ。重ね着をしておいて良かったわ。プチ・バッド・レビュー、木村充揮、大西ユカリと新世界など。中川五郎さんが歌う前に言っていた。「風太からもアベちゃんからも、今年が最後だと言われた。でも、今まで出演してきた者たちの思いは、死んだ人も含めて、そういう者たちの思いは」渡さんが亡くなったことが大きく響いているようだ。
2005.05.03
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「タカダワタル的」の掲示板を覗いたら、またしょーもない書き込みがあった。またまた不愉快になったのだが、映画『タカダワタル的』のDVDが出るよという書き込みをしてくれた方がいて、気分が良くなった。気分屋いかんですな。-----------------------------監督: タナダユキ 製作: 桝井省志、小形雄二 製作総指揮: - 出演: 高田渡、柄本明 商品番号: PCBP-51458 発売日: 2005/06/24 (予定) 盤種: DVD 時間: 65分 販売元:ポニーキャニオン 定価(税込): 4,935円 -----------------------------悪税込みで4,935円は高いなあと思ってアマゾンを覗いた。おお、確かにもう予約できるわい。この段階で既に20%引きになってました。なぜに?-----------------------------価格: ¥3,948 (税込)OFF: ¥987 (20%) -----------------------------だそうです。でも、まだ高いね。香典代わりに予約しておくか。
2005.04.23
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渡さんのCDを聴くだけの余裕がないので、代わりに『高田渡 トリビュート』を夜中にぐるぐると聴いている。 →2004年10月27日付日録:高田渡 トリビュート佐久間順平さんが「酒が飲みたい夜は」を歌うあたりから、ぐっと込み上げてくる。最期にちょこっと渡さんが歌う「調査節」。「タカダワタル的」のサイトに行く。ああ、「送る会」行きたいなあ。これは無理だ。連休に春一番へ行こうと、ちょっと無理してスケジュールを変えたので、もう動かせない。NHK BS2で流してくれないかなあ。掲示板は弔問記帳簿のようになっている。西岡恭蔵さんの時も、そんな感じになってたなあ。そう、あの時も僕は一言書き込んだんだ。ゾウさんのHPは生きているので覗いてみたら、こちらも渡さんの弔問記帳簿みたいになってた。 →西岡恭蔵 ホームページ「タカダワタル的」の掲示板の方には、いわゆる「荒らし」が入っていた。なんなんだ、こいつは。ばかやろう。非常に不愉快なので、さっき発掘したフルーツのど飴の画像でもアップしておくわ。あ、なんだか余計不愉快な感じがする。なぜだ。
2005.04.22
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♪ 夕暮れの町で ♪ 僕は見る ♪ 自分の場所からはみ出してしまった ♪ 多くのひとびとを →高田渡「夕暮れ」2004年5月1日 春一番コンサート 服部緑地野外音楽堂
2005.04.21
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【追記】No.1[タカダワタル的]のトップでは、「心不全の為、死去されました」と書いてありますね。北海道新聞では、「髄膜脳炎」という報道がありました。 →北海道新聞:訃報2002年の秋からPCで日記のようなものを書き始めたのだが、時々訃報を書き留めている。検索してみると、次のような方々だ。訃報:マル・ウォルドロン 享年76 死因不明訃報:イヴァン・イリイチ 享年76 死因不明坂庭しょうごさん。享年53。アート・カーニーさん、享年85。(『ハリーとトント』の主役)横山光輝さん、亡くなりました。享年69。ジョニー・キャッシュ逝去。享年71。エルビン・ジョーンズさんが亡くなりました。享年76。中島らもさん。享年52。山平和彦さんが昨夜(12日)ひき逃げされて亡くなったそうだ。享年52。北原謙二さん。享年65。芝生瑞和さん。享年59。岡田史子さん。享年55。渡さんの場合はちょっと違うなあ。どうにも我が心の師匠高田渡大人の訃報は、まだ実感できずにいる。「タカダワタル的」のサイトではもう密葬を済ませたとの掲示があるのだが、音楽葬もあるのかしら。最期に映画『タカダワタル的』ができたので、渡さんのイメージはあれで決定されてしまうのだろうか。少し残念な気がする。たとえば、去年の夏NEWS23金曜深夜便に渡さんが出た時、筑紫さんは「この人はそういうところから一番遠くにいる人だ」ということを言っていた。実によく考え、良い意味で計算もしているのだと受け取れた。たとえば一昨年NHK BSの『世界・わが心の旅「ドイツ 僕と生きてきた詩(うた)」高田渡』でドイツに行き、ビリ・ベダルフと交わす握手はとても自然で洗練されていた。もちろん渡さんが呑み助だったのは事実なんだが、ことさらに酔いどれ歌手を演じていたような気もするのだ。もしも。もしも渡さんが自分の死期を知っていたのだったら。映画の企画などを利用して、その準備を進めていたのだとしたら。そんな「タカダワタル的」でないことを、いろいろ考えてしまうのだ。
2005.04.18
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渡さん、死んじゃったんだなあ。ぼんやりと仕事場を出て保線区で夕陽を眺めた。なんとなく駅まで歩き、蕎麦屋に入る。静かな店で、頭の中に渡さんの歌が流れる。「ブラザー軒」だ。小さなころ、このおそば屋さんに何度か来たことがある。改装してなくなってしまったのだが、入り口の土間からすぐに上がれる座敷もあった。壁にはお相撲さんのポスターが貼ってあったな。誰が写っているのかわからない。大鵬柏戸の時代。一瞬だけ懐かしい家族が見えたような気がした。とうちゃん、おばちゃん、おばあちゃん。死んでしまった人達もみんな元気だ。ほとんど外食などしない貧乏な一家が、月に一度ぐらい出かけるという、ささやかな贅沢のひととき。映画を観た帰りだったのかな。渡さんは非常に苛酷な幼少期を送っていたようだ。菅原克巳さんの悲しい詩の世界も、渡さんには憧れだったんだろうか。夕暮れの風景が、にじんだ。
2005.04.17
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今朝、高田渡さんが亡くなりました。公演先の北海道釧路市の病院だそうです。享年56。 →幻泉館日録:「高田渡」
2005.04.16
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先日愕然としたことがあります。以前NHKのBSで放映した番組を録画しておいたビデオテープがおしゃかになっていたのです。え?もう?その番組がDVDになって発売されたので、仕方がない、買いましたよ。「伝説のフォークライブシリーズ ディレクターズカット版」です。インタビューはない方が好きです。全三巻で、高田渡さん、遠藤賢司さん、友部正人さん。それぞれおまけのように三上寛さん、友川かずきさん、なぎら健壱さんが入ってます。渡さんの場合は京都「磔磔」でのライブ。番組ナレーションは福岡風太さん。ビデオはこれが一番よく観たかな。何度も観た映像なのでライブの様子はだいたい覚えているのですが、番組より長いのが嬉しいです。またどっぷり。驚いたのは、1999年の放映だったということ。もう5年も経ってたんだ。定価が各3899円(悪税込)なんですが、既にあちこちで値引きして売ってます。NHK-BS「伝説のフォークライブ」シリーズVol.1「高田渡&三上寛」高田渡編1. 自転車にのって2. 長屋の路地に3. コーヒーブルース4. アイスクリーム5. 鮪に鰯6. 値上げ7. 行きたいところがあるんだ/いとうたかお8. 位置をかえてすわってみても/いとうたかお9. 夜汽車に乗って/シバ10. 淋しい気持ちで/シバ11. だんらん/律&イサト12. 今日はまるで日曜日/中川イサト13. その気になれば/中川イサト14. カムトゥマイベッドサイド/中川五郎15. ミスターボージャングル/中川五郎16. 鉱夫の祈り17. 生活の柄18. 明日はきっと/いとうたかお19. 魚釣りブルース20. Good night Irine三上寛編1. 夢は夜開く2. オートバイの失恋3. ひびけ電気釜!!4. パンティーストッキングのような空5. かけらVol.2「遠藤賢司&友川かずき」遠藤賢司編1. 寝図美よこれが太平洋だ2. 待ちすぎた僕はとても疲れてしまった3. カレーライス4. 地下鉄の駅へと急ぐ夏5. ボイジャー君6. プンプンプン7. 満足できるかな8. 踊ろよベイビー9. 外は雨だよ10. 東京ワッショイ11. 夢よ叫べ友川かずき編1. また来ん春2. 心優しきろくでなし3. ワルツ4. サーカス5. 空のさかな6. 生きているって言ってみろVol.3「友部正人&なぎら健壱」友部正人編1. 夢のカリフォルニア2. 大阪へやってきた3. もう春だね4. 街は裸で座り込んでいる5. はじめぼくはひとりだった6. 空が落ちてくる7. 夕暮れ8. にんじん9. 梅雨どきのブルース10. 夢のカリフォルニア11. もうずっと長い間12. どうして旅に出なかったんだ13. まるで正直者のように14. ある日ぼくらはおいしそうなおかしを見つけた15. おしゃべりなカラス16. 愛はぼくのとっておきの色17. 一本道なぎら健壱編1. ガソリンとマッチ2. 葛飾にバッタを見た3. 銭がなけりゃ4. 朝日楼5. 四月十日の詩6. 永遠のきずな
2004.11.29
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早速届きました。わが心の師匠高田渡大人のトリビュートアルバムです。いやいや、まだ亡くなってませんがな。危ないですけど。御大ご本人も新曲を披露してます。トリビュートにありがちな、わけのわからない人はまざっていません。渡さんの仲間が録音しています。高田渡という人は唯一無二の歌い手なので、渡さんの歌は渡さんが歌うのが一番いいのです。でも、お仲間も皆すごい人達なので、これがなかなかよろしい。ブックレットは各人一ページずつ勝手なことを言ってます。つまり、各人が思い入れの強い曲を歌っているのだそうです。シバさんのの「ブラブラ節」、おかしいですよ。もちろんブルースハープ吹いて、歌います。シバさんは、この歌と「しらみの旅」が好きなんだそうです。実にうなずけるのがまたおかしいです。イサトさんが「ボロボロ」を歌っているのは意外。GWANさんの「ブラザー軒」、まさじさんの「夕暮れ」、ほろりと来ます。名曲ですな。難は短いことです。15曲も入って、48分しかありません。ありゃま。ジャケットは吉祥寺風景。「いせや」に自転車でたどりつく渡さん。井の頭公園の池のほとり、ベンチに腰を下ろす渡さん。まるで三十年前のような、でも今もそのままの風景です。悪税込三千円ナリは高いなあ。もう少し安くしてくれれば良かったのになあ。楽天市場やamazonでは扱っていないようです。HMVかタワーレコードね。もちろんSeals Recordsでも通販あります。おっと、Seals Recordsへのリンクは切っておきましょ。こんなんで削除されちゃたまらん。googleで検索してください。『高田渡 トリビュート』SEALS RECORDS [SEAL-030] 定価3000円(悪税込)1 長屋の路地に(斉藤哲夫) 2 コーヒー・ブルース(村上律) 3 ヘイ・ヘイ・ブルース(大庭珍太) 4 すかんぽ(なぎら健壱) 5 スキンシップ・ブルース(柄本明) 6 系図(中川五郎) 7 ブラブラ節(シバ) 8 私は私よ(アーリータイムスストリングスバンド) 9 ボロボロ(中川イサト) 10 酒が飲みたい夜は(佐久間順平) 11 風(いとうたかお) 12 ブラザー軒(佐藤GWAN博) 13 祭(フィエスタ)(山崎ハコ) 14 夕暮れ(大塚まさじ) 15 調査節(高田渡)
2004.10.27
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楽天のシステムがまだ不安定ですね。新しいフォントは、新デザインでないと見にくいようです。楽天の場合は、お仕着せのデザインをそのまま使うと読みやすい表示になるようだ。従来の楽天広場のデザインよりも、いかにも「blog」らしいデザインを勧めている。システムが重いので、デザインの設定など試行錯誤が繰り返せない。ひとつ気づいたのは、壁紙を設定すると日記本文の後ろにも画像が敷かれてしまうこと。前のデザインでは文字用の枠を開けてくれた。壁紙の上に文字を表示するのは読みにくいので、今まで使っていた画像は外した。デフォルトだと「おすすめ新着」の表示が5つになっていますね。これでは足りないので、10に設定しました。わからないのは「カテゴリ」だなあ。どう使うのかよくわからない。誰かが活用しているのを参考にさせていただくことにしよう。混雑する中、少しずつ書き込んでおります。今日は「追記」が多いので、上積みの追記を明記しておりません。
2004.08.03
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【追記】No.1おお、よく晴れたなあ。なんだけど、実はこの時雨が降っていました。いわゆる天気雨。蒸し暑いですが、空は夏休み。武蔵野タンポポ団は最初から伝説のバンドだった。1971年、吉祥寺「ぐゎらん堂」で飲んでいた渡さんとシバさんが、「今度の中津川ではジャグ・スタイルのセッション・バンドで参加しよう」と盛り上がったという話がそのまま実現した、夢のなりゆきバンド。最後の中津川フォークジャンボリー、メインステージでの演奏が『武蔵野タンポポ団の伝説』というアルバムにまとめられ、翌年発売された。高田渡、シバ、若林純夫、山本コータロー、村瀬雅美。一応こんな面々がオリジナルメンバーなのだが、セッションバンドだけあって、その都度いろいろなメンバーが参加していた。『武蔵野タンポポ団の伝説』では、他に友部正人、岩井宏、村上律、中川イサト、福岡風太(!)が参加している。1972年に武蔵野タンポポ団は地方公演などを続け、その年末に活動を終える。のんびり市にも来てくれたので、高校生の私は見にいきましたよ。カズーをぶーぶー吹いたり、硫酸瓶をぼっぼっと鳴らしたり、楽しそうに演奏してました。学校帰りに行ったので持っていたノートにサインをお願いしたら、シバさんは似顔絵入りで書いてくれました。あのノート、とっておけばよかったなあ。『春一番ライブ'72』にも、「あしたはきっと」と「カーカー」が武蔵野タンポポ団の名前で入っています。渡さんのアルバムでいとうたかおさんが歌っている「あしたはきっと」も、限りなく武蔵野タンポポ団に近いですね。で、今回の覆刻で嬉しかったのは、『もうひとつの伝説』が覆刻されたことです。ヤフオクで出品されても、値付けが高く跳ね上がるので、手が出ないのです。これも1972年の中津川フォークジャンボリーの音源です。ただしこちらは、メインステージではなくて、黒テントでの演奏。中津川フォークジャンボリーでは、メインステージの他にサブステージ(ロック)、サブステージ(フォーク)と、いろいろなところで演奏していたのです。当然メンバーも違いまして、岩井宏、村上律、中川イサト、福岡風太が抜けて、品川寿男が参加しています。渡さんやシバさんの持ち歌にみんなが参加するという形が多いですが、なんといってもタンポポ団らしいのは、やっぱり「サンフランシスコ湾ブルース」ではないかと思います。若林さんの付けた詞が、とても楽しいのです。 ♪ おいらを残して ♪ あの娘は行っちゃった ♪ 富士山のふもとまでえ、富士山のふもとってどこ?当然ながら我々はこれをのんびり市のつもりで聴いていました。 ♪ でも戻っておくれ ♪ 機嫌をなおして ♪ そして一緒に歩こよ ♪ 吉祥寺の町をね「武蔵野タンポポ団の伝説」(1972.8.10)1. サンフランシスコ湾ブルース2. 長屋の路地3. その朝4. 告別式5. しらみの旅6. もしも7. 朝8. ミッドナイト・スペシャル9. 淋しい気持ち「もうひとつの伝説」(1975.8.10)1. さびしい気持ちで~年齢 / 武蔵野タンポポ団2. サンフランシスコ湾ブルース / 武蔵野タンポポ団3. 告別式 / 武蔵野タンポポ団4. この世に住む家とてなく / 武蔵野タンポポ団5. 飛行機にらんで / 高田渡6. 夜風のブルース / 高田渡7. 頭をかかえる宇宙人 / 高田渡8. グッドナイト・ブルース / シバ9. からっかぜのブルース(もしもし)/ 友部正人
2004.07.05
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【追記】No.3日没後の青空です。さあ、帰ろう。ヒナが待っている。あら、とほほ。【追記】No.2テレビをつけると、レイ・チャールズの葬式の模様が流れていた。グレン・キャンベル、スティービー・ワンダー。大物歌手が次々に登場して歌っている。おお、すごいな。ウィリー・ネルソンが「わが心のジョージア」を歌ってるのはしんみりしていたが、なんだか楽しそう。ああ、観たいな。不謹慎である。でも、いいお葬式だなあ。【追記】No.1「とめる人はいなかったのかしら。」おっ母さんがつぶやいた。そう、とめる人はいなかったのだ。自衛隊は多国籍軍に参加することになった。憲法論議などまったくないまま、簡単に閣議決定でそれが決まってしまった。イラク特措法とは、つまりそういう法律だったのだ。確認しておこう。歴史的決定を行なった閣僚の顔ぶれだ。自民党・公明党・保守新党と非国会議員。戦争への道を切り開いた面々である。小泉純一郎 - 内閣総理大臣麻生太郎 - 総務大臣野沢太三 - 法務大臣谷垣禎一 - 財務大臣坂口力 - 厚生労働大臣中川昭一 - 経済産業大臣石原伸晃 - 国土交通大臣、首都機能移転担当、観光立国担当川口順子 - 外務大臣細田博之 - 内閣官房長官、内閣府特命担当大臣(男女共同参画)金子一義 - 内閣府特命担当大臣(規制改革、産業再生機構)、行政改革担当、構造改革特区担当小野清子 - 国家公安委員会委員長、内閣府特命担当大臣(青少年育成及び少子化対策、食品安全)石破茂 - 防衛庁長官茂木敏充 - 内閣府特命担当大臣(沖縄及び北方対策、個人情報保護、科学技術政策)、情報通信技術(IT)担当井上喜一 - 内閣府特命担当大臣(防災)、有事法制担当竹中平蔵 - 内閣府特命担当大臣(金融・経済財政政策)河村建夫 - 文部科学大臣、国立国会図書館連絡調整委員会委員亀井善之 - 農林水産大臣小池百合子 - 環境大臣、地球環境問題担当まだ梅雨の真っ最中のはずなんだが、夏の青空が続く。楽天広場のおかげで、花や空を見るようになった。懐かしいな。この青空は小学生のころ。叔父さん一家が遊びに来て、アイスクリームを買いに走った。まだ家庭に冷凍庫はなかったから、アイスは買い置きできなかったんだ。少し溶けてぽとぽと垂れそうになるアイスバー。そういえば、かき氷も冷房の利いたところで食べるものではなかったな。今日は思わず買ってしまいましたよ。2割引になってたハーゲンダッツのクリスピーサンド。おいしいですな。おいしいんですよ。でも、小さなころ食べた、あの溶けかかったアイスの方がおいしいような気がします。最近似たような話を読んだな。あ、シャケ缶さんの味噌ラーメンだ。夏の青空を眺めて車に乗ったら、渡さんが「私の青空」を歌ってる。 ♪ 夕暮れに仰ぎ見る 輝く青空 ♪ 日暮れて辿るは わが家の細道車では春一番のライブ盤がかかっていたのだが、この曲は渡さんのベルウッドでの3枚目のアルバム『石』(1973年)に入っていた。薗田憲一とデキシーキングスが演奏している。このバンドは毎年のんびり市のビヤガーデンで演奏していたなあ。雲右衛門の名前の由来になったお弁当屋さんのビルの屋上。学生時代、夏休みに友達がウェイターのアルバイトをやったっけ。もちろん飲みに行きました。やっぱり学生時代、サークルの部室から8ミリカメラが盗まれたことがあった。みんなでアルバイトをすることになって、先輩が選挙運動の仕事を持ってきた。当時の東京八区、下町で自民党代議士のイベントのお手伝い。この時に薗田憲一とデキシーキングスが「YOU ARE MY SUNSHINE」を演奏して歩く後ろを、練り歩いたのだ。やけになって歌をがなりながら。私は一日だけでそのアルバイトはやめさせてもらった。「MY BLUE HEAVEN」いい曲だなあ。夕方家に向かい、帰るとささやかな団欒が待っている。これは実感としては昭和三十年代。エノケンさんの歌で有名ですね。「私の青空」を検索したら、新井英一さんが歌っていることがわかった。新井さんの場合は「青空 MY BLUE HEAVEN」。嬉しいことに試聴用MP3が置いてあります。このアルバムよさそうだな。『オールドファッション・ラヴソング』 ♪ せまいながらも 楽しい我家 ♪ 愛の灯影の さすところ ♪ 恋しい家こそ 私の青空帰るところがあるというのは、ありがたいものだね。
2004.06.19
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【追記】No.2夕方浜に出たのだが、本格的に夕焼け空になる前に立ち去らなければならなかった。残念。その後のんびり駅近くの保線区で少し写真を撮った。東京でも国分寺駅あたりでいい夕陽が見えるよね。更新しました。夕陽が好き![I Love Sunset!]【追記】No.1「6.15」の昼下がりに。以前、社会保険事務所で年寄りが怒鳴られているのを見たのだが、そのことを書いた時、人を見下すのは人から見下されていると思っている人なのだと考えた。権力者にぺこぺこへいこらしちゃう人は、弱い者をいじめるものなのだ。貴い家柄をありがたがる気持ちは、必然的に卑しい家柄というものを作り出す。歴史の浅いアメリカでは、金銭という尺度を使うことが多いようだ。金持ちはマジメに働いて成り上がった勝者だからという理由で尊敬し、貧乏人はダメ人間だと軽蔑されたりする。素朴な共有物だった知的財産を、姑息に立ち回って独占したビル・ゲイツのような人を、尊敬したくはないなあ。これも経験則から書いたのだが、昔の中学校の体育教師はそういう人が多かった。まさに体育会的体質。天皇制と同じ無限無責任の構造で、他人の責任ばかり追及していたものだ。というより、言い掛かりなんだけどね。「自己責任」主張も、これと実によく似ていた。戦争を語る時に、どうしてあんな高みに立ってものを考えることができるのかなと不思議に思う。イラクの民主主義とか、日本の国益とか、これまで自分の行動原理に絶対登場してこなかったものをふりかざして、自衛隊を送れと番犬が騒ぐ。あげくの果てには、アジア諸国の独立に役立ったという大東亜戦争肯定論までよく見かけるようになった。新鮮に映ったんだろうな。アホだ。無知とは悪だと思った。そういうほんのひとかけらの大義がなければ戦争は遂行できなかったが、実際は日本が帝国主義列強の仲間入りをしたかっただけなんだよ。参謀クラスの視点に立って語れちゃうのもよくわからない。そのくせ、自分が兵隊になって苦しむ状況を思い描く想像力は持ち合わせていないらしい。日本に徴兵制が復活したら、当然ながら大日本帝国陸軍内務班のいじめも復活するぞ。TVゲームの水準で戦争を認識しているなんて冗談かと思っていたら、結構そういう若者が増えているようなので驚いた。当然のように、神の視点や参謀の視点に立っているのだが、あんたは神ではないし、99%以上、参謀にもなれない。わけのわからないまま犬死にする兵隊にはなってしまうかもしれないがね。渡さんの新しいアルバムができたのだが、まだ上映会場でないと購入できない。そこでテアトル新宿までてこてこ行ってきましたよ。眠い、眠い。『タカダワタル的』2枚組み3800円(悪税込)高いなあ。MDにダビングしようとしたところ、80分MDなら1枚に収まりそう。つまり、650MBのCDだと無理だけど、700MBのCDなら入るデータ量なのだ。どうせ2枚組みにするなら、もっと曲やMCを増やしてほしかったなあ。ジャケットは映画のチラシと同じ写真を使っていて楽しいです。驚いたことに、赤ちょうちんをデザインした「いせやRECORDS」のマークが入ってます。あれま、吉祥寺いせやさん、CDまで作っちゃったんでしょうか。音源はすべてライブ 2003年3月26日 拾得 2003年5月3日 吉祥寺音楽祭 2003年5月4日 春一番コンサート 2003年5月5日 ザ・スズナリ映画に出てきたライブだけど、曲が少し違いますね。「相子」という曲の作詞は高木護さんと書いてあります。これは以前未来社から『人夫考』なんかを出していて最近影書房から『爺さんになれたぞ!』を出した、日雇い詩人の高木護さんのことだと思います。『タカダワタル的』DISC 11. 仕事さがし2. アイスクリーム3. スキンシップ・ブルース4. 魚つりブルース5. 酒心6. 値上げ7. あきらめ節8. ねこのねごと9. コーヒーブルース10. 朝日楼11. 酒12. すかんぽ13. 鉱夫のいのりDISC 21. 鎮静剤2. 相子3. トンネルの唄4. ブラザー軒5. 夕暮れ6. 生活の柄7. 自転車に乗って8. 私の青空9. ミケランジェロ10. くつが一足あったなら11. ごあいさつ
2004.06.15
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【追記】No.2幻子心母に頼まれ、市民文化センターまで車で送って行く。私が幼い日々を過ごした辺りの交差点で信号待ち。「ここは歩いて通ったなあ。ここまで自転車に乗っけてきてもらったんだよ」珍しくおっ母さんが昔の話をする。家からそれほど遠くはないこの交差点まで、自転車の二人乗りでやってきて、そこから父は駅の反対側にある会社へ、母は町中の小学校へ歩いて通勤したのだという。交差点に、若き日の父と母の姿が見える。半世紀近く前、この大通りにはまだ市電が走っていたころだ。戦後は終わったと言われながらも、高度成長の前。みんなが貧しくて、でも近所付き合いがとても温かかったという。朝仕事に出かけて、夕方には家族がみんな家にそろっていた。下町の夕陽はきれいだったことだろう。【追記】No.1PENTAXの一眼デジカメ君がPCに繋がらなくなってしまったので、修理に出すことにした。通信販売で安いところを探して買ったので、近所のカメラ店に持って行くのは気が重い。ウェブで探したら、ちゃんとPENTAXでピックアップ修理のサービスがあった。「ペンタックスピックアップリペアサービス」千円ほどかかるらしいが、気楽なのでお試し。FAXや電話でも申し込めるようなのだが、もちろん「インターネットでのお申し込み」を選ぶ。必要事項を記入して……あ、保証書。十分に保証期間なので、これがないともったいないことになる。元箱に入れてあったかと思ったが、空っぽ。そこにない場合は、保証書ケース。まずそこを探さないのは、もういっぱいになってしまったからなのであります。心配するほどのこともなく、無事発見。良かった、良かった。で、ひととおり記入してから、それをプリントアウトして添付しろと書いてある。ところが、ここからがちょっと大変だったのです。母艦のデスクトップ機を、ずっと立ち上げてなかったのね。うちのプリンタは母艦機につなげてあるのです。もしかして、年賀状を印刷してからずっと使ってないのでは。ノートPCから印刷命令を出してもエラーが出るので、まあドライバを入れ替えたりして、大変。結局、ちゃんと印刷できてもエラーメッセージが出るという不思議な仕様のまま印刷終了。やれやれ。せっかく楽天広場がお休みなのに、夜中にどたばたしておりました。まだまだ私の春一番は続いております。amazonから、予約しておいた春一番のCDが届きました。2枚組み各2300円(悪税込み)が3セット。75年から78年まではオリジナルのLPが1枚だったので、二年ずつまとめられて3セットで70年代春一番が完結。前回の72年~74年と同様に、「風太の春一番物語」が続いており、これが実に感動的です。あまり詳しく書きませんので、ぜひ買ってください。友部正人さんが「大阪にやってきた」のはなぜか。 >友部正人は栄の交番に火炎ビンを投げつけて >指名手配をくらい、10tトラックでヒッチハイ >クをして、大阪へ逃れて来ました。おお、知らなんだ~。ガンで亡くなった風太さんのお父さんのことがたくさん書いてあります。76年は三月、四月、五月と三部構成で延々と春一番が続いたのですが、それはオヤジさんの追悼コンサートだったのだそうです。76年3月は雪のステージだったそうで、よく聞くと渡さんとイサトさんの間にストーブを置く「ゴトッ」という音が聞こえるそうです。最初のころの春一番とは、もう時代が違っていました。やはり転回点が1972年ごろにあったのでしょう。70年代後半、私が学生生活を送ったのは、この時代です。大きい大学に行ったので、いろいろなものの拠点となっていました。いくつかの学部の自治会や文化団体連合を握っていた□○派が内ゲバを繰り返していたので、一般学生はなるべく関わり合いにならないようにしていました。それでも、とても気になる看板がキャンパスに立っていました。三里塚空港が開港直前。韓国に留学した在日の学生が次々にスパイ容疑で逮捕されていました。妙に原理が力を持っていたので、珍しく民青と□○派が暗黙の共闘(?)を行なったりしていました。もちろん北が日本人を拉致していたことは知りません。南は朴大統領が戒厳令の下、軍政を敷いていました。思えば、韓国の大統領経験者は数奇な運命を辿ってますなあ。韓国の社会がそれだけ急激に大きく変わったということでしょう。72年以降の日本社会の変化は、そこまで大きなものではないようです。『春一番ライブ '75~'76』ディスク: 11. こんなに不安なんだよ / いとうたかお2. 朝になったら / ダッチャ3. 接吻 / 林亭4. 水と光 / 中川五郎5. ホーボーの子守唄 / 古川豪6. 巡礼 / 朝野由彦7. たんぽぽのお酒 / 佐藤博8. 挨風 / シバ9. ライ・ウィスキー / 朝比奈逸人10. はじめての児に / 高田渡 ディスク: 21. The Entertainer / 松村正秀2. 風小僧 / 小林功3. 樹氷 / 佐久間順平4. もう終わりさ / 朝比奈逸人5. 私の自転車 / 青木ともこ6. 旅の途中 / 朝野由彦7. Dallas Rag / 佐久間順平8. 地平線 / いとうたかおとランニングベア9. お陽さんブルース / 佐藤博10. グッドナイト・ブルース / シバ11. 座蒲団 / 高田渡12. 私の青空 / 高田渡 『春一番ライブ '77~'78』1. 坂道 / 松村正秀2. 不毛の地 / 佐久間順平3. 心のままにAmoureuse / 青木ともこ4. 夜汽車にのって / 高田渡とヒルトップ・ストリングス・バンド5. もっと歌えます / 朝野由彦6. 歌が空を焦がす夜 / ランニング・ベア7. 絵葉書 / 友部正人8. 雨 / 1928ブルースバンド9. かんしゃく玉 / 佐藤博10. いきたいところがあるんだ / いとうたかお ディスク: 21. 解き放たれる / いとうたかおwith山岡安司2. 風太の失恋 / 青木ともこ3. 回想 / 友川かずき4. 家路 / シバ5. バイバイ・ブルース / シバ6. ア・チェンジ・イズ・ゴーナ・カム / 砂川正和とナスティ・チェイン7. 回帰線 / 朝野由彦8. 田中さんとぼく / 友部正人9. マイ・クレオル・ベル / 中川イサト『春一番ライブ '79』ディスク: 11. 男らしいってわかるかい / 大塚まさじ&Tour Band2. ローリング・メニュー / 中川イサト3. オレンジ・キャラバン / 加川良4. 最終列車 / 佐久間順平&Barrel House - Revue5. 声 / 佐久間順平&Barrel House - Revue6. Babyおまえが好きだよ / 有山淳司7. いちばん露骨な花 / 友部正人8. いつも戸口までだったね / 友部正人9. 腰まで泥まみれ / 中川五郎&トカゲバンドディスク: 21. ハウ・ヴリュー・キャン・ユー・ゲット / 永井隆&Blue Heaven2. その際に立ち / いとうたかお3. 歴史はくり返さないだろう / いとうたかお4. 深い夜 / シバ5. 不眠症のブルース / シバ6. もう帰るところが / 朝野由彦&センチメンタル・シティ・ロマンス7. 呼び声が訪れるまで / 朝野由彦&センチメンタル・シティ・ロマンス
2004.05.27
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【追記】No.370年ごろの風太さんたちのやったことを、今の学生さんたちがイメージするような「起業家」という感じでとらえられると、それは違うなあと思うのです。商売が先行していたら、たとえば初期の音源や映像をもっときちんと残して儲けようとしたことでしょう。音楽をやりたくて、地球に平和をもたらしたくて、風太さんたちは夢中で動き回っていたのです。訳知り顔でビジネスを語ったりしてはいませんでした。広告代理店の仕掛け屋なんかではなく、悩める若者たちでした。今年の春一番に野狐禅のような若者が出ていたのは、とても嬉しいことです。生ギター弾いてるからって、「ゆず」「19」みたいな連中ばかりじゃないんだなと思いました。今年の春一番コンサートに行った感想が、あちこちのサイトに出ています。酔っ払いがステージ前をうろうろしていたり、子供が駆け回ったりしているのが不快だったという意見を少なからず見かけました。意外でした。僕はそれが心地好かったからです。何日も続く野外コンサートはそれが自然だと思いました。この人たち、NOTALIN-S(遠藤ミチロウ・石塚俊明・坂本弘道)の演奏に耳をふさいでいたんじゃないかな。CD収録曲、「小坂忠とホージョハーフ」になってますが、もちろん四畳半から採ったので普通は「フォージョーハーフ」です。CDの表記に従いました。元のLPでそう書いていたのでしょう。【追記】No.2歯医者さんに行ってきました。親不知が欠けたところをちょっと掘って仮詰めをして、また来週。抜くことにならなくて良かったわ。この歯医者さんはてきぱきと動いて余計なことも言わないので、気楽です。ベルウッドと似た名前を名乗ってます。「鈴木」さんなんでしょう。ベルウッドは三浦光紀さんの個人レーベルみたいな印象だけど、元はキングレコードがフォークブームで商売するために作った別働隊。当時のたぶん社長さん「鈴木」さんから「ベルウッド」にしたのだったと思います。今日の日記の冒頭、間違ってます。本当は春一番ツアーに出発する前、「みどりの日」あたりに届いたのに、聴く時間がなくて放置していたのだと思います。無意識にお話を作ってしまいました。【追記】No.1ご当地自慢大会開催中!今日はごろごろとCDを聴いていたので、ご当地自慢モノが探せませんでした。しかたがないので、うちのギター画像なんぞアップしました。元は12弦ギターの形状を説明するためのものだったので、今6本しか張ってないギターの写真を投稿するわけにはいかない。ということで、去年の発掘画像です。会場はこちら→「私のキティちゃん」大阪で21世紀の春一番コンサートを観て帰ってくると、amazonから30年前の春一番が届いていました。復刻盤CDです。4月28日発売分は『春一番ライブ '72』『春一番ライブ '73』『春一番ライブ '74』。高校生当時買えなかったレコードを、おっさんになった今オトナ買いしてるんですな。でも、いいものはいいんじゃ。これが私の原点。言い訳すると、各2枚組みで2300円(悪税込み)は安いじゃないですか。5月26日には70年代春一番の残りの音源が出ます。『春一番ライブ '75~'76』『春一番ライブ '77~'78』『最後の春一番ライブ '79』の3セット。やはり各2枚組みで価格は2300円(悪税込み)です。わたしゃベルウッドの回し者か。ジャケットがポスターのようになっています。「春一番 '72」 五月六日・七日 雨天決行 開場■両日共 午後一時 所■天王寺野外音楽堂 入場料■二日間通用券 前売五〇〇円当日六〇〇円73年は日付が「五月五日・六日」で「前売七〇〇円当日九〇〇円」。74年は日付が「五月四日・五日」で「前売八〇〇円当日一〇〇〇円」。ずいぶん急激に値段が上がるものです。コンサートを巡る事情も急激に変化した時代だったのです。そのころのことを、風太さんがCDの解説に書いてくれています。題して「風太の春一番物語」。風太さんのことは「1970年代を春一番とともに走りぬけた男」となっています。「ベ平連」の資金作りのために1970年4月に天王寺野外音楽堂で「BE-IN LOVE ROCK」というイベントを開催したのが始まりだったそうです。その資金を元に1970年に3回のフリーコンサートを開いて、ミュージシャンとの人間関係ができあがる。「大阪の日本語ロック」の人脈です。風太さんの場合は完全に日本語ロック派でした。今年の春一番でアベちゃんが言っていたように、憂歌団は英語で歌っていたために最初は認めていなかったようです。以前日録で日本語ロック論争(1971年)に触れたことがありますが、そういう時代だったのです。なおかつ、「日本語ロック」が商売にはならなかった時代なのです。西岡恭蔵さんが「下町のディラン」と歌ったロック喫茶「ディラン」のピンク電話に一番近い席に、風太さんはいつも座っていたそうです。携帯電話のない時代。部屋に電話を引いている若者も少なかったのです。そして、「東京の日本語ロック」の連中も呼んで1971年に第一回の春一番コンサートが行なわれました。「オレらもウッドストックやりたいなァ」ということだったそうです。恭蔵さんの「春一番」という曲は実質上テーマソングのようになりました。 ♪ 春一番の風は 春一番の風は ♪ ヤスガーズファームへ君を ♪ 連れてゆくのだろうかレコード会社と契約してライブ盤が作られるようになったのは、その翌年の第二回からです。そしてこのころ「フォークブーム」が起きて、コンサート事情が変わります。興行屋が商売になってしまう。1973年には、既に風太さんは悩んでいたようですが、春一番は続けました。「アホな売れ筋のフォークはどーでもええ」あ、『春一番ライブ '74』は曲が削られてる。★オリジナルアルバムで収録されていた中山ラビ「夢のドライブ」、遠藤賢司「踊ろよベイビー」は、都合により、このCDには収録されていません。うう、残念。『春一番ライブ '72』ディスク: 11. かたつむり / いとうたかお2. インスタント・コーヒー・ラグ / 田中研二3. 夜汽車にのって / シバ4. 交差点 / シバ5. ミスター・ボー・ジャングル / 中川五郎6. カレーライス / 遠藤賢司7. 満足出来るかな~シー・サイド・バウンド / 遠藤賢司8. 冬のサナトリウム~サルビアの花 / あがた森魚+蜂蜜ぱい9. へいの上で / 蜂蜜ぱいディスク: 21. どろんこ祭り / 小坂忠とホージョハーフ2. 庭はぽかぽか / 小坂忠とホージョハーフ3. 僕の街 / ザ・ディランII4. 追伸 / 友部正人5. 街は裸ですわり込んでいる / 友部正人6. とめ子ちゃん / ごまのはえ7. 系図 / 高田渡8. あしたはきっと / 武蔵野タンポポ団9. カーカー / 武蔵野タンポポ団『春一番ライブ '73』ディスク: 11. もう帰るところが / 朝野由彦2. オリオン座 / 朝野由彦3. 吹雪哀歌 / 中塚正人4. 風景 / 中塚正人5. 雪の月光写真師 / 若林純夫6. 雪まつり / ザ・オイルフィット ブラザーズ7. 虹の民 / 中川五郎とたらちねしょんしょんバンド8. 祝婚歌 / 中川五郎とたらちねしょんしょんバンド9. プカプカ / 西岡恭蔵10. 街の君 / 西岡恭蔵ディスク: 21. こうもりが飛ぶ頃 / はちみつぱい2. 煙草路地 / はちみつぱい3. 私の青空 / 高田渡4. 私は私よ / 高田渡5. 石 / 高田渡6. 時は過ぎて / ザ・ディランII7. ガムをかんで / ザ・ディランII8. 茶色い帽子 / ザ・ディランII9. 悲しみは果てしなく / ザ・ディランII『春一番ライブ '74』1. わたしの自転車 / Jam2. 淋しい気持で / なぎらけんいち3. 夏バテ / 布谷文夫4. 週末 / 吉田美奈子5. 神田橋 / 林亭+林宏6. ものもらい / 高田渡7. 蛙の歌 / 高田渡8. 生活の柄 / 高田渡ディスク: 21. 中耳炎 / 中塚正人2. 夕暮れ時に / 朝野由彦3. 水を一杯 / いとうたかお4. 悲しみの季節 / 金森幸介5. Come To My Bedside / 中川五郎6. 悲しみのセールスマン / ザ・ディランII7. 俺達に明日はない / ザ・ディランII8. 女王様の恋 / ザ・ディランII9. 男らしいってわかるかい / ザ・ディランII
2004.05.10
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春一番 第1日 5月1日(土)新大阪から服部緑地へ直行。駅から外へ出ると青葉がまぶしい、きれいな場所でした。会場に到着したのは4:30pmごろだったでしょうか。70年代の春一番は天王寺の野音でやっていたようなので、だいぶ雰囲気が違うと思います。埃っぽい風のイメージと、当時を知る人が言ってました。服部緑地はきれいです。happy-happyさん(仮名)のお出迎えに大感激でした。◎シバ 「バイバイブルース」や「セントルイスブルース」 いきなりシバだったので、実に春一番に来たのだと実感。◎稲葉浩+海賊 唐津の漁師さん。 4人のバンドでとても良かったです。◎飯田敏洋 サザン・ブリード 「刑事コロンボみたいやね!」(happy-happyさん)◎リクオ with HONJI 「ケサラ」や「ラビング・ユー」をやってくれました。 HONJIはいろいろな人のステージにバイオリンやアコーディオンで参加して、大活躍でした。◎豊田勇造バンド Dr.悠々さんを探したけれど、わからず。 「ジェフベックが来なかった雨の円山音楽堂」が楽しかったです。◎南正人 すごいわぁ。◎高田渡 武蔵野タンポポ団ですと言いながら、シバやHONJIが参加します。 1. 仕事さがし 2. トンネルの唄 3. 夕暮れ 4. 石 5. 自転車に乗って◎光玄この後、梅田へ繰り出してhappy-happyさん(仮名)の手引きで、ラテンな店へ出かけたのです。私は夕方の段階で完全によっぱっぴいだったので、大いに反省。
2004.05.03
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【追記】No.2夕方浜に出たのだが、今日は弁当買い出しという重要使命を帯びてしまたので、ちゃんと夕焼けになるまで浜にいることができなかった。残念。雲が出たけど、きれいな夕焼けになったのよ。ほっかほっか亭デミハンバーグ弁当、悪税込み440円ナリ。こんなものずいぶんひさしぶりに食べました。お弁当屋さんの駐車場から撮った夕焼け空です。【追記】No.1台風一過と似たさわやかな好天でございます。先代の猫チビ君は超大物だったけど、雷をとても怖がったなあ。布団に潜り込んできました。ヒナは全然関係ないみたい。しまった、税金を払いに行かなければならない。不愉快だなあ。「指定金融機関」となっているので不便。一週間ほど出かけますが、あまり大きな鞄を持ちたくないのです。昨夜着替えを詰めてみたら、ちょっと中途半端。デイパックも安くなったから、もう一つ買うか。「生まれて初めて遠出をする」のではなくて、「ゴールデンウィークに遠出をするのは生まれて初めて」です、もちろん。昼間事務所で発掘したCDを一日中聴いております。これは去年の6月にamazon.co.jpで見つけたアルバムで、同じ装丁の楽譜集が出ています。お買い得じゃんと思って本とCDの両方を買いました。本は楽譜と歌詞の書体が凝りすぎて、ちょっと読みにくいかな。ピーターのプロデュースですね。このアルバムは、かなり年くっちゃったピーターとポールとメアリーが、実際にキャンプファイアーを囲んで子供たちと歌ってます。ゲストにはオデッタやトム・パクストンなんかもいます。楽しいアルバムです。そんなの聴いてると石になるぞと脅かされましたが、嵐の昼間、CDと一緒にPUFFを歌っておりました。大昔のPP&Mではなくて、1998年の録音。三人ともかなり丸くなってしまったPeter, Paul & Maryです。"PUFF(the magic dragon)" lyrics & midi #1"PUFF(the magic dragon)" lyrics & midi #2PP&Mでおなじみの曲がたくさん入っていますが、二枚目のラストは"goodnight, irene"。ああ、いい曲だなと思いました。 ♪ Irene, goodnight, Irene, goodnight ♪ Goodnight, Irene, goodnight, Irene ♪ I'll get you in my dreams「夢で会うからね」とおやすみの電話をしたことがありますよね。そんなことない?これは1936年の曲です。とても古いので、いろいろな人が歌っています。「Chicken Skin Music 」(1976年)に入っているライ・クーダーのバージョンなんかが有名でしょうか。もちろん、我が心の師匠高田渡大人の「くつが一足あったなら」は、この曲です。[CD]Around the Campfire [FROM US] [IMPORT]Paul & Mary PeterU.S. 価格: $19.98価格: ¥2,296(amazon.co.jp 悪税込)[書籍]Peter, Paul & Mary: Guitar/ VocalPeter Paul & Mary (Recorder)U.S. 価格: $16.95価格: ¥1,656(amazon.co.jp 悪税込)DISC 11. This Land Is Your Land2. Garden Song3. Kisses Sweeter Than Wine4. It's Raining5. Somos el Barco6. If I Had a Hammer7. River of Jordan8. Light One Candle9. Where Have All the Flowers Gone?10. Inside11. Marvelous Toy12. Right FieldDISC 21. Kumbaya2. Michael, Row the Boat Ashore3. Down by the Riverside (Study War No More)4. Puff (The Magic Dragon)5. 500 Miles6. Stewball7. Blowin' in the Wind8. We Shall Overcome9. All My Trials10. Weave Me the Sunshine11. Day Is Done12. Leaving on a Jet Plane13. Goodnight Irene
2004.04.28
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【追記】No.4お、今日は久米さん、最終回だな。でかい最後っ屁など期待して、のんびり見ることにしよう。【追記】No.3幻子心母よりSOS(死語)が出ていたので、夕方どたばたと灯油を買いに出る。まだ必要です。のんびり市なのに。以前はコーヒーの豆を買ってきて、自分でゴリゴリと挽いておりました。手回しのミルがよろしい。それが一昨年あたりからレギュラー・コーヒー、つまりあらかじめ挽いてあるパッケージを買うようになってしまった。レギュラー・コーヒーもおいしくなったなあと思ったこともある。価格が安いこともある。お試しセールとか、在庫整理品とか、安くなってると買ってしまうのであります。(例によっておばちゃん体質)コーヒーを飲まないと一日が始まらないのである。一人暮らしの時の朝飯は、トースト&コーヒーでありましたっけ。今は御飯と味噌汁なので、その後コーヒーを飲みます。事務所に行ってコーヒーを飲みます。休憩の時にコーヒーを飲みます。で、喫茶店に行かなくなってしまいました。時間のゆとりがないのかな。【追記】No.2今日の日記の題はもちろん我が心の師匠高田渡大人の「コーヒー・ブルース」に由来するものであります。2004年春の新作ケーキが気になります。イノダコーヒ【追記】No.1明けて3月26日、そうか3.26だ。1978年3月26日、成田空港の開港が延期された日です。三里塚芝山連合空港反対同盟委員長戸村一作さんは、その翌年に亡くなりました。戸村さんは日本基督教団三里塚教会の牧師さんだった方ですが、教団が戸村さんを除名した……のかな。2002年に「三里塚教会問題」という記述をしているサイトを見つけましたが、なんだかよくわかりません。http://www004.upp.so-net.ne.jp/msaka/tkf8.htm今日はせっかくカメラを持って散歩に出たのに、すぐに雨が降り始めたので、公園までたどりつけなかった。駅前の雑居ビルに避難。そこで神戸屋パンがやっている喫茶店を見つけた。いつできたのかしら。ヤマザキがやっている「ヴィ・ド・フランス」の喫茶店はよく利用したので、あの感じなのかな。喫茶店ほど高くなくて、ドトールあたりよりゆったりとした座席。アタリだな。パンも安くておいしいし。1972年、つまり私が高校一年生の時はコーヒー専門店を名乗る喫茶店が急激に増えた時期だと思う。本やレコードだけでもうアップアップなのだが、お小遣いをやりくりして、なんとかコーヒー専門店にでかけたものだ。当時はのんびり駅北口はまったくさびれていて、すぐに住宅地になっていた。そんなところに珈琲館という喫茶店があった。あの専大前に本店があるチェーン店とは関係のないところです。ゆったりと広い店内は少し暗いのだが、濃い目のコーヒーはおいしいし、静かで、それに空いていた。ブラジルやコロンビア、マンデリンといったストレートコーヒーがメインなのだが、少し高い。それが日替わりで「サービスコーヒー」といって出された。ソーサーの上にはコーヒーの名前をスタンプで「マンデリン」なんて印字したコースターが載っていた。今日はこういうコーヒーを飲んだぞということで、コースターを記念に持って帰るのだ。幻のフォークソング同好会事件によって学校とは早い時期に疎遠になったので、コーヒー代があればこの喫茶店に行って、本を読んでいた。一杯150円程度だったと思う。懐が温かい時には、チーズトーストも注文した。当時はいくらでもモノが食えたのだ。ある日曜の午後に、なんだか見たようなカップルが入ってきた。男の子は高校の同級生、女の子は中学の同級生。二人とも私服なのだが、女の子はずいぶん変わったように見えた。彼氏がコーヒーに関してあやしげな蘊蓄を傾ける。いけないと思いながらも、それは聞いてしまうよなあ。のんびり市の珈琲館、場所が移ったのだが今でも健在である。ただ、最近はマスターの顔を見かけないので、代が変わったのだろう。あの頃から数えて、僕はいったい何杯のコーヒーを飲んだのだろう。画像は本日ののんびり駅ビル。神戸屋さんでコーヒーを飲みながら撮りました。ちょうど駅ビルのコーヒー屋さんが写ってるのかな。
2004.03.26
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【追記】No.4infoseek(isweb)のftpは、まだ繋がりません。まあ、サンプルはいいですね。本日の夕陽画像、アップしました。更新しました♪夕陽が好き![I Love Sunset!] 【追記】No.3楽天広場の「画像の倉庫」がもう一枚入るので、ひさびさにそちらにアップ。iswebはやっぱり繋がらないなあ。なんのことはない、自前の幻泉館サーバに画像ファイルを置けば良いのですが、ルータの仕様で、LANから外を経由して表示の確認をすることができないのです。早く復旧していただきたいものです。あ、GeoCitiesを使う手もありました。しかし、「画像の倉庫」はhtmlのタグを吐き出してくれるので、とても楽チンですなあ。 【追記】No.2今日は寝だめ日。本当によく眠りました。ほぼ寝たきり中年。これでしっかり食事してるのだから、いけませんなあ。はっと目を覚ますと、午後5時。あわてて浜へ車を走らせました。日没に間に合いました。日が長くなったなあ。わあ、なぜか今日はアベック(死語?)が多いです。なんだか恥ずかしくなって、日没後即車へ。堤防の階段を降りるとき、最後にコケました。カメラをかばっているので、さらにすべって転んだりしてます。後ろのアベックが声をかけてくれました。「大丈夫ですか?」「あ、はい、大丈夫です」かっこわる。捻挫とか骨折とかしなくて良かったわ。咄嗟の時の判断が遅れるというのは、これは年齢のせいなのか。ま、もともとぼぉっとしているので、よくわかりません。で、さきほど1枚だけinfoseek(isweb)に画像ファイルを転送しようとしたのですが、ftpが繋がりません。サーバの調子悪いのかな。【追記】No.1チケットの値段ですが、前売り1300円。当日 一般:1800円 学生:1500円 シニア:1000円毎週水曜日はサービスデー 1000円だそうです。映画のオフィシャルサイトがありますね。http://www.takadawataru.com/おお、CDも出るんだ。もしかして、下記収録曲がそのままCDになるのでしょうか。いよいよ我が心の師匠高田渡大人の映画が公開されます。来月、4月。残念ながら幻泉館地方では観ることができず、テアトル新宿での単館ロードショ……あれ、レイトショーです。つまり、通常の上映を終えた後の上映。とほほ。連日21:20~だそうです。え~、チラシをいただきました。くしゃくしゃになってしまいました。いささか行っちゃった目つきの渡さん。後ろの小窓からにこにこ覗いているのは、柄本明さんですな。制作・配給はアルタミラピクチャーズ。よくわかりません。企画は東京乾電池オフィス。これはなんとなくわかります。それで、「高田渡にハマった俳優・柄本明がナビゲーターとして登場」するのですね。昔からのライブ映像とドキュメンタリー……なのかな。チラシによると、1970年<中津川フォークジャンボリー>。これは見たことあります。岡林信康さんと吉田日出子さんがレポーターのように出てくるやつですね。1971年の映像が欲しい!それから2003年春東京下北沢<ザ・スズナリ>、京都<拾得>、大阪<春一番コンサート>などで「ワタル的音楽ライブが炸裂!」だそうです。タナダユキ監督もまったく存じません。チラシによれば、「突如現われた映画界の異端児。2001年PFFで監督・主演・を兼ねた初作品『モル』で見事グランプリを受賞」したんだそうです。PFFって、「ぴあ・フィルム・フェスティバル」だったっけ?収録曲が書いてありますね。 ♪ ごあいさつ ♪ 仕事さがし ♪ ねこのねごと ♪ 鎮静剤 ♪ 酒心 ♪ 値上げ ♪ 魚つりブルース ♪ 69 ♪ 生活の柄 ♪ ブラザー軒 ♪ 私の青空お、毎夜マル秘ゲスト・ミニライブ付きだそうですぞ!
2004.03.09
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【追記】No.3今日は変則的に外で少しお仕事。晴れていたのに暗雲たちこめ、ひやひやしました。寒かったっす。でも、桜が咲いているところがありましたぞ。「ROOTS MUSIC DVD COLLECTION」は一つだけ遅れていた「Vol.7 なぎら健壱」が届きました。まだ「Vol.9 ROOTS MUSIC 音楽祭1 中川五郎・高田渡・遠藤賢司」以外は全然見ていません。ちょっと忙しいのよ。【追記】No.2今日は雛祭りなんですね。昨年は3月1日に隣町のお婆さんがなくなったんで、どたばたしてました。「ヒナの由来」についてはもう書いてしまったので、昨年タイトルだけ雛祭りだった日録を蔵出ししてみます。------------------------------------------[2003年3月3日付日録]「お、ヒナのお祭り」葬式の行き帰りは年寄りの送り迎え込みだったりするので、いつもより車を運転している時間が長かった。普通に通勤するような距離なんですけどね。のどかな春の日になったので、去年作ったマイMD。70年代ゆったり系邦楽。おっ母さんがはっぴいえんどの「風をあつめて」を聴きながら指でリズムとったりしてました。叔母さんのマシンガントーク、誰も聞いてないの。しかしまあ、20年前のはっぴいえんどの音が心地好いこと。(追記:間違えました。30年前です。とほほ。)大編成のアレンジって古びた感じがするけど、コンボだとあんまり古く感じないのね。ただ、前にも書いたけど若者が騙されてる「はっぴいえんど史観」ってのは事実じゃないからね。松本隆、細野晴臣、大瀧詠一、鈴木茂、メンバーはすごいし、その後大活躍している人達だけど、一世を風靡したわけではなかったのですよ。「カノッサの屈辱」と言ったら言い過ぎだけど、冗談入ってますから。どうしてこんなこと言ってるかというと、君らのせいで岡林のアナログ盤が異様に高騰してたからなんだよ!苦労したんすから、ホントに。どうしようもない曲もあるんだけど、はっぴいえんどと岡林信康がじわっと緊張関係を保ちながら演奏してる曲はすごいです。「愛する人へ」「自由への長い旅」「私たちの望むものは」いい音ですなあ。「私たちの望むものは」は、前半と後半で歌詞の内容がひっくり返してある逆説ソングです。同じはっぴいえんどの演奏でも、アコースティック音に近いバージョンと、エレキ音バージョンがあります。片方は銃声が入っていて、片方はギターで銃声を模写してます。というようなことより、当時は歌詞の内容の方が語られたものです。「私たち」という一人称に対する反発も強かったと思います。中山ラビさんの1stアルバム『私ってこんな』には、この曲へのアンサーソングが入ってます。「私が望むのは」で、一人称は単数、独りの私です。思えば岡林信康さんが失踪して、はっぴえんどをバックに引き連れて再登場するといった行動をとった時。それはもちろんBob Dylan様の真似だったのですが、運動の象徴とされ、「みんな」を背負わされるのに疲れていたのですね。部落差別をストレートに歌った「手紙」や「チューリップのアップリケ」は、封印したというよりも、本当に歌うのがつらくなっていたのでしょう。「私たちの望むものは」の歌詞が後半逆転するのは、それは「WE」を拒否した「I」の宣言であります。Lycos日記をしばらく観察していると、アクティブな人の名前はすぐに覚えます。実に楽しい人もいますし、いやだなあという人もいます。その中ですごくいやだなあと思う日記タイトルが「ぼくらは戦争を待っている。」です。このタイトルは80年代サブカルチャーの影響で浮かんだものでしょう。反語だか逆説だかわかりませんが、挑発的な言葉遣いでアクセス数を増やしたいのだと思います。まあ何書いてもご自由になんですが、少なくとも「ぼくら」はやめてもらいたいなと思うのです。同じ趣味の人が楽しく「ぼくら」と言うのはいいですが、「日記」で「社会問題」を「ぼくら」で語ってほしくないです。そういえば、当時「ぼくら」文体を駆使して雑誌のお仕事をしていたのは、たぶんこの人が嫌いな平和勢力の方に入る人たち、たとえば室謙二さんだったりしますな。陰口になっちゃいましたが、Profileすべて非公開という関わりたくない人なんで、ここにこっそり書いておきます。NHKスペシャル「アメリカとイラク・蜜月と敵対の20年」。イラン革命以降のイラクと合州国の関係をコンパクトにまとめてくれている。これはこの局でないと作れないな。イラク原油の最大の顧客がアメリカ。ロシアの国営企業を経由して購入しているのがおかしい。それでサダムが豊かになるのは、Jr.大統領には許せないのだね。イラン・イラク戦争を実に苦々しい思いで聞いたのを思い出します。80年代にヨーロッパで反核運動が盛り上がったのは、アメリカが核配備を行なおうとしたためである。1万人を超える規模の集会が各地で行なわれた。それはもちろんヨーロッパが直接に攻撃対象となり、戦場となることを意味していたからだ。同じ時期に盛り上がった日本の反核運動が、そこまでせっぱつまったものではなかったのも、否定しがたい事実である。デッカイ話になるときは現実逃避したいとき。(c)マエさん大統領があんな人だから、いかにも実直そうなパウエルさん、得してます。------------------------------------------【追記】No.13月2日の夕陽画像、更新しました。[I Love Sunset!] 夕陽が好き!ROOTS MUSICのサイトに、「ROOTS MUSIC音楽祭」のライブレポートが掲載されています。今回買ったDVDは、このライブのものが2枚。特にその1は、私が大喜びしております。余計なインタビューとか入ってないのがいいです。淡々と3人のライブ映像が続きます。ええど、ええど!このごろは音楽評論家になってしまった感のある中川五郎さんのライブ映像は貴重ですなあ。「自分の感受性くらい」はもちろん茨木のり子さんの詩に曲を付けたものです。「ミスターボージャングル」もDVDに入れてほしかったけどな。 ♪ 駄目なことの一切を ♪ 時代のせいにはするな ♪ わずかに光る尊厳の放棄 ♪ 自分の感受性くらい ♪ 自分で守れ ♪ ばかものよ茨木のり子さんの「わたしが一番きれいだったとき」は林亭が歌っていることを三十年かかって発見したり、ピート・シーガーさんの楽譜を見つけたり、いろいろ苦労しました。でも、「自分の感受性くらい」は中川五郎さんだと知っていました。他にも誰か歌ってるかしら。中川五郎 1. 90センチ 2. 自分の感受性くらい 3. 30才の子供 4. ボクの遺書高田渡 1. 仕事さがし 2. コーヒー・ブルース 3. 鎮静剤 4. トンネルの唄 5. ブラザー軒 6. 生活の柄遠藤賢司 1. 満足できるかな 2. 歯のないうさぎの口 3. またいつか会いましょう 4. 夜汽車のブルース
2004.03.03
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【追記】No.2夕方浜辺に出た。残念だが雲が出ていて、夕陽を見ることができなかった。非夕陽画像を数枚アップしました。[I Love Sunset!] 夕陽が好き!【追記】No.1追記をしようとして失敗しました。楽天広場のシステムが非常に不安定な状態になっているようです。カウンター表示は、自分で指定した色が反映されるようになったのですね。慣れればデザインとしてはこちらの方が統一性があると思います。ただ、システムの混乱と一体化しているので気持ちが悪いんでしょう。htmlタグの制限が増えることに関しては、仕方のない部分が大きいと思います。ブラックボックス化して誰でも簡単に日記サイトを運営できるというのが楽天広場の良いところなので、制限が出るのは仕方がない。セキュリティホールを悪用している者の方が悪いのです。もちろん楽天広場の担当さんがスキルを上げてガードしてくれればいいのですが。NHK教育のETVスペシャル『貘さんを知っていますか?』のおかげで、長い間忘れていた山之口貘全集を引っ張り出す。思潮社から出ていたこの四巻本全集のおもしろいところは、「全詩集」以外の巻「随筆」「小説」「評論」の内容があまり変わらないところだ。貘さんの詩があった。それがすべて。番組は時折入るイメージ映像が少し入れこみすぎのような気がしたが、全体としては良い番組だったと思う。それがNHK総合の普通の番組、せめてNHKスペシャルとして作られ放映されないというところが、みなさまのNHKの限界か。というより、日本国民のみなさまの限界か。なんといっても貘さんの肉声が貴重だ。NHKエンタープライズか、NHKサービスセンターか、NHK出版か、どこでもいいのだが、貘さん本人の詩の朗読をCDで出してもらいたい。たとえばNHK出版がNHKブックスに付録CDを付けて出せば、ちゃんと売れると思うよ。死期が近づいた貘さんのインタビューテープが番組の白眉。貘さんは旧制の中学生の時、初恋の人である呉勢(グジー)と婚約までするのだが、1963年の時点ですでにそうのような沖縄名前は滅んでしまった。そのこと自体さびしいことに決まっているのだが、貘さんは、それは悲しいことではないと言いきる。沖縄名前が滅んでいく、そこにしか沖縄の人の生活が成立しないことが悲しいのだと言う。番組制作者の意図はまさにそこにあるので、副題は「沖縄で生まれ、大和に生きた詩人」となっている。貘さんが亡くなったのは東京オリンピックの前年で、沖縄が日本に「復帰」するまで、まだあと十年近くもあった。「沖縄方言」と貘さんは言っているのだが、あと十年生きていれば、貘さんはウチナーグチの詩を残せたのではないだろうか。僕は貘さんの日本語詩が大好きなのだが、詩人山之口貘が日本語の詩人になってしまったことは悲劇なのではないかと思う。僕が貘さんの詩を知ったのは、高田渡さんのおかげだ。たぶん1971年、沖縄の復帰前年に渡さんの歌で「生活の柄」を聴いた。忘れていたのだが、それで彌生書房の「世界の詩」シリーズで貘さんの巻を読んだのだ。後の「夕暮れ」ほどではないが、渡さんは「生活の柄」の詩を改変して歌っている。まだ詩の世界を変えるほどのものではなく、歌のリズムに載せるための改変だ。当時はまだベルウッド以前、キングレコードから出たメジャーのファーストアルバム『ごあいさつ』よりも先に、中津川フォークジャンボリーのライブ盤でこの「生活の柄」を初めて聴いた。前にも書いたのだが、ビクターSFレーベルから出ていた『’71全日本フォークジャンボリー第一集』は、今でも廉価版CDで手に入る。やはりまだメジャーデビューする前の吉田拓郎さんが、渡さんのステージに野次をとばす。拓郎「加川良、何のためにそこにすわってんだよ、お前!」良「広島人!」渡「えー、彼はここで僕のサイド・ギターをやってるつもりです。」岩井宏さんがバンジョーとコーラスで参加している。彼ももうこの世にはいない。『’71全日本フォーク・ジャンボリー・ライヴ第一集 ~中津川 椛ノ湖 人間開放72時間』1. 教訓1(加川良)2. ゼニの効用力について(加川良)3. かみしばい(岩井宏)4. 自転車にのって(高田渡)5. 生活の柄(高田渡)6. 人間なんて(吉田拓郎)7. もしも(武蔵野タンポポ団)8. たんぽぽ(ガロ)9. 今ここに(のこいのこ)10. 一円玉(なぎらけんいち)11. カレーライス(遠藤賢司)12. 12月の雨の日(はっぴいえんど)
2004.02.24
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【追記】No.2「荒れろ、成人式!」で思い出したのだが、新藤兼人監督の『裸の十九才』(1970年)は、永山則夫さんがモデルでした。少年法や刑法をいじることに関して私が知った最初の事件。それから印象的な事件が起きる度に、年齢の線引きを下げろという声が大きくなった。一般的には、法の精神はもう無効化しているのだろうか。【追記】No.1今日は家でのんびりの休日。天気が良いので、洗濯をしています。暮れに大掃除をしていないので、部屋の大片付けもしなければなりません。古層の発掘まではいかないかな。とりあえず去年の層は片付けたい。成人式のニュースはあまり興味がない。お上がやる式典なんぞは元々出ない。そのために晴れ着をあつらえるというのもいやだった。僕よりほんの少し年下の女の子なのだが、お父さんがいなかった。お母さんが振り袖を作ってあげると言ったのだが、無理をしなくていいとスーツで出席した。人づてに聞いたのだが、やっぱり肩身の狭い思いをして泣いていたそうだ。悔しかっただろうな。僕なんかに覚えていてもらっても何もいいことはないのだが、でもその子の勇気を僕はずっと忘れない。荒れる成人式、いいじゃないか。そういう若者を生み出した責任は、壇上で説教垂れてるあんたたちにあるんだ。荒れろ、成人式!高田渡さんのBOXセットで、永山則夫さんの詩に曲を付けた「ミミズのうた」をひさしぶりに聴いた。 ♪ 目ない 足ない おまえはミミズ ♪ 真っ暗な人生に ♪ 何の為生きるの永山則夫さんの『無知の涙』は合同出版から出ていた単行本を立ち読みしたのではなかったろうか。細字で綿綿と綴った文字と、少年時代の永山則夫さんの顔写真が印象的だった。中学生から高校生にかけて、そんなふうにして何冊か本を読んだものだった。「連続射殺魔永山則夫」の手記は強烈だった。今を生きている、自分と同じ時代の若者が、そのような貧困にあえいでいるなどとはまったく思っていなかったのだ。ただ、言われてみればまったく想像不可能な貧困ではなかった。かすかに記憶に残る60年安保のころ、周囲にはまだ「戦後」が残っていた。ちょっと忙しいので、本館より戦後の「貧困」について少し触れたものを自家引用いたします。【2002年12月6日付日録】[愛と希望の街]深夜に放映されていた『愛と希望の街』(1959年松竹)。なんともベタなタイトルなので気づかない人も多いのだろうが、これが大島渚監督27歳のデビュー作なのである。映画の黄金時代、この年齢で監督になるのは大抜擢だったらしいよ。今はその気になれば一応映画監督にはなれるものね。松竹城戸四郎が大島のシナリオを大いに買ったのだそうな。今見ると、ビンボーです、本当に。今の子はこれがニッポンだなんて信じないかもしれない。主人公の少年(中3)、母親は靴磨き、妹は知的障害、赤貧であります。少年が鳩を売る→鳩は帰巣本能によって帰ってくる→少年が鳩を売る→ところが永久機関は存在しないのね。少年がブルジョアお嬢様に鳩を売る。それがね……。大島渚は「鳩を売る少年」というタイトルでシナリオを書いたんだそうな。それが会社側の意向で→「怒りの街」→「愛と怒りの街」→「愛と悲しみの街」→「愛と希望の街」どんどん変わっていってしまったんだそうです。「松竹では怒りと悲しみと希望が同じなのか」と大島さん、荒れたそうです。見るのが少しかったるいのではあるが、やっぱり大島は大監督なんだと思ってあげていい。「鳩」は売春の隠喩だという話だが、「鳩を売る少年」とすることによって、大メジャーで作ることができたんだね。映像が意外にきれいなのは、放映がデジタル化されたDVDを元にしてるからかな。
2004.01.12
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いつもほとんど同じ画像ですが、紛れもなく2004年1月7日の、ヒナのひるねです。デジカメの進化に驚いて、自分のPC史など思い出していました。80年代半ばごろからですから、二十年近く。すぐに電話回線とつなげたので、ネット歴も同様です。8ビットのおもちゃみたいなPCから始めて、最近やっと本当に道具として熟成してきたと感じられるようになるまで、二十年。思い出すことどもを、少しずつ書き足していきます。自分にとって最も大きなのは、WEBの文体の発見かなとも思っています。もうひとつは、「全地球カタログ」かな。お風呂に入って身体を温めてきます。では、のちほど♪【追記】No.1更新しました。夕陽が好き![I Love Sunset!]【追記】No.22003年は阪神タイガースが優勝しました。あれから18年も経つのか。日航機が御巣鷹の尾根に落ちたあの夏。当時のタイガースと比べると、選手のキャラクターが弱いなあ。監督と伊良部やムーアはいしいひさいちのマンガになるが、他はちょっと。読売巨人軍みたいになったらつまらんぞ。って、今は野球見てないんですけど。阪神ファンなのかというと、そうでもありません。オルターナティブな生き方をしているので、自然に軍隊を名乗るチームよりは好きなだけです。アンチ巨人という言い方は好きじゃないですね。阪神文化圏にはあまり縁がないので、セントラル・リーグだったら古田君のチームや人のいい監督がいるとても弱いチームの方が好きかも。いずれにせよ、あんまり興味ないんですな、今は。Jリーグだったらエスパルス。やっぱりオルターナティブなチームになってしまったなあ。以前たけぴぃ君(仮名♂20代)とそんな話をしたことがありました。ワタクシ、どうしてもトップを選べないんです。自動車:日産→スバル(OPEL)カメラ:ペンタックス、コンタックス携帯:auPC:FM-77→EPSON→EPSONダイレクトノートPC:東芝→IBMブラウザ:Netscape日本語FEP:松茸ほかにもなかったかな。CSはディレクTVを選んだら、なくなってPerfecTVと契約させられてしまいました。本来ならば鯖はLinuxではなくて、FreeBSDを使うべきだったな。新聞は朝日で、日曜には毎日も買う。それで、最初に買ったPCが富士通のFM-77だったのはなぜかというと、ソフトバンクの雑誌がいちばんおもしろかったからです。ちょっと説明が必要ですね。8ビット機が主流PCだった時代、まだWindowsはありませんでした。各社のPCは、それぞれ独自の仕様を持つ、互換性のないBASICで動いていました。おおむねマイクロソフトから購入したBASICに機能拡張したものです。ソフトバンクはそれぞれの機種に応じた月刊誌を出していたのです。機種別雑誌だと、富士通のFMシリーズを対象とした『Oh! FM』がいちばんおもしろかったのです。F-BASICを搭載したFM-7は、NECのPC-8801のライバル機でした。シャープはMZシリーズとXシリーズの2機種に力が分散してしまったのが仇となったようです。東芝は……CMに登場するタレントが故岡田有希子、横山やすし&一八親子と、呪われているという冗談がありました。あら、なかなかたどり着きませんな。【追記】No.3インターネット以前のパソコン通信では、通信費が最大のネックとなっていた。いわゆる草の根ネットでない商用ネットでは、接続している時間かデータ量によって課金される従量制となっていた。アメリカのCompuServeを模して作られたNiftyServeでは、会員がシスオペとなって各フォーラムを運営していた。一般会員がそのフォーラムに入って活動している時間が多ければ、Niftyの売り上げが増える。したがって、元々は普通の会員だったシスオペに対してペイバックが行なわれた。まだオンラインで画像を見ている人は少なかっただろうが、御多分にもれずスケベ画像はメディアのブレイクスルーに大きな貢献をしたようだ。これはどうにも気持ちが悪かった。マジメに議論を戦わせる場で、仕切り役が金儲けをしたりするのは不思議だった。今でも、たとえば楽天広場をビジネスチャンスの場として利用するのはあまり好きではない。道楽でやっているので、金とヒマは注ぎ込むものなのだ。もちろん金儲けをしたい人の邪魔をするつもりはない。その代わり、私のヒマはかすめとらないでもらいたい。ネットに払う金の他に、純然たる通信費も問題となった。日本でネットが広がる最大の障害となるのが、NTTであることは明らかだった。音響カプラは雑音を拾うと、データ通信に失敗した。私のは安い簡易型のカプラだったので周囲の音を拾いやすかった。受話器とカプラを布団の中に押し込んで使っていた。モデムを初めてつないだ時は、音楽を聴きながら通信できるのに感動したものだ。しかし、モデムをつなぐだけでもNTTにお伺を立てて許可をいただかなければならなかった。電話料金も、アメリカと比べるとめちゃくちゃ高かった。のんびり市でパソコン通信をしようとすると、最初は長距離電話をかけなければならなかった。地元にいい草の根ネットができれば良かったのだが、青年会議所といったようなところが始めたネットは見事にコケた。「大手企業がバックについているから安心」というような姿勢では、草の根ネットは育たない。アメリカでは「the WHOLE EARTH CATALOG」を出していたような連中がネットになだれこんでいると耳にした。そう、私は初めからカウンター・カルチャーを期待してネットを始めたのです。アマチュア無線の連中がRADIO BBSというのを始めていたが、それに参加しようとは思わなかった。免許が必要なところでやりたくはなかったのだ。お上の試験を受けて合格しなければインターネットに接続することができないということになっていたら、私はインターネットに魅力を感じなかったことだろう。
2004.01.08
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[雑煮自慢開催中!!]終了時刻は[ 1月4日24:00 / 1月5日00:00 ]雑煮自慢大会 会場はこちらです♪更新しました。夕陽が好き![I Love Sunset!]ここ十年ほどの間、私の年末年始休みは大晦日と三が日だけです。今回もそうです。ああ、もうすぐ休みが終わる。しまった、ちょっと宿題があったんだ。夕陽の撮影で身体を冷やしたらしく、ちょっと熱っぽい。とりあえず今日は布団に潜ろう。大晦日の妙なコンサートで渡さんが1曲だけだったのでちょっと欲求不満。2枚組みの『Best Live』など引っ張り出してぐるぐる聴く。そうそう、これこれ。大晦日からずっと僕は「夕暮れ」を口ずさんでいたのだ。黒田三郎さんの詩に、高田渡さんが曲を付けた作品。ライブでは「明るい曲がなくてすいません」なんて言ってる。 ♪ 夕暮れの町で ♪ 僕は見る ♪ 自分の場所からはみ出してしまった ♪ 多くのひとびとを実は、渡さんは原作の詩を少し改変して曲を付けることが多い。上の部分では3行目「はみ出してしまった」は、黒田さんの原詩では「はみ出てしまった」。この先では、かなり大胆な改変を行なっている。一連そっくり言葉遣いが入れ替わっているところもある。先に渡さんの歌を知ってしまった身としては、少し原詩の響きが居心地悪く感じられる。対照して並べてあるサイトを見つけたので、興味のある方はご覧ください。安藤文隆のエッセイ銀座ライオンのようなビヤホールなのである。吉祥寺の「いせや」や「下駄屋」ではない。渡さんではなく、黒田三郎さんの世界。以前の渡さんは、リフレインなんかののために少し原詩をいじるといった感じだった。ところが、「夕暮れ」では書き換えの水準がそのようなものではなくなっている。上記サイト安藤文隆氏は、渡さんの「夕暮れ」では絶望感や無力感が強調されていると分析している。原作の「夕暮れ」は「哀しいながらも哀しさのやり過ごし方を熟知した達人・黒田三郎ならではの確信と安定感」を感じるという。見事な分析というほかなく、ただ脱帽である。伝説のステージ泥酔事件や、実際に私が目撃した吉祥寺東急裏おまわりさんと口論事件など、渡さんはついついおもしろく語りたくなるが、哀しい歌うたいなのである。以前高田渡「火吹き竹」(1973)というタイトルで、『世界・わが心の旅「ドイツ 僕と生きてきた詩(うた)」高田渡』という番組のことを自家引用しました。ドイツ人の多くが滑稽だと感じるリンゲルナッツの「すかんぽ」を渡さんは哀感こめて歌うのです。ふと、こんな光景が頭に浮かびました。まっさらな原稿用紙に、丁寧に丁寧に言葉を書く渡さん。ほんの少し書き換えては、納得できずにまた別の原稿用紙を引っ張り出す。他人が見てもその違いがわからないほどの書き換えを、ほんの少しずつ加えていく。何度も何度も繰り返して。そう、ちょうど山之口獏、獏さんが詩を書く時のように。
2004.01.03
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【追記】No.4(追記No.1は一番下にあります。)2004年冒頭のイベント、オンラインお雑煮新年会がもうすぐ始まります♪とってもおいしい我が家の雑煮、オリジナル雑煮、「雑煮、のようなもの」等々御自由に投稿なさってください。コメントは新スレッドを立てずに、[RES]の形でお願いします。開始時刻は[ 1月1日24:00 / 1月2日00:00 ]終了時刻は[ 1月4日24:00 / 1月5日00:00 ]雑煮自慢大会 会場はこちら♪【追記】No.3初日の入りを撮影して参りました。人出は多かったけど、撮影してる人はあまりいませんでした。ところで初事件。うちに年賀状が一枚も来なかったのです。やっぱりひきこもってるとねえ。違います。私はそれほどの数ではありませんが、幻子心母は退職教員なんで、絶対に三桁の枚数の年賀状が届きます。午後に何度も郵便局に電話をしていたようですがつながらず、5時ごろ私が夕陽撮影から戻ると、ちょうど郵便局の方がうちに来ました。周囲のお宅はみんな届いているそうです。うちだけゼロ枚。バイトの高校生君が、「この家には一枚もなかった」と証言しているようです。お~い、それはありえないんだよぉ。どうなるのかしら。成り行きを実況中継しましょうか。【追記】No.2フィナーレの全員歌唱「遠い世界に」ですが、高田渡さんは一番しか歌えないことが判明。間近でにこにこもごもごごまかしているのを見ました。司会コウタローさんが言ってました。「すごいなあ、渡も楽譜見ないで歌えるようになったんだ。すると『もう見えないんだ』と言われました。」捨て身の冗談ですな。明日は我が身。皆様、明けましておめでとうございます♪本年もよろしくお願いいたします。2004年の正月といえば、あなた、お雑煮を自慢する時が来たのでありますよ。雑煮自慢大会、開始時刻は2日午前0時ジャストです。会場URLは、1日午後7時頃に発表します。さて、年は明けたのですが、日録の内容は2003年最後の日、大晦日に幻泉館主人がおのぼりさんとなって渋谷をうろうろした話です。まず朝なのですが、乗ろうと思っていた新幹線こだま号に乗れませんでした。あらま。ところが、そのすぐ後に来たひかり号が停車してくれ、なおかつ品川駅に停まる。知らない間にずいぶん便利になっているので、まず驚きました。渋谷駅から外に出ると、中国喜び組の映像がガンガン流れていて、まあさすが大都会。なんとかビジョンの数がずいぶん増えていました。意外に人の数が少ないのにも驚きました。ただ、人の動きとテンポが合いません。そうそう、こういうことは何度も経験しているので、あまり気にはなりません。モアイ像の近くで救世軍の演奏をぼおっと眺めて、目を人込みに順応させます。引率をお願いした方(妙齢の美女♪匿名希望)に携帯でメールを出して、「もう着いちゃったよ~」と泣き言を言う。某国営放送へ通っていた時によく朝食をとった「アートコーヒー」を待ち合わせの場所に考えていたのだが、もうその店はなくなっていた。「カラオケ歌広場」がある所かなあ。他人様を急かしておいて、自分はぶらぶらと街の変化を確認して歩く。それで「竹久夢二居住地跡」なんてのを見つける。これは引率者さんに撮影してもらおう。人が少ないので、待ち合わせはハチ公の尻尾あたりということにした。携帯でメールを送る。「幻ちゃんを探せ♪」初対面なので、わかりやすいように楽天のプロフィール画像に似せることにした。大サービスでマスクを付ける。一発でわかったそうです。でも、わかりやすくあるが、すっと引かれてしまった。どう見ても、あぶない人なんだそうな。そうまでおっしゃるのならと、せっかくだから上京記念の写真を撮ってもらう。それが下の画像です。肝心のコンサートについては、後で書きます。[この項続く]【追記】No.1さて、ずいぶん早く渋谷に着いてしまったのに、アホな写真を撮ったりしてぐずぐずしていたので、渋谷公会堂に滑り込んだのは開演直前でした。一目見て、観客の年齢層が非常に偏っていることがよくわかります。ずばり50代の面々。幻泉館主人が「若手」、引率者さんは娘みたいなものです。おかしいのは、ステージ上で機材を動かしているのも、観客と同じ世代でありそうなこと。これがいったい何のコンサートなのかというと、タイトル長いんです。 「パックイン・ミュージック」Presents あのラジオ、あの歌、あの青春 Part.2去年Part.1があったんですね。TBSのオフィシャルサイトでは、こんなふうに書いてます。----------------------------------------------------TBSラジオ伝説の深夜番組「パックイン・ミュージック」の名物パーソナリティー「ナッチャコ」こと野沢那智&白石冬美が、70~80年代のフォークソングの名曲とともに大晦日に渋谷で年忘れコンサート!!----------------------------------------------------もうレトロ一色、開演前にはPP&Mが流れています。最初に野沢那智さん、白石冬美さんの語り。このお二人は最後にもう一度出てきて、コンサートを閉めました。実際に進行上の司会は山本コウタローさんと山田パンダさん。ノリノリで踊るといったようなコンサートではなく、風邪をひいたおじさんたちが座席に座っておなじみ曲を口ずさむといった感じの催しものでした。基本は出演者の生ギター弾き語り。前から3列目の席だったので、それほど興味のない曲でもギターを弾く手許を見ていて楽しかったです。「ギター弾こう!」と思いました。ストーブをつけるようになって部屋からギターを避難させたので、このごろあんまりいじってなかったのです。山田パンダさんは予想より良かったです。「別格」出演者を除いてはみんな1曲ずつだったのが寂しい。斉藤哲夫さんが「吉祥寺」を歌ってくれたのは嬉しかったです。高田渡さんは、中川イサトさんのギターと竹田裕美子さんのアコーディオンがバックに付きました。「え、これだけなの?」引率者さんも思わずつぶやいてましたぞ、寂しい!三浦和人さんから太田裕美さんまではかなり歌謡ショーの雰囲気。山木康世さんの弾き語りは迫力がありました。佐田玲子さんは白鳥座をやっているころに昼間のラジオ番組をよく聴きましたが、それは80年代半ばのこと。生ギターだったのでステージを見ていましたが、沢田聖子さんと太田裕美さんの時はピアノの陰になってしまって見えないので、睡魔と闘っておりました。この日一番良かったのは、木村充輝さんの弾き語り。この曲なんだっけなあと思っていたら、リフレインで、♪ケセラ ケセラ ケセラ~♪ああ、そうだ、ホセ・フェリシアーノでヒットした「ケサラ」だ。どうも観客には木村さんも「ケサラ」もほとんど知られていなかったようですが、歌は染み透っていったようです。しかしまあ、顔が丸くなられて、あの語りといい、ジミー大西画伯に近いものがありました。はしだのりひこさんは枯れた落語家さんのようにボケをかましまくって、さすがに元フォークル。ただ、一昨年末の新生フォークルが坂崎幸之助さんだったのは、やはり正しかっのだろうと、ステージを観て思いました。そういう意味では五つの赤い風船も、フー子ちゃんでなくて青木まり子さんが歌うことに意味があるのでしょう。フー子ちゃんで聴きたいですけどね。後が詰まっているようで、懐メロおやぢたちは午後5時に会場を追い出されました。すぐ側のNHKホールではあの赤白に分かれた戦争ごっこが行なわれることになっていました。お腹が空いたので渋谷で食事をすることになったのですが、しかし大晦日の渋谷、人が少なくて寂しかったです。以下、いいかげんな概要です。山本コウタロー:岬めぐり山田パンダ:僕の胸でおやすみ斉藤哲夫:吉祥寺高田渡:生活の柄三浦和人(元雅夢): 愛はかげろう大久保一久(元猫・元風):?山木康世(元ふきのとう):思えば遠くに来たもんだ佐田玲子:?沢田聖子:?太田裕美:木綿のハンカチーフ/?木村充輝(元憂歌団):ケサラはしだのりひこ:風/イムジン河五つの赤い風船:恋は風に乗って/これがボクらの道なのかはしだのりひこ:花嫁全員:遠い世界に
2004.01.01
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♪毎晩 夜通し 起きていて♪ ♪ボクは 何にもしてやしないのです♪高田渡さんが、亡父高田豊さんの詩に曲を付けたのが、この「火吹竹」。ベルウッドからの3枚目のアルバム『石』の最後に入っている。静かな、とてもいい曲です。これから夜なべ仕事をします。時々気分転換になんか書くかも。です。ほい、忘れてた。掲示板に書いたことです。以下、自家引用。> とりあえずここも少し防御措置をとることにしました。> 少なくともみなさんのブラウザが吐き出す情報はうち> から丸見えになるようにいたしましたので、あしからず。> つまらない「串」はかえって命取りになりますから、> お間違えのなきよう。----------------------------------------------------あ、しまった。メッセージをくださった方がいたので、ついついず~っと気分転換してしまっていた。うう、泣きそう。しかし、あれだね、楽天の4:00am-5:00amごろ、閉まってるの痛いね。でも、これがないと寝れない人も多いのかしら。その間インフォシーク・プロフィールへ行って……んなことやってちゃ、ダメ、ダメ。(この、「ダメ、ダメ」ってなんだかよくわかってないんすけど)せっかくいらしてくださった方に悪いので、本館より蔵だし。2002年12月15日付日録 -----------------------------------[すかんぽ/哀れな草]日曜の夜に冒頭を見逃した『世界・わが心の旅「ドイツ 僕と生きてきた詩(うた)」高田渡』のリピート放送を怪人KIRIさんが教えてくれた。おかげで今夜最初から見ることができました♪渡さんがドイツに行って、詩人ヨアヒム・リンゲルナッツ(1883-1934)の足跡を辿るものです。正確にはリンゲルナッツの伝記ものではなくて、「哀れな草」という題の詩を辿るのですね。語りは柄本明さん。東京乾電池の面々は恭蔵さんのコンサートにも出演してたな。「哀れな草」は高田渡さんの「すかんぽ」という歌の原詩である。渡さんは60年代末から歌っているのだが、主にアメリカのフォークソングやブルースのメロディに、現代詩をのせて歌うという不思議な手法を開発してしまった。思えば私が山之口貘やラングストン・ヒューズの詩集を買ったのは、渡さんのおかげであります。つまり、師匠と呼んでいい人なのである。吉祥寺東急デパートの裏あたりで、酔っ払っておまわりさんにからんでいた姿も、私の師匠そのものであると言える。 ♪ 土堤の上ですかんぽは ♪ レールの間に立っていた埃にまみれ、ただ立ち尽くすだけの「すかんぽ」に自身を重ね合わせ、渡師匠は哀感を込めて歌うのである。ところが、本国ドイツでこの詩に付けられた曲は軽くユーモラスなのであった。お? 師匠は間違っていたのか?ドイツの若造ミュージシャンたちもこの詩を「滑稽な詩だ」と言う。ヘンクドーベルというグループは、実に滑稽に演奏する。どこかで聴いたような歌だな??思い出した。「スーパーカリフラジリスティックエクスピアリドーシャス」(Supercalifragilisticexpialidocious)ディズニー映画『メリー・ポピンズ(Mary Poppins)』で使われている曲にそっくりです。ここで少し調べてみると、このおまじないにはちゃんと意味があるそうで、> 高度に教育できる極端で繊細な美しさを償うこと> (super-超,cali-美,fragilistic-繊細な,expiali-償う,docious教育できる)なんだそうな。ほんまかいな。さて、ヘンクドーベルの諸君は雑草が擬人化されるのが滑稽だと言う。まあ、第一言語の詩を語る連中にはかなわないわな。渡師匠敗れたり。リンゲルナッツは道化を詠った詩人なんだそうな。「ユーモアと人間愛」が放浪詩人リンゲルナッツのキーワード。だけど、番組ではちゃんとクライマックスを用意してありました。渡師匠同様に、リンゲルナッツの詩を歌うビリ・ベダルフというフォーク・シンガーが登場します。ピート・シーガーとブルース・ウィルスを足して二で割ったようなおっちゃんです。この人との交歓とセッションがヤマ場ね。う~ん、なかなか良い番組でした。
2003.11.08
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ROOTS MUSIC DVD COLLECTIONがやっと届く。5枚あるのだが、何はともあれVol.2、我が心の師匠高田渡大先生の巻をありがたく再生させていただく。内容はCS第一興商ch.「ザ・フォーク」で放送した番組そのまま、スタジオライブ&インタヴュー。インタヴューは一回目はまあいいけれど、二度は見たくないなあ。ヒマができたらPCに吸い出してスタジオライブだけまとめるか。ライブは観客なし。大島渚監督『絞死刑』の舞台になっているような部屋で、渡さんが淡々と弾き語り。これはいい。おお、これはマーチンD-28じゃないか。すごい色になってる。1949年生まれの渡さんと同じ齢のギターだそうだ。実に音がいい。うちのピカピカ弩級28号君ととは大違い。もちろん弾き手も大違いなのだが。インタビューで渡さんが言っているが、これはやっぱり当たりのマーチンで、中川イサトさんやなぎら健壱さんが狙っているそうな。本編56分のDVDで、ライブ収録は13曲。ベスト盤みたいな選曲なので、音声のみ取りだしてCDにするという手もあるか。 #1 仕事さがし #2 スキンシップ・ブルース #3 アイスクリーム #4 69 #5 鮪に鰯 #6 値上げ #7 コーヒーブルース #8 鎮静剤 #9 年輪・歯車 #10 夕暮れ #11 生活の柄 #12 ブラザー軒 #13 トンネルの唄渡さんは60年代末から歌っているのだが、主にアメリカのフォークソングやブルースのメロディに、現代詩をのせて歌うという不思議な手法を開発してしまいました。思えば私が山之口貘やラングストン・ヒューズの詩集を買ったのは、渡さんのおかげであります。つまり、師匠と呼んでいい人なのです。吉祥寺東急デパートの裏あたりで、酔っ払っておまわりさんにからんでいた姿も、私の師匠そのものであると言えます。加川良さんの『親愛なるQに捧ぐ』(1972年)に「下宿屋」という曲が入っています。渡さんのことを歌ったもので、そこで岩井宏さんやシバさんに出会ったことなどが出てきます。渡さんのお父さんが酔いどれ詩人であったことも出てきます。これは知識としては知っていたのですが、具体的にどのような生活だったのか私が知ったのは、最近です。二年ほど前に高田渡さんが『バーボン・ストリート・ブルース』(山と渓谷社)という本を出しました。ここに、幼少時の極貧生活や父上である詩人高田豊のことを語っています。そうだったんだ、という感想です。これだけだとなんだかわからないと思いますから、ぜひ買ってお読みください。あるいは、図書館でリクエストしてください。定価は本体1,500円+悪税です。昨年のことですが、NHK BS-2で『世界・わが心の旅「ドイツ 僕と生きてきた詩(うた)」高田渡』を見ていたら、やはりお父さんのことが出てきました。今日観たDVDのインタビューでも、高田豊『詭妄性詩集』を取りだしていました。宝物なんですね。ところで、渡さんはURCからアルバムを出していたのですが、1972年にキングから『高田渡 ファーストアルバム ごあいさつ』というアルバムを出します。バックではっぴいえんど、キャラメルママの面々が参加しているので、妙な「はっぴいえんど史観」に染まった若者が買ったりすることもあるのですが、今の復刻盤CDだと、最初に付いていた三橋一夫さんの感動的な解説が落ちているようです。若き高田渡の情熱がじわっとくるエピソードが書いてあったんですよ。あれは削らないでほしかったなあ。ああ、そういえばこの春から仙台で学生生活を送っているサユさん(仮名♀十代)がブラザー軒を見てきて、報告してくれました。結婚式場があるようなビルなんだそうです。画像はサユさんが携帯で撮ってくれた「ブラザー軒」。「ブラザー軒」は菅原克己さんの詩に曲を付けた作品です。七夕の夜、「僕」の前に亡くなった父親と妹が現われます。妹さんは幼くして亡くなったのでしょうか。一所懸命にかき氷をほおばる妹を「僕」は見守るのですが、「二人には声がない 二人には僕が見えない」のです。硝子暖簾という、郷愁を誘う描写が出てきますが、今のブラザー軒に硝子暖簾は掛っていないそうです。ちなみに、半年ほど前に不可能性に挑戦して私が作ったマイベストMD「高田渡編」は次のような選曲となっております。 #1 年輪・歯車 #2 鮪に鰯 #3 自転車にのって #4 生活の柄 #5 長屋の路地に #6 系図 #7 鎮静剤 #8 鉱夫の祈り #9 私の青空(MY BLUE HEAVEN) #10 石 #11 火吹竹 #12 フィッシング オン サンデー #13 ねこのねごと #14 酒が飲みたい夜は #15 よろん小唄(十九の春) #16 ブラザー軒 #17 ホントはみんな #18 夕暮れ #19 風
2003.09.26
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9/10にROOTS MUSIC DVD COLLECTIONというシリーズが発売された。はずである。amazon.co.jpで予約注文しておいたのだが、まだ届かない。amazonのサイトで確認したが、まだ発送もされていない。あら、珍しいですね。2000年にSKY PerfecTV! Ch.267「ザ・フォーク」で放映した映像を収録しているのだそうです。インタビューと演奏。本当はみっちり演奏だけ詰め込んでほしいんですが。VOL.4のカルメン・マキさんは、どちらかというとせっかくだからついでに発注したという感じです。80年代のかっこいいロッカーとしてのマキさんじゃなくて、70年代前半の寺山修司ワールドの時代が中心なんだと思います。ああ、この人は映画『あらかじめ失われた恋人たちよ』に出ていたなあ。監督・脚本が清水邦夫&田原総一朗という、不思議な組み合わせ。そう、朝まで仕切ってる田原さんです。この映画の主人公役を演ってる石橋蓮司さん、怪演が光ります。桃井かおりさんのデビュー作になるのかしら。脱いでますけど、当時はなんだかだぶついた感じの裸ね。カルメン・マキさんは「自閉症の女」という役どころ。出演は一瞬で、林檎を齧っているだけ。美少女でした。1971年の作品ですが、私が観たのは上京してからなので、おそらく1975年。地方都市では観ることができなかったATGの映画を観まくったころです。ROOTS MUSIC DVD COLLECTION VOL.1 五つの赤い風船VOL.2 高田渡VOL.3 中川イサトと仲間たちVOL.4 カルメン・マキVOL.5 頭脳警察(パンタ&トシ) 各2,000円+悪税
2003.09.12
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本館音楽板の方に書いたのだが、amazon.co.jpからURC復刻物の連絡が来た。エイベックスは版権買ったんだからちゃんと発売してほしいと思うのだが、amazon限定発売の復刻盤。今回私が注文したのはすべてオムニバス。私が復刻を熱烈希望しているのは、五つの赤い風船の『ゲームは終わり(解散記念実況盤)』。中古でアナログ盤を入手したのだが、いまひとつ盤の状態が良くないのです。今回注文したものも、『関西フォークの歴史』の1枚は中古で買ったが、これは面倒なのでデジタル変換していない。『うた・復権 はみだし歌番組』は学生時代にエレックが倒産してレコード店で不良在庫となっていたものを捨て値で買いました。手製復刻CDを作成しましたが、やっぱりCDで欲しいな、と。関西フォークの歴史 1966-1974 (1)2,300-ディスク: 11.のんき節 / 高石友也2.かあちゃんごらんよ / 高石友也3.ちっちゃな箱 / 高石友也4.戦争の親玉 / 高石友也5.死んだ女の子 / 高石友也6.ベトナムの空 / 高石友也7.継子 / 高田恭子8.竹田の子守唄 / 高田恭子9.プレイボーイ・プレイガール / フォークキャンパーズ10.自由について / 中川五郎11.かえうた (ぞうさん 海 お馬 チューリップ おお牧場はみどり) / 中川五郎12.受験生ブルース / 中川五郎13.あきらめ節 / 高田 渡14.自衛隊に入ろう / 高田 渡15.花はどこへいった / 阪大ニグロ16.消えない顔 / 阪大ニグロディスク: 21.今はこんなに元気でも / 西尾志真子2.前進 / 西尾志真子3.たった一つのお願いは / 豊田勇造4.イムジン河 / ミューテーション・ファクトリー5.まぼろしの翼とともに / 五つの赤い風船6.血まみれの鳩 / 五つの赤い風船7.遠い世界に / 五つの赤い風船8.九官鳥 / やまたのおろち9.町工場のブルース / 藤村直樹10.ぼくのしるし / きくちさよこ関西フォークの歴史 1966-1974 (2)2,300-ディスク: 11.俺らの空は鉄板だ / 高石友也2.橋を作ったのはこの俺だ / 高石友也3.死んだ男の残したものは / 高石友也4.どこかの星に伝えて下さい / 五つの赤い風船5.殺してしまおう / 五つの赤い風船6.夜汽車のブルース / 遠藤賢司7.教訓I / 加川 良8.プカプカ / ザ・ディランII9.日立ブルース / 永井よう10.こがねの雨 / 東野人志11.帰りたくない / 中山ラビ12.大阪へやって来た / 友部正人ディスク: 21.腰まで泥まみれ / 中川五郎2.殺し屋のブルース / 中川五郎3.恋人よベッドのそばにおいで / 中川五郎4.主婦のブルース / 中川五郎5.かっこよくはないけれど / アップルパミス6.私が一番きれいだったとき / アテンションプリーズ7.宝船 / 小林隆二郎8.万年ボッキ / 古川 豪9.トカトントン / 古川 豪うた・復権 はみだし歌番組2,300-ディスク: 11.新わからない節 / 高田 渡2.あきらめ節 / 高田 渡3.ブラブラ節 / 高田 渡4.くそくらえ節 / 岡林信康5.ガイコツの唄 / 岡林信康6.自衛隊に入ろう / 高田 渡7.四次防のうた / 小林隆一郎8.ふと……! / 小林隆一郎9.ホーチミンのバラード / 高石友也10.腰まで泥まみれ / 中川五郎11.殺し屋のブルース / 中川五郎ディスク: 21.イムジン河 / ミューテーションファクトリー2.トーキング自動車レースブルース / 友部正人3.乾杯 / 友部正人4.殺してしまおう / 西岡たかし5.悲惨な戦い / なぎらけんいち6.カラス / 三上 寛7.おど / 三上 寛8.昭和の大飢饉予告編 / 三上 寛されど私の人生 ~埋もれ火のアンソロジー~1,700-1.されど私の人生 / 斉藤哲夫2.とんでもない世の中だ / 斉藤哲夫3.築地の唄 / 野沢享司4.アルバートが唄っている / 野沢享司5.風がなにかを… / 五つの赤い風船6.えんだん / 五つの赤い風船7.ポケットの中の明日 / 加川 良8.その朝 / 加川 良9.朝のダウンタウン / 休みの国10.追放の歌 / 休みの国11.僕の街 / ザ・ディランII12.ガムをかんで / ザ・ディランII幻泉館 本館
2003.09.07
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