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現代日本では一年に七万点もの新刊が発売されています。しかしその中に、読むに値する本が多いわけではありません。新刊書よりも読むべきものは古典です。 古典を読むときは、「まず入門書から」などとケチなことは考えてはいけません。また、「よく知らないジャンルだから」としりごみしてもいけません。一度目は分からないところは堂々と飛ばし、自分にとって重要な部分を拾い読みする勇気をもちましょう。目を通すというか、脳みその中を通過させるというか、そんな感じです。もちろん、それでは「分かった」ことにはなりませんが、「読んだ」ことにはなります。必要を感じたら、もう一度頭に戻って二度でも三度でも読み直せばいいのです。 読書と合わせて、読書記録をつけることをおすすめします。内容の詳細には立ち入らず、著者名、題名、読了日に加えて、内容の要約と感想をそれぞれ三行程度にとどめるのがコツです。気に入った部分は抜き書きしたくなるかもしれませんが、これをやると大変です。ページ数だけメモしておけば、あとで調べるときに役に立ちます。 よく雑誌などで、ジャンルごとに「ベスト30冊」とか「50冊」とかのリストを特集していることがあります。そういうリストは積極的に活用すべきです。なるべくなら、一人の選者が選んだものではなく、読者アンケートなどの不特定多数の意見の反映されたリストの方がいいでしょう。一人の人が選んだリストでは、好みや偏りが出がちになるからです。そういうリストしかない場合は、複数の傾向のちがうリストを用意して、どちらにも載っているものから読むようにすれば無駄が省けます。いずれにせよ、ひまつぶしか、よほど興味があるか、話題づくりのためでもない限り、新刊書を読むのは時間の浪費です。 しばらくブログの更新を中断します。ありがとうございました。
2017.02.25
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昔の大学は自分の可能性を広げるところで、学生は読書したり、旅行したり、社会運動をしたりと、何でも好きなことを積極的にしました。反社会的行為をして逮捕される人もいましたが、時代はもっと大らかでした。今では教育の場にも経済原理が浸透し、教育環境がすっかり窮屈になって、高校のときから文系理系を決め、大学に入ると就職に役立ちそうな専攻を決め、大学生活をすごすのにさえ手堅さと要領が要求されるようです。それでは人生に一度しかない、視野を広げる絶好のチャンスをみすみすつぶすことで、とても残念に思います。 昔もそうでしたが、今でも学生が視野を広げられる最も簡便にして安価な方法は、やはり読書でしょう。ネットの普及で、最近の学生は読む文字の量は増えているかもしれませんが、本の量は確実に減っているはずです。若ければ体力も知的吸収力もあり、また、本というのは読めば読むほど読む速さが速くなりますから、いくらアルバイトや友人関係に忙しくても、月に最低十五冊から二十冊程度は読んでほしいものです。 もちろん、量だけ多ければいいというものでもありません。数ある本の中から何をまず読まねばならないかといわれたら、日本の古典や世界の古典を読むべきである、と私なら答えます。はっきりいって新書を十冊読むぐらいなら、『聖書』や『論語』、『古事記』や『源氏物語』を読んだ方が百倍ためになります。新書は今の時代を理解するのに役立つかもしれませんが、古典は時代を超越した普遍性があるので、一生通じての財産になるからです。古典を一通り読んだら、次に、自分が全く知らない分野を積極的に読むべきでしょう。文系なら理系の本を、理系なら文系の本をじっくり読んで、自分の苦手な思考法や知識にしたしめば、視野は格段に広がるでしょう。(このブログは2月25日の更新を最後に一時中断します。ご了承ください)
2017.02.18
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ある大学教授が、「最近の学生は自分の議論をつくるときに反対意見の検討をしない」という趣旨のことを書いているのを読みました。こういう学生の議論は実は自分で作ったものではありません。自分の気に入った著者を見つけ、その人の主張を自分のことばでちょっといいかえて自分の意見と称しているだけです。 こういう人は、新聞や教科書を全否定するような学者や評論家の本を読み、世界観をひっくり返されたのがあまりに新鮮で、そのためにすっかりその書き手の信者になってしまうことが多いようです。本の著者がレトリックに長け、都合の悪いことにはわざと触れていないのかもしれないのに、そういうことまでは考えられないようです。実はこういう人はもともと定説を盲信していた人に多く、針が逆に振れただけのことですから、きっかけがあればまた別の主張にとびつきかねません。背後にあるのは、読書量の圧倒的な欠如でしょう。古今東西の古典を読み、どんなことでも唯一絶対の見解はない、ということを骨の髄まで痛感していれば、そう簡単に人の意見に動かされないはずです。 要は、何を語るにせよ、視野は広くなければならないということです。どんなことでもいいですが、あるテーマについて調べるなら、そのテーマの研究史、現状の問題点、その問題点についての二つか三つの代表的な主張を整理検討し、その上で自分の意見をつくり、反論への答えも用意しながら書いてゆかねばならないはずですが、今の時代はこうしたことがなかなかできにくいようです。もちろんそれは書き手のリテラシーの問題もありますが、すぐに答えを知りたがり、結論から述べたがり、話をきれいにまとめたがる社会の空気のせいでもあるのでしょう。(このブログは2月25日の更新を最後に一時中断します。ご了承ください)
2017.02.11
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自然科学はある自然現象を論理的に説明しようとする学問であり、社会科学は社会現象を論理的に説明しようとする学問です。どちらも限定された対象と方法はあるものの、論理的思考(数字・記号を含む言語による思考)は両者のベースに共通しています。 一般に自然科学の方がより理想化された環境で観察実験等するので、専門家による見解の差はさほど大きくなりません。対照的に社会現象は一回きりのことが多く、実験もきかないので、専門家の見解がしばしば分かれがちです。たとえば「なぜ失われた二十年が起こったか」を説明する際、そもそも「失われた二十年」についての定義に誤差があるので、議論の相違はますます増幅されることになります。そこで自分の正当化のために、党派を組んだり、数で勝負したり、ということが生じます。今の文系の欠点はこういう、論理で勝負すべきところで論理以外の要素に訴えるところに現れるようです。 一方、理系(というより論理的思考を何よりも重視しがちな人)の人にも欠点はあって、それは論理で考えてはいけないものにまで論理を適用しがちなことです。以前にも出した例ですが、論理的思考の得意な人が政治家になると、謝罪が必要なときに、自分の論理的正当化をしがちです。非難されると説明する、それでも納得が得られないとさらにくわしく説明する、という悪循環になって、自分ではなぜ自分が支持を失っているのかが分かりません。そこにあるのは「論理的に正しいから、自分は正しい」という思いこみです。時速40キロ制限だからといって前の車との車間距離も考えずに40キロちょうどを守って走ってしまったり、官公庁の出した数字を疑うことなく、それに基づいて経済を語ってしまったりするのも、その一例でしょう。(このブログは2月25日の更新を最後に一時中断します。ご了承ください)
2017.02.04
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昔の文系学生には、教養課程(一年・二年)で読んでおかねばならい古典というのがあり(日本文学全集、外国文学全集など)、また専門課程(三年・四年)に進めば、その専攻ごとに読んでおかねばならない外国語の古典がありました。教授の指導の下、参考文献を参照しながらそうした古典の一節をとりあげて注釈をつけるのが研究で、自分の意見を述べる機会は与えられませんでした。何しろ、戦前生まれの教授は、「欧米に偉い人がいるのだからそれを研究すればよろしい、敗戦国民が自分の意見など述べてはいけない」という考えの持ち主が大半でした。 70年代以降、大学進学率が急伸すると、そういう学風にも少しずつ変化が起こり始め、学生が文献を勝手に読み出すようになりました。旧世代の教授たちが引退を始めると大学はいっそうたががゆるみ、レジャーランド化が進行しました。やがて教養課程がなくなり、大学院の定員が増えるなど大学教育の変質が起こって、90年代後半には「今の学生は英語どころか日本語もできない」などといわれ、分数のできない大学生が話題になったりもしました。 今の文系学生は、論文を書かせると、自分の主張を述べるには述べるそうですが、持説を補強したり、反対意見を論理的に批判検討したりすることができないようです。四十年来の、完結したテクストを精読する経験の不足、文学的教養や数学の軽視のつけが、結論を出し急ぐ最近の実学傾向とあいまって、ここに影響しているのかもしれません。ただ私個人は、外国語のテクストを丹念に読んで注釈はつけられても自分の意見をもてない昔の文系と、日本語であたりさわりのない意見を述べられても論理的思考の苦手な今の文系では、五十歩百歩だという気がします。
2017.01.28
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文系・理系という区分は日本固有のものです。もともとは明治時代に、学問をするのにお金がかからないのが文系、お金がかかるのが理系と分けたのがその発端だそうですが、今では何となく数学ができない人が文系であり、できる人が理系だというコンセンサスがあります。 昨今は理系の方が文系よりも優秀だという風潮が強くなっていますが、80年代の初めごろまでは逆でした。理系は論理的思考法しか武器をもたない単細胞だと文系からバカにされていました。文系の人がそういえたのは、昔は文系も高度な数学を勉強させられたからです。理系はもちろん数学を使いますが、かつての文系は高度な数学に加えて古典に通じ、複雑多岐なものの見方のできることが強みだったのです。 論理的思考は自律的な思考です。論理の筋を通してゆく思考ですから、他人がどう思おうと関係がありません。しかし文系は、とくに最近では、論理的に「正しい」ことよりも、多数派が「正しい」としていることを「正しい」と考える傾向があるようです。これは他律的思考であり、他律的思考では孤立をまねきがちな論理的思考など必要とされません。そこからは、批判的思考も創造的発想も生まれてくる余地がありません。 最近、ある人が「理系は論理でものを考える、文系はことばでものを考える」といっているのをききましたが、私はこれはまちがっていると思います。論理イコールことばだからです。実際に文章を読ませると指示語がさしているもの、ことばの定義、論理の展開に慎重なのは理系の人の方で、今の文系の人はそんなめんどうくさいことを考えません。というか、耐えられません。はっきりいって、今の文系の人は何も考えておらず、本も読まずに空気を読んでいる、というのが実情だと思います。
2017.01.21
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学校教育の知育・徳育・体育の三つの柱のうち、一番難しいのは知育だと思います。本来、知育は生徒個人の資質を見ながらマンツーマンで時間をかけてゆっくりやらねばならないからです。しかし現在の学校では教師が多数の生徒を相手に、同じように知識を詰めこむ、というのが実情になっています。これは本当は知育ではありませんが、自身も偏差値教育で育った親世代は知育の何たるかには関心がなく、息子や娘のテストの点数ばかりが気になるようです。 本来、テストは生徒の理解度をはかるためのもの教師側の指標で、それによって生徒の成績を決める指標ではありません。そもそもテストの問題は生徒ごとにちがっているのが当然なのです。それが今は全員一律のテストで、点数の高い生徒が低い生徒よりよくできるとか、国語が八十点で算数が六十点で平均七十点だとか、偏差値が七十だから東大レベルだとか、まったくおかしな使い方がされています。だいたい、テストの点数を上げるためだけの勉強なら教師など不要だし、それこそ家で本やネットでも見ながら一人でやった方が効率が上がるのではないでしょうか。 結局のところ、義務教育における私の見解とは次のようなものです。「義務教育の柱は知育・徳育・体育だが、現在の知育は偏差値教育にすり代わっている、これは望ましくないが、今の受験制度下ではそうなるのも避けられない、そうであるなら学校はいっそうのこと徳育と体育に特化して学科勉強は家や塾に任せた方がよい、つまり学校は生徒が同年齢の友だちとの交流を通して人間関係(徳育)や、体の動かし方(体育)を学ぶ場所であり、教師はこの「残酷な環境」が「残酷すぎる環境」にならないようにときどき助け舟を出すぐらいでよい」。
2017.01.14
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明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。 かつてスパルタ教育で人を死なせてしまった戸塚ヨットスクール事件(校長・戸塚宏)というのがありました。私はそのころ戸塚氏の書いた本などを読みましたが、あまり共感できませんでした。しかしその後になって氏の『本能の力』という本を読んでみて、意外に自分と近いところがあるような気がしました。氏の言葉の使い方は独特なので普通に読んだのではよく分かりません。 戸塚氏は人間の「本能」は善悪以前の正しいもので、それがうまく発現しないと生きられないといい、それをひっぱりだすものとして「体罰」や「いじめ」を肯定しています。ここで氏のいう「体罰」や「いじめ」は相手の進歩を前提にした有形力の行使ほどの意味で、自分のためにする暴力や、多数で一人を標的にすること、金品の強奪などは含まれません。そして戸塚氏は「本能」がハードウェアであるなら「理性」はソフトウェアであるといい、「理性」偏重の欧米流合理主義教育はエセ科学の性悪説であり、儒教や仏教に基づいた「本能」重視の教育こそ本当の科学で性善説である、と断じます。それを人間生理のレベルで説明したものが、彼のいう脳幹論です。 私に戸塚哲学のすべてが理解できたわけではないし、理解できたところにもすべて賛同するわけではありませんが、氏のいう有形力の行使が子どもの「本能」(基礎精神力)をひっぱりだす、という点には同意します。外側からの強い力がなければそれに反応する内側の強い力も育たないからです。言語中心のほめて育てる一辺倒では限界があり、「うまくいかないこと、不快なこと」に耐え抜く力、私のことばでいえば「残酷な環境」に向き合う力が、ある程度は必須なのだと考えます。
2017.01.07
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前回少し過激なことを書いたので、誤解を招いたかもしれません。私がいおうとしたのは、教育というと親や教師が子どもに何をしてやれるかという視点から論じられがちですが、子どもは上からだけではなく、横からも多くを学ぶのだ、ということです。 たとえば子どもは友人と遊んでいるとき、ただ遊んでいるだけではありません。大人の眼にはたわいもない遊びにしか見えないかもしれませんが、子どもはそこでさまざまな心理的動揺を経験し、政治的かけ引きを命がけで学んでいます。子どもの社会は大人の社会と同じほど厳しく、最悪の場合はいじめから殺人が起こることもあります。前回は、その厳しさを指して、「残酷な環境」といったわけです。もちろん学校では教師が監督するわけですが、干渉しすぎたのでは意味がなくなるのも事実です。実際、最近の教師はこうした不即不離というか、適度に放し飼いにする監督術が下手になっているように思います。教職ではこういう技術こそ教えるべきです。 子どもの数が減っています。一人っ子とか、核家族の家では、子どもは多様な人間関係を結ぶ訓練ができません。そして人間関係が苦手な子は、ますます一人でいることを選び、悪循環になっていきます。こういう時代だからこそ、学校で人間関係を学ぶ必要が、かえって昔以上に重要になっているともいえるのではないでしょうか。 以上、徳育(人間関係)について述べましたが、体育も同様です。体力の強化や特定のスポーツの熟達などは上から教えられるものですが、もっと基本的な体の動かし方などは、一人一人が能動的に体を動かすことでしか学べません。そしてこの場合も、大人が子ども目線になって遊んでやるのではなく、子ども自身が同世代の人間と遊び、競い、和することが効果的だと考えます。 今年もご笑覧ありがとうございました。皆さま、よいお年をお迎えください。
2016.12.31
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教育のかなめは知育・徳育・体育だといわれますが、その定義は人により異なります。私の定義は文科省とはちがい、知育は知的能力を伸ばすこと、徳育は同級生との人間関係を学ぶこと(道徳とは関係ない)、体育は自分の体の使い方を学ぶこと(体力強化とは関係ない)ぐらいのものです。すると、知育と、徳育・体育で決定的にちがっていることがいくつかあります。 まず、知育は誰もが正しい答えを出すように導く訓練ですが、徳育・体育では生徒の個性を無視することができません。また、知育では答えをまちがえてもけがはしませんが(できなければ恥をかく程度です)、徳育と体育ではこととしだいでとり返しのつかない精神的・身体的傷を負うことがあります(ときには死にます)。加えてこれが一番大きなことですが、知育は生徒にとって受動的に「教えられるもの」ですが、徳育と体育は生徒にとって能動的に「学ぶもの」です。つまり徳育も体育も、自主的な試行錯誤を通して、心身ともにずたずたに傷つきつつ、命がけで体得してゆくものであり、学校がその残酷な環境を用意するわけです。 昨今では、小中学校などで学科をきちんと教えていないといって、親がどなりこんでくるなどともいわれます。しかし私などは、知育は家でもできるのだから、むしろ学校は徳育や体育に特化するべきだと思っています。もちろん、知的能力があれば、偏差値の高い大学へ行けるし、社会に出てから有利かもしれません。そうだとしても、たかが現代という一時の社会の枠組みの中でうまくふるまえるかどうかというのは、附属的なことではないでしょうか。親たちが知育偏重になるのは自分たちが偏差値教育で育ってきたからで、そこに何の反省もないまま、子にもまた同じ轍を踏ませようとしているのではないでしょうか。
2016.12.24
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日本の義務教育の特徴として、集団登校制、そうじ当番制や給食当番制、運動会や文化祭などの催しなどがよく挙げられます。日本の学校がなぜこういう制度になっているのかはよく知りませんが、仏教の僧堂生活に起源があるのかもしれません。 僧堂の共同生活の背後には、他人との生活から社会性を学ぶ、精神修養をする、という考え方が背後にあります。これは、家で家庭教師について勉強する、フリースクールに通う、ネットで知識を得る、などというだけではついに補えない部分です。私などはしろうと考えで、これを拡充して、義務教育の一年に数か月だけでも寝食をともにする無料の期間全寮制のような制度を導入すればさらによいのではないか、と思っています(もちろんいじめを助長する、脱落者が出る、などのマイナス面がすぐに思い浮かびますが、反面、母子家庭の子や一人っ子にとっては、プラス面もまた大きいのではないでしょうか)。 極貧から身を起こし、破天荒な生涯で知られた禅師・沢木興道は「獅子舞の太鼓たたかず笛吹かず、後ろ足となる人もあるなり」ということばを紹介して、共同生活の重要さを説いています。ことばの意味は、社会では全員に陽があたるわけもないのだから、共同生活でそれぞれの役割を自覚し、その役割を十全に果たすことが大事である、ということです。昨今では、学芸会などで、なぜうちの子が主役でないのか、と文句をいう親もいるそうですが、沢木禅師の教えは反時代的です。「外見にはどんなつまらぬことにせよ、力一ぱい働くところに本当の浄らかな悦びがあるのであります。この浄らかな悦びには敵するものなく、競争もなく、永遠に失望することもありません。これほど偉大な悦びは、またとあるまいと思います。こんなところに、本当の実物の仏法、正味の仏法があるのであります」(酒井得元『沢木興道聞き書き』)。
2016.12.17
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最近は塾講師などがインターネットで授業を公開している動画をよく見かけます。この流れを好意的に見て、今後在宅勉強が主流になるだろう、学校はなくなるだろう、と奔放に想像する人もときどきいるようですが、私は今のところはそんな風に思いません。というのは、学校とは勉強をする場所というより、人間関係を学ぶところだからです。 子どもにとって、自分と同じ年ごろの人間ばかり集まる場所へ投げ出されることはきわめて重要です。そういうところでしか身につかない、対人関係のセンスがあるからです。両親不在での極端なじいちゃん子やばあちゃん子が、ときに大人びたものの考え方を披露して大人たちを感心させることがありますが、そういう子だって学校へ行かなければ、自分と同じ年ごろの人間の心理が分からなくなるので、きっと苦労するでしょう。 多分、多くの人間にとって学校は楽しいところではありません。繊細な人間や不器用な人間にとっては、苦痛の場所にほかならず、いじめを経験して切羽詰まると、自殺する痛ましいケースもあります。しかし人間は、好きな子ができたりいやな奴と会ったり、笑ったり泣いたり、楽しかったり悲しかったりするすべてを通して、その人間の「量」がつくられていきます。 人間には結局バランスが必要であって、「才」(学問)はたしかにインターネットでも学べるでしょうが、「量」(度量)ばかりは現実の凄惨な人間関係の中で、傷つきながら学んでいくしかありません。たしかに学校制度には問題も多く、とくに昨今ではいじめや不登校、学級崩壊やモンスターピアレントのようなマイナス面が取りざたされています。しかしそれでも尚、社会に出る以前の人間形成の場として、学校はまだ耐用年数が尽きていないだろうと、私は観測しています。
2016.12.10
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アメリカ人は高校生のころはあまり勉強しませんが、大学に入ってからは実によく勉強します。結果的に、アメリカの一流大学と日本の一流大学では、卒業生の学力にさほど差があるとは思いません(よくある世界の大学ランキングではアメリカの大学が上位を占めますが、あれは別に学生の学力を測ったものではないので、アメリカの学生が日本の学生よりできるということではありません)。このことで私がいいたいのは、学力を伸ばすのに早くからとりかかった方がいいとはいえない、ということです。 受験に熱心な日本の親は、受験のために子に早くから勉強させようとします。しかし、子どものころは感性を磨いたり、運動神経を鍛えたりすることに時間を使うべきで、たかが試験勉強のために学力以外の教育を怠るのはかえってマイナスではないかと思います。アメリカの学生を見れば分かるように、学力は二十歳をすぎてからでも伸ばせますが、感性や運動神経は、あまりゆっくりしていても手遅れになるからです。 本当をいえば、私は子どもにとって大事な科目は、読み書きそろばんをのぞいては芸術や体育ではないか、と思っています。とくに外国語などは、本当に必要なら大人になってからでも本腰を入れて勉強すればすぐに身につきますから、ネイティヴのような発音に憧れて、子どのときから少しでも親しませようとするのは、時間とお金の浪費でしょう。親が欲するままにガリ勉させれば、もともとできない子でも有名大学へ入れるでしょうが、あとで苦労することも多いのではないでしょうか。結局のところ、試験合格のためだけに学力を伸ばしてほかが未発達な人は、全部がそこそこ発達している人に比べて総合力でかなり劣る、というのが私の見解です。
2016.12.03
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現代社会において、頭脳明晰はたしかに有力な武器になります。しかし義務教育では、武器の開発以前に、強靭な精神の全領域的な開発にこそ精力を傾注すべきで、たかが現代において有力な武器を手に入れたいがために、感受性の開発や身体の鍛錬などを軽視しすぎるのも疑問です。 武器は所詮は道具です。道具は長短両面を伴っていて、長所は使えば便利なこと、短所はそればかり使ってしまうワンパターンになることです。一つの道具に慣れ過ぎると、その武器が使えない状況では手も足も出なくなったり、ほかの武器の使い方がうまく使いこなせなくなったりしがちです。たとえば、欧米のアマチュア相撲選手は上半身の筋力が発達していますが、こういう人たちが日本へきて相撲をとるとなるとなかなかうまくいきません。というのは、日本の相撲は下半身の力を使わねば勝てないからです。正確にいえば、上半身の力のあること自体はマイナスではありませんが(ないよりはある方がよい)、それに頼りすぎて、下半身が使えなくなるのが問題なのです。 同じことが、頭脳という武器についてもいえます。たとえば、もともと政治は「才」(頭脳)でやるものではなく、「量」(腹や肝)でやるものです。だから、頭脳明晰な人ほど政治家になるとつまらない失敗をします。たとえば失言をしてしまったら、たたき上げの政治家なら、まず謝罪して事態を鎮静化するとか、その失言を逆手にとって世論を味方につけられないか、などと考えます。しかし学者上りや官僚上りのにわか政治家なら、「あれはこういう意味だ」、「法的に問題はない」などと論理の筋を通してがんばり、傷口をかえって広げてしまうのです。この場合も、細かくいえば、頭脳明晰そのものがマイナスなのではなく(頭脳は明晰な方がよい)、それに頼りすぎて失敗するわけです。
2016.11.26
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現代日本では、いい大学を出た人が頭がいいといわれます。この場合、いい大学とは入試が難しい大学ほどの意味です。しかし私には十代後半の一時期に、やり直しのきかない一度きりのテストで高得点をとることがなぜ頭のいいことになるのか、よく分かりません。 頭がいいといってもいろいろな意味があるでしょうが、おそらく現代人のいう頭のよさと昔の人のいう頭のよさはちがっていたと思います。現代人のいう頭のよさとは知識の多さや情報処理の速さぐらいの意味でしょうが、こういうものは昔は「才」(才覚)と呼ばれていました。そして「才」とは「量」(度量)などとはちがった意味であり、品格や見識ほどと比べればさして重要でない、特殊技術ぐらいに見なされていました。たとえば中国明代の学者・呂新吾は『呻吟語』の中で、「聡明才弁」を「深沈厚重」「磊落豪雄」に劣る三等の資質にあげています。江戸の儒者・佐藤一斎も『言志四録』の中で、「(才と量の)両者兼ぬることを得可からずんば、寧ろ才を捨てて量を取らん」といっています。 近代になって「才」が重んじられるようになった背景には、勉強や仕事をする上で「才」の力が見逃せないものになったからでしょう。しかし、人間の有する精神の機能の中で、「才」とは要するに悟性の働きであり、感性や理性の働きではありません。要するに近代社会は、人間のもつ数々の力のうち、ごく一部の伸長を過当に評価する、いささかバランスを欠いた社会だということがいえそうです。私には十代後半時点で知識の多さや情報処理の速さを競うことよりも、感受性を豊かにしたり意志を強くしたりする方がはるかに重要だと思いますが、これは「頭の悪い人間の負け惜しみ」と笑ってくださっても、一向にかまいません。
2016.11.19
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刑事事件などで警察が容疑者を逮捕すると、マスコミがそれを発表報道します。このとき、「安心した」などの住民の声が伝えられることがありますが、安心するのは早計です。というのは警察がまちがえている場合があるからです。誤認逮捕なら真犯人は野放しになっているのですから、逮捕によってわれわれは安心できるどころか、危険がいっそうましたといわねばなりません。警察は国家の味方であって国民の味方ではなく、彼らにとって重要なのは組織としての体面(警察が国民の安全を守っているというイメージ)であって、国民の安全そのものではない、ということを忘れてはいけません。 それはさておき、一般に事件が起きると世論は被害者に同情する傾向があるようですが、私は被害者に同情するより多く、加害者に興味をもちます。なぜこんなことになったのか、自分ならせずにすんだだろうか、という風に考えるからです。といって、盗人にも三分の理がある、ということをいいたいのではありません。われわれの社会では、誰でもが被害者になりうるとのと同様に、誰でもが加害者になりえます。普通の生活をしている限り犯罪は自分に縁遠いものだと思うのは、けだし危険すぎるのではないでしょうか。 犯罪は社会のルールによって認定されます。つまり法があるから法を犯す行為(犯罪)があるのであって、同じ行為が地域や時代によって犯罪になったりならなかったりします。たとえば無法地帯では犯罪はゼロです。つまり、本当は犯罪を減らしたかったら、法を厳しくするのではなく、法を撤廃すればいいのです。それやこれやを考えると、先天的な性善説も性悪説もどちらもまちがっていること、生まれつきの犯罪者や生まれつきの反社会的人格など存在しないことが、よく分からないでしょうか(2016年11月14日改訂済)。
2016.11.12
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どの共同体にも多数派と少数派がいます。秩序を維持するためには正統と異端、正常と異常の境界を人為的に引かねばなりませんが、そこから両派が派生してきます。 全部が多数派ならそれはそもそも多数派ではありません。多数派が多数派たるためには、少数派を必要とします。それは少数派にとっても同じことで、少数派が少数派たるためには多数派を必要とします。つまり多数派も少数派も、自分たちの政治的同一性のためには相手方が必要なのです。もちろん、少数派が多数派に権利を認めさせて、勢力図に変更を生じさせることもあります。これは劇的な変化であるように見えます。実際、こんなことが、弁証法的止揚とか、革命とか、歴史の進歩とか呼ばれています。 しかし別な見方をすれば、これは全然進歩ではありません。共同体は依然として共同体であり、変わったのは内部のあり方だけだからです。要は、多数派と少数派の勢力図、正当と異端の境界線の引き方が変わっただけのことで、同じ共同体の中のグループの組み換えが起こったにすぎないからです。 一例を挙げましょう。封建社会は不平等で、下層階級は抑圧されていました。貨幣経済が浸透するとたしかにこの階級社会は崩れました。しかしその結果平等が達成されたわけではなく、何でもカネの時代は新たな貧困問題を生み、格差の固定化をもたらしました。この例は極端すぎるかもしれませんが、多くの場合、歴史の進歩は、「今の落とし穴から抜け出るために別の落とし穴に落ちること」であるといういい方が、できそうです。そういうことを考えると、多数派とか少数派とか、抑圧とか解放とか、歴史の進歩とか保守反動だとかいいたてることが、そもそもばからしく思えてこないでしょうか。
2016.11.05
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どんなムラにもムラの価値観というのがあって、そこに属する人がどうしても気にしなければならないことがあります。これはむしろ当然で、同じ場所に多数の人間が集められたら関心のはばがどうしても狭くなります。たとえば、学生のときは、クラスで成績がいいか悪いか、運動ができるかどうか、異性にもてるかどうか、などに気をとられがちです。これらは実は社会に出るとどうでもいいことばかりなのですが、学生の間は成績がふるわなかったり、走るのが遅かったり、異性にもてなかったりすると死活問題のように感じられます。 これを笑う大人がときどきいますが、そう簡単に笑えないはずです。大人だって会社に入れば、同世代の中で仕事ができるかできないか、結婚しているかしていないか、役職についているかどうかが気になります。また、大人が社会人を引退して年老いて老人ホームに入ったり、病院に入院したりすると、そこでまたほかの人たちとの比較で優越感や劣等感をもつ、何らかの要因に出くわすでしょう。ひどい屈辱を味わうと自殺さえするのは、学生でも大人でも老人でも変わりません。結局、気にする対象が変わるだけで、ムラの構成員に承認されたい、落ちこぼれたくない、という人間の根性は、ゆりかごから墓場まで、執拗につきまとうのです。 しかし、私には、こうしたムラの論理を前近代的だとかいって批判することにはあまり乗り気になれません。ムラでうまくふるまえないからといって自分のムラを憎んだり、ほかのムラをうらやましがったりする人がいますが、そういう人はムラそのものを問題視しているというより、それを装って自分のムラに復讐をしたいだけというのが、多くの場合の本音です。私は逆に、ムラの中でうまく適応できなければ、その不適応を受け入れ、「落ちこぼれ」であることを愉しむ芸も処世術の一つだと思います。
2016.10.29
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一般に、学校へ行けば問題の解き方を教えてくれますが、問題の見つけ方は教えてくれません。だからテーマを与えて、「これについて書け」といえばそれなりに書けても、「テーマはない。好きなことについて書け」といわれると窮する人が多くなります。それは自問自答の習慣がないからです。 われわれは知らず知らずのうちに正解を求める生き方をしています。問題に対する答えがどこかにあって、自分が困っているのは正解を知らないからだと思っています。一般に、「頭がいい」といわれる人ほどその傾向が強いように思います。というのは、試験の点数は、過去問をたくさん解き、難問をさき送りする人ほど高くなるからです(前例踏襲主義とさき送り主義)。しかし人生においては、実は正解のない問題の方が多く、私にいわせれば、心の安定が得られないのは正解を知らないからというより、自分の答えに自信がもてないからです。 幸せとは何かを考え、それに向けて答えを出すということは、実は非常に個人的なことです。自問自答の習慣のない人は、幸せになる方法を、お金をたくさんかせぐ方法や、他人に賞賛される方法とあいまいに同一視しがちです。なぜなら、幸せになる方法には正解がありませんが、お金をかせぐ方法や他人に賞賛される方法なら、一応方法化されているので、無難だからです。しかしそういう人が努力して望みのものを手に入れたとき、自分が欲していたのはこれではなかった、と気づいて後悔することも少なくありません。 自分とは何か、幸せとは何か、なぜ自分はこれが好きであれが嫌いなのか、など自問すべき問いは無限にありますが、これらのすべてに正解はありません。結局のところ、自分で問いを見つけ、自分で答えを出す徹底した自問自答をくり返した人だけが、納得した人生を送れるのではないか、と思います。
2016.10.22
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日記は一日一日を単位としていますが、週や月、年などより大きな単位で区切って自分をふり返ってみるのも効果があります。その場合、漠然とふり返るだけではなく、ぜひ感想を文章化しておくべきです。 ふり返りはしたが、残念ながら文章にしなかったという人でも、今からさかのぼって現時点での感想を文章化することはできます。何があったか忘れた、ということはないはずです。たとえば一年でふり返ってみる場合、年ごとに、この年は何があったかということをまず書き出してみるわけです。なかなか思い出せない年もあるかもしれませんが、その場合は政治経済のできごと、流行語や社会現象などが手がかりになるかもしれません。たとえば2011年は何があったかということをすぐには思い出せなくても、3月に東日本大震災があったということを思い出せば、そのときの自分はどうしていたかということが思い出せるかもしれません。 手がかりを見つけるのに、図書館で現代史やクロニクルの類に助けを借りてもいいでしょう。今はネットでも過去の情報がたくさん残っていますから、それらが参考になるかもしれません。しかし公式には残らない、自分だけが知っていることを、時間をかけて思い出していくことにもおもしろみがあります。たとえば、そのときに自分がしていた仕事、よく行った店、見ていたテレビ番組、購読していた雑誌、よくあった友人たち、それらにまつわる思い出の数々があるはずです。もちろん、当時の自分の気持ちそのままを思い出せないこともあるでしょうが、今の感想を記すことはできます。それだけでもあとで読み返せるので、非常に大きな収穫です。 誰でもが過去をもっています。しかし多くの人は、過去を文字通り過ぎ去るままにしています。回顧によって自分の過去に強く思いを返すことは、自分だけができる作業であり、しかも人生を決定的に豊かにしてくれます。
2016.10.15
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昔は「自分の書いたものが活字になる」=「書いたものを出版する」ということで、それを夢見た人はたくさんいました。それがそうでもなくなってきたのは、ワープロができて以降ではないかと思います。自分の書いたものを活字にしてプリントアウトするだけなら誰でも容易にできるようになったし、文書の保存や整理にも手間がかからなくなりました。ワープロの出現はプロの作家にも影響しました。80年代以降の推理小説がどんどん分厚くなっていったのは、ひとえにワープロのおかげといっていいでしょう。 2000年代になってできたブログやSNSは、もう一つ書き手の意識を変えました。書いたものが瞬時に人目にさらされることで、ほとんどの文章が人目を意識して、またフィードバックを期待して書かれるようになったのです。その結果、書き手同士が自由な意見や感想の交換をすることができ、言論全体のレベルが上がったかといえば、事態はまったく逆でした。ちょっと検索すれば目にするものは癒しや共感を求める凡庸な内容のものばかりで、そうでなければ、匿名での低俗な自画自賛や自分を棚に上げた人の誹謗中傷が多く、見かけは反対に見えるこれら二つの現象が、実は表裏一体をなしています。 日記の要諦は自問自答にあります。人に読まれることを前提しないということが、一般に日記の日記たる特性ですが、それゆえに自分で問いかけ、自分で答えるということが、人間の知性や感性を鍛えるわけです。しかし、今は誰もが人目を意識した文章を書くようになった結果、「考えて書く」という行為が、どんどん失われてきているように思います。こういう時代だからこそ、日記を書く習慣(自分自身に向けて文章を書くこと、自問自答すること)が重要ではないか、という気がします。
2016.10.08
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日記は誰でも簡単に始められる、自分を知るための便利なツールです。同時にそれは、さまざまな可能性に通じています。 たとえば、最初は一冊の日記から始めるとしても、着眼点によって無限のヴァリエーションがあります。一日のうち、食事に関心のある人は、その部分だけ独立させて食事日記のようなものを派生させることができるし、夢が気になる人は夢日記を始めてみるのもよいでしょう。ダイエット日記、闘病日記などはもちろん、受験生なら勉強日記、社会人なら業務日誌をつければ、壁にぶち当たったときのヒントを得られるし、転ばぬさきの杖にもなります。 交換日記というのがありますが、相手がいなければ自分を相手にした交換日記をつけてもよいのです。あるいは、未来の自分に向けた手紙とか、過去の自分に向けた手紙などを書いてみるのもおもしろい試みです。別に文章である必要もなく、イラストや図を使ってもかまいません。マインドマップやフローチャートを日記に変えてもいいし、散文がめんどうくさければ、個条書きでもよいのです。「今日嬉しかったことベスト5」や、「今日ムカついたことワースト5」、ブログとちがって自分しか読まないのですから、「今すぐに死んでほしい人間5人」や「もし今日死んだとしたら、自分の葬式に泣いてくれそうな人5人」などを書いていくのもおもしろいでしょう。 震災で身内が行方不明になった人が、その人に向けた手紙をずっと書いているうちに悲しみがいやされてきた、という話をきいたことがありますが、日記は自己分析力を養う以前に、精神衛生上とてもよいし、その人の精神を繊細かつ強靭にする効果があります。忙しくて時間がないという人にこそ、立ち止まって時間を割き、スマホの画面を見る代わりに自分自身をのぞきこむことをおすすめします。
2016.10.01
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経験の量が多ければ賢くなるというだけのことなら、すべての老人は青年よりも賢いはずですが、実際はそうではありません。老人の失敗はしばしば解釈の狭さ(経験について掘り下げて考えないこと)、記憶のまちがい(かつての経験をあとづけのイメージで単純化してしまうこと)、性急な絶対化(たかが自分だけの経験で世の中を分かった気になること)などを原因として生じます。 私は「過去のすべては財産」だと思っています。本来、経験は宝の宝庫で、あつかいをまちがわなければそこから大きな収穫が得られます。ところが漫然と生活し、いたずらに年をとってゆくだけでは、この宝を十分に生かすことができません。それどころか、失敗する老人の轍を踏んでしまわないとも限りません。 経験を生かすのに最もよい方法は、日記をつけることです。毎日でなくともよいし、書くときもそんなに多く書かなくてもかまいません。天気、起床時間と就寝時間、誰にあった、何をした、何を食べた、そんなことを書きつけておくだけでも、あとからふり返るとずいぶん貴重な財産になります。われわれは日々たくさんのことを経験しますが、そのほとんどをわすれ、無意識の方へ送りこんでゆくので、日記はわすれていた部分を鮮明によび起こしてくれ、思いこみを制限してくれます。ある程度たまった日記を読み返せば、自分の変わっていないようで変わってしまった部分、成長したようで以外に成長していない部分などがよく分かって、自然な謙虚さと健全な自己反省力(ないし自己分析力)が身につくはずです。 最近はパソコンもスマホもありますが、やはり日記はノートに筆記、というのが一番いいと思います。文のみならず、気軽にイラストや図を描くこともできるからです。保管も容易だし、続けていけば、ノートに対して愛着がわき始めます。
2016.09.24
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誰にでも、叫び出したくなるようないやな思い出というものがあります。それは普段は無意識の方へ追いやられていますが、何かのはずみでそれが浮上してくると、人は今将にそれを経験しているかの如く、とり乱します。怒り、悲しみ、恥じ、憎み、まごつき、途方にくれるかもしれません。なぜそんなことになるのかといえば、それは経験がうまく処理されていないからだと私なら答えます。 たとえば、人はよく知らないものについて不安になります。不安をなくす最善の方法は、それについてよく知ることです。いいかえれば、それについての明快な観念を形成することで不安はなくなります。それと同じことが経験にもいえます。人が思い出してとり乱すのは、その経験が上手く処理できていないせいです。ですから、それについてよく知り、それについての明快な観念を形成すればいいわけです。 それでは経験を処理するとはどういうことでしょうか? 私はその一歩は、経験をよく味わうことだと思います。仏教では、人が死ぬと四十九日喪に服すという伝統がありますが、それはまさに経験をよく味おうとすることです。失恋でも、失敗でも、挫折でも、屈辱でも同様であって、本当は時間をとり、よく掘り下げてこれを味わい尽くさねばなりません。ところが人はマイナスの経験に向き合うのがおぞましいので、これをいい加減に扱い、早く忘れ去ろうとします。ここにまちがいがあるわけです。 精神分析は、患者を上手く処理できていない経験にもう一度向き合わせる試みです。それは患者にとっては恥部をのぞきこまれるようなものですから、強い拒絶反応が起きるのも当然でしょう。しかし実はそれは、いい加減に済まされてしまった服喪を、もう一度やり直させようとする前向きな試みなのだと思います。
2016.09.17
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われわれは凶悪犯罪の犯人が逮捕されたとき、「心の闇」などということばで犯人の不透明な心理を表現します。しかし「心の闇」などというものは誰にでもあるわけで、分からないものにそのような名前をつけたとろで解決になりません。それどころかそれは犯人を「自分たちと異なる変わった人間」と特別視することに通じ、再発防止の観点からいえばかえってマイナスであるように思います。 一般に誤解されていますが、刑事事件の場合、法廷は、有罪か無罪か、あるいは量刑の軽重を巡って検事と弁護士が争う場であって、真実を明らかにする場所ではありません。長谷川博一『殺人者はいかに誕生したか』によると、臨床心理士が被告の成育歴などから被告の心理を読み解こうとすると、弁護士の妨害が入ることがあるようです。つまり弁護士は被告の罪を軽くするのが仕事であり、本当のことが明らかになると、かえって弁護側に不利に働く場合があるからです。 フロイトは『夢判断』において、重要なのは、夢をもたらす潜在思考を知ることではなく、夢の本質は夢加工にある、というようなことをいっています。人間の行動はその心理的要因と一対一対応しているわけではありません。しかし過去がなければ現在はなく、人間の行動には過去の経験が反映していて、われわれはその人間の実存的経験(できごと及び当人の解釈)をぼんやり考えることができます。そしてそのようにして考えることが、人間の心理と行動のねじくれた論理に光をあてることであり、社会はそこから多くを学べるはずです。 これは私見ですが、精神分析は、いったい過去はどういう風に現在に影響を及ぼしているのか、現在はどういう風に未来に影響を及ぼしそうか、ということを考えるわけですから、その点では歴史学と似ているところがあるかもしれません(もちろん手法は異なりますが)。
2016.09.10
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トラウマは心的外傷とも訳されますが、私は要するに否定的感情を伴う経験ぐらいに理解しています。つまりトラウマとは経験の一種と考えているわけです。ときどきトラウマ否定論というのに出会いますが、人間は経験から学ぶ動物であることは否定しようもないことです。「火が怖い」とか、「闇が怖い」とか、そういうのも私は広い意味でトラウマだと考えるわけですが、これを否定するとなるとどういうことになるのか、よく分かりません。 フロイト流の精神分析はある症状の背後というか、「火が怖い」なら、そうインプットされた経験を思い出させようとしますが、それは別に悪者探しではありません。その経験を特定し、それをきちんと受け止め直すことを目指しているわけで、自分以外の悪者を見つけて攻撃するのでは、何の効果もありません。患者が記憶を捏造することの弊害を批判する人はたくさんいますが、私の理解では、精神分析は経験の解釈のかたよりを正そうとするものですから、他罰的に記憶を捏造したのでは結局患者が損をするだけです。 われわれれは誰でも、突然思い出して「ワーッ」と叫び出したくなるような恥ずかしいこと、今にも逃げ出したくなるような怖い思い出があるはずです。それを思い出さないように記憶の底に沈めるのは問題の先送りにしかなりません。精神分析の要諦は、抑圧せずに経験にきちんと向き合い、経験を人生の養分として深く受容するようにすることです。それが要するに解釈のかたよりを正すということ、別言すれば、現実を突き放して眺め、より大きな文脈の中でとらえ返すということです。火事を経験した結果、「火が怖い」という印象を植え付けられた人でも、この技に習熟すれば、「心頭滅却すれば火自ずから涼し」という境地にまで達することができるはずです。
2016.09.03
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フロイトに端を発する精神分析は患者のことばに耳を傾け、生活史に参照して、現在の症状の原因を過去のうちに炙り出します。これが評判は悪いのは、患者に思い出したくない事実を思い出させるので、大きな負担になるからです。またそれ以上に、患者が他罰的になり、ときにはありもしない過去を捏造する危険性も、最近では深刻視されています。 これに対し、アドラーは原因究明などには頓着せず、これから自分ができることを考えよ、と教えたとひとまずはいえそうです。しかしだからといって、アドラーが本音のところでトラウマの存在を完全に否定していたとはちょっと思えません。過去の原因がなければ現在の結果がないのは明白な事実であって、思うに、アドラーは症状の原因を細かく探究するのは手間暇かかる上に、それに見合った効果も期待できないので、症状が浅ければ原因究明はひとまず措き、目を未来に向けた方がずっと生産的で効率的だ、ぐらいに考えていたのではないでしょうか。 人間は誰でも容易に一般化しえない、自分だけに固有の深い問題を抱えています。やる気スイッチの押し方、アクセルの踏み方を知っておくのは重要なことですが、どうしても一歩を踏み出せないとしたら、それは過去の習慣ないしできごとが根強く彼の行動をしばっている可能性があって、この解決には無意識のレベルや個人の生活史にまで踏み込んだ、慎重で息の長い治療が必要かもしれません。 蓋し、人間の本性に迫る事象の読み解きはアドラー心理学の適用外で、本格的な精神分析が役立ち得る範疇だといえるのではないでしょうか。「もちはもち屋」といいますが、人間の根深い問題にアドラー心理学で立ち向かうのは、自己啓発にフロイト心理学をもちだすのと同じぐらいの弊害がある、と私は考えています。
2016.08.27
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少し前から、アドラー心理学などが流行っています。私は以前フロイトはよく読みましたがアドラーのことはろくに知らず、それでも何冊か解説書をななめ読みして、この人は精神分析というより自己啓発の人だ、という印象をもちました。 アドラーはフロイトとともに仕事をしていた時期もありますが、結局はまるで異なる心理学に到達したといえそうです。フロイトが人間の過去に注目することで病の治癒をめざす因果論的方法をとったとすれば、アドラーは人間の未来に注目することで人格の改造をめざす目的論的方法をとったといえそうです。これはどちらが正しいということでもなく、フロイトが富裕層の大人を診察し、アドラーが貧しい青少年の教育にあたっていた、というちがいからもくるものでしょう。 そこでやや皮肉めいたいい方をすれば、日本でアドラーが流行るのは、現在、アドラーが対象にしたような、貧しい青少年のような心理の人が多いせいだ、ということがいえるかもしれません。グローバリズムや過剰な自己責任論で人が孤立しがちな社会の中、自分を変えたいがどうしたらいいのか分からない、しちめんどうくさいことは抜きにてっとりばやい方法を教えてほしい、という人にとって、アドラー心理学はわりあい単純で前向きな勇気を与えてくれるので受容しやすい、ということがあるのではないでしょうか。 悩みというのは解決すれば何でも構わないわけで、フロイトだろうがユングだろうがアドラーだろうが、好きなものに縋ればいいわけです。私個人はアドラー心理学よりもフロイト心理学の方に共感していますが、俗流精神分析の影響で「自分が不幸なのは毒親のせいだ」と考えていたいわゆるアダルトチルドレンたちが、アドラー心理学に触発されてひょっとして前向きな人生にのり出してくれるなら、その方がよいと考えています。
2016.08.20
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私は旅行が好きですが、土地の名所や名物といったものには必ずしも関心がない方です。ガイドなどに楽しみ方などが書いてあると、その通りにしたくなくなる衝動が芽生えます。といってもガイドを読むのがきらいというわけではなく、どちらかといえばかなり予習していく方ですが、それゆえいっそう名所や名物から離れたくなる、という変な心理が働くようです。 人生の豊かさといってもいろいろあるのでしょうが、誤解を恐れずにいえば、私はさまざまな味わいを経験することが豊かさにつながるのではないかと思っています。それが必然的に、熟知した一種類の味わいを大事にすること、あるいは、期待される味わいを期待されるままに経験することから、私を遠ざけるのかもしれません。 私は新しいものが好きですが、時流に遅れたくないとか、みなと共感をシェアしたいという動機から流行に乗ることはまずありません。私が新しいものに求めるのは、それが自分の中に驚きを呼び覚ましてくれそうだと目論むからです。それは古いものでも同じことで、私が古いものへ向かうのは、手慣れ、気心の知れたつらつきに安心したいからではなく、既知の中に未知を発見できるのではという色気に触発されるからです。 私があきもせずに同じ本を何度でも読み、同じ音楽を何でもきき、同じ映画を何度でも見るのも、この移ろい易く、二度と還らぬ人生の中で、変わりゆく自分をそこに発見したいからです。「やはりこの味だ!」というようにある感想や気持ちだけにこだわり、いたずらに特権視してえこひいきするには、人生はあまりに短すぎます。つねに安心が裏切られ、感情の無限の変奏に途方にくれたいという思いが、人生の豊かさを求める私を、かえって幾度でも同じ対象の前に連れ戻すようです。
2016.08.13
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人生の醍醐味の半分は、「できなかったことができるようになる」ことかもしれません。今の自分には縁がないというか、夢見ることさえ許されていない気のするような遠い目標が、毎日の正しい努力の積み重ねで次第に近づいてくること、いやでもできるようになってくる経験というものがあります。学生のときなら学業や部活動を通して、社会人になれば毎日毎日の業務を通して、できなかったことがだんだんできるようになります。もちろんその最中にはつらいこともありますが、得られる結果の大きさに比べれば、小さなマイナスは我慢できるものです。 しかし人生の醍醐味のもう半分は、「できたことができなくなる」ことかもしれません。深く考えずとも日々の生活が経験値として増えてゆく間はいいのですが、四十歳前後になれば、経験が役に立たなくなってくる時期がきます。肉体が衰え、世の中は変化するのに、若い日に成功した経験にしがみついてしまい、その方法ではもう効果をあげられなくなっていることに気づかずに、同じ方法で同じ失敗ばかりをくり返してしまうのです。 なぜこれが醍醐味かというと、これは自分自身を変えるチャンスだからです。行き詰っているように見えても、別の方法を試すとか、体力の不足を知力で補うとか、新たな世界観を身に着けるとかすれば、突破口は開けます。もちろん、そこで突破しても、また数年すれば再び壁にあたります。壁が目の前にたちふさがるサイクルはだんだん早くなりますが、めんどうくさがらずに自分を変えれば、まだ相応の結果がついてきます。そして本当にどうにもならなくなったとき、全力を尽くしたあとで、できなくなった自分を受け入れることには、単なる苦手の克服や、技量の上達以上の、成熟した人生の喜びが伴うだろう――と私は想像しています。
2016.08.06
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関東でも梅雨が明け、いよいよ開放的な夏のシーズンが到来しました。夏休みといえばためすぎた宿題に追われるのは最後の方のことで、学生時代に、七月中に宿題を片付けたような人は少ないかもしれません。何度か書いたことですが私はその少数派の方で、気が咎めずに遊びたいがために、予定を立てて七月中に宿題をすべて終わらせるのがつねでした。そしてたいていそれはインチキで、問題を解いたとか課題を片付けたとかいうよりは、空欄を字で埋めたというだけのことにすぎず、ほとんどの答えはまちがっているのでした。 私は期限の切られた仕事はだいたいは期限前に仕上げる方で、原稿(このブログも)の締め切りから税金の申告にいたるまで、期限に遅れたためしはほとんどありません。しかしもちろん期限を守るということと内容が素晴らしいということは別のことで、私はいわば、「期待をもたせて裏切る」ことの常習犯だといえます。少し前はそんな自分を「せっかち」と自嘲していましたが、自分だけのことならともかく、「人の期待を裏切る」わけですから、別のことばでいえば、それはインチキ野郎ということになるのかもしれません。 思えば、私はこれまでの人生の過ごし方がそもそもインチキでした。私は「どうせしなければならないことを早く片付けたい」という気持ちから、準備不足で立ち向かっては、きわめて不良な結果ばかりを残し続けてきました。そしてそこから何も学ばず、次の機会にも同じような失敗をくり返しては、「前に出て失敗したのだから、さき送りよりはよい」などと自分を慰めて、まったく進歩がないのでした。「どうせしなければならないことを早く片付けたい」というなら、死ぬことさえ、自分の手で引き寄せることになりますが、それがたしかに私らしい人生の始末のつけ方なのかもしれません。
2016.07.30
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国内でVHSビデオデッキの生産が終了したそうです。普通なら、「そうか、ビデオの時代も終わったか」で済ませたいところなのですが、そう断定するにはどこか後ろ髪を引かれます。というのも、隣接する音楽業界では、かつての媒体が復活している状況があるからです。 音楽業界では、1980年代後半からCDが普及し始めると、みなそちらに乗り換え、90年代以降はカセットテープはもちろんLPさえ見向きもされなくなる時期がしばらく続きました。ところが98年をピークにCDの売り上げが落ち、音楽配信が主流にとって代わられたと思ったら、やがてLPが徐々に復活し、最近ではカセットテープの人気が再燃しているといいます。その伝でいけば、ふたたびビデオが脚光を浴びる時代がこないとも限らないわけです。 先日、流行歌の作曲で一世を風靡した小林亜星氏が「流行歌は滅びた」といい、紅白歌合戦などで昔の歌が歌われる風潮などを嘆いて、その理由として作曲家と作詞家の怠慢を断罪している記事を見かけました。しかし、これは単に時代のせいで、今は新しく創造することとは別に、過去に積み上げた遺産を再評価することが、よろこばれる時代なのではないでしょうか。これはソフトウェアもハードウェアも同じです。つまり、経済が大きく成長し、時代の移り変わりが早いときには、新しいものがどんどん世にでてきても、成長が鈍化し、時代が停滞しているような時代には、懐古趣味というか、温故知新的な現象が起きやすいのではないでしょうか。 これを即座に手垢にまみれた「保守反動」とか、「復古主義」などのことばに結びつける必要はないと思います。それよりもある種の経済的成熟の下での選択肢の増加、「新しくなければならない」という固定観念からの解放、ととらえ直した方が、実情に合っているのではないでしょうか。
2016.07.23
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共同体の人間は、自分が属する共同体の利益を追いがちになります。民主主義はそうなってしまうことを警戒していて、だからこそ相互監視というものを重視します。モンテスキューがいった三権分立というのがそれで、これは、立法(国会)・行政(政府)・司法(裁判所)がそれぞれを相互に監視しあう、というものです。これに対し、中国や北朝鮮のように中央の党がすべてを掌握する体制は、近代民主国家の前提を満たしていない、といわれます。 現代社会では、これらの三つが分立するだけでなく、さらに国民自身にも直接これらの三つを監視、批判できる機能があります。すなわち国民は、国会については選挙を、政府については世論を、司法については国民審査を通して監視、批判するわけです。それを先導ないし援護緒射撃するのがマスコミの役割で、したがってマスコミが国民の側に立ち、権力を批判するのは、近代民主国家のもう一つの前提である「言論の自由」からいっても当然です。しかし情報化社会が進むと、情報を握るマスコミが共同体の法則にしたがって自分たちの利益を守ろうとするようになるため、本来権力批判するべきマスコミがもう一つの独立した権力になる、という逆説的な問題が生じます。 一般にジャーナリストは政治についての知識が豊富にありますが、だからといって、こういう人たちが政治家に向いているわけではありません。きれいごとでは済まないのが政治家の仕事で、はたから見て問題点を批判するのと、実際に人を統括して政策を実現してゆくのとでは別のことです。しかし既成の政治勢力としがらみがないとか、斬新な発想力があるとか卓越した行動力があるとかいったことはあり得ることなので、ジャーナリストが立候補したときの選挙では、有権者がそのあたりを慎重に見極めなければなりません。
2016.07.16
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代議制民主主義とは国民が直接に政治に参加するのではなく、選挙で人を選び、その人通して間接に政治に参加するシステムです。しかしこの場合、当然代議士(選ばれる者)の思惑と有権者(選ぶ者)の思惑にズレが生じます。それでこの欠点を補うために、国民投票などで代議士を通さずに自分たちの意見を政治に直接に反映する方法がとられることがあります。しかし国民投票というのは危険も多い方法で、こないだのイギリスのように、理性的に決めねばならない問題について、そのときの感情で決めてしまうということにもなりかねません。 しかし民意の反映ということにそれほどこだわらないのであれば、有権者が自分は政治のアマチュアだし、定見もないから、ひとまず選挙を通じて信頼できるプロに任せておく、と考えることもできます(ただし、政治的無関心やポピュリズムは助長されかねない)。いわば、代議制民主主義を直接民主主義の代替案として消極的に考えるのではなく、これこそを政治の一つの理想形として積極的に考えるわけです。というより、日本人の場合、本当は漠然とこういう風に考えている人の方が多いのではないでしょうか。 民主主義は外来のもので、もともと日本にあったわけではありません。日本の民主主義はいわば借り物であり、欧米のものまねです。しかしそれだからといってこれが民主主義ではないということにもならず、インドに生じた仏教が日本化して浄土宗や浄土真宗になったように、これこそが日本型の民主主義だといってもよいわけです。日本に強みがあるとすれば、民主主義がもともと外来物であるだけに、あくまで実用的にこれを改良できること、必要であればあっさり捨ててさえしまえること、ではないでしょうか。
2016.07.09
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政治は難しいとよくいわれます。その理由を思いつくままに挙げてみると、第一に、用語の意味が分からない、したがって今何が議論されているのかがよく分からない、第二に、用語の意味や議論の中身が分かったとしても、それが自分に与える影響が分からない、つまりぴんとこない、ということがあるでしょう。また第三に、これは外交についてですが、地理や現代史をある程度知っていないと、世界情勢を理解するのはなかなか困難かもしれません。一般に、これらの要素が複合して政治的無関心に帰結します。 しかし、政治的無関心は低投票率に結果しても、低投票率の原因のすべてが政治的無関心から生じているわけではありません。つまり、政治的無関心をクリアできたとしても、投票率が上がるとは限りません。というのは、政治に関心があるからこそ投票から足が遠のく、ということもあるからです。 選挙において、われわれわれは選挙前に突然候補者の名前を知らされ、一定期間、選挙運動と称して演説をきかされたり、主張を書いたビラを見せられたりします。しかし、そんなことで候補者の人となりが分かるはずもなく、結局、候補者が著名でなければ、所属政党で決めるか、学歴や経歴で決めるか、印象で決めるか、ということになるのが普通です。ところが候補者が共感できる党に属し、華々しい学歴や経歴をもち、雄弁で印象操作がうまかったとしても、それと現実を動かしてゆく力とは別のことです。 かくして、自分が熟慮の末に大事な一票を投じた人や政党に失望する結果が続くと、投票にいやけがさす人が出てくる――政治に関心があるからこそ、投票に行かなくなる――ということにもなります。これは政治的無関心から生じた投票への無関心ではなく、政治への積極的関心から生じた代議制民主主義そのものへの不信だといえるでしょう。
2016.07.02
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今度の参院選は、選挙権年齢が18歳に引き下げられてからの初めての国政選挙ということで、注目を集めています。学校での政治教育については、昨年秋、文部科学省が高等学などに政治的事象を具体的にとりあげることを求める通達を出しました。これにより、現場の教師は具体性と中立性をともに満たす教育をしなければならないということで、ずいぶん頭を悩ませてきたようです。 しかしあたりまえのことですが、政治的に中立な立場などというものはあり得ません。政治教育は歴史教育にも似ていて、これが唯一絶対の答えだというものを上から与えるのではなく、そんなものはないと突き放すこと、そして生徒自身に、そもそも真理とは何か、中立とは何か、と考えさせることが重要です。政治的事象を具体的にとりあげよというなら、ある事象についての右と左の標準的な言説をおざなりに紹介して終りにするのではなく、少々乱暴ですが、教師が自分の政治的信条を堂々と開陳し、「先生はこう思うが、君たちは君たち自身で考えろ」と突き放すやり方でいいのではないでしょうか。 一介の教師の私見が生徒の頭に先入観を植えつけるのではないか、などと憂えるのは無なことです。小学生ならいざ知らず、相手は高校生であって、ダテに十数年生きていません。それに、教師が生徒を見る以上に、生徒は教師を見ているものです。教師がその場しのぎの中立を装えば、かえって生徒の失笑を買うだけです。 しかし私は、政治教育でもっと大事なのは、「選挙権は権利であって義務ではない。選挙へは行ってもいいいし、行かなくてもいい」ということをきちんと教えることではないかと思います。政治参加だけが人生でもないのに、投票は市民としての責任ある行動だと吹聴し、政治的無関心や投票率の低さを嘆くような風潮に、私はほとほと辟易しています。
2016.06.25
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三十年ほど前に、韓国の李御寧という学者が『「縮み」志向の日本人』という本の中で、日本人は自分の文化を欧米と比べたがるが、本当は中韓と比べるべきだ、というようなことを書いていました。これは一理あります。たとえば「欧米人はパン食だが、日本人は米食だ」とか、「欧米人は太っている人が多いが、日本人はやせている人が多い」とかいっても、米食ややせている人の多さは日本だけのことではなく、本当は東アジアに共通する特徴ですから、それらが日本の個性だと考えると誤ることになるからです。 しかし、地理的文化的に近い国との比較ばかりしていては、別の陥穽に落ちかねないのも事実です。たとえば現代の中国人が中国と日本の文化をくらべてよく云々し、「中国人は列に並ばないが、日本人は列に並ぶ」とか、「中国人は声が大きいが、日本人は声が小さい」などといいますが、列に並んだり声が小さかったりするのは、日本の特徴というより、人権思想の普及した先進国にある程度共通する特徴です。 一般に、何かと何かを比べるときは、同じような背景をもったもの同士の差異をくらべると特徴がきわだつというのは真理でしょう。地理的文化的近接性や、政治的経済的価値観はこうした背景になりえるかもしれません。しかしどのような比較をしても、比較した結果、それが果たして自分だけにいえることなのか、相手だけにいえることなのか、ということは、執拗に吟味してみなくてはなりません。 これは笑い話ですが、東京にきて雪に遭遇し、「アメリカは雪が降らない、日本は雪が降る」という結論を出したロス出身の友人がいます。しかし本当はこれをそう簡単には笑えないので、ロスと東京の比較を、アメリカと日本の比較に知らずスライドさせてしまうような表面的観察を、しばしばわれわれは犯しているのかもしれません。
2016.06.18
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子は親のすべてに反発するわけではありません。子が反発するのは、親が意識して教えこもうとする部分に限られます。それ以外の部分では、親を意識的に模倣するか、無意識的に追従していることが多いように思います。私見では、「親の背中を見て育つ」ということばの意味は、子は親の口さきだけの教えにはしたがわず、親が実際にやっていることを見て育つ、というほどの意味だと思っています。 これは私の素人考えにすぎませんが、たとえば片付けのできない親が「ちゃんと片付けなさい」といくら口さきだけいっても、子は片付けるようにはならないでしょう。自分ができないことは、子にいっても無駄であり、できることでもいい方次第では逆効果です。子が片付けができるようになるのは、子が意識の上で片付けのできない親に反発するか、子が無意識のうちに、片付けができ、且つ、押しつけがましくない親を模倣するか、のいずれかの場合なのではないでしょうか。 人間の性格を今かりに十の要素から成るとすれば、人間がこれが自分の性格だと意識している部分はそのうちの一か、二くらいの割合だと思います。そして、そのようにして意識している部分の半分ぐらいが、親への反発から形作ったものではないかと思います。したがって、自分でも気づいていない残りの意識の部分と無意識の大部分が親と似ているのは避けられず、いくら子が「自分は親とはちがう」といい張り、親が「この子はいったい誰に似たんだ」と嘆いても、第三者が二人の性格全体を見れば、やはり親子だと思われてしまう程度の類似性は残しているものです。そしてそれが何世代にもわたって、似たような環境の人々に残って行けば、それがつまり県民性とか民族性などと呼ばれることにもなるのだと思います。
2016.06.11
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ある形質が世代を隔てて発現するとき、たとえば祖父に見られた形質が親にではなく子に現れるように見えるとき、これを隔世遺伝といいます。厳密には隔世遺伝ではありませんが、類似した性格やものの考え方などがある世代をとばして伝わることは、わりあいありふれています。 私の祖父は私が子どものころに死にましたが、「お前は祖父(親の父)に似ている」というようなことを私は親に何度かいわれたことがあります。私の友人でも同じような経験をした人が何人かいます。おもしろいのは、これがあまりポジティヴないい方ではいわれないことです。つまり、親はあまりそういうことを喜ばず、「おれに似ないで何でおれの親父に似ているのか」というのが、こういう場合の共通した心理です。 何でこんなことになるのでしょうか。やはり血は争えないからでしょうか。これに対する私の答えは簡単で、それは「子は親に反発するものだから」というものです。たとえば祖父がAという性格だとしたら、まず父は祖父に反発して反Aという性格になります。次に、子は父に反発するので、反Aの反対、つまり反反Aという性格になります。反と反は打ち消し合うので、祖父と子は父の世代をとばして「隔世遺伝」(ことばの比喩として)が見られるということになるわけです。 この理屈は、祖父と子が似ていることを父が喜ばない理由もよく説明します。父の性格は、祖父に反抗することでつくりあげたものですから、自分の子が、自分の反発していた祖父に似るということになれば、これが父にとって嬉しいはずがありません。父にすれば、「誰も教えないのに勝手にこうなりやがった」と苦々しく思い、人為をこえた血の頑固さを呪いたくなるかもしれませんが、放っておけばこんなことにはならないわけで、子が祖父に似てしまうのは、蓋し、その間に入った父の責任でしょう。
2016.06.04
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ときどき世代論が否定的な文脈で話題になることがあります。世代論が好きなのは日本人だけだとか、安易なレッテル貼りは行き過ぎた単純化であって百害あって一利なしだとか。しかし、世代論が好きなのは日本人だけというのは、たとえば諸外国では人種や階級の差の方が大きいからです。また、安易なレッテル貼りが誤解を生むという指摘については半面の事実をついていますが、世代ごとの特徴の整理が理解の助けになるということもたしかにあるので、世代論がそれだけで全否定されるべきものとも思えません。 しかし私は別の理由から世代論が意味をなさなくなってきているとも思います。それは戦後七十年を過ぎて、どの世代も似たり寄ったりになってきているからです。 いったい世代によってなぜちがいが生じるかといえば、それは年齢により、ある社会的大事件が起きたときの受け止め方が変わってくるからです。その最大のものは戦争でしょう。戦争においては生命が危機にさらされ、ことに敗戦では文字通り価値観が引っくり返るからです。戦後生まれでは団塊世代とか、新人類とか、団塊ジュニアとか、ゆとり世代などが代表的な世代ですが、私見では、それらの差などは微々たるもので、今八十歳以上の人たち――あまりに小さいと覚えていないかもしれませんが、戦争のころに学校に上るぐらいの年齢だった世代――と、それよりも若いたとえば団塊世代(今六十代後半の人たち)の差の方が、世代差としては格段に大きいのではないかと思います。 今の八十歳以上の人たちは旧字・旧仮名遣いで育った最後の世代でもあります。われわれとはそもそも言語がちがうわけで、言語のちがいはものの見方のちがいにもつながるでしょう。そしておそらくこのことは、日本だけではなく、当時日本の支配を受けていた台湾や朝鮮半島の日本語世代の人々についてもいえるのではないでしょうか。
2016.05.28
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人間は自分の死を経験できません。人の死を見て、自分の死について想像をめぐらせるばかりです。それはさながら、新生児の誕生を見て、自分の誕生の瞬間もこうであったのか、と想像するようなものです。 死は一瞬のひとまたぎです。しかしこのひとまたぎが難事なので、あまりに人生に慣れ過ぎ、もう新しいことは経験したくないと思う老人は、近づいてくるその瞬間を忌み嫌うかもしれないし、もっと若い人の場合は、人生から受けとるあれやこれやの楽しみ、無限とも見えた時間や可能性が剥奪されてしまうことを理不尽に思うかもしれません。しかし早かれ遅かれ、そのときがきます。生者は須らく死者となります。人は生まれながらの死刑囚であり、人は病気やケガで死ぬのではなく、生まれたから、生きたからこそ、死ぬわけです。 事故や急逝はいざ知らず、死病を得て死を恐れ、死ぬことに臆病になっている人を死の方向に向かってはげますことは、傍の人にとって重要な仕事でしょう。しかし同時に、かけがえのない人の死は悲しいものです。死の瞬間自体は悲しくなくても、死後に悲しみがやってきます。この悲しみはじわじわときて、深まりながら長く尾を引きます。それを受け止めるのが今度は生き残った者のもう一つの仕事になるでしょう。服喪の主人公は死者というよりは生者であり、人生の遺された生者が、できごとから立ち戻るために、人の死を見つめ受けとめ、味わい尽くす過程が必要なのでしょう。 人間は生まれるときには意識がありませんが、死ぬときも意識がありません。人生をひとまとまりの時間だと考えることもできますが、それは奇妙なことに、その最初と最後の瞬間の意識を欠いているような時間です。これは私に、いろいろなことを考えさせます。
2016.05.21
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最近は法律の方がやかましくなって、自宅で人の死に目に接する機会もなくなりました。報道番組で人の死体を映すのがタブーになっているだけでなく、都市圏では衛生状況が行き届き、昆虫の殺生さえ遠ざけられて、死が日常の一部から大きく脱落しているように思います。 テレビや映画などのフィクションで人が死ぬシーンはたくさんありますが、多くは悲し気な音楽や俳優女優の名演技で、死が非日常の大事件であることを誇張しすぎています。死というとマイナスのイメージをもたれがちですが、実際は、病気なら眠るように死ぬことも多く、はたで見ていて、死んだ瞬間に気づかないことさえあります。近親者をみとった人なら経験があるでしょうが、人の死というのは存外ショッキングなものではありません。 もちろん、実際に悲惨な死に方もありますが、外から見たのと本人の思いとはしばしば離反するものです。私の知人で盲腸炎をこじらせて数十分死んでいた人がいますが、そのことをきくと「寝ているのと同じだった」そうです。アランは戦争で後頭部に銃撃を受けながら蘇生した兵士の挿話を紹介していいますが、その男は撃たれた瞬間を覚えておらず、「目がさめたら病院のベッドの中さ」といったそうです(アラン『幸福論』)。 江戸時代には中絶、間引き、姥捨てを含め、死がまわりにあふれていました。明治や大正のころでも子が健康で育つ保証はなかったし、いきおい、生死に関する感覚が異なり、生きることも死ぬことも同じように有り難がられました。私は、徒な懐古趣味にふけっているのではありません。ただ現代でも、義務教育の範囲内で、生きているのが自然であるように死ぬことも自然であるという感覚を、もっと思い起こすことができるのではないかと、常々思っているだけです。
2016.05.14
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一般に、「一度きりの人生だから精一杯楽しもう」という人が多いのですが、「一度きりの人生だから一回だけ我慢しよう」という人は少ないようです。前者には一理ありますが、後者にも一理あります。そして前者と後者は別に矛盾しません。我慢には我慢する喜びがあるからです。 職業的に死に親しんでいる宗教家や哲学者、日常的に他人の死に接している医者など、一般人よりはよほど死に対して覚悟のできているように見える場合でも、年をとればとるほど、生にしがみつくようになる人は少なくありません。老いると感性が変わるということもありますが、しだいに近づいてくる目標を直視するのは、なかなか困難なようです。 かつて日本財政の守護神といわれ、日銀総裁・蔵相・首相などを歴任した高橋是清が、自伝の中でおもしろい挿話を紹介しています。異父妹の兼子が肺炎になったとき、苦しい病床で生への執着を見せるので、「俺と一しょに仏教の研究をしたじゃないか、あの時のことを思い出したらよい」といいきかすと、妹は急に安心した楽しそうな表情になって息を引きとったというのです。また祖母が寝たきりになり、ボケて長年の習慣だったお経を読まなくなったので、是清が「いつものことをお忘れあるな」と注意喚起したら、祖母は思いついたように起き上がって元気づき、着替えてお経を読みつつ、そのまま逝ったといいます。このことから是清の引き出す教訓はこうです。「死ぬる間際は、よほどの英傑でも、ややともすれば気が飢えて、心がうつろになるから、その時には、はたにいるものが、ちょっと気をつけてやらねばならぬ」(『高橋是清自伝』)。 是清自身は2・26事件で青年将校の銃弾を胸に受け、亡くなりました。しかし是清のいうように、はたにそういう人がいれくれる境遇は、蓋し、幸せというべきでしょう。(文字を大きくしました)
2016.05.07
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ごく大ざっぱに、人間の一生は両親のあいだに生まれ落ち、学を身に着け、社会に出て職を得、成熟して一家をなし、老いて死んでゆく、というコースをたどると思われていますが、こういうのとは全く別な人生の相があるのではないでしょうか。それは、通常のコースからはずれた人間がいる、ということではありません。いかなる人生もが、実際はこういうありきたりの見方に尽きない豊かさをもっているのではないでしょうか。 人生の内実はきわめて複雑で豊穣であり、その時間的経過を単線化した人生像だけをもっていては、人生が相応に貧しくなります。たとえば、若くして死んだ人に、「この人は人生の中で死んだ」「まだ若いのに」などという感慨があちこちできかれます。社交辞令というわけでもなくそのことばが本心からもれるとしたら、それは単線化された人生観の印象が強すぎるせいです。人間の命は昔なら五十年、今なら八十年ぐらいが平均だとしても、誰もがその年齢まで生きられるわけではなく、皆が納得ずくで死ねるわけでもありません。固より人生はいつ終わっても文句のいえない代物です。 二十歳のときの人生観があり、四十歳のときの人生観があります。六十歳には六十歳の、八十歳には八十歳のものの見方があるでしょう。社会の中で経験の乏しい青年が、擦れた中高年よりも軽い扱いを受けるのはあたりまえですが、一個の有限な人生の中で絶体絶命に選びとられた人生観なら、それは未熟な早産ではなく、それだけがそのときの唯一無二の、そのつど最後の人生観であるはずです。単線化された人生像のほかに、つねに死と隣り合わせになった人生像をもっていなければ、たとえどのような人生を送ったとしても、われわれは運命を恨み、人を憎み、自らを悔いるだけの人生に終わりかねないのではないでしょうか。
2016.04.30
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人間は、平時には判断保留を決めこんでいても、非常時には態度を決定せねばならないこともあります。その場合、直観から、右でも左でも中庸でも、どれでも好きなものをとればよいと思います。コツはありません。強いていえば、できるだけ欲望から離れる、というところでしょう。 古代の政治家は大事を決めるにあたってくじを引いたり、占いに頼ったりしましたが、それは政治家たちが欲望から離れるための知恵からでした。人の考えは千差万別であり、全員が納得して一致する方法はありません。量の多寡で決める多数決などというのは、声の大きい人や扇動術に長けている人が勝つだけのことで、欲望を助長する方法です。くじや占いによる決定なら、決定に携わった人間全員の欲望から離れているので、結果に対して誰も文句はいえません。 一つ注意を促せば、両極端を排して真ん中をとる中庸主義は、別に半信半疑ではありません。中庸主義は一つの見識ではありますが、積極的に選んだ場合は「信じた」結果だし、それ以外の消去法から選んだ場合は「疑った」結果であり、ともに半信半疑とは異なるからです。半信半疑は選択の過程にかかわる態度であり、対象にかかわる態度ではありません。 さて、右でも左でも中庸でもいったん選んだら、今度はそれを突き放して眺めることが重要です。それはくだいていえば、「とにかく、自分はこれを選んだ」とでもいう自覚です。この「信じる」とも「疑う」とも無縁の果断さが重要で、ここから、すべての結果を引き受ける責任感が生まれます。勝海舟だって、本当は選択をまちがえたことがあったでしょう。しかし剣術で鍛えた果断さがあったから、そのような場合でも、大過なく結果を処理できたのだと思います。 (今週のみ金曜に更新しました)
2016.04.22
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信じる人はだまされるかもしれませんが、疑ったからといってだまされないわけではありません。だます方からすると、むしろ、そういう人の方がだましやすいということもあります。人にだまされまいと思って肩肘張っている人はそれだけ視野狭窄に陥っているので、たとえばそういう人に、「あの人はあなたのことをだまそうとしている」という情報を流すと、「やっぱりそうか」といって簡単に信じることがあります。「人を見たら泥棒と思え」という古言がありますが、そういう人は疑り深く見えて、やはり信じやすい性質だともいえます。 とはいえ、半信半疑の人も、やはりだまされる(まちがえる)ことはあります。情報に接して半信半疑に突き放している間はいいとしても、二つに一つの決断を迫られるような場合には、やはり賭けのようなことになるからです。しかしだまされた(まちがえた)あとが、ちがっています。 多くの場合、信じる人は安心したいと思って信じ、疑う人はだまされまいと思って疑っています。つまりそれは欲望のしからしむところなのです。判断が欲望に仕えているため、精神的余裕がありません。したがって、まちがえたときに衝撃を受け、自暴自棄ないし他罰的になりかねません。 これに対し、半信半疑の人はだまされても(まちがえても)、いたずらに落ちこむことはなく、やり直すか、次善の策を講じるだけのゆとりがあります。それは情報を欲望から分けているので、精神的余裕が確保されているからです。信じるのが欲望に基づいた全的肯定であり、疑うのが欲望に基づいた全的否定なら、半信半疑はいずれの欲望からも離れたその間です。そんなところが、剣術の「心は明鏡止水」の境地と一脈通じているのかもしれません。
2016.04.16
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半信半疑とは、字面が指すように、「半分信じて半分疑う」ということではありません。つまり与えられた全体を、信じる部分と疑う部分とに分けるわけではありません。そのような分割ができれば結構ですが、そうできないからこそ悩ましいわけです。むしろ半信半疑とは、そのような分割を無効にすることであり、簡単にいえば、それは与えられた全体をそのままにして放っておくこと、信じもせずに疑いもせずに、突き放しておくことをいいます。 幕末に数々の難交渉にあたった勝海舟は、「外交の極意は、誠心誠意にある」といっています。この場合の誠心誠意とは、「自分自身をいつわらない」ということです。別言すれば、相手の善意を信じず、悪意を疑わず、譲るべきところは譲り、とるべきところはとるという、明快で単純な態度でのぞむことを指します。 幕末人だった勝は、現代流の交渉術はもちろん、初歩のロジックもレトリックも、心理的かけひきの類も知りませんでした。剣術の達人だった勝が頼ることができたのは、「心は明鏡止水」という剣術の極意だけでした。そして、「外交にもこの極意を応用して、少しも誤らなかった」(『氷川清話』)。勝はただ剣術のみで海千山千の列強代表とわたりあい、成果を得たわけです。 剣術の素人の私が達人の勝を引用すると笑われるかもしれませんが、判断に際しては、自分自身にうそいつわりなしに、分かるところは分かる、分からないところは分からない、という素朴な態度を維持するのが、最も肝要です。全体として信じるものではなく、かといって疑うのでもなく、対象を突き放して判断を保留するのが、半信半疑のキモです。それはあるいは、非信非疑といいかえた方がいいのかもしれません。
2016.04.09
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桜の季節になり、花見の話題もきくようになりました。近代化する生活の中でいろいろとすたれたものの多い日本の風習の中でも、花見は老若男女にまだ広く楽しまれているようです。しかし実態は風流にはほど遠く、夏は海、冬はスキーなどと同じように春は花見という、やや安易で無難なパターン化に堕しているだけのことなのかもしれません。 私は無粋にして無風流ですから、組織に属するのをやめたこの十数年、花見に出かけたことがありません。それどころか、私が駅へ行くまでの通行路にある桜並木の花が開きはじめ、そろそろ人が多くなってくると、知らず、迂回している有様です。私にとっては花をつけるこの季節だけ桜を嘆賞するということに抵抗があるのです。天邪鬼の私にとってより愛着があるのは、忘れられた夏の桜、誰も見上げない冬の桜などです。人生でも何でもそうですが、陽の当たるときだけ注目し賞賛するのは、精妙な現実を拙速に要約しているような、後ろ髪引かれる気がするのです。 季節外れで役に立たないもののことを夏炉冬扇といいますが、私にはそうした無用の長物、旬をはずれているものに対する親近感があります。これは挫折の多い人生などというのとはまったく別次元の話で、私は小学生のときからすでにそういう傾向がありました。それは特異というより、むしろ凡庸とでもいうべき感性だったはずです。 しかし、春に花をつける桜に罪があるわけもなく、見ごろをはずれた桜にことさら惹かれるのは、逆の片手落ちのそしりを免れません。春夏秋冬の桜をそれぞれに楽しむことができればいいのですが、不惑をすぎてなおその境地へ成熟できないのは、私の中に子どもっぽすぎる感性がまだ根を張っているせいだろうと自嘲しています。
2016.04.02
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このブログは、かつて「げっそり深海魚」というブログでした。その後アメーバでやっておりましたが、またここへ戻る予定です。誤解を招きかねないタイトルは一新した上で、近々再開します。 内容はただの身辺雑記です。4月より週に一度(土曜)更新しますので、ご笑覧ください。 再開するにあたって、以前の記事・コメントはすべて削除しますので、ご了承ください。(2016年4月2日編集済み)
2016.03.21
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近々復活します。これはテスト記事です。 <テスト記事> ヒトラーは、自伝『わが闘争』の中で新聞読者を三つのグループに分けています。曰く、「第一は読んだものを全部信じる人々、第二はもはやまったく信じない人々、第三は読んだものを批判的に吟味し、その後で判定する頭脳をもつ人々」。ヒトラーにとってもっとも扱いやすかったのが第一グループだったことはいうまでもありません。 ヒトラーは新聞について語りましたが、これは学問でも宗教でも同じことです。要は、すべてを信じる人はもっとも単純であり、すべてを疑う人はその次に単純だということです。両方の愚に陥るのを避けるためには半信半疑でいればいいわけであって、これは見かけほど難しいことではありません。 社会の空気は多数者によって醸成されるし、政治決定は多数決を通して行われます。情報に半信半疑でいれば多数派にはなれないかもしれませんが、よけいな喜怒哀楽は避けることができます。
2016.03.21
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