そして、被災地を走る「BRT」についてです。
東日本大震災により被災した鉄道の内、JR気仙沼線の柳津~気仙沼間(55.3km)について、2012年8月20日から代行バスの暫定運行を開始し、同年12月22日から、「BRT」として正式運行を開始しました。
http://www.jr-morioka.com/cgi-bin/pdf/press/pdf_1353907461_1.pdf
一方、同じく被災したJR大船渡線の気仙沼~盛間も、「BRT」による復旧工事を開始しました。
http://www.jr-morioka.com/cgi-bin/pdf/press/pdf_1353043681_1.pdf
気仙沼線の話に戻しますと、「BRT」運行区間の内、鉄道線路敷を活用したバス専用道区間は、陸前階上~最知と歌津~陸前港の2区間計4.4kmとなっています。(最終的には、被災区間の約6割を、バス専用道として整備する予定とのことです。)バスの運行は、(株)ミヤコーバス(宮城交通(株)の子会社)に委託しています。
9月初旬に訪問した際、陸前階上~最知間のバス専用道区間を見学してきました。まず、最知側から見て行きます。

当該区間は、気仙沼市街地からやや離れた場所にあり、三陸沿岸を結ぶ国道45号線と併走する区間で、休日日中でも自動車の列が切れない程の交通量のあるところです。
バス専用道の構造そのものは至って単純であり、舗装道路、ガードレール、一般道との接続部に進入禁止の遮断機が設置されています。バス待合所やバス停上屋のデザインが、周囲となじんでいない印象を受けます。


難しくはない工事とは言え、よくこれだけの短期間に完成させたな、と感じました。
待合室内部には、バスロケーションシステムによる、現在位置情報を掲示する液晶ディスプレイが設置されています。

私がここを見て感じたことは、「だったら鉄道復旧じゃないか?なぜここまでBRTとやらにこだわるのか?」ということです。
既にこのブログでも触れていますが、JR東日本は、三陸沿岸の被災区間の鉄道による復旧に、慎重な姿勢を崩していません。これは、JR東日本が黒字の民間企業ということで、国や自治体が直接支援に難色を示していることが、背景にあります。
http://blog.kahoku.co.jp/saisei/2012/12/3.html
赤字の第3セクター企業であり、「上下分離」でインフラ部分を自治体所有とすることで補助金導入を容易にし、早々と鉄道による復旧に取り掛かった三陸鉄道と、大きな違いがあります。
JR東日本の姿勢として大きく問題に感じるのは、「BRT」を恒久化する方向へ誘導しようとする行動が、あからさまであるという点です。
まず、バス便の本数です。鉄道時代、1日最大12本だったものが、8月の暫定運行開始時点で最大26本、12月からは最大33本と、3倍近くになっています。代替輸送ではなく、並行するバスによる振替輸送を行っている大船渡線では、気仙沼~盛間が8月時点で1日わずか4本、現在でも1日6本という状況です。
インフラ面でも、12月からハイブリッド車を新たに導入し、駅舎(バス停及び待合所)の整備も計8か所に及んでいます。
前述のとおり、12月の本格運行の際には、大々的な開業イベントを行ったり、JRの列車内には、「BRT」バス運転士募集の広告まで掲出されています。

一方で、12月の本格運行からは、BRT区間と鉄道区間の運賃体系を切り分けたり(乗り継ぎ割引の導入で、従前より運賃が安くなっている区間もあります)、鉄道とバスは接続しないことを明言するようになりました。気仙沼線内において鉄道で復旧している前谷地~柳津間は、1日7本しか列車が走っていません。柳津に発着する代行バスが1日15本ですので、その半分以下しか列車は走っていないことになります。気仙沼方面から柳津、前谷地、小牛田経由で仙台へ向かう乗客には、バス増発の恩恵はほとんどない、ということになります。
地域の公共交通を、体系的に有機的につなげたサービスを提供するシステムがBRTだとすると、これはBRTと呼べるものではありません。バス専用道を一部区間に持ち、バスロケーションシステムを導入した、ごく普通のバス、と言うべきです。これをBRTと言い張ること自体に、作為的なものを感じてしまいます。
本来であれば、代行バスに限らずバス一般として、バス専用道の導入やバスロケーションシステムの導入などの利便性向上は、あって然るべきだと思います。BRTという言葉が先行している現状をしっかり見つめて、この地域にふさわしい交通体系、求められるサービスを考えていくべきだと思います。

余談ですが、旧駅舎を活用した陸前階上の待合所についてです。建物壁面を囲う格子状の装飾は、無意味だと思います。
