GOAL通信

GOAL通信

2007.03.20
XML
カテゴリ: 教育全般



 最近、そう思うことが多くなった。


 成績に対し、親の期待は大きいが、子供はのんびりしていて意識が低い。

 親は早くこうしなさいと指示を出すが、子供はまだ慌てることもないと思っている。

 子供の行動が鈍ければ、親の不安とイライラは募り、指示はやがて管理に変わっていく。

 管理された子供は、次第に「学ぶ」ことの本質を見失っていく。

 表情は曇り、成績は自分の達成のためではなく、身近な人の評価のために変わっていく。


 しかし、伸びない。





 親も子も役割を間違えているからであろう。



 学ぶのは子供であり、取り組むのも子供なのだ。

 「どこまで自分から向き合っているか」という点が、大きな意味を持つ。

 家庭で管理すればするほど、子供は受け身になる。

 そして表面上をつくろい、逃避するようになる。


 何が必要なのだろう。

 課題や技術を説く前に、もっと言葉があるべきではないか。

 小言や叱責ではない、モチベーションを高める言葉。



 争点は、

 「3時間させている」のか、

 「3時間している」のか。




 「家でしっかりやっているのに伸びない」という親は多い。

 しかしそれは冷静に考えた時、

 「やっている」のではなく、「やらせている」のではないか。


 「いくら言っても、本人にやる気が出ない」という親も多い。

 それもよくよく振り返ってみれば、





 塾に通えば成績は必ず伸びると、親は思う。

 しかしそれは、家庭での姿勢ひとつでどうにでも転ぶ。

 親の管理がどこまで介入しているのか、それともサポートに徹しているのか。


 親が熱心になればなるほど、空回りしていく現実。

 成績が伸びない状況を作っていては、いつまで経っても飛躍的な伸長は望めない。

 結果が出ないと焦るのは、子供よりもむしろ親の方に多い。


 どこまで待てるか。


 どうしたら子供が「やる」ようになるのか。


 小さい時からの経緯と環境が、子供の学習の概念をすでに築いているのだ。

 共存すべき、本人なりの「学びのリズム」があるのである。

 その個人差をしっかり受け入れることだろう。


 子供はそれを漠然とひきずっている。

 親はそれを破壊し、別の新しい形を求めようとする。

 親子の感覚のズレはそんなところから始まる。



 子供は塾で学びと闘っている。

 家庭ではその労をねぎらい、背を押す配慮があればと思う。

 成績が伸びない、あるいはやる気が起きないと塾をやめていく子供たちがいる。

 親の感覚や波長に及ばないために、断ち切ってしまうケースだ。


 とてももったいないと思う。

 歯車を見直せば、必ず伸びるはずなのだ。

 たった一言のセリフで、一気に変わるかも知れない。

 塾との係わりがあるからこそ今がある、という側面も考えたい。



 塾の役割を理解している親は強い。

 塾の仕掛けを、ベクトルを、うまく利用していく。

 攻めるのが塾であり、家庭はそのメンテナンスと割り切っている。

 長いスパンで見た時、じっくり伸びてくるのは、なぜかそういう関係に多い。





お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

最終更新日  2007.03.20 06:08:43


【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! -- / --
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
X

PR

×

サイド自由欄

img2c074974zik6zj.jpg
GOAL通信へようこそ。

プロフィール

masa/k

masa/k

カレンダー

バックナンバー

2026.06
2026.05
2026.04
2026.03
2026.02
2026.01

フリーページ

キーワードサーチ

▼キーワード検索


© Rakuten Group, Inc.
X

Design a Mobile Website
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: