GOAL通信

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2007.08.10
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カテゴリ: 雑記




 100字程度の作文では、あまり意識する必要もない。

 だが、2000字の論文ともなると、表現の上手さは随所に現れてくる。



 20歳の学生時代、本多勝一氏の『日本語の作文技術』という本を読んだ。

 著名ジャーナリストの文章作法の本だったが、当時はなるほどと思った。

 その後、文章についての類書や実用書を読み漁った。

 50種は読んだだろうか。

 みな似たようなことを言っていたが、当時の私には嬉しい情報源だった。



 私自身、「文章の書き方に決まりはない」 と悟ってしまったから。



 文章には文法的な 「ルール」 と目的に沿った 「型」 がある。

 しかし、ひとつの伝達文を書くとき、みなが一様に合致することはない。

 それぞれがみな違う文体で表現し、味を発散していく。

 それは表現というものに無限の広がりがあり、組み立てに規制がないからだ。


 広がりには 「韻」 があり、そして多様な 「イメージ」 を読者の内部に作っていく。

 だから、この文章でなければとか、この文章が上手いとか、そんな理屈が通用しなくなる瞬間が必ずある。

 それは、言葉が表現技法によって、とてつもない味を醸し出す瞬間でもある。



 例を挙げてみよう。

 日本語の凄まじさ。

 そしてその広がりがいかに自由で、楽しいものかということが分かると思う。





 見る 

 見詰める

 凝視する 



 眺める 

 目を凝らす

 目を向ける 

 一瞥する 

 俯瞰する 

 目をやる 

 視線を投げかける 

 目に印す 

 瞳を凝らす 

 見下ろす 

 眼窩に焼き付ける 

 視線を移す 

 瞳を向ける 

 瞠目する

 視野を定める

 双眼を翳す 

 視線をたどる

 視野に像を探る 

 焦点を捉える

 視界をたどる 

 見入る 

 目を瞠る 

 視野を切り取る

 像を捉える 

 瞼に焼き付ける 

 目に飛び込んでくる

 瞳を向ける 

 視野に捉える

 見据える 

 目で追う 

 焦点を定める 

 目に刻む



 以前、小説を書いていたとき、こういった表現の機微をよく楽しんだ。

 これに形容詞が付くと、表現の無限さがさらに際立つ。


 「視線の果ての光景を、食い入るように見詰めた」

 「虚ろな空気を誘いながら、ゆっくりと重い視線を定めた」


 これをただ 「見た」 で片付けるかどうか。

 目的に沿ってその幅はいくらでも広がる。

 どう料理しようが自由。

 味は色々あった方がいい。



 今後何回かに分けて、文章について書きたいと思う。





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最終更新日  2007.08.11 03:06:38
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