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かなり久し振りの日記です。
パソコンの前に落ち着いて座るのも
なんかとっても久し振りのような気がします。
自分の気持ちもまだ完全ではないのですが
落ち着きつつあるので・・・
実は
奇跡を信じて
家族みんなで頑張ってきましたが
クリスマスイブの夜から
日付が変わったクリスマスの夜
父は静かに息をひきとりました。
今日でちょうど父が亡くなってから
1ヶ月が経ちました。
11月13日に救急車が来る直前に
心肺停止状態になりながら
蘇生していただいて
なんとか命は助かったものの
少しの間
脳に酸素がいかなかったことで
低酸素脳症と判断され
意識も戻らず
一時は脳死と言われましたが
耳からの反応が認められた為
脳死とは言えないと
医師からは言われました。
それでもいわゆる植物状態で
意識もさいごまで戻ることは
ありませんでした。
12月12日は
父の誕生日でした。
うちの次男も父と同じ誕生日なので
今まではたいてい誕生日に近い土日に実家に帰って
一緒にお祝いしてましたが
残念なことに
救命救急センターのICUは12歳以下の子供は
入ることができない為
子供たちを連れて行ったものの
外のロビーで待っててね!!と
待たせていました。
意識はないし
もちろんケーキも食べられないのだけれど
ハッピーバースデーしようということで
母と姉と高校生の甥と私の4人で
お祝いするつもりでしたが
なんと
看護士さんが
今日だけ特別に
子供たちをつれてきてもいいと言ってくれて
みんなでお祝いすることができました。
入院してから
子供たちがおじいちゃんに会うことができたのは
結局この日が
最初で最後でした。
一時は
人工呼吸器もはずれて
自発呼吸までできるようになり
他の病院に移って治療を続けることも
考え始めていて
耳からの反応があることを頼りに
子供たちのメッセージを録音して
持っていって聴かせてあげたりしましたが
結局最期まで父の意識が戻ることは
ありませんでした。
それでも呼びかけると
なんとなく分かっている感じがしたり
涙を流したりすることが何度もあったので
本当は分かっていてくれたんじゃないかなと
今でも思っています。
父は
いつも私のやりたいことを
応援してくれて
悩み事も聞いてくれたり
時には速達で
手紙を送ってきてくれたこともありました。
本当に父には感謝しています。
父はテレビや映画のカメラマンをしていました。
私はよく分からないんですが
その業界では
世界的にも結構有名な人だったらしく
葬儀に来てくださった方も
すごい方ばかりで
本当にたくさん来ていただき
父の大好きだったお花も
会場に入らないくらいたくさんいただきました。
家ではお仕事のことを
ほとんど語らない人だったので
実の娘ながら
父の偉大さに驚いてしまいました。
父の会社の方が
葬儀の会場に
父が生前仕事をしていたときの写真
(カメラをまわしている時の写真など)
をパネルにしていいただいたものを何点かと
昔のカメラも展示してくださいました。
大変良い葬儀だったと思います。
父も喜んでくれているかな?
昔使っていた(?)年代物のカメラ

カメラの向こう側には生前父が活躍していた姿のパネルが![]()
世間では
楽しいはずの
クリスマスの夜に
なんでこんなに辛くて悲しい思いをしなければ
ならないんだろう!?と
一時は思ってましたが
子供たちには
『おじいちゃんはね、クリスマスの夜に
お星様になったんやで~!!
毎年クリスマスが近づいてきたら
みんなに思い出してもらえるように
![]()
忘れられたらイヤやと思ってはるねんで~
★。、::。.::・'゜☆。.::・'゜★。、::。.::・'゜』
と言っておきました。
今はまだ父のことを思い出して
泣いてしまうこともありますが
徐々に立ち直っていかなければと思っております。
この場を借りて
励ましのメールやメッセージ
お電話など下さった方々に
お礼申し上げます。
本当に有難うございました。
我が家の・・・エェッ!?(* □ )~~~~~~~~ ゚ ゚ 2010.06.29 コメント(4)
(^з^)-☆Chu!!私の小さな恋人(* ^)(^ *)チ… 2009.02.04 コメント(3)
Happy♪(*^-^)ノ”iii Birthday 2009.01.13 コメント(2)
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