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先日、ドックランで走り回ってるポメをみました。 ミルクが走ったところを見たことがありません。 最初は坂道を登れなかったし、階段も無理だったから その頃よりは進歩ですが、しきりに早歩きはしても 走り方がわからないようです。 声も出せない、走り回れない、、、しかも病気だし。 いつまで一緒にいることが許されているのか、その時間はあまり長くないような気もしてます。 うちにきて、幸せだったのかな。
2015.01.26

見事、寒稽古をやり遂げた王子。 最終日は親も見学OKとあり、日曜早朝にいってきました。 体育館の寒さにびっくりですが、凍るように冷たい床を裸足で走る息子にもっとびっくりです。 ずいぶんたくましくなったねえ。 そして早起き習慣も身につき、遅刻なく学校に 通うようになりました。 さらに何故か、お勉強も前より少しだけ、嫌がらずにやるようになりました。 なんでしょうね、この変化。自身がついたかな。 例年になく、健全な生活を送ってます。
2015.01.21
「缶ゲーコ」・・と、ある日パパが。・・・? 缶ゲーコ? とは?「剣道部でカンゲイコがある」ああ。寒稽古。ほうほう。「朝7:30から。」ほうほう。朝7:30から・・・・え。それは朝、何時に起きて、何時にでるということ?息子の所属する剣道部で寒稽古なるものがあるといううわさは聞いたことがありました。早起き、よいこと。ぜひぜひどうぞ・・とそのときは思っていたけど。朝5:30起床。6:10分出発。体力がなく、風邪をひきやすい私には、この季節の早起き・寝不足はかなりハードルが高い。。。でも、そういうのって、いい思い出・経験だったりするよね(息子にとっては)そこで、三日間、お付き合いすることに。1日目の朝。起きると6:20。二人は熟睡中。あわてて起こして二人がかりで着替えさせ、起床10分後に家を出発。遅れたけど、どうにか出席できたようです。私のほうは、眠くて仕事にならないので、水のようにコーヒーをガブガブのみ、一日を過ごす・・。これが失敗。2日目は土曜日。みんな当てにならないことがわかり、私が起きなければ・・というプレッシャーのせいでせっかく早寝したのに2:30に目が覚め、眠れない・・。昼間のコーヒーのせいと思われ。。4:00にようやく寝て、5:30に起こされる。眠さと寒さで死にそうになりつつ、学校まで送り、寝ぼけた一日をすごし、夜、寒気と吐き気におそわれる・・。一方、息子はぴんぴんしており、元気いっぱいで、寒稽古がかなり楽しかったらしく、興奮した様子でいろいろ話してくれました。若い方がうらやましい・・・。明日が最終日です。そして、最終日は待ちに待ったお汁粉が出る日です。あと少し、がんばらないと。。。
2015.01.17
弟の養父母という人は、驚くほど彼の実母、つまり私の母に似ていました。どっちがよかったか、とても難しいくらい、憲兵隊に追われて逃げた先がナチスのSSだった・・くらいの差とでもいいますか。すべての子供は親から愛される権利があり、私のように愛されずに育った人間はダメ人間にしかなれず、生き続ける価値がないと思ってますが・・・。彼は幸せに育ったんだと思ってたのに・・・。妙に寂しくなりました。昔いた教会で、「神様はどうして、人間をみんなおんなじに創らなかったのかな・・」と話したら、ある女性が「みんな同じじゃつまらないよ」と。つまらないと思うのは、自分より下を見て優越感に浸りたいからだろ・・っと思ってましたが。しかも、みんな同じじゃつまらない、だから神様は一人ひとり違う人間を創った・・とは当時いた教会の牧師がよく言っていたことばです。違うことにより、つまらない以上の思いをしてる人はたくさんいるけど・・。それに日本人や、特に学校関係者は、みんな同じが好きだし。ちょっとでも違うと仲間はずれだし。今、すでにつまらない思いをしてる人間にとってはどうなんでしょう。(つまるとか、つまらないの問題なんだろうか・・・)仲間はずれは辛いので、なるべく人と同じようにしようと努力したこともあったけど、無駄な努力と分かったのでやめました。彼はあの最低な女の実子であり、かつ私の弟ですが、でも、幸せになる権利があると思います。祖母は私たち姉弟を心の底から嫌っていましたが、私は、弟には幸せになってほしいと、今までの人生が悲しいことばかりだったのなら、なおのこと、残りの人生は幸せになってほしいと思います。
2015.01.15
今年きた年賀状の中に1枚、我が家がイザヤ書11章のようだと書いてあるものがありました。ん? イザヤ11章・・って何だっけ?エッサイの株からひとつの芽が萌えいでその根からひとつの若枝が育ちその上に主の霊がとどまる。知恵と識別の霊思慮と勇気の霊主を知り、畏れ敬う霊。彼は主を畏れ敬う霊に満たされる。目に見えるところによって裁きを行わず耳にするところによって弁護することはない。弱い人のために正当な裁きを行いこの地の貧しい人を公平に弁護する正義をその腰の帯とし真実をその身に帯びる狼は小羊と共に宿り豹は子山羊と共に伏す。子牛は若獅子と共に育ち小さい子供がそれらを導く。牛も熊も共に草をはみその子らは共に伏し獅子も牛もひとしく干し草を食らう。乳飲み子は毒蛇の穴に戯れ幼子は蝮の巣に手を入れる。わたしの聖なる山においては何ものも害を加えず、滅ぼすこともない。水が海を覆っているように大地は主を知る知識で満たされる。夢のような、望ましい世界です。天地創造のときに意図されていた世の中は、このような世の中だったということでしょうか。でも、今の世は、あまりにもかけ離れています。人は失敗の歴史から何も学ばず、世の中のうつりかわりとともにその失敗の規模も大きくなっているように思えます。
2015.01.10

年末、奥会津、只見にあるヤマサ商店さんから、手打ちそばを購入して、美味しくいただきました。そのおそばのセットには、薬味のほか、只見の雪がはいっていました。雪が大好きな息子は、雪と一緒にお風呂に入り、そのときの写真をとってお礼状とともにヤマサ商店さんへ送りました。すると私の好物のゆべし(↓これ)や、ヤマサ商店のげんきかあちゃんが作った、かなり美味しそうなしいたけの甘辛煮。そして、とてもおいしそうなしいたけとともに、只見の雪やカモシカの写真と、お手紙が。。この老舗のゆべし屋のげんきかあちゃんは、原発の風評被害で会津地方から環境客が激減し、お土産のゆべしが売れなくなったとき、一人で100キロの道のりを運転して二本松農園へかけこみ、疲れで事務所前で倒れこみ、そして、商品をうってほしいと直談判しにきたくらい、頑張り屋さんです。私は本来、お取り寄せグルメ等、あんまり好きではないです。わざわざお金をかけて遠くから取り寄せて食べたいものがない・・だけですが。でも、ゆべしは好きだし、なにより、利益優先の社会にあって、奥会津の山中で、源平の時代に生まれたとも伝わるゆべしを、丁寧に手作り続けているこの地方の文化に敬意を払うとともに、いつまでも続いてほしいという思いもあって、ときどき購入していました。ヤマサ商店さんはおそばやさんでもあるんですが、奥会津の蕎麦は素朴に美味しいんですよ。黄金峡という小説でも有名な只見は、冬期は完全に雪に閉ざされ、山間であるためお米も作れなかったために、蕎麦が作られるようになって今となります。25年ほど前、大石邦子さんという方が書いた「遥かなる心の旅」という本を誕生日プレゼントに知人からもらいました。そこに、小さな蕎麦の花のことがかかれています。当時、まだ蕎麦の花を見たことがなかった私は、この本の影響で、蕎麦の花にあこがれました。作者が見たいといって連れて行ってもらった会津の蕎麦の花。私が蕎麦の花をみたのはそれからずっと後になりますが、いまだに蕎麦の花への感動が続いています。この小さな花が与えてくれる感動は、どこからくるものでしょうか。原発から遠く離れた会津が、風評被害の影響を受けていると知ったのは、二本松農園を訪ねたとき。この時代にあってなお、静かに丁寧に文化を継承しつづけているヤマサ商店さんに、ひとことお礼を言いたいなと思って手紙を送ったのですが、逆に喜んでいただけたのは、ちょっと想定外でした。でも、想像通り、この店のげんきかあちゃんは、とても暖かい人でした。世の中が間違った方向に行き、みんなが利益ばかり追い求め、不要な富を得ることばかりを優先しているかに見える社会でも、こういう有難い方がいるんだと、教えられます。ちなみにげんきかあちゃんのあったかブログはこちらです。↓八十里庵 手作りうまいもの屋(ヤマサ商店)のかあちゃん日記
2015.01.09
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