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2025年05月30日
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カテゴリ: 吾輩は猫である






初めて目にした人間…書生と遭遇

吾輩は猫である吾輩《わがはい》は猫である。名前はまだ無い。どこで生れたかとんと見当《けんとう》がつかぬ。何でも薄暗いじめじめした所でニャーニャー泣いていた事だけは記憶している。吾輩はここで始めて人間というものを見た。しかもあとで聞くとそれは書生という人間中で一番|獰悪《どうあく》な種族であったそうだ。この書生というのは時々我々を捕《つかま》えて煮《に》て食うという話である。しかしその当時は何という考もなかったから別段恐しいとも思わなかった。ただ彼の掌《てのひら》に載せられてスーと持ち上げられた時何だかフワフワした感じがあったばかりである。掌の上で少し落ちついて書生の顔を見たのがいわゆる人間というものの見始《みはじめ》であろう。この時妙なものだと思った感じが今でも残っている。第一毛をもって装飾されべきはずの顔がつるつるしてまるで薬缶《やかん》だ。その後《ご》猫にもだいぶ逢《あ》ったがこんな片輪《かたわ》には一度も出会《でく》わした事がない。のみならず顔の真中があまりに突起している。そうしてその穴の中から時々ぷうぷうと煙《けむり》を吹く。どうも咽《む》せぽくて実に弱った。これが人間の飲む煙草《たばこ》というものである事はようやくこの頃知った。この書生の掌の裏《うち》でしばらくはよい心持に坐っておったが、しばらくすると非常な速力で運転し始めた。書生が動くのか自分だけが動くのか分らないが無暗《むやみ》に眼が廻る。胸が悪くなる。到底《とうてい》助からないと思っていると、どさりと音がして眼から火が出た。それまでは記憶しているがあとは何の事やらいくら考え出そうとしても分らない。ふと気が付いて見ると書生はいない。たくさんおった兄弟が一|疋《ぴき》も見えぬ。肝心《かんじん》の母親さえ姿を隠してしまった。その上|今《いま》までの所とは違って無暗《むやみ》に明るい。眼を明いていられぬくらいだ。はてな何でも容子《ようす》がおかしいと、のそのそ這《は》い出して見ると非常に痛い。吾輩は藁《わら》の上から急に笹原の中へ棄てられたのである。

③ 解説:
『吾輩は猫である』は明治時代の日本を背景に、猫の視点から人間社会を風刺した夏目漱石の処女作です。この第1話では、名前すら持たないトラ猫が、どこかの湿った納屋のような場所で生まれ、最初に出会った「人間=書生」との出会いを描いています。猫の目から見た人間の姿は非常に風刺的で、つるつるの顔を「薬缶」と表現したり、煙草を「むせぽくて実に弱った」と嫌悪する場面など、鋭い観察眼とユーモアが随所に散りばめられています。明治の世相、つまり西洋文化と日本文化の衝突や、インテリ書生の矛盾した生活ぶりを背景に、無名の猫が観察者として読者を導く構成が魅力です。また、書生という当時の若き知識人層への批判的な目線も、時代を超えて今なお新鮮に響きます。この猫の冒険譚は、社会を知る旅でもあり、皮肉と哀愁に満ちた知的なエンターテインメントとして幕を開けます。






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Last updated  2025年05月30日 22時25分15秒
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