株式会社SEES.ii

株式会社SEES.ii

2017.09.20
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カテゴリ: ショートショート
ss一覧 短編01 短編02
―――――

 ――《D》名駅前支店3階、会議室。
 それの閲覧許可が下りたのは、《A》の出張査定を行う前日の夜だった。社員証の提示と
確認・誓約書へのサインと本人確認・電子機器の預かりと男性社員によるボディチェックを
終えてからのことだった。
「閲覧はここの会議室、監視カメラの下でお願いしています。……すみません、鮫島さん。
認証システムの導入が遅れていまして……」

モデルを思わせるスタイルの宮間は、赤いクリアファイルの書類を机上に置くと、『話は
終わりだ』と言わんばかりに踵を返し、「注意事項は確認しましたね? では、帰り際に
また声をおかけください」と言い残して会議室を出て行った。鮫島の「ありがとうござい
ます」の言葉を最後まで聞いていたかは……わからない。
 宮間の態度に思わず舌を打つ。……仕事も見てくれも悪い女じゃあないんだが、どうにも、
ああいう強気な女は苦手だ……。

《A》のことは知っているか? と岩渕に尋ねただけのつもりが、名駅前店に伝わり、総務である
宮間にも伝わり……社長にも伝わった。クソッ……これはミスだ。これは『借り』だ。
 くだらないことだとは理解しつつ、己の不注意を心の中で呟いた。今回の件で、鮫島は岩渕・
宮間・名駅前店の社員に『借り』を作ってしまったことを恥じていた。報告書の作成は不可避に
近く、帳簿の偽造もできそうにない。……めんどくせえな。……ロクでもない情報だったら、

 ――社長の認可によって閲覧が許された社外秘の情報。つい最近になって総括されたという、
そんなものの存在は、支店長職を持つ鮫島ですら知らなかった。

 鮫島はファイルの中にある、何枚かのコピー用紙を取り出す。そこには、『川澄奈央人』
なる人物の《A》に対する解説が、日記のような形で綴られていた。それにしても、川澄? 
どこかで聞いた気もするが……。


――宗教法人団体《A》、及び、神父とされる人物についての考察――

非常にしょうもない調査であった。この団体はキリスト教系の新興宗教を名乗ってはいるが、実質、
運営が信徒からカネを貪り私腹を肥やすだけのエセ団体であり、テロ行為などの危険思想を持って
いる
わけではない。つまり、僕にとっては非常につまらない、しょうもない団体である。

   表向きは隣人愛よろしく集団生活を営み、肉体労働最高の家畜小屋生活。稼いだカネはお布施
として徴収。当然のごとく非課税。後、運営に上納するスタイル。
まぁ、無関係な者には無害な集団。

 活動内容は主に職業訓練的なカリキュラムを延々と繰り返し、聖書の一部を改変しただけ のオリ
ジナル教本を元に意識改革(洗脳?)を促す。教本の内容も実にシンプル、『人類は皆平等である』
『財産平等主義』つまりは旧共産主義を踏襲した脳内お花畑みたいな感じ。カビくさ。

 
 勧誘方法もいたってシンプル。信徒による個人勧誘と、経営する内科診療所の患者を勧誘 する
だけの2パターンのみ(……一般信徒は診療所と団体の繋がりを知らない)。


 団体トップは「先生」と呼ばれる内科医師兼神父の男。
 と言っても、この男は医師免許も神父の資格もない、ただ自称しているだけの詐欺師だが。

はっきり言って、僕はこの詐欺師野郎に興味はない。興味があるのは、この団体の教示のひとつ
『※※
の際、※※は宝石・貴金属を纏い※※す 』という部分だけだ。つまり、この詐欺師野郎の最終
目的はコレの回収と撤退に間違いない。本当にクズだね(笑)


 まぁ、何にしても、いずれは僕がこのクズから奪うだけだけど。
 せいぜい――僕のために稼いでね。


《A》の敷地図・各関係施設・構成員・信徒・教本については別紙参照。
                                                川澄 奈央人


 ……最悪だ。
 信憑性の高低や、川澄のふざけた文章のことではない。
 ――俺が明日、《A》で査定し、買取をするべき品々とは……クソッ……外道が……。そう
……いいや、違う……そうだ……いや、違わない……。
 ……たとえヤツが何者だろうと……俺ができることなど、何もない。何もない。
 ……何も、ないのだ。ブツを手に入れて、高値で売り払い、利ザヤを懐に入れるだけ……
それだけだ。……それだけなのだ。
 そうだ。
 俺の子供――司のためだ。少しでも良い病院で、良い医療で、良い病室に入れてやりたい。
給料だけではとても賄えない巨額のカネ……補助金だけではとても足りない……莫大なカネが
いる。カネがいるのだ……。何としても、何をしてでも……どんな悪事の手伝いをしてでも……
司に少しでも、1日でも……いや、1秒でも長く……生きて、生きていて欲しい。
 ――それだけだ。
 ……俺の願いは……それだけなんだ……。
 ……けれど、けれど……俺は……俺自身は……。

 レポートから視線を離した瞬間、鮫島の中に強烈な罪悪感が湧き上がる。その感情がどこ
から来るのかは、わからない……こんなにも不快な感情を抱くことは、《D》で働くように
なってから、初めてのことだった。
 ……ヤツからそれを買い取れば、俺はその詐欺師野郎と同じか下、クズ以下のカス……そんな
ことはわかっている……わかっちゃいるが……わからねえんだ……俺は……どうしたい? 
どう……すればいい?
 鮫島は会議室の机の上にうな垂れて、また……
 ――あの、B型肝炎を自称する女の顔を思い出す。

―――――

 午後13時――。
 出張査定の依頼をした《D》の鮫島を名乗る男が、銀色のアタッシュケースを持って
《A》を訪ねて来た。
「……失礼します」
 そう言って鮫島はペコリと頭を下げた。
 男は40歳のシングルファーザーで、名古屋市立大学病院に息子が入院している。息子の
病名はB型肝炎。僕の知っているB型肝炎の信徒の女と同じように、男もまたカネが欲しく
て欲しくてたまらないのだろう……ことは知っている。少しばかり調査したので……当然、
僕は知っている。
 信徒を勧誘する際も、僕はいつも対象である人物は念入りに調査していた。……頭は良す
ぎないか? ……友達や家族は多いのか? ……カネは持っているか? などだ。
 別に彼がこの商談を放棄、もしくは警察にタレ込む心配が消えたワケではない。だが、
彼は勤める《D》に関して明確なコンプライアンス違反を犯しており、今から行う『査定
の事実』を口外する確率は低い。僕はそれを、知っている。調べたので、知っている。

「かなりの量があるとお聞きましたので……」
 鮫島はそう言って、応接室のソファに腰を下ろし、持っていたアタッシュケースを開いた。
中身の細部までは見えないが、査定に使うものらしいいくつかの道具を取り出した。「では、
早速――拝見させていただいても、よろしいでしょうか……?」
 僕はテーブルの上に黒いスカーフを敷き、傍らに置いておいた壺を持ち上げ――逆さにし、
中身を、盛大にぶちまけた。硬質な金属音が応接室に響き渡る。
「……! ……すごいですね」
 驚き、目元をヒクつかせて鮫島が僕に言う。
「……金だけで3キロはあります。宝石はルビー・サファイア・エメラルド……いろいろです」
「……さ、ん、キロ?」
「ええ。長年、私と私の家族で集めました」
「……そうですか」
 抑揚のない口調で鮫島が言う。喜怒哀楽の皆無な、能面のような顔だった。
 僕は両手を使い、スカーフの上に散らばった指輪やネックレスを丁寧にほどいて広げた。
期待で胸が熱くなる。わずかに鉄臭い。鮫島は無表情のまま、白い手袋をはめている。
「…………?」
 何かを見つけて鮫島が聞く。「これは……何です?」
 僕は微笑み、それをつまんで持ち上げた。いびつな形をした、金色の塊だ。
「金の差し歯ですよ。差し歯。人間の、歯ですよっ!」
 一瞬間だけ――鮫島は、歯を食いしばり、怒りを込めた形相で僕を睨みつけた。
 僕はつまんだ金歯を、まるでサイを振るかのようにコロリと落とす。
 心の中で『……オッサン、知ってやがるな。僕と《A》の正体を――』と鮫島に言う。

―――――

「……ダイヤモンド以外のカラーストーンは正直、あまり値がつきません。ダイヤに関して
も鑑定書がないとのことですので、当社の規定により買取価格を決定させていただきます。
……今回査定させていただいた金の重量は558g。20金が576g。18金が1148g。
14金が174g。12金が240g。10金が579g。
 本日の相場価格と照らし合わせ、手数料を引いた場合――……金が260万円。20金が
224万円。18金が402万円。14金が44万円。12金が54万円。10金が112
万円……。
 プラチナは355gで……135万円。銀は545gで3.5万円……。少数ございますが、
メイプルウィーン金貨、プラチナコイン、地金のインゴットは別計算で算出いたしますと……」

 何の抑揚も、何の感情もなく、鮫島はただ業務のままに査定結果を伝えて――パチパチと
電卓を叩き、査定書にペンを走らせた。神父はソファにもたれかかり、じっと鮫島の手元や
査定書を見つめている。エアコンの稼働音とセミの鳴き声だけが室内に響いている。
「何か、ご質問はございますか?」
 そう話しかけてみるが、神父は返事をしなかった。無言で顔を横に振り、ほとんど瞬き
もせず、ただじっと鮫島の動向を見つめている。

 鮫島は悩み、迷っていた。昨晩、この神父――男のしでかした犯罪行為を暴きたいのか、
それともカネを手に入れて黙認するか……答えはついに出なかった。
 ――それはなぜか?

「……以上の買取金額は、1500万で、いかがでしょうか?」
 鮫島が告げ、神父はうっすらと微笑んだ。

 ……俺は正義の味方ではない。基本的に、犯罪行為は被害者側の過失が原因と考えている。
『騙されるヤツが悪い』『忘れるヤツが悪い』『殺されるヤツが悪い』『頭が悪いヤツが悪い』
 ただ――この男の持参した金や銀やプラチナの出処だけは……許せなかった。
『葬儀の際、故人は宝石・貴金属を纏い納棺す』
 元々のしきたりは別の教義であろう概念を歪曲し、解釈を上書きする。そういう死体の、
何の抵抗もできない、何の法にも守られていない者の最後の宝を奪うというのは――最低に
下劣な行為のような気がした。第三者であろう川澄が泥棒するのとはワケが違う、畜生道にも
劣る大罪のように感じられた。
 けれど、それは――もう、いい。答えを知る手段なら、ある。
 そう。
 ……わからないのなら、わからないでいい。答えが知りたいのなら、教えてもらえばいい。
 そうだ。
 ……俺に、答えを教えてくれ。
 ……そのための用意はある。

―――――

「……以上の買取金額は、1500万で、いかがでしょうか?」
 ダラダラとくだらない説明を終えた鮫島は、僕の予想金額とほぼ同額の価値を宝に認め、
膝の上で両手を重ねてから――僕の顔色を探るように切り出した。
「非常に高額の買取になります。お客様の身分証の提示と……念書のサインを」
「念書?」
 わざとらしく、僕は言った。
「……盗品譲受における、当社の過失を認める。要は、『《D》に責任はない』とする旨の
念書です」
 鮫島が挑むように僕を見つめる。それも、僕の計算通りだ。
「……実は、ご相談がありまして……」
 そこまで言って、僕は声をひそめる。「……鮫島さんのお力で……書類の改ざんをお願い
できないでしょうか?」
 僕は頬に汗を流す鮫島の浅黒い顔を見つめる。
「……査定が1500万だっていうことは鮫島さんしか知らないワケですし……どうでしょう?
鮫島さんと僕、ふたりの個人間売買ということにして買取をお願いできませんかね?」
 鮫島は無言で僕の顔を見つめ続けていた。軽蔑する? いいや、それはお互い様だ。
「……鮫島さんもサラリーマンとして、おカネが必要でしょう? 企業のコンプライアンスも
守らなくてはならないし、ご家族にも……幸せになってもらいたいのでしょう? ……もし、
そうしていただけるなら買取金額の減額を……」
「……わかりません」
 ……?
「わからない? ……どういう意味ですか?」
「意味もなにも……迷ってるんですよ。どうすればいいのかを……ね」
 唇を歪めて鮫島が笑う。
「……今すぐ決断はできませんか?」
 しかたなく僕は言う。「……僕もそれほど気が長いタチじゃない。金額の交渉がしたいなら、
そちらの希望額を言ってくれると……」
「いや、そういうコトじゃあないんですよ。ちょっとした、条件がありまして……」
「……条件?」
 鮫島の顔から笑みが消えた。 
「はい」
 僕は鮫島の目を見つめ、笑わずに言う。「……言え。何が条件だ?」
「……もし、アンタが《A》を愛し、《A》もまたアンタを愛しているのなら……問題ない話
だよ。……俺は答えを見つけることができなかった。……だから、聞くことにした。《A》の
信徒である、あの女から答えを……」
「……あの女、だと?」
 驚いて、僕は聞き返す。クソの役にも立たない、自業自得で苦しむだけの、遅かれ早かれ
のたれ死ぬ女のことを思い出す。……野郎、何をしやがった?
 鮫島はほんの少し、考える。それから言う。
「……俺の手製だが、アンタのことを調べた資料をあの女にだけ見せた……時間を指定してな。
あの女が、今もアンタのことを先生と慕い、《A》に身を捧げる覚悟ができているのなら……
俺は潔くそこの金銀を買い取り、ココから消える」
「……資料、だと? いったい、何を?」
 あまりの驚きに、僕は一瞬、言葉を失う。「……嘘だろ? これまでのこと、全部、か?」
 そう呟き、無意識に唇をなめる。
「……ああ。診療所と手を組んで信徒を集めたこと、信徒の死体や骨壺から金銀を剥ぎ取って
売ろうとしたこと――全部だ」
「――ふざけんじゃねえぞっ! 鮫島っ!」
 僕は叫んだ。そして――思う。
 ……5年だ。貴重な僕の時間を5年も使ってやったのにっ……最後にほんのちょっぴりの
貯金を下ろして消えようと思っただけなのにっ……。クソ野郎がっ!
 携帯電話を手に取り、連絡したくもない女の番号を探してプッシュする。……間に合う
ことができれば……まだ……チャンスは……。
 すると――
 ――どこか遠くから聞こえる声に、
 ――僕は、
 ――目を見開いた。
「……返せっ!」
 それは女の声だった。外から聞こえ――怒りに震える――ひとりの女の声だった。
「……アタシのカネッ、返せっ!」
 応接室の窓の外で喚きちらす死にかけの女を見て、僕は、感じた。
 5年の努力の結晶が、もろくも崩壊する予感を――……。

―――――

――セブンイレブン北名古屋熊の庄店に、午後14時にFAXを送る。
 ――コンビニの店主には話をつけてある。
 ――それを見て、決断しろ。
 ――このまま《A》で死ぬか、別の場所で死ぬか、選べ。
 ――もし別の場所で死にたいと思うなら、《先生》に向かって叫べ。
 ――「カネ返せ」ってな。
 ――最後、親御さんの元に帰れ。おフクロさん、心配してるぞ。

 鮫島がしたことはふたつ。
 顧客情報から調べた女の携帯へメールを飛ばす。
 手書きのコピー用紙をコンビニにFAXしただけ。それだけだ。

 ……フェアでない条件であることはわかっている。あの女が《A》に対して本当はどう
思っているかなど想像に難くない。……しかし、それでも、答えは答えだ。

「畜生っ! どういうつもりだっ? 貴様っ、何が目的だっ?」
 激高する神父が、醜悪な目つきで鮫島を睨みつけて怒鳴っている。周りには、騒ぎを聞き
つけた信徒らしき男女が4.5人、彼の背後で心配そうな目つきをして立ち並んでいる。
「……ご破算だよ。そんな腐った肉のついた指輪や金、いらねえよ」
 目の前に立ち塞がる神父に向かって、低く、呟くように鮫島は言った。
「……イイ気になるなよ。てめえも俺と同類だろうが。貧乏人からカネを巻き上げて、カネ
持ちどもに媚びるだけの腐れ企業の分際でよ」
 神父が吐き捨てるかのように言う。「……外で吠えてるあの女も、てめえのクソガキも、
いずれは血ヘドに溺れてくたばる運命なんだ」
 鮫島は無言でアタッシュケースを閉じ、帰り支度を整えて応接室の扉を開けた。それから
……貴金属をスカーフに包み込み、周りの男女からの冷めた視線を無視し、真っ赤に顔を紅潮
させた神父に向き直る。神父は、「……せいぜい長生きするんだな。てめーのガキがくたばる
瞬間をっ、てめーの目に焼き付けやがれっ!」と言って笑った。
 次の瞬間――……
 北名古屋市の宗教法人団体《A》の神父の顔面に――
 高級ブランド・貴金属のリサイクルョップ《D》西春店支店長――
 鮫島の拳がめり込んだ――。

―――――

《D》名駅前店3階。社長室。
 社長室の前に立つ。スーツの胸の部分をまさぐり、きちんと辞表が入っていることを確認
する。ノックして入室する。社長はデスクの上にある書類の束を1枚1枚丁寧にめくり、
真剣な表情で目を通している。何も言わず辞表をデスクの上に置く。だが社長は、鮫島が
懸命に書いた辞表をすぐに破りゴミ箱へと放り捨てた。なぜか理由を聞くと、鮫島に頼みたい
仕事があると言う。

「……それは、本当ですか?」
 鮫島が聞き、社長が舌打ちをして目線を上げる。
「……しつこいな。お前は来月から名駅前支店長だ。……問題あンのか?」
「……いいえ。……しかし……どうして? ……岩渕は? ……暴行事件の処罰は?」
 社長は視線を書類に落とし、再度舌打ちをして言う。
「……大手銀行3社の無制限融資が決定した。事業拡大のための債権整理だ。……ヘタな若手に
任せるより、お前の方が使えるンでな。……岩渕の野郎には新しい役職をくれてやることにした。
『名古屋地区統括、エリアマネージャー』だ。……いろいろと都合があンだよ。……暴行事件?
ンな話、聞いてもいねえぞ……」
 社長は聞こえないくらいの小さな声で「黒田慶樹さんの例もあるしな……」と呟きながら、
話は終わりと鮫島に向けて掌を払った。

 2階に降りると、総務部のオフィスからクラシックの有線放送が流れているのに気がついた。
ガラス越しにしか見えないが、オフィスの内部は賑やかで、とても活気があるように見える。
不思議と、そこで働く者たちはみんな楽しそうな顔をしている。総務部トップの部長までが、
何だか幸せそうな顔だ。

 1階に降りる。倉庫の前を通り過ぎ、廊下から店内へ入ると、高級時計のコーナーに
水色のサマーセーターを着た若い女性がショーケースを眺めているのが目に入った。
 瞬間、鮫島の心臓が高鳴った。
 総務課長の宮間が接客しているのは、あの女――毎日のように息子の病室を訪れては話を
し、同僚である岩渕の交際相手と思われる、伏見宮京子だった。無論、声をかける気はない。
どんな顔をし、どんな言葉を交わせばいいのかがわからなかった。
 けれど――京子は、違った。
 フロアの端を歩き進める鮫島を見つけると、すぐさま声をかけ、微笑みながら歩み寄る。
溜め息を漏らす鮫島の横顔をじっと見つめ、それから、満面の笑みを浮かべ、頬を赤く染め、
大きな瞳を輝かせた。
「鮫島さんっ! 名駅前支店長就任おめでとうございます。明日、岩渕さんの退院祝いと、
鮫島さんの歓迎会をしようって相談してたんですっ。鮫島さん、何か好き嫌いはありますか?」

 ――京子の声を聞いた瞬間、鮫島の体内で何かがはじけた。

 ――変わった。
 ――流れが、明らかに、すべてが、変化した。
 俺の人生が……いや、俺の人生だけじゃあない。おそらくは岩渕も、社長も、俺の息子も、
《D》に関わるすべての者の運命が、この女の出現によって書き換えられたのだ!

 あの神父の言葉通り……貧乏人からカネを巻き上げて、カネ持ちどもに媚びるだけの腐れ
企業に、大手銀行が無制限の融資? そんなバカなことがあるワケがない。俺が売り上げ
トップの名駅前支店の支店長? そんな奇跡みたいなことがあるワケがない。ありえないのだ。
あってはならないのだ……。

 ……生まれ変わった? そうとしか思えない。
 岩渕が伏見宮京子に出会い、《D》は、何か……何か違う世界……別の次元に引き上げられ
たのだ。……転生? いや、転成……か。……社長のワンマンで限界と思われていた企業の
寿命が、繁栄が、運命が、未知の何かに……転成しやがった!

 やがて――鮫島は駆け足でその場を立ち去ろうとした。
「……店は適当に選べばいい。……俺は病院に行く」
「なら私も……」と言う京子を手を挙げて制止させる。
「……アンタの詳しい話はあとで聞く。……それよりも、俺にはやらなくちゃいけないこと
がある……」
 走り去る鮫島の姿を、京子と宮間は呆然と見つめ――互いに目を合わせて笑った。
 背後から聞こえるふたりの笑い声を聞きながら、鮫島は心の中で呟いた。

 ……とりあえず、岩渕の野郎は一発殴る。

 幼稚な考えに笑みが浮かぶ。
 そう。まるで――生まれ変わったかのような、そんな気分だった。


                                   了









      この下手うま感が何とも……→   ​ 嘘とカメレオン /N氏について
   試行錯誤、努力をすげー感じる……→ ​​ 嘘とカメレオン /されど奇術師は賽を振る


 嘘とカメレオンさん↑ 下北沢出身のインディーズバンドです。演奏テクニックとパフォー
マンスに関しては全く問題のない、非常にレベルの高い新人バンドです。……しかし、しかし
ながらですね……ボーカルのチャムさんの歌が……下手、うま、という超独特なバンド。病的な
歌詞と軽快なパフォーマンスは少々の中毒性があり、密かに話題沸騰中です。今後、確実に売れ
るバンドです。 ……ようやくミニアルバムが発売ということで紹介します。見た目は……気に
しないでね♪




 お疲れサマです。seesです♪ 
『転成D』、いかがでしたかね。とりあえず、長い。1話としては、過去最長かも。
 (>_<)イヤーン、まぁ、勘弁してね。訂正箇所多し。ちょこちょこヤリます。

 いや~本当に《D》は使い勝手の良いネタですね。中小企業・カネ・社会投影・皮肉・
風刺・そして人間と愛――あらゆるジャンルに対応可、ぱーぺきに近い素材ですね。実に
汎用性の高いネタです。今話も問題なく進行できた(かも)です。

(sees的にはもっと長い話でもイイのですが、さすがに自分が飽きてきそう)。

 さて、次回は……紆余曲折ありましたが、ここ数ヶ月のseesのブログ活動を〆る集大成、
『地雷原のD!(仮)』を開始予定デス。予定は10~12話の短編~中編のやや長めの設定。
それと……モール街のネタはボツになるかも……うむむ難しいスねイロイロと。
 …今言えるのは、「あらすじ」とか作るのめんどくさいので毎回毎回を簡潔に……てぐらい
ですかね。……うーん。
 でわでわ、ご意見ご感想、コメント、待ってま~す。ブログでのコメントは必ず返信いたし
ます。何かご質問があれば、ぜひぜひ。ご拝読、ありがとうございました。
 seesより、愛を込めて🎵




 ↓嘘とカメレオンさんのミニアルバムです。これはオススメっすよ~(笑)


こちらは今話がオモロければ…ぽちっと、気軽に、頼みますっ!!……できれば感想も……。

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 好評?のオマケショート 『フォースの加護』

 課長   「sees君、ちょっと郵便局行けどー」
 sees   「はい。わかりました(素直)」
 課長   「……? じゃあこれとコレ、よろしくどー……」
       あまりに素直な後輩を怪しく思ったのだろう。課長の顔は明らかに不審がっていた。
       ………
       ………
       ………
 セブン店長「…(いらっしゃいま)せー。……て、seesさんか、今日もアレ、ヤルの?」
 sees   「……もちろん」
       そう。中村郵便局へのヤボ用をさっさと済ませる。目的はコレ。
 セブン店長「……ベアブリックのhappyくじ、スターウォーズコラボ。700円だけど、何回ヤル?」
 sees   「10発で」
 セブン店長「……はい。7000……円だけど……」
 sees   「ナナコで」
                  そして――引く、引く、引く、箱の中からクジを引くぅぅぅっ!
 sees   「うぉぉぉぉぉぉっ!!! 狙うはぁー5番っんんんん!! ジャンゴ・フェットォォッ!!」
               ペリッ…ヨーダ様、いらん。
       ペリッ…レイちゃん。綾波じゃないし、いらん。
       ペリッ…レイア姫。危険ドラッグは、いらん。
       ペリッ…レン君。小当たり。飾ろう。
       ポンッ…肩を叩かれた。誰やねん。邪魔すんなや……。
 次長   「……何やsees、こんなところで何しとるんや? 💢 ああ?💢」
 sees   「げぇぇぇっ!! (>_<)ピギャース」
 次長   「……油売ってねえでさっさと……ん?」
 sees   「あわわ……いや、今ですね……このクマ人形とスターウォーズがコラボしてて……」
       そして――奇跡が起きた。
 次長   「……ワシも一回やるわ。なんぼや?」
 sees   「(食いついたっ!  キタコレッ!) ……700円す」
       ……
       その後、次長はチューバッカを手に入れ、ご機嫌で帰社。
       (*_ _)フゥー……あぶないところだったぜ。死ぬかと思った('Д')ヘアア。

       ――雑誌立ち読みなどのマナー違反もですが、いつ、どこで、誰が自分を見ているか
       わかりません。皆様も、普段の生活――多少の緊張感を持って過ごしましょうネ(^^)/

んで何とか、了😊





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Last updated  2017.09.20 23:19:58
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