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サイド自由欄
先日
インプットとアウトプットがつながっていない
ということについて書いた
インプットされていても
いざアウトプットの段階で面倒くさくて
せっかくの知識を取り出すことを放棄し
その思考が癖になってしまうというようなことだった
しかし
インプットが不十分でも
結果につなげられる子もいれば
そうでない子もいる(こちらの方が多数であるが)
例えば
ある問題を解くための知識が同等に不十分な2人がいるとする
1人は何としてでも良い成績を取りたいと思っている子だとすると
なんとしてでも知識の不十分な部分を埋め合わせてでも
正解を導き出そうとする
一方の1人は
不十分な部分をみて諦めてしまう子
これが
できる子とそうでない子の思考の違いである
できる子は
持っている知識をフル活用してどうにかしようと思考する
足りない部分を補うために
今までの経験の中で似た状況を必死で思いだし
答に一歩でも近づけようとする
この力が応用力とも言えるが
むしろ僕は自己解決力と呼びたい
なんとか自分の持っている力で解決しようという意志だ
さらには
このような子らは
知識の不十分さを悔しく思い
事後にその足りない分を補う努力をしようとする
または
今後同じようなことが起こらないように次に向けて対処した勉強をする
結果
さらにできる子に伸びていく
そうでない子は
終わってしまえば不十分だったこともどこ吹く風で
忘れてしまっている
悔しさのかけらも感じていない
以後
同じような状況になっても同じことを繰り返す
不十分であるから解けないという思考が癖となってしまうのだ
ちなみに
考える力とは先に述べた解決力であると
僕は考えるのであるが
やはりそのためにはある程度の知識を持ち合わせたうえで
足りない分を考え抜いて補う力である
だからこそ不十分な知識では解決することすら困難であるし
はたまた考え抜くことを諦めてしまう子が出てしまうのだ
知識よりも考える力を重視する前に
そのような子にこそ
知識をつければ考えられるという成功体験をつませて
自信を持たせてあげるべきであるし
そのためには
ある程度に知識を身につけるための努力は必要であることを
教えてあげなくてはならない
覚えなくていいから考えるようにしようというのは
本末転倒なことである