震災の前日引越して来た横浜市の、と或る町。近くに23年間住んで
いる母曰く 栗 の名産地だそうで私の部屋のたった一つの窓の外は
その栗畑(3月頃は裸木で何の木なのか分からなかった。)、毛糸で
編んだ様な花が今が盛り、満開である。
毎朝4時過ぎから知らぬ鳥の合唱がスタート(もちろん知った鶯も)
一日の始まりが野鳥達の競演っていいものだ。
昨日は教会の
月に一度の セル
だった。
韓国系の姉妹がビビンバとチヂミを作ってくれた。今回は中国系がお
休みなどで人数が少なく年齢層も高かったから、それぞれの高齢な
親の話になった。80歳代後半、90歳代の女親たちの能力は様々で
50~60歳代の娘や嫁は近い将来の自分として捉えるには正直、ま
だ先の事と思いたいのだが・・・痴呆が進み天使になった母親や、
60歳に近づいた息子を猫可愛がりの母親や現在の長生きが引き起
こす愚かで身勝手な問題がどこにも転がっている。自分だけが介護
で苦労していると思うのは大間違いで、問題の無い家庭などまるで無
い。自分の息子をペットにしている親がそこら中に転がっているのに
も愕然とした。「私が生きている限り面倒をみる。」と言い切る母親の
姿を特殊な人と見ていたが、そうでもなさそうで・・・一足入って話を聞
くと えっ!お宅も? エッ!貴女の所にもいるの? と、幾つにな
っても(恐いのは子供が60歳以上になっても)養護、保護、面倒を見
ている親。経済的に可能な時代なのだ。
ただ寿命があるのだ老齢の母親には。小学生の孫に「おじさんの面
倒を婆が死んだらあんたが見るんだよ」とほざくらしい。
恐い話です。
痴呆を防ぐ細胞が発見されたらしいが、幾つになっても子供のままで
生きている人を育てる母親は世代を超えた問題になるのかと。
ちょっと恐い話です。